兵団編12話 猛る野心は炎の如く



ヘリで白夜城に帰投したボクはトーマ少佐のゲストハウスで、アシェス達と合流した。


「ローゼ様!よくぞご無事で!おい、トーマ!貴様どういうつもりだ!いきなりローゼ様をどこかに連れて行くなど何を考えている!一国の姫君を何だと思って……」


思った通りの反応すぎて、ため息が出てきた。


一事が万事、そんな調子だから亡霊戦団のみんなのウケが悪いんだよ!


「アシェス!ボクの提携相手パルトナーに暴言は許しません!」


「は? 提携相手? ローゼ様、それはいったい……」


「今から説明するから、とにかくそこに座って。クエスターもクリフォードもね。」


「そんじゃ姫、説明は頼む。ああ、それとアシストの件だが、まず一人でやってみるってのはどうだい?」


一人で?……出来るだろうか?……アシェスやクエスターでさえ同格とは認めないロウゲツ大佐が、ボクと交渉に応じるとは……


「可能でしょうか?」


「それは姫次第だ。今回の交渉は命のやり取りとは違う。失敗してもやり直しがきく局面なら、失敗しにいくのもいい。不調に終わったら、俺が改めて同行する。」


そう言ってトーマ少佐は、家政夫のミザルさんを連れてリビングから退出してしまった。


まず一人でやってみろ、か。確かにそうすべきだ。おんぶに抱っこされてたらボクは成長できない。


残されたボクは、手始めにリビングテーブルに集まった三人の騎士を相手に話をする。


「みんな話を聞いて。事後承諾で悪いんだけど実は………」




ボクがスペック社と取り交わした約定を聞いた騎士達は、それぞれに感想を述べる。


「よい話ではないですかな。薔薇十字の懐事情は劇的に改善されるでしょう。」


会計担当のクリフォードがお髭を撫でながらそう言うと、お小言担当のアシェスが唇を尖らせる。


「だがトーマがローゼ様の相談役というのが気に食わん。」


「アシェス、相談役じゃなくて指南役だよ。」


「もっといけません!正体不明の男がローゼ様にあれこれ意見するなどもっての他です!」


「アシェス、そう言うのはいいですが、私達の中に暗闘に長けた者がいるのですか? 現に侍女の中に陛下の密偵がいる事にさえ、考えが及ばなかったでしょう?」


クエスターが冷静に言うと、アシェスの顔が紅潮する。


「落ち着いてしかと考えれば、その程度の事には考えが及んでいた!我らがついていながら外部から指南役を仰ぐとは、薔薇十字に人なしと喧伝するようなものではないか!クリフォード、諜報を含め、内務は卿の領分だろう。黙ってないでなんとか言え!」


「吾輩の意見はさっき言ったはずですが? トーマ殿を指南役に迎える事を含め、ローゼ様の決断は正しいと思いまする。なるほど、侍女の中に潜む密偵の存在は、落ち着いて考えれば我らも気付いたやもしれません。しかしながら誰が密偵であると、我らに特定出来ましたかな?」


「む!………そ、それは………」


クリフォードはなおもアシェスに詰め寄る。


「トロン社がアデル皇子に接近し、我らに対抗してくる事が読めても、それにどう対抗すべきかアシェス殿に腹案がおありか? 考えが及んでも対策を打てねば、なんの意味もありませんぞ?」


「………ううっ。し、しかしだな………」


「私達は良くも悪くも騎士なのです。我らに足らざる部分を補うは君主として当然。私もローゼ様の決断は正しいと思いますね。」


二人の騎士に挟み撃ちにされたアシェスはヤケクソ気味に白旗をあげた。


「わかったわかった!認めればいいんだろう、認めれば!トーマはローゼ様の指南役!それでいい事にする!せいぜい黒子役に励んでもらおうではないか!」


「納得出来たところで、亡霊戦団と薔薇十字の連絡役はアシェスに命じます。いいですね?」


ボクの命令にアシェスは素っ頓狂な悲鳴をあげた。


「何故に私が!クリフォードがいるではありませんか!」


「平時においてはクリフォードはアシェスより忙しいのです。薔薇十字の内務だけでなく、ボクの秘書役もさせていますから。不満ですか?」


「ふ、不満な訳ではありませんが……」


ああもう!面倒くさい姉を持った妹の気分だよ!ホントは嬉しいのはわかってるんだからね!


「アシェスは気が進まぬようですね。クエスター、アシェスに代わって連絡役をお願い。」


「承りました。お任せを。」


「待て待て、私がやる!主命に応えられぬとあらば騎士の恥だ!ローゼ様、私が亡霊戦団との繋ぎ役をしっかりと果たしてみせます故、どうかお考え直しを!」


最初からそう言えばいいのに。ホンット素直じゃないんだから。


「そこまで言うのならアシェスに任せます。アシェス、言っておきますが連絡役は伝書鳩ではありませんよ? 亡霊戦団との信頼関係を醸成させる事も任務のうちなのです。ですから少佐や戦団のみなさんを見下したり、暴言を吐いて信頼関係を揺るがすような真似は許しません。その傾向が見えれば、すぐさま交代させます。いいですね?」


「はい、肝に命じておきます。」


ホントに肝に命じてね?………ちょっと心配になってきたよ。大丈夫かなぁ?


「クエスター、クリフォード、スペック社との提携を念頭に今後の方策を考えておいて。少佐のお昼寝が終わったらお知恵を借りても構いません。」


「ローゼ様、私は?」


「アシェスはボクと一緒に来て。今から大佐のところへ赴きます。」


「ハッ!お供します。」


ロウゲツ大佐をボクは説得出来るだろうか? やっぱり少佐に同行してもらった方が……


いや、なんでもかんでも少佐に頼っててどうするの! ボク一人でやってみせる!


それすら出来ない人間が世界を変えるなんて、ちゃんちゃらおかしい。


弱気の虫を封じ込めたボクはアシェスを伴って、白夜城の司令室へと向かった。





「………トーマにも困ったものだ。ザハトやバルバネスと同列に見られるのがよほど気にいらんと見える。トーマをあれらと同列に扱う訳はないのだが……」


案の定、トーマ少佐が薔薇十字のオブザーバーに就いた事を聞いたロウゲツ大佐はいい顔をしなかった。


「スペック社の人間として私のお目付役を拝命しただけです。兵団に入るのが嫌という訳ではないでしょう。」


「ローゼ様、その報告にお出向きになられたのですか?」


ティーカップをボクとアシェスの前に置きながら、アマラさんが訊ねてきた。


「それもありますが、薔薇十字と最後の兵団の協力関係についても話しておきたいと思いまして。」


ボクがそう言うと、大佐の後ろに佇立していたナユタさんの目が微かに笑った。


こんな小娘がセツナ様となにを協力するつもりなのやら……って思ったよね?


「……ナユタさん、そんなに面白いですか? 家柄だけの小娘が機構軍最強の軍人に交渉を持ちかけるのが?」


「……!!……わ、私は別に……」


図星だったみたいだ。釘が刺さった以上、ねじ込んでおくね。今後の事もあるから念入りに!


「実戦経験に乏しいどころか戦場に出た事さえない小娘が、完全適合者にして最強部隊の指揮官に交渉……フフッ、確かに可笑しい。とんだ喜劇コメーッディエです事。」


「……ナユタがとんだ御無礼を。ナユタ、もう下がっていろ。」


「セツナ様!わ、私は……」


「下がっていろと言ったはずだが?」


猛禽のような鋭い眼光で睨めつけられたナユタさんは、一礼してからおずおずと控えの間へと消えていった。


「今のが覇国の諺で言うところの「目は口ほどにものを言う」ですかしら?」


「さにあらん。覇国にはこんな言葉もございます。「男子三日会わざれば刮目して見よ」、とね。だが女子には三日もいらぬようだ。」


………大佐の目付きが真剣さを帯びた。うん、ボクも真剣なんだから大佐にも真剣になってもらわないと。


「ロウゲツ大佐に褒められると面映ゆいですが……正直に申しまして、大変心地よいです。」


「御無礼ながら私も正直に申し上げましょう。少々、ローゼ姫を侮っておりました。獅子の子はやはり獅子、立派な牙をお持ちのようだ。」


「父を獅子に例えるのは、いささか持ち上げすぎなのでは?」


「いえいえ、皇帝陛下の生き様はまさしくです。」


………意味ありげな笑い。森でカナタが言ってた……「出来るヤツほど言葉の裏に意味を持たせたがる。」って。


これがそれだ。一見褒め言葉に聞こえるけど………言葉の裏を考えれば……


「獅子の雄は縄張り争いだけにしか興味がなく、狩りも育児も全て雌達にやらせる王侯貴族のような生活を送ると聞きました。確かに父の生き様は獅子そのもの、ですね?」


そういう意味だったんだよね? うん、その端正な顔に浮かんだ満足げな笑みでわかったから。


でもボクが大佐と交渉出来る器なのもわかったでしょ? 目いっぱい背伸びしてるんだけどね。


「フフッ。ローゼ姫の力量はよく分かりました。では本題に入りましょう。」


「はい。先に言っておきたいのは私達、薔薇十字は最後の兵団と協同歩調を取りたい。これが話の前提です。」


「実に魅力的な前提だ。それで我々になにをお望みですかな?」


「近いうちに同盟軍の大規模侵攻作戦があるようですね?」


「……よくご存じで。」


質問を質問で返されてイラッとしたかな? これ以上ロウゲツ大佐のプライドを刺激しない方がいいか。


「単刀直入に言います。次の戦役でのアシェスとクエスターの指揮を私に執らせてください。」


「それは即答しかねる要求だ。アシェスとクエスターは重要局面で働いてもらう予定なのでね。剣聖と守護神ほどの強者を率い戦うのは、兵の指揮はおろか戦場に出た事すらないローゼ姫には荷が重いと思いますが?」


「ご心配なく、その為のオブザーバーです。今までただの一人として生還者を許さなかったトーマ少佐が参謀として私に同行すれば、なんの問題もないと思いますが如何?」


「ふむ、それはそうかもしれません。剣聖と守護神、それに死神を引き連れての出陣となれば、彼らの邪魔さえしなければ多大な戦果が見込めるでしょう。で、兵団の……いや、私にどんなメリットが?」


「二つあります。大きい葛籠つづらと小さい葛籠、どちらを先にお開けになります?」


「覇国の諺だけでなく昔話にもお詳しいようだ。逸話の轍を踏まぬよう、小さい葛籠から開けてみましょう。なにが出てくるかな?」


「薔薇十字の出陣にあたって、戦略目標は大佐にお決め頂いて結構です。薔薇十字は大佐の描いたプランに沿って作戦行動を行う……これならば実質、大佐が薔薇十字の指揮を執る事に等しいのでは? 私は現地司令官、と言ったところですか。」


どんな形でもいい。初陣を勝利で飾り、武名を上げる事。戦乱の時代、弱き指導者には誰もついてこない。


「まずは形にこだわらず功名をあげる、か。ローゼ姫は手順が分かっておられるようだ。大きい葛籠の中身を聞きましょう。どんな果実が詰まっているか楽しみだ。」


「大きい葛籠の中にある果実は、すぐに手にできる訳ではありません。まず私は兄をます。遠縁の王族もいなくはありませんが、直系の王族は私と兄の二人。兄を失脚させれば次期皇帝はこの私。次期皇帝の座が揺るぎないものとなれば……お分かりですね?」


ロウゲツ大佐が猛禽の目になってボクを見据える。……大佐の目の輝きは父によく似ていた。


野心を燃やす者特有の……生々しく、全てを焦がす灼熱の炎のような眼差し……


今のボクも……こんな眼差しをしているのだろうか?


「………なるほど。姫はなかなかの野心家のようだ。初めてお会いした時とはまるで別人……魔女の森で死線をくぐり、野心が芽生えましたかな?」


自らも数多くの死線を越えてきたであろう大佐はそう言い、ボクは微笑みを返す。


フフッ、大佐は勘違いをしてるよ? ボクが変わったのは死線を越えたからじゃない。





カナタと………剣を牙に生き抜く狼との出逢いがボクを変えたんだ。



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