出張編27話 始祖たるユニット、零式



SBCのリグリット支社のビルは、ペンデ社からすぐ近くにあるので徒歩で移動する。


支社とはいえ御門グループの中核企業、ビルも立派なものだ。


週末で休みのハズだが、オレの顔を認証するとゲートが開き、中から丸眼鏡をかけた白衣の女性が出てきてくれた。


「ようこそ、天掛さん。ミコト様からお話はお伺いしております。私は猿渡佐和さわたりさわ、SBCリグリット支社の開発主任を務めています。よろしく。」


「天掛カナタ曹長です。よろしくお願いします。」


「挨拶がすんだところで早速こちらへ。準備は整っています。」


特別っぽいエレベーターに乗って地下の最下階へ向かう。


キッドナップ作戦の時にマリカさんが言ってた「最重要施設は天辺か底辺にあるのが相場」の法則は、真理なのかもしれないな。


最下階から、さらにいくつかのゲートを抜けて最奥にある研究室に案内される。


研究室の中央には見慣れた医療ポッドがあり、既に起動していた。


「インストールには必要な時間は半日以上、零式の説明はインストール後に致します。ポッドにお入り下さい。」


零式だけじゃなくSBC製の最新アプリのインストも同時にやるワケだからな、時間がかかるのは当然か。


「了解です。今日このビルにいるのはサワタリ主任だけなんですか?」


「警備兵はいますけど、研究員は私だけです。秘密を守る最良の方法は………」


「知らせないコトですね。それではよろしくお願いします。」


オレは医療ポッドの傍に用意されていたポッド用スーツに着替えてから、薄紫色の液体が充填されている医療ポッドに入った。


この世界にやって来た時はいきなりポッドの中だったから焦ったけど、もうオレもポッドに入るのは慣れっこだ。


オレがポッドに入ったのを確認すると、サワタリ主任はいくつかアンプルを用意して準備を始める。


あのアンプルのどれかが叢トワさんが造ったバイオメタルユニットの始祖アンセスター、零式なんだろう。


そんなコトを考えてながら、オレはポッドの中で眠りについた。




ポッドの中の目覚めは心地よいモノではない。


肺の中まで培養液で満たされているんだからな。


本来、液体が入らない部位にまで液体が入った状態というのは、生理的に気分がよくない。


研究所に転移してきた時は咽せて、ガボガボ言ってたよなぁ。


「気分はいかがですか、天掛さん。」


「何度も入っているけど、あんまし気持ちのいいもんじゃないね。」


「すぐに培養液を抜きますから。」


サワタリ主任がコンピューターを操作すると、足元の排出口から培養液が抜けていく。


ピッと耳鳴りがして、網膜ディスプレイに文字が表記されていく。


………アンチポイズンシステム起動確認。

………オキシアブソーバーシステム起動確認。

………バイオセンサーシステム起動確認。

………サスペンデッドシステム起動確認。

………スーパーオートファジーシステム起動確認。

………パルスジャマーシステム起動確認。


うわ、ズラズラと色んな機能が起動し始めたぞ。


そんな感じでえらい数の機能が表示されていく。


「スゴい数のアプリが起動し始めたんですけど!」


「いろんなアプリをインストールしましたから。天掛曹長は高い念真強度をお持ちですから、詰め込み甲斐がありました。」


詰め込み甲斐があったって………お菓子のワゴンセールじゃないんだから。


「ウチで開発中のアプリもインストしておいたので、データ取りに協力して下さいね。」


「了解………タダより高いモノはない、か。」


オレはどこまでいってもお姉さん方のオモチャにされるか、研究者のモルモットにされる運命らしい。


「インストールしたのは同盟式のダサい名前をつけられる前の製品なので、機能がそのまま名前になっています。それぞれの機能を説明しますね。」


タブレットを操作しながら、サワタリ主任はインストされたアプリの説明を始める。


「アンチポイズンシステムは毒の無効化アプリです。現在確認されている生物化学兵器のほとんどを無効化出来る優れモノですよ。」


「うは!そんなアプリの開発に成功したんですか!SBCスゲー!」


オレは驚愕したが、サワタリ主任は残念そうに答える。


「アンチポイズンシステムは零式の基本機能の一つです。我々も総力を上げて開発していますが、零式ほどの万能性はありません。」


「………ああ、そうなんですか。」


「アンチポイズンシステムの注意点はカロリーを大量消費する事です。毒ガスを散布されても殺されはしませんが、速やかに脱出して下さい。カロリー枯渇で動けなくなる前に、ね。」


「了解、オキシアブソーバーシステムってのは?」


「それも零式の基本機能です。水中の酸素を直接皮膚から吸収可能になります。つまり水中で窒息しません。注意点は戦闘などの激しい運動を行うと、酸素の供給が追いつかなくなる点ですね。」


静止状態ならずっと水中にいられるのかよ。十分スゲえよ。


「バイオセンサーシステムの取り扱いには特に注意して下さい。人間の平均的体温36,5度からプラスマイナス5度の生命体の接近を自動的に感知してくれますが、念真力の消費が激しいのです。索敵範囲が念真強度に比例するのでカナタさんなら20メートル前後でしょう。」


100万nを超えてるオレで20メートル前後かよ。有効活用にはリリスクラスの念真強度がいるんじゃねえの、それ?


「なんだってそんな微妙なアプリをインストしたんです?」


「零式の基本機能なので仕方ないのです。叢雲博士がなぜこんな機能を開発したのか意図が分かりません。天才にも凡ミスはあるという事なのかもしれませんね。なのでシステムをオフにしておく事を推奨します。」


うん、今話してる間にも徐々に念真力が減っていってるのが分かる。オフっとこっと。


「サスペンデッドシステムは大ダメージを受けた場合に、仮死状態になる事で死亡までの時間を大幅に引き延ばす機能です。この機能を元に開発されたのがコールドスリープですね。」


「あまりお世話になりたくない機能ですね。死んだふりには使えるかな?」


「スーパーオートファジー機能は、人間が生来持っている自食機能をさらに強化します。パルスジャマーシステムは脳波誘導兵器の制御を妨害出来る機能、対人ミサイルに対して特に有効な対抗手段です。以上が零式の基本機能になります。」


これ全部零式の基本機能かよ!どんだけ盛り沢山なんだよ!


「凄いですね、零式って。」


「ええ。無論ですが筋力、感覚強化、超回復、復元機能といったバイオメタルのアーキテクト能力も5世代型を上回ります。」


「叢雲トワさんが人類最高の頭脳と称えられてるのに納得です。」


「叢雲博士と御堂博士は研究者にとって永遠に超えられない双璧なのかもしれません。さらに零式には神威兵装しんいへいそうモードが搭載されています。」


「カムイと書いてシンイか。どんなモードなんです?」


「アーキテクト能力を向上させるターボシステムと考えてください。零式の機能の中で最も取り扱いに注意が必要な機能です。」


「やっぱりエネルギーをバカ食いするんですか?」


「はい、引き換えにあらゆる能力をオーバーリミットさせます。筋力も念真力も含め、あらゆる能力をね。持続可能時間は極端に短いですし、使用後は肉体も精神も酷い状態になると予想されます。本当に絶体絶命の場合を除いて使用すべきではありません。」


………怖い機能を積んであるなぁ。


「後はSBCが開発したアプリの説明です。FCSと翻訳アプリは最新型にアップデートしておきました。新アプリとしてはダメージスキャン機能です。起動させれば体のどの部位がどの程度損傷しているかを調べて教えてくれます。」


「医者みたいな機能ですね!便利そうだ。」


「負傷した状態で戦闘を継続しなければならない場合に、損傷部位とダメージの程度を把握出来るので有用でしょう。それと寒冷地、熱帯地で体温を維持出来るテンパラチャーコントロールもインストールしてあります。熱帯地で体を冷やすのには、かなりのカロリーを消費しますのでご注意を。」


便利だけど、あくまで保険と考えておくべきだな。それと常に携帯食料を持っておくべきだ。


ウォッカから教わった最終手段、ガムシロップもペットボトルで携帯しておくか。


コホンと咳払いしたサワタリ主任は、やや胸を張ってから説明を再開する。


「そして我がSBCが開発したヒートコンバートアプリもインストールしておきました。」


熱交換ヒートコンバート? どんな機能なんですか?」


「私が思いっきり殴りますので、機能をオンして受けてみて下さい。いきますよ!」


え、殴られんの、オレ!


腕をグルグル回したど素人パンチがオレの頬にヒットする、が衝撃がほとんどない。


代わりに頬がちょっと熱い。そうか、衝撃を熱に変換したのか!


殴ったはずのサワタリ主任の方が痛かったみたいで、華奢な拳をフーフーしながら、


「お分かり頂けたみたいですね。特に格闘家と戦う時に有用だと思います。後は車に轢かれそうな時とか。」


「でも車に轢かれるような衝撃を受けた場合、すんごい熱が発生しそうですけど。」


「そこでテンパラチャーコントロールの出番がくるという訳です。」


「あ、そうか!ヒートコンバート機能とテンパラチャーコントロール機能のコンボ!上がった体温は下げればいいってコトですね!」


オレの解答を聞いたサワタリ主任は満足そうに頷く。


「ですが衝撃の全部を熱交換出来る訳ではありません。半分も変換できれば上出来なはず。どんなアプリも使い方次第だという事をお忘れなく。」


「機能を無闇に使って墓穴を掘るコトもあるって部隊でも教わりました。でもヒートコンバートは画期的な機能ですよ。サワタリ主任が開発したんですよね?」


「はい、私の自信作です。今後も有用なアプリが開発されたり、アップデートされた場合は薔薇園に送るように指示されています。ですのでこれからもよろしくお願いします。」


「こちらこそよろしくお願いします。」


そこでオレのお腹がキュウゥと鳴った。カッコ悪いコトこの上ない。


サワタリ主任はクスクス笑いながら、


「このビルの近くにあるガルム料理店は美味しいですよ。腸詰めソーセージと本場仕込みのビールが味わえます。」


「ハハハ、面目ない。ここに来る前に軽く食事を済ませてきたんですが………もう午後9時ぃ!」


………そりゃそうか。山ほどアプリをインストしてたんだもんな。


「ご一緒したいところなのですが、私は今日のレポートを仕上げないといけないので。」


「でもサワタリ主任にも食事が必要でしょう?」


サワタリ主任は笑って書類が山積みになったデスクの上を指差す。


指差す先にあったのはブロックタイプの携帯食料。


「我が社の軍用レーションの試作品です。これも仕事の内ですので。」




モモチさんといい、仕事中毒の患者はどこにでもいるんだなぁ。




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