出張編10話 絶対零度の女VS剣狼
昼からのカリキュラムは地下にある室内演習場での実戦演習だ。
ここで受講生は二組に分かれる、当たり前だがモヤシ組と雑草組にだ。
移動しながらダニーと世間話をする。思えば別の部隊のヤツとちゃんと話をするのは始めてだな。
「軍に入ってまだ三ヶ月経ってないとは驚きだね。スピード出世にも程がある。」
「自分でもビックリだよ。司令の剛腕あればこそだけど。」
「二年がかりでやっとここまで来たってのに、二ヶ月ちょいのカナタに並ばれるなんてなぁ。歳は一緒だけどね。」
「なんだか申し訳ない気分になってきた。司令も少々やり過ぎだよな。」
「キャリアに関係なく強い奴が出世する。軍はそれでいいのさ。気にする必要はない。名誉も勲章も強い奴がもらうべきだろ?」
「そういや昨夜の授与式を見たって言ったよな?」
「ああ、親父の付き添いでな。同盟のエースのご尊顔を拝もうと思ってよ。いい女だったね、ありゃ。親父に無理を言った甲斐はあったぜ。」
「ってコトはダニーは名家の人間なんだろ? なんだって雑草組に入ってるんだ?」
ダニーは剣ダコだらけの指をコキコキ鳴らしてうそぶいた。
「父が手広く流通業を営んでる。でも俺は出来の悪い三男坊でね、事業なんかにゃ向いてない。唯一の取り柄は喧嘩が強い、だったら取り柄を活かすべきだろ?」
「若いですなぁ。親の庇護の下でぬるま湯に浸る生活ほど甘美なモノはないってのに。」
元の世界で半ニートの生活を送ったオレが言うんだ、間違いないぜ?
「アスラ部隊の隊員に言われても説得力が皆無だぜ。」
そんな話をしている間に地下演習場に到着する。
そこで待っていたのは、いかにもゴツイ軍教官だった。
「きたかヒヨッコ共。モヤシ組と違って、まあまあの面構えをしてるようでなによりだ。俺が格闘教練の教官を務めるグレゴリー・ストリンガー中尉だ。さっそくだがどの程度出来るのか見せてもらおうか。ルールを説明する。白いサークル内に二人で入れ。そこで殴り合いでも絞め合いでも好きなように戦う、シンプルだろ?」
ぞんざいなルールだな。上品なルールじゃなくて良かったが。
「一応、目突きと金的はナシにしとこうか。だが目突きと金的は実戦では躊躇うな、つーか積極的に狙えよ。ヤバイと思ったら降参なりタップして大怪我だけはすんな。それからサークルの白い二重ラインの外側に出されても負けだ。以上、さあバトれ!」
軍教官が号令すると、受講生達はめいめいに白いサークルに入ってバトり始める。
雑草組は実戦経験を積んだ連中だけあって、なかなか見応えがあるな。
得意なスタイルもまちまちで、打撃系だけでもボクサースタイルやらキッカースタイルやら多種多彩だ。
オレの隣で腕組みして見学してる絶対零度の女に声をかける。
「イグナチェフ曹長、どうする? サッサと済ますか、最後にするか?」
「シオンでいいわ。みんなメインイベントだって期待してるようだから、最後にしましょう。」
「了解だ。」
激闘が20試合ばかり終わった後、残るはオレ達二人だけになった。
どの試合も見応えがあったが、大怪我をした者はいない。みんな心得てるな。
軍教官が割れた顎にびっしり生えた短い顎髭をジョリジョリと撫でながら、
「曰く付きの二人が残ったか。伝統通りになるもんだな。」
「教官、伝統ってなんですか?」
「格闘教練は一番デキる奴同士が最後のメインイベントを張るように出来てるのさ。剣狼、6年前に俺はおまえの上官にエライ目に遭わされたんだぞ?」
「マリカさんと戦ったんですか!」
「おう、勝ったら俺の女になれって約束でな。蹴りの一発でものの見事に顎を割られたよ。見ろ、お陰で顎が綺麗に二つに割れてるだろ?」
「その顎は生まれつきだと思いますが………」
「ガハハ、そうかもな。さあ見せてもらおうか。緋眼のマリカが真の狼に育てると豪語した剣狼と、狙撃の
狙撃の皇帝の娘か。シオンの親父さんも高名な軍人だったらしいな。
シオンはもうサークル内に入って軽くアップしている。
オレもいくか。思惑通りのルールだったし、作戦通りにいけばいいけど。
オレとシオンはサークル内で距離を取って対峙する。
「始めっ!」
ストリンガー中尉の声でオレ達は構える。オレは右拳を右耳の横に立て、軽く曲げた左腕を前に突き出す。
シオンは片足を上げて、拳を開いた両腕を胸の前で交差させる。
受けの構え………仕掛けてこいってのか。いいぜ、のってやらあ!
オレはステップを踏みながら距離を詰め、挨拶代わりに軸足にローキックを見舞う。
軽く跳んで躱したシオンは、空中で身を翻して回し蹴りを放ってきたのでクロスアームブロックで受ける。
完璧に受けたつもりだったが教室での攻防と違って互いに念真障壁を纏っている、威力が段違いだ。
障壁を貫通はしなかったが、衝撃を殺しきれずオレはズズズッっと後退させられる。
重い蹴りだ。そういやコイツは重量級バイオメタルだったよな。
格闘技って基本、重たい方が有利なんだよな。泣き言いってもしゃあないけどさ。
勝負の鉄則、相手に勝る部分で勝負しよう。勝っているのはスピードだ。
オレはサークル内でサークルを描き、シオンの回りを周回する。
シオンは体をオレに正対させるように動き、リーチの長い蹴りで牽制してくる。
オレは牽制をかいくぐって懐に飛び込み、拳による連撃を仕掛けるが開いた拳によっていなされる。
いなしながら掴みを狙ってくるから油断ならない。
………やっぱ掴みにくるよなぁ、パワーはシオンが上だ。極め技や絞め技に持ち込まれたら、オレに勝ち目はない。
立ち技で勝負する、普通に戦うならオレにはそれしかない。
そんな攻防を何分か続けたが、ラチがあかないと思ったのかシオンは腰を落とし、低く構えて両手を広げる。
きたか、タックルを狙ってくるな。
この世界にもコマンドサンボがあって、それはウォッカに何度か見せてもらった。
多分、コイツのタックルはウォッカより早い。うまくタックルを
オレはチラリとラインの位置を確認する。ここなら良し、だ。さぁこい!
ジリジリと距離を詰めてきたシオンがさらに姿勢を低くし、一拍おいて高速のタックルを仕掛けてきた。
オレはサイドに躱そうとするが、広げた腕に捕まり仰向けに倒される。
倒れ際に足払いをかけるがシオンは軽く跳んで躱し、そのまま仰向けに倒れてるオレに馬乗りになってマウントを取った。
マウントポジションからオレを見下ろすシオンは余裕の口ぶりで、
「手こずらせてくれたけど勝負ありね。痛い目をみないうちに降参しなさい。私の拳は重くて痛いわよ。………何が可笑しいの?」
シオンはマウントを取られたのに笑ってるオレが不気味に見えたらしい。
だってよ、笑いたくもなるだろ? 思惑通りにコトが運んだんだから。
勝ってもいないのに勝った気になる。いけないなぁ、油断しちゃあ。
………オレの狼眼を喰らえ!
オレと目を合わせていたシオンの顔が苦痛に歪む。
近い距離、さらに油断した状態で狼眼を喰らわす為にマウントポジションを取ってもらいたかったんだ!
ガッチリとマウントを保持していたシオンの態勢が崩れた! 今だ!
オレは全身の力を振り絞ってバネを利かせ、シオンの体を腹筋で跳ね上げる。
そして宙に浮いた体を巴投げの要領で投げ飛ばし、すぐさま立ち上がった。
投げられたシオンは狼眼の苦痛で受け身も取れずに床に転がったが、頭を左右に振りながら立ち上がる。
「………邪眼能力を持っていたのね。油断したわ。でもまだ勝負は………」
「勝負あり!そこまでだ!」
ストリンガー中尉の声が演習場に響く。
シオンがストリンガー中尉に抗議する。
「待ってください、教官!私はまだ参ったと言ってません!」
ストリンガー中尉は床を指差しながら、
「イグナチェフ曹長、おまえが立っている位置を見てみろ。」
シオンの立っている場所はサークルの二重ラインの外側だった。そうなるように投げたんだから当たり前だけど。
「ラインアウトでおまえの負けだ。文句あるまい。」
シオンはグッと下唇を噛み締めた後、思いっきり床に拳を突き下ろす。
ガゴンとスゴい音がして演習場の空気を震わせる。
おっかねえ、あんなパンチをマウントからもらってたら医療ポッドのお世話になるトコだったぜ。
膝を着いた姿勢から肉食獣の目でオレを睨むシオン、怖いからそんな目で見ないでよ。
「………立ち技はフェイク……ワザとタックルを喰らったのも、倒れ際の足払いも、私にマウントを取らせるため………最初から邪眼を使ったラインアウトを狙ってたのね!」
「………オレは格闘演習の時間で勝負しようって言っただけで、
昼メシを食いながら正規の軍隊格闘のルールのチェックをしてたら、ラインアウト勝ちの項目があったんでね。
天下一武道会で天津飯が悟空に勝ったのと同じ方法だよ、伊達に通常版と愛蔵版の両方を持ってたワケじゃないさ。
「こんな負け方………納得出来ない!パーパ以外のヤツに負けるだなんて!」
パーパ以外って………ファザコンかよ!
甘えんな!オレなんか周りは格上ばっかで、カナディアンマン並の連敗街道まっしぐらなんだぞ!カナディアンマンならぬカナティアンマンなんだぞ!
濁点があってもなくても連敗街道まっしぐらなんだ!
「どうとろうが構わない、とにかくオレの勝ちだ。加減はしたつもりだが、脳にダメージが入ってるかもしれない。早く医務室に行った方がいい。」
だいたい落ち込んでるのはオマエだけじゃないんだよ。
まともに格闘で勝負してたら負けてたって分かるから、オレだってヘコんでるんだよ!
「受講生のヒヨッコ共、いいモン見せてもらったな。次は射撃演習だ、遅れるなよ。解散!」
ストリンガー中尉の声で受講生達は演習場からゾロゾロと出て行く。
オレも出て行こうとしたが………シオンは膝を着いたまま、まだ立ち上がらない。
………世話が焼けるぜ、どこに行っても女に振り回される運命なのかね。
オレはシオンの方に向かおうとしたが、ストリンガー中尉に腕を掴まれる。
「ほっとけ、敗北を噛み締めるのも必要な事だ。」
「でも脳にダメージがあるかも知れないんです。早めに医務室に行ったほうが………」
「加減はしたんだろ。心配すんな、俺が後から医務室に連れていく。負けた事がない奴にとっちゃ、初めての敗北ってのはことさら堪えるもんだ。………俺もそうだった。そこまで積み上げた自信を蹴りの一発で粉々に粉砕されてな。」
ストリンガー中尉はほろ苦い顔でそう言った。
中尉の言う通りか。なんでもかんでも手を差し伸べるってのはソイツの為にならない。
オレはうなだれたままのシオンに背を向けて、演習場の出口へ向かう。
パーパ以外のヤツに負けるだなんて、か。つまりシオンにとってパーパは誇りなワケだ。
噂なんてアテにならない、親父を射殺したイカレ女ってワケじゃなさそうだ。
でもそんな噂が立つってコトは、なにかワケがあるんだろうな。
………またワケあり女か。オレの周りにゃワケあり女が多すぎだろ。
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