激闘編32話 重荷を背負いて歩む道



要塞司令部に同盟軍旗が翻ってから1時間ほど経った頃には、要塞内は平静を取り戻していた。砲火が止んだだけなのかもしれないが。


急ごしらえの捕虜収容所になった建屋に、機構軍兵士達が連行されてゆく。


苦労して爆破したはずの線路では、急ピッチで復旧作業が進められていた。一刻も早く八岐大蛇を運用可能な状態に戻さなければならないのだ。


同盟兵士達は手分けして要塞内に潜む敵兵を捜索し、火災の鎮火作業にあたる。


1,1中隊も残敵捜索の任務にあたっていたが、オレとリリスは司令から呼び出され、要塞司令部へ戻った。


残敵捜索任務はシオンに任せて問題ないだろう。




要塞司令部内にある大作戦室にはアスラの部隊長達の姿があった。


「揃ったようじゃの。では始めようか。」


クランド中佐にさっそくリリスが噛み付く。


「ジジィ、なんで私と少尉まで召集すんのよ!ここにいんのは部隊長だけじゃない!」


言われてみればその通り、作戦室にいるのは司令に中佐、後は部隊長だけだった。


トゼンさんの代わりにウロコさんがいるけど、これはトゼンさんに聞かせても無駄、という配慮だろう。


「いきなり噛み付くな。ここで決まった事について、後でリリスの手を借りたい。だから話を聞いておけ、という事だ。」


「イスカ、割り増し料金を請求するわよ? いたいけな少女を酷使しようってんだから!」


「わかったわかった、がめつい小娘だ。カナタも大変だな。」


いえ、オレは楽をしてます。オレの財産管理までやってくれてるんで。だいたいリリスががめついのは司令に対してだけですよ。


「リリスはともかく、なんでオレまで?」


「未成年には保護者が必要だからな。さて、諸君の働きでシュガーポットは攻略出来た。今後の作戦方針について話しておこう。その上でアスラ部隊としての意思統一を図る。まず、現在の戦局全体の動向だが………」


司令は背後のスクリーンに映った戦況図を指し示しながら解説を始めた。




「………概ね、今話したような状況が想定される。ザラゾフ師団の負け加減によって我々の行動は変わってくると言えるな。どうした、シグレ?」


「……驚いている。カナタが予想したこの先の展開と、ほぼ一致しているからだ。」


隊長連の中で唯一、背筋を伸ばして話を聞いていたシグレさんの返答に、司令の眼光が鋭くなった。


「……カナタ、この状況がいたのか?」


「怖い目で睨まないでくださいよ、司令。オシッコちびっちゃうでしょ?」


オレがヘラヘラ笑いながら答えると、中佐がテーブルをドンと叩いて怒鳴った。


「質問に答えんか!」


「落ち着け、クランド。カナタの納豆菌は本当に優秀だったというだけだ。その納豆菌の分析で、先の展開に懸念する要素はあったか?」


「一つだけ。」


懸念って言っちゃマズいのかもしれないんだけど、計算外の要素ではあるんだよな。


「言ってみろ。」


「ザラゾフ師団がゴッドハルト師団に勝つ可能性もあるってコトです。そうなった場合はどうします?」


「その可能性は低いと踏んでいたが、なるほど、、という事はないな。何が起こるかわからんのが戦場だ。」


「そういうコトです。ザラゾフ師団が勝利した場合、戦功第一はザラゾフ師団になるんじゃないですか?」


腕組みして煙草を燻らせ、考えを巡らせた司令は、自信を持って答えを出した。


「ケース3を付け加える必要があったな。おさらいしておくぞ。ケース1、ザラゾフが負けて撤退した場合は、シュガーポットを起点に機構軍領へ侵攻する構えを見せる。撤退したザラゾフが予備兵力を使って防衛ラインを形成するまでは、ゴッドハルト師団にブラフをかけておく必要があるからな。」


「イスカ、ゴッドハルトがこっちに向かってきたらどうすんだい?」


アビー姉さんが質問し、司令は即答する。


「迎え撃つまでだ。さっきも言った通り、その可能性はほぼないだろうがな。我々と八岐大蛇が相手だ、ゴッドハルトといえど攻略出来る目処など立つまい。ケース2、ザラゾフが戦死していた場合、我々は少し忙しくなる。私が兎我とカプランを恫喝……説得し、軍権を掌握。その後、私とクランドはヘリで移動し、防衛ラインの指揮を執る。」


「アタイら抜きで勝てるのかい? 向こうにゃ兵団も薔薇十字もいるんだよ?」


気ぜわしげな様子のマリカさん。アスラ部隊抜きで戦う司令の身を案じているのだろう。


「勝つのは無理だろう。だが引き延ばす事は出来る。私がゴッドハルト師団を引き付けている間に叔父上の指揮の下、おまえ達が機構軍に致命傷を与えればいい。具体的には機構軍領に深く侵攻し、ゴッドハルト師団の補給ラインを絶ってくれればそれで勝ちだ。補給ラインを寸断し、私と叔父上で挟撃をかければゴッドハルトを討ち取れるからな。」


そうか、別にリリージェンを陥落させる必要はないんだ。機構軍の最大派閥であるガルム閥を束ねるゴッドハルト元帥がいなくなれば、機構軍のパワーバランスは滅茶苦茶になる。最高に上手くいけば、なにもせずとも勝手に瓦解、というコトすらありえる。


!!……司令からのテレパス通信!?


(カナタ、わかっているな? このケースの場合、おまえのすべき事は。)


ゴッドハルト元帥が死んだ場合にオレがすべきコト?……マジかよ!


(ローゼを焚きつけて、リングヴォルト皇帝の座を狙わせろとか言うつもりじゃないでしょうね!)


(ゴッドハルトが死ねば、どのみちアデルとローゼで後継争いは起きる。ダメ押しをするだけだ。)


(それでどうするんです? リングヴォルト帝国の内紛に乗じて、漁夫の利でも得ようってんですか!)


(後で話そう。おまえは少し感情的になっている。)


なるに決まってんだろ!ミコト様の説得だけじゃあき足りずに、ローゼにまで王座奪取を唆せってのか? オレは姫君専門の工作員かよ!


「そんでイスカ、ケース3ってのは?」


少し空いた間に焦れたトッドさんが、司令に先を促す。


「さっきカナタの言ったケースだ。ザラゾフがゴッドハルトに勝った場合、このケースでは我々も全面攻勢に打って出る。ザラゾフと私のリリージェン争奪レースの始まりだな。様々な不確定要素が生じてくるが、このケースの最大の難点は、存亡の際に立った機構軍は団結してくる、という事だ。反面、戦後処理が頭にチラつき始めた同盟の結束はさらに緩む。過去に何度か繰り返された事が今回も起こるだろう。」


そうなんだよな。20年も続いてるこの戦争、転換点になりそうな局面が何度かはあった。だけど優位に立った側の結束が乱れ、劣勢に立たされた側は結束した。その結果、決定機を逃し、泥沼の戦争が長引くコトになったんだ。


「アホくせえ、歴史は繰り返すってのか?」 「いつまで続けんだ、このバカげた戦争をよ?」


カーチスさんとバクラさんの言い分はもっともだ。この戦争は現状じゃ「愛の若草物語」ならぬ、「アホのバカくさ物語」だよな。


「ケース3の場合でも、今までの様にはならん。同盟の結束が緩もうと、勝つのは我々だ。」


「……イスカ、過去の轍を踏まぬという、その根拠はなんだ?」


「過去に訪れた決定機をモノに出来なかったのは欠けていた要素があったからだ。イッカク、根拠とは……この私がいる事だ。」


イッカクさんの問いに胸を張って答える司令。


このオレ様司令のオレ様発言に、皆が納得したようだった。




全員が退出した後の作戦室でオレは司令と二人っきりになった。司令の傍に常に控えている中佐も、オレのベストパートナーのリリスもいない。オレと司令の思惑が一致したからだ。


オレと司令は窓辺に並んで立ち、眼下に広がる要塞都市の全景を眺める。


「カナタ、ローゼ姫に皇位を狙わせるのは不本意か? 一度は唆した訳だろう?」


「一度は唆した? オレはなにもしちゃいない。魔女の森でローゼを守っただけです。」


「違う。おまえはそう思いたいだけだ。認めたくないのならそれでもいいが、ローゼ姫が薔薇十字を結成し、戦火に身を投じた理由におまえからの影響がなかったとは私は思わん。」


オレは黙って天井を見上げた。ガラスに映った司令の顔を見たくなかった。見たくないモノから目を逸らすオレの悪癖。でも……弱いオレには全てを受け止めるなんて無理なんだ。


「死なない程度に搾取する分、ゴッドハルトは他の為政者よりはマシなのかもしれんが、ペストとインフルエンザを比較するようなもので、民衆にとって害悪である事に違いはない。その現状を放置するつもりか?」


司令は言葉のロープでオレを絡め取り、現実に目を向けさせようとする。


「そういうスケールの大きな話はスケールの大きい人間でやってください!オレには荷が重すぎる!ラセンさん曰く、人は自分に背負える荷物だけ背負えばいい。過ぎた荷物を背負えば自分も潰れる、だそうです。まったく同感ですね。」


弱い自分の自己弁護か。弁護と言うよりキレただけだな。


「……私の背負う重荷は、私が好きで背負ったと思うのか? 自分の意志で背負ったのだと、演技をしているのかもしれんぞ?」


オレはハッとして、天井を見上げていた視線を司令の顔に向けた。偉大な父を失い、代わりに背負った重荷に苦悩する一人の女性の横顔がそこにあった。


「……司令、ローゼと薔薇十字軍の身分と安全を保証してください。それを約束してもらえるなら、オレに出来るコトはやってみます。」


「わかった。今回の戦役の結果に関わらず、ローゼ姫が皇帝となる方が都合がいい。だが手段は選ばん。ゴッドハルトが存命であるなら、ローゼ姫をけしかけて内紛を生じさせるかもしれん。この場合は薔薇十字がどうなるかはわからんぞ。そこは納得しろ。」


「それには協力しかねます!」


「ああ、カナタに協力してもらうのは、ゴッドハルトが死んだ場合の話だ。私とローゼ姫の仲介役としてな。……ただ私が帝国に仕掛けた策略で、ローゼ姫が死んでも恨むな、と言っている。」


ローゼは戦争だけじゃなく謀略の舞台にも飛び込んでる。司令の策略で生じた内紛でローゼが死んだとしても、司令を恨むべきじゃない。権力闘争とはそういうモノだ。……でも……




頼むぜ、死神。謀略からもローゼを守ってくれ!


……オレ達を殺しかけた男に頼らなきゃならねえとは、つくづく自分が情けない。


※作者より※

外伝エピソード&設定資料集を別作品として投稿しました。設定資料はまだ作成中で未投稿なので、現在は外伝エピソードのみですが。

外伝エピソードに本編に関わるお話や伏線はありません。

オマケシナリオみたいなものです。

興味のある方は読んでみてください。



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