兵団編11話 輝く船首に夢をのせて



カーテンの隙間から差し込む朝日が目覚ましになって、用意してもらった個室で目を覚ます。


ベットの上で背伸びをしてから、枕元においてあるバスケットを揺らすと、お目々をこすりながらボクのちっちゃなトモダチが顔を出した。


「おはよ、タッシェ。」


「キキッ!(おはようなの!)」


着替えたボクはタッシェを肩に乗せて洗面所に行き、顔を洗い、歯を磨く。


リビングに行くと博士とコヨリさんが朝食をとっていた。


「おはようございます、博士、コヨリさん。」 「キキッ!(おはようなの!)


「おはよう、ローゼ様。」 「よく眠れたかね?」


「はい、おかげさまで。少佐は?」


「トーマがこんな時間に起きてくる訳がないわ。起こしてくるわね。」


コヨリさんは立ち上がって二階へ上がっていく。


「コヨリさんと少佐って仲がいいんですね。」


「いつも文句ばかり言っているようだが、コヨリがトーマ君を尊敬しているのは間違いない。無論、私もね。」


トーマ少佐とコヨリさんは兄妹みたいに親しい間柄だし、少佐はドウメキ博士を尊敬してる。理想的な師弟関係みたいだ。


「トーマ少佐は元は兵器技術者だったそうですけど、やっぱり優秀なんですか?」


ボクがそう言うとドウメキ博士はちょっと驚いた顔をした。


「トーマ君が話したのかね?」


「はい、大学からスペック社、そこから軍に派遣された経緯は。もちろん誰にも言いません。」


「そうか。ローゼ姫はトーマ君から信頼されているんだね。そうでなければここに連れてきたりせんか。」


「ボクも少佐を信頼してます。魔女の森から救出してもらいましたし、未熟なボクに色々教えてくださる優しい方です。」


「トーマ君は誰にでもそうする訳ではないよ。場合によってはひどく冷淡、いや、冷酷だ。それは覚えておいた方がいい。死神と呼ばれているのは、あながち的外れではないのだ。意味のない殺生は嫌うが、必要とあれば大量殺戮も辞さない。滅多な事では激昂しないが………本気で怒らせたら恐ろしい事になる。」


それはなんとなくわかる。怒ると怖いのは普段は温厚な人間だ。クエスターは穏やかですが、激怒した時の獰猛さは私の比ではありませんよって、怒りんぼのアシェスが言ってたし。


「………おはよう、姫。………日が低い間に起きると、どうも調子が出んな。」


半分眠ったような目のトーマ少佐はボリボリと頭を掻きながらテーブルに腰掛ける。


笑っちゃダメ!笑っちゃダメなんだけどぉ………


「ぷっ………そ、その………ごめんなさい、もう無理!アハハハハハッ!」


ボクはお腹を抱えてテーブルに突っ伏して笑ってしまう。我慢出来ないよ、その姿は!


トーマ少佐ってば、水玉模様のパジャマに、お揃いのナイトキャップまで被ってるんだもん!


怖い髑髏のマスクとの対比がシュールすぎて……おかしいったらないよ!


「キカから貰ったんだ。似合ってるだろ?」


……笑いを嚙み殺しながらお世辞を言っておこう。


「………は、はい。とてもよくお似合いです………」





朝食を済ませたボクは少佐の案内で、スペック社の極秘研究所を散策する。少佐は「例のアレ」のところに向かっているらしい。


「着いたぞ、見てごらん。」


案内された部屋の大きなガラス窓から見えたのは、眼下に広がる陸上戦艦用のドッグだった。


山の中腹の研究所に巨大な造船所があるだなんて……建造した艦をどうやって地上に降ろすんだろ?


ドッグ全体を見回したボクは、疑問の答えよりも素敵なモノを見つけてしまった。


それは美しい船。ドッグの中央付近に、作業用足場に囲われた優美な陸上戦艦の姿が見えたのだ。


金と銀にカラーリングしてる最中みたい。塗装が終われば、さらに美しい姿になるだろう。


「あれは陸上戦艦ですね!すごく優美で速そうな船だなぁ。」


「スペック社の最新鋭陸上戦艦だ。名前は姫がつけてくれ。」


「ボクが? いいんですか?」


「姫の乗る船だからな。」


え!? あ!例のアレってこの船の事だったんだ!


「ボクがもらっちゃっていいんですか?」


「戦うと決めた以上、必要なものだ。薔薇十字の旗艦に相応しい性能がある事は保証する。姫、この船が落とされる時は……」


「ボクの夢が終わる時。………絶対にさせません。ボクの夢を乗せた、この「パラス・アテナ」を落とさせたりしない!」


「パラス・アテナ、か。黄金の剣と真銀の盾を持つ女神を船首像にしつらえさせよう。それでいいか?」


「お願いします!」


クエスターの船は黄金の剣ティルフィング。アシェスの船は女神の盾アイギス。


剣と盾に守られしこの船が冠する名は女神アテナしかない。今のボクが名前負けしてるのはわかってるけど………


今は身の丈に合わなくても、成長すればいいんだ。この船に負けないぐらいの存在にならないと、ボクの夢は叶いっこないんだから!


「少佐、パラス・アテナはどんな特徴のある船なんですか? 見た目の印象では速そうですけど?」


「速いが、取り柄は速さだけじゃない。パラス・アテナは多目的型の戦艦でね、アルバトロスで得たデータを元に開発された。」


「そう言われれば、ちょっと少佐の艦のアルバトロスに似てますね。」


「アルバトロスは完全に俺の好みで設計したが、パラス・アテナには博士の手がかなり入ってる。だから安心していい。」


亡霊戦団の旗艦アルバトロスはトーマ少佐の設計だったんだ!


「じゃあこの艦はアルバトロスの同型艦なんですね!」


「同型艦ではなく後継艦かねえ。アルバトロスは俺好みに建造した試作艦だけに極端ピーキーな性能をしてるんでな、お世辞にも扱いやすい艦とは言えん。だがこの艦は違う。真の意味での万能戦艦だ。」


「どうしてアルバトロスは極端な設計にされたんですか?」


「尖った性能であればこそからだ。気性難の競走馬の方が勝負根性があるのと同じかな。」


代わりに乗りこなす騎手にも相当な力量が必要、そういう事か。ボクには無理な芸当だ。


「なるほど。でもパラス・アテナは強襲戦艦のティルフィングや護衛戦艦のアイギスに比べると華奢な印象ですけど?」


「追加装甲を外した状態だからな。」


「追加装甲?」


「普通の戦艦は用途に合わせた造りになってるが、パラス・アテナは用途に合わせて造りを変える。乱戦が予想される際には追加装甲を装備して防御力を高め、速度が必要な時には装甲を脱ぎ捨てて追加ブースターを装備する、といった風にな。ドウメキ博士は俺の構想を完璧に実現してくれたよ。」


この艦はトーマ少佐のアイデアをドウメキ博士が実用化した例でもあるんだ。試作艦のアルバトロスで新システムのテストをしてたに違いない。


「便利ですけど、扱う者の力量が試される船でもありますね。……望むところです。」


アルバトロスよりは扱いやすいんだろうけど、パラス・アテナも騎手がヘボだと真価を発揮出来ない。


多種多様な性能を持ってはいても、状況に合わせて使いこなせなければ意味はないんだ。


「詳しい性能や設備は艦内で説明しよう。」


ボクは少佐と一緒に窓際の昇降口からドッグ内に降り、鋼の移動要塞に歩み寄る。


船首の前でボクはパラス・アテナに呼びかけた。


「今日からキミの名前はパラス・アテナだよ。ボクを乗せて、一緒に戦ってね。」


マグナムスチールで出来た巨大な艦は、ボクの呼びかけに応えてくれたような気がした。




艦橋でトーマ少佐からパラス・アテナの持つ性能や陸上戦艦の運用法のレクチャーを受ける。


「………性能や基本的運用法はこんなところだ。カラーリングと船首像の取り付けが済み次第、リリージェンへ送る。実際に動かす訓練はそれからやろう。」


「はい、よろしくお願いします!」


「そうだ、それとこの本をあげよう。暇な時にでも読むといい。」


そう言ってトーマ少佐は一冊の本を手渡してくれた。


なんの本だろ? タイトルは「サルでもなれる剣術の達人」……剣術の指南書みたいだけど……


「キッ!キキッ!(おこ!おこなの!)」


種族の名誉を穢されたタッシェが、ボクの肩の上で飛び跳ねて抗議する。


「ハハッ、すまんすまん。確かにサルに失礼なタイトルだな。これをやるから機嫌を直せ。な?」


トーマ少佐はポケットからミニバナナを取り出して、タッシェを買収にかかる。


買収されたタッシェはミニバナナを抱えて、ボクに剥いて剥いてとアピールしてきた。


ボクはトーマ少佐に本を返し、食いしん坊のタッシェにバナナを剥いてあげる。


「仕方ないコだね、タッシェは。はい、ゆっくりよく噛んで食べるんだよ? トーマ少佐ってアニマルエンパシーも持ってるんですか?」


「一応な。さて、サルの名誉を穢す本は焚書にしちまうかな。」


トーマ少佐の手の中で本は燃え尽きて灰になった。


「あ、熱くないんですか?」


「手袋をしてるだろ?」


トーマ少佐は黒い手袋をはめた手をヒラヒラさせて涼しい顔だけど……そういう問題かなぁ?


「それに俺の皮膚装甲は熱に強い調整がされているからな。滅多な事じゃ火傷はしない。」


………この人、なんでもアリだよ。こんな超人と戦ったカナタも大変だっただろうなぁ。


「そろそろ心配性のアシェスあたりがソワソワし始める頃だろう。姫、リリージェンに帰投しようか。」


「帝国公館ではなく白夜城に送ってください。それからアシェスとクエスター、クリフォードを白夜城に呼んでおく事もお願いします。公館には侍女スパイがいますから、先に内緒話を済ませておきます。」


「なるほど。姫もだいぶ暗闘のやり方が分かってきたようだな。」


「はい、平穏に見える時でも戦いは行われているんですね。」


「平穏に見える時ほど注意が必要だ。台風のど真ん中にいる時は嵐の存在に気付かないもんさ。」


トーマ少佐の言葉にボクは頷く。




そう、ボクは陰謀渦巻く嵐の中心にいる。暴風の真っ只中に飛び込む時は………もう近いはずだ。




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