兵団編10話 己を知る者
テーブルに役者、いや観客が全員が揃った。亡霊戦団随一の名シェフ、ミザルさんの料理ショウが始まる。
食卓を飾るのは、色とりどりの艶やかで美味しそうな料理達、世界中の料理の見本市みたい!
「ミザルさんって覇国の料理だけじゃなくて、色んな国の料理が作れるんですね!」
「旨いもんに国境はないのさ、姫。どの国の料理だろうが旨いもんは旨い、シンプルな真理だ。」
ボクの前に牡蠣フライを盛った皿を置きながらミザルさんは答えた。
「美味しければ正義、素敵な真理です♪」
レモン汁で頂く牡蠣フライって最高だね!
トーマ少佐も健啖家だけど、イワザルさんはもっとすごい。山のように盛られた料理を食べる食べる。圧巻で爽快な食事風景だよ。
イワザルさんは体もすっごく大きいんだけど、機構軍に数える程しかいない超重量級バイオメタルだから消費カロリーが半端ないよね。
「ガン、主役を運ぶのを手伝ってくれ。サイズがあるんでな。」
ミザルさんの言葉を聞いたイワザルさんは立ち上がって厨房に入って行き、しばらくしてから右と左の手に一つづつ、巨大なお皿を持って戻ってきた。
大皿の上に載っていたのは、子豚の丸焼きだった。パリパリに焦げた皮の香ばしい薫りが食卓いっぱいに広がり、食欲をそそってくれる。主役を張るに相応しい豪華絢爛な逸品だね♪
「こっちは皆で取り分けよう。こっちはガン、おまえが一人で食っていい。」
ミザルさんがそう言われ、イワザルさんは嬉しそうだ。
ビッグダンディーすごいね!子豚を丸一匹食べちゃうんだ!
「バクスウ老師に習った子豚の丸焼きだ。皮はパリッと、肉はジューシーに仕上がってるはずだぜ。」
「ミザル君、ここのオーブンでよく調理出来たね?」
「博士、これは調理したのをヘリで運んできたんだ。モノがデカいからホイルで包んでおけば、数時間は暖かいままだからさ。」
わざわざヘリで運んできたんだぁ。わっ!この子豚、目が光ってる!どんな仕掛けなのかな?
恐る恐る光る目を覗き込んだタッシェが、慌ててボクの肩の上に退避してきた。怖かったらしい。
「キキッ!(怖いの!)」
「大丈夫だよ、タッシェ。襲ってきたりしないから………きゃあ!!」
子豚の顔がこっちを向いて、威嚇するように口を開いたよぉ!
「キッ!キキッ!(姫たま!動いたの!)」
タッシェがボクの髪にしがみつきながら子豚を指差し、脅威を訴える。
「……コヨリ、料理で遊ぶのは感心しないね。」
ドウメキ博士がそう言うと、コヨリさんがペロリと舌を出した。……サイコキネシスだったんだね!
「コヨリさん!意地悪ですよ!」 「キキッ!(意地悪なの!)」
「ごめんなさい、ついつい。でもいいリアクションだったわ。」
「お姫さんはこんな風になるなよ。嫁き遅れになっちまうからな。」
「ああ!? 今なんつった糸目!」
般若の顔に変貌したコヨリさんがミザルさんに食ってかかる。ミザルさんはこいこいと手で挑発。
リビングの隅に移動した二人は小突き合いを始めたが、ドウメキ博士を始め、誰も止めようとしない。
「………止めなくていいんですか?」 「キキッ?(いいの?)」
自分用の子豚の丸焼きを黙々と食すイワザルさんが黙って首を振る。……構うな、って事だね。
食事を終えたボク達はティータイムを楽しむ。
少佐とイワザルさんと赤衛門さんは、まだお酒を飲んでるけど……ホント、呑兵衛さんだなぁ。
トーマ少佐が手酌で杯に透き通った覇酒を注ぎながら聞いてきた。
「姫、薔薇十字の勢力をどう拡大していくつもりだ? 提携相手として、グランドデザインを聞いておきたい。」
ですよね。まずは………
「先立つものはまずお金、ですね。スペック社からの資金協力だけじゃなく、篤志家からの援助も募りたいんです。ですので、心ある篤志家をまとめたリストの作製をお願いします。」
「わかった。説得は姫がやる、でいいのか?」
「はい。役割分担とはそういうものかと。」
「頼もしいな。資金の目途がついた後は?」
「………戦果を上げます。薔薇十字の力を示さねばなりません。力こそ正義、そんな考えに与するつもりはありませんが、力なき者はなにも為し得ない。それが今の世界の現実ですから。」
薔薇十字の力を示す戦いで失われる命がある。それは分かっているのだけど………ボクはやる。
地獄に落ちる覚悟はもう出来てる。
「………近いうちに同盟軍の大規模侵攻作戦が発動する。一年ぶりの大戦役が勃発するだろう。」
!!!
「名を上げる好機到来、という訳だ。だが
アシェスとクエスターは皇帝の命にて兵団に派遣されている。ロウゲツ大佐は二人を戦力として計算しているはずだ。
「大佐とお話をする必要がありそうですね。剣と盾は薔薇十字の主戦力ですから、最後の兵団と共同歩調を取りつつ、ボクの目的の為に戦ってもらいます。」
「出来るかい?」
「やってみせます。もちろん少佐のアシストは必須ですよ? 力を貸してくださいね!」
ボクだけの提案なら一蹴されるかもしれない。いや、されるだろう。でもロウゲツ大佐はトーマ少佐に一目置いている。口添えがあれば説得は可能だ。
「ハハッ。少佐、お姫さんはなかなか人使いが荒い提携相手みたいだぜ?」
ミザルさんが茶化すと、トーマ少佐は苦笑いした。
「全くだ。だが利用出来るものは利用する、は考え方として望ましい。姫は現状ではなんの実績もなく、あるのは皇女という名の権威だけだ。真の王者とは己を知る者、自負と自信を兼ね備え、さりとて過信せず。………天才鬼才は数多しと言えど、これが出来ないのさ。」
ボクは身の程を知っている。カナタの言った通り、ボクを個として上回る者はいくらでもいるんだ。
だけど、個の力が全てを決したりしない。社会とは個が集まって構成されているんだから。
個として及ばない者が個をまとめた集団を率い、
ボクが歴史上に新たなサンプルを一つ増やすだけだ。
「さて、姫。コイツをアイカメラで撮影してくれ。なるべく早く暗記して、暗記が終われば消去する事。」
トーマ少佐から紙の書類を手渡されたので、受け取って目を通しながら撮影する。
これは………暗号表!月と曜日、それに時間で言い回しが変わるんだ。
日常会話を装って機密事項を伝達する為に、こんな複雑な暗号を使ってるんだね。
「本当に大事な話は直接会って話すべきだが、毎回そうする訳にもいかん。急を要す事態もありえるしな。その暗号を教えていいのはクエスター・アシェス・クリフォードの3名まで。他の者には教えてはいけない。」
これからは諜報もボクの仕事、頑張って覚えないと。ん?……これって!?
「わかりました。………少佐。ボクの侍女の顔写真が何枚か挟んであるのはいったい………」
「その侍女達は姫の動向を皇帝に報告する役目を負ってる連中だ。要警戒者、彼女達は隙あらば聞き耳を立てていると考えてくれ。」
そんな!………いえ、父ならやりかねない。
「………そうですか。重々注意します。少佐、ありがとうございます。」
ボクの周辺の調査を事前に済ませていた、か。少佐はボクが提携を持ちかけてくる事を予期していたんだ。
「礼はいらんよ。こちらの安全の為にやっている事だ。目障りだろうが、その侍女達に暇を出したりしてはいけない。」
「はい、より警戒されるだけでしょう。」
「知られて差し支えない情報は聞かせてやればいい。撒き餌としてな。」
「撒き餌?………あ!いざという時に偽情報を流すのに使える、ですね!」
「そうだ。ただしガセネタを掴ませられるのは一度きり。その後はより巧妙な方法で姫の近辺を探ろうとするだろう。そのあたりはよく考えて札を切らねばならん。切り札は切りどころを誤ると自分の首を絞める事になる。」
トーマ少佐は暗闘慣れしてるみたいで頼りになる。停戦を模索するボクの考えが、遠からず父と衝突する事も見越しているようだ。
今は指南役として最大限に働いてもらおう。ボクが風雨に負けない強い翼を手に入れるまで。
「少しいいかね? トーマ君、八岐大蛇の整備改修の件だが、やはり私が赴く事にするよ。スペック社として最大限の協力を形にして見せたいと、九重部長が言うのでね。」
「戦役が近いから八岐大蛇の出番があるかもしれんが……なにも博士が行く事はなかろうに。」
「彼女には色々と便宜をはかってもらっている。それに今進めている研究が壁にあたっていてね、少し気分転換もしたい。ここの居心地は悪くないのだが、たまには外の空気も吸いたいのだよ。」
「ドウメキ博士のような天才でも壁にあたる事があるんですか?」
ちょっと意外。見た目通りに研究もスマートにこなしてそうなのに。
「私程度では天才とは言えないね。せいぜい秀才と言ったところだ。真の天才とはもっと凄いものだよ。」
博士は被りを振って答えた。真の天才とは叡智の双璧と謳われたあのお二人の事だろうか?
「博士の気分転換を兼ねてという事ならいいか。俺と戦団で護衛しよう。」
「同行してもらうつもりだったから丁度いい。トーマ君は八岐大蛇の発案者なのだし。」
はい!?……あ、トーマ少佐って企業傭兵になる前は兵器技術者だったっけ!
「八岐大蛇ってトーマ少佐が造ったんですか!?」
驚きでちょっと上擦った声の質問に、少佐に代わってコヨリさんが答えてくれた。
「トーマがグランドデザインして、父が造ったのよ。ぶっちゃければトーマはアイデアだけ出して、後は全部、父の仕事なんだけど。トーマは大体そうなのよ。突拍子もないアイデアを出しては、父に放り投げるの。イチゴショートを買ってイチゴだけ食べる、みたいな?」
それ、最初からイチゴだけ買えばいいと思います。
「数機の大型曲射砲をレール移動させて集中運用するというアイデアは素晴らしいよ。拠点防衛用の大型曲射砲を全方向にまんべんなく配置するより、相手の布陣に合わせて集中運用する方が理にかなっている。あそこまで巨大な砲台を移動可能にする
「博士あってのアイデアだ。俺には無理でも博士なら出来ると思っていた。」
親も同然の存在で師でもある、か。トーマ少佐とドウメキ博士の間には強い絆を感じる。
「博士、開発中の例のアレだが、姫に献上する事にした。ロールアウトまでどのぐらいかかる?」
例のアレ? なんだろう?
「完成はしている。まだテストが済んでいないが。」
「一週間で頼む。次の戦いには間に合わせたい。」
「わかった。やってみよう。」
「少佐、例のアレってなんですか?」
ボクは好奇心を抑えきれなくなって聞いてみた。
「それは明日のお楽しみだ。姫、そろそろ子供はお休みの時間だと思うが?」
む!子供扱いされるのは面白くないけど、タッシェがもう眠そうだ。
楽しみは明日に取っておこう。今日は疲れたし、ぐっすり寝よっと。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます