争奪編34話 カボチャ頭は冥界の使者



娯楽区画にある焼き鳥屋「鳥玄」の座敷席にオレ達は布陣した。


新たなる戦いは玄馬ヒサメさんが経営するこの居酒屋が舞台だ。


ここはオレとシュリが後世に語り継がれるであろう伝説の儀式、「鳥玄の誓い」を交わした聖地。


新たな戦いの舞台として、ここほど相応しい場所はないだろう。


「兄貴ィ、勝てば官軍ってのは実戦だけにしてくれよ。お遊びでこすい手を使うなよな、まったくぅ。」


額に太字のマジックで「肉」と書かれたリックが、生中のジョッキを煽りながら憤慨する。


額の文字の意味がわかってるのが、オレだけってのはむなしいモンがあるな。


居並ぶウスラの額には「受け専のホモ野郎」、トンカチの額には「ミミズ以下の脳筋野郎」の文字。


これが敗者に課せられた刻印というワケだ。書いたのは無論リリスなのだが。


コンマツーの紅一点のノゾミには、ほっぺに可愛いハートマークが書かれているだけなのは武士の情け。


リリスがとんでもなく卑猥な言葉を書こうとしたのを、全員で止めたってのが真相だが。


「焼き鳥盛り合わせにどて焼き、枝豆に冷や奴、お待たせしました~。」


大量の焼き鳥盛り合わせを手際よくテーブルに並べるキワミさん、相変わらずの手並みだ。


「お姉ちゃん、ありがと~!」


「あら、ノゾミ。ほっぺをどうしたの?」


「可愛いでしょ!罰ゲームなの!」


「あらあら。もうすぐ初仕事ね。……必ず生きて帰ってくるのよ?」


「うん!みんなと一緒だから大丈夫!」


「カナタさん、ノゾミをよろしくお願いします。手頃な作戦のようだからノゾミには丁度いいでしょう。」


「確かに手頃な作戦ですけど、一体どこでそれを?」


「ふふ、どこででしょうね?」


完璧な接客スマイルではぐらかされちまったか。油断ならねえなぁ。


オレのカンだけど、仲居竹極バイトマスターには、な~んか秘密がありそうなんだよな。


剣術をやるようになってわかってきたけど、キワミさんは「使うヒト」な感じがする。


「殺し屋のバイトもやってますので。」とかしれっと言いそうなんだよね、キワミさんって。


ま、深入りする必要はないか。ガーデンの職員は司令自ら面接し、調査を行った人間ばかりだ。


なにかあるにしても、オレ達に不利益ってコトはあるまい。


「隊長、ジョッキが空ですよ。まだビールですか?」


隙あらば世話を焼きにくるシオンは、オレのジョッキが空なのを見逃さない。


「いや、あく……」


「悪代官大吟醸を冷やで。シオンさんはウォッカをロックで、ですね?」


「は、はい。どうしてわかったんですか?」


「居酒屋のバイトも長いですから。」


……やっぱ只者じゃないよなぁ。





鳥玄で飲んだ後はスネークアイズに行って、ダーツやビリヤードを楽しんだ。


シオンはビリヤードが上手く、今度オレにも教えてくれるって言ってたから楽しみだ。


ダーツはナツメの完勝、なんとダーツは初めてって言ってたのにだ。


ナツメ曰く、「動かない的に当てるのが、なんで難しいのかわからない。」だそうだ。


動く相手に手裏剣を投げてりゃそうなるのかね? ンなワケねえな。


単にナツメが天才だってコトなんだろう。


楽しいガーデンの生活、だが、いよいよ任務だ。しかもオレは仲間の命を預かる立場。


任務は遂行する、部下も守るって台詞を吐いた男前のギャングリーダーがいたが、今のオレに必要な至言だ。


心してかかんな、天掛カナタ。おまえがヘマしたら部下も死ぬんだぜ?




いつもより2時間遅い、9:00ピッタリに起床。今朝はナツメやリリスの襲撃はない。


出撃前は一人で集中したいオレのコトを分かってくれてるのだ。


今日はトレーニングもしない。作戦概要に目を通し、地形、建屋を確認。


ありえるケースの検討は済ませたが、見落としがないか、最後のチェックだ。


9:40、さあ行くか。ヘリの発着場が集合地点だ。




9:50、屋外ヘリポートに到着。主立った面々は既に集合してる。


クリスタルウィドウの精鋭からさらに選抜された精鋭達、と言いたいが、マリカさんが火隠れの里から連れてきた新米忍者の顔も見える。


ま、標的ターゲットが辺境基地だからなぁ。若手に経験を積ますのに丁度いいと判断したんだろう。


「重役出勤だな、カナタ。」


部隊の絆より、女の色香を取ったスケベ中年に声をかけられる。


「飲み屋の姉ちゃんは口説けたか?」


「鋭意交渉中だ。コンマワン、ツーの全員が揃ってるぜ。」


「よし。マリカさんを待とう。」


9:58にラセンさんを伴ったマリカさんがやってきた。色の違う左右の瞳でオレ達ゴロツキ共を一瞥してから、号令をかける。


「揃ってるね。野郎共、出撃だよ!辺境基地でバカンスを楽しんでるボケナス共に目にモノ見せてやんな!」


「イエス、マム!」


ゴロツキ共は敬礼してから大型軍用ヘリに乗り込んでいく。




「どうにも高い所は落ち着かねえ。早く目的地につかねえもんかな。」


出発して一時間もしないうちにソワソワし始めるリック。落ち着きのないヤツだ。


「まだ一時間も経ってねえぞ。中継基地を経由して作戦地到着は21:00だ。ナツメを見習って少し落ち着け。」


「あれは落ち着いてるっていうのかね?」


ナツメはシオンの膝を枕にスヤスヤ寝息を立てている。


(リック。自分のコトよりノゾミの緊張をほぐしてやれ。今からあんなんじゃ持たない。)


ノゾミは無言でヘリの窓から外の景色を眺めている。ガラスに映る表情は見るからに硬い。


(っと、迂闊だったぜ。ノゾミは初めての実戦だもんな。)


(リック、おまえは小隊長なんだ。部下にも気を配れ。)


(イエッサー。)


リックはノゾミの隣に座って馬鹿話を始めた。


リックの馬鹿話にノゾミは時折、笑顔を見せる。これなら大丈夫だろう。




中継基地で休息し、それから5時間後、オレ達は作戦地に到着した。


地上に降りたオレ達は現地に用意されていた車両のカモフラージュを取り払い、乗車する。


ここから標的の基地までは陸路、時間にして約50分だ。


オレの乗る軍用車両はシオンがハンドルを握る。


シオンはバイクからヘリまで、なんでも操縦出来るらしい。


コンマツーのリガーはトンカチ、意外なコトにハンドル捌きは本職顔負けなんだそうだ。


整備兵も出来るってんだから大したモンだ。戦槌だけじゃなく作業用ハンマーも得意ってコトか。


予定通りに30名のゴロツキは、標的を見下ろす崖の上に到着した。


オレは車両から降り、瞳の望遠機能を最大にして荒野の中にそびえる基地の様子を観察する。


おいおい、司令棟の屋上にヘリがいるじゃないか。事前の情報じゃ屋上のヘリポートに常駐してるヘリはいないって話だったはずだが。


アレを先になんとかしとかないと、基地司令に逃亡される恐れがある。


「屋上にヘリがいますね、マリカさん。」


崖の先端に立つのも絵になるボスにそう言ってみた。


「だねえ。ま、こんくらいの予定外はいつもの事さ。」


「どうします?」


「通信施設を殺すついでにアタイが潰すさ。だがその分、アタイの合流が遅れる。カナタが穴埋めするんだよ?」


「イエス、マム。」


「屋上でヘリが爆発すると同時に攻撃開始アタックスタートだ。野郎共、配置地点へ移動開始!」


マリカさんは幹部達に声をかけながら高く跳躍、切り立った崖から飛び降りた。


「コンマワン、ツー、待機地点へ急ぐぞ。敵の哨戒に注意しろ。」


オレは部隊を引き連れて待機地点へ向かう。さあ、作戦開始だ。




敵の哨戒に出くわすコトもなく、オレ達は配置地点の窪地に身を潜めるコトに成功した。


「敵襲はないと思い込んでぶったるんでやがるな。見ろ、見張り塔の兵士がアクビしてやがる。」


「安全な基地なんてないのにね。はい、これ。准尉の分よ。」


オレはリリスに渡されたパンプキンヘッドを被る。


「男前に見えるか?」


「いつもよりマシね。ずっと被ってたら?」


毒づきながらリリスもパンプキンヘッドを被る。言い出しっぺが自分だけに被らざるをえないらしい。


「そろそろだね、カナタ。」


「ああ。ナツメはいつものように皆のフォローに回ってくれ。経験の浅いヤツを中心にな。リムセもだ。」


「まかせて。」 「はいです!」


ナツメとリムセに指示を出し、準備は完了だ。いや、オレの覚悟がまだだな。


……もう割り切れ。これは戦争だ。スポーツみたいに公平な勝負なんかじゃない。


どこの誰かも知らない敵兵達よ、オレ達の標的にされた不運を呪うんだな。


「隊長、緊張していますか? 浮かない顔ですけど?」


浮かない顔もなにもパンプキンヘッドなんだが。けど副長シオンに心配かけるようじゃいけないな。


「いや、気乗りしないだけさ。これから始まるのは多分、戦闘じゃない。一方的な……」


オレが台詞を言い終える前に、司令棟屋上から爆発音。真っ暗な夜空を照らす派手な花火が打ち上がる。


いくか、お仕事の時間だ。




「コンマワンはオレがトップ!コンマツーはリックがトップをやれ!命令オーダー見敵サーチアンド必殺デストロイ!繰り返す、見敵必殺だ!!」





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る