昇進編26話 働く納豆菌
ブリッジでの三文芝居を終えてしばらくたち、β街道到着まで1時間を切った。
いくらオレ達が陽気な荒くれ者といっても、出撃1時間前には緊張を取り戻す。
そこにアスラ部隊旗艦である白蓮からの通信が入る。
スクリーンに映し出された女帝のお言葉を拝聴するか。
「マリカ、β街道の情勢だがヒンクリー師団は善戦している、との事だ。」
「アタイらがコールド勝ちしても、β街道で負けたんじゃ1勝1敗で意味ないからな。善戦ぐらいはしてもらわないとね。」
「私達の到着前にヒンクリー師団が既に1敗している。β街道で敗北すれば1勝2敗で負けこしだ。ヒンクリー少将もそれが分かってるから必死だろうよ。」
「アタイらも必死さ。必死と書いて、必ず敵を死なす、だけどね。」
「相変わらず頼もしいな。だがヒンクリー少将も捨てたものではないらしい。私とした事が、少し過小評価していたかもしれんな。」
「へえ。骨のありそうな男だとは思ったけどね。」
「不屈の闘将と呼ばれているのは伊達ではないようだ。レブロン師団はα街道での敗北が分かった時点で撤退するつもりだったようだが、それを察したヒンクリーが数的劣勢にも関わらず、逆攻勢に出たお陰で撤退が思うようにいっていない。戦術家としての能力は同盟でもかなり上の部類だろう。」
「なるほどね。カナタ、アタイはおまえの意見が聞きたい。この状況をどう思う?」
こんな場面で話を振らないで欲しい、オレは軍曹で1番隊のヒラ隊員ですよ。
ここはラセン流奥義、しれっと顔で逃げきろう。
「司令とマリカさんの作戦検討に口を挟むような立場じゃないです、オレは。」
ラセン流奥義を駆使しても、女帝はオレを逃がしてはくれなかった。
「かまわん、言ってみろ。納豆菌の詰まったそのオツムが、この状況をどう考えるか聞くのも一興だ。」
まいったね。では脳内の納豆菌をフル稼動させてみるか。
………………ああなって、こうなって、ああ、うん。それもあるか。
よし、だいたい考えはまとまったな。
「一刻も早く全部隊でβ街道に到着する。これが王道で安全策でしょう。」
女帝はこのお答えはお気に召さなかったようだ。
「稚児でもそんなことは分かっている。まぁこの状況では奇策などありはしないか。」
「奇策を弄する余地は、………なくはないですけど。」
「なんだ、納豆菌はちゃんと仕事をしてるんじゃないか。言ってみろ。」
「β街道に向かう陸上戦艦を7隻から4隻に減らすっていう手はあります。残りの3隻はレブロン師団の撤退ルート方面に向かわせるんです。」
「カナタ、そりゃどうだろうね。β街道では3600対1800の戦いをやってんだ。700でいくのと400でいくのとではずいぶん話が違ってくる。400で行っても勝てるだろうけど、700でいけば犠牲が出る確率はぐんと下がる。」
クランド中佐もマリカさんに同意する。
「β街道で勝利し、敗走するレブロン師団に3部隊が足止めに回ってさらなる戦果を上げるという事なのだろうが、欲のかきすぎはロクな結果にならん。」
「クランド、そうではない。………なるほど、その手はありだな。」
司令はオレの意図に気付いたようだ。
「イスカ様、どういう意味なのです?」
「カナタらしい考えだよ。ハッタリをかまそうって訳だ。そうだろう、カナタ?」
「はい、撤退ルートに向かうのは陸上戦艦だけで、中の兵員は残りの4隻に分乗するんです。陸上戦艦には兵員を搭乗させなきゃならないなんてルールはありません。ちょっと狭苦しいですけど、β街道到着までの辛抱ですから。」
マリカさんがニヤリと笑って、
「なるほどねえ、空っぽの陸上戦艦3隻を使ってレブロンに脅しをかける訳だ。急いで撤退しないと撤退ルートに工作するぞ、足止めするぞってね。」
「ええ、それであせって撤退を急ぎにかかればもうけもの、です。ヒンクリー少将が仰っていました、レブロンは前線には出てこない指揮官だって。戦闘能力に自信がなくても陸上戦艦を前線に出して指揮を取る指揮官もいます。徹頭徹尾前線に出ようとしないレブロンは生きたがりの性格をしていると思われます。部下に死ねと命じるコトは出来るが自分が死ぬのはイヤ、こういう輩は自身の安全に直結する撤退ルートの確保には神経質になるんじゃないかな。分隊を壊滅させたアスラ部隊の恐ろしさはもう十分に認識したハズですし。」
「カナタの策をとろう。足の速い不知火、サジタリウス、五月雨を撤退ルートに進軍させれば、レブロンは自分の旗艦と護衛の直属部隊を安全圏まで下げようとするだろう。β街道での戦いに3隻の陸上戦艦が参加できないのはやや痛いが、指揮官が安全圏内まで下がって指揮を取るレブロン師団の弱体化の方がメリットは多大だ。ハッタリに使った3隻はさっさとUターンさせて隠し、4隻の陸上戦艦と7つの部隊でレブロン師団を叩く!」
司令の決断は下された。ならば後は行動するのみだ。
オレ達1番隊は司令の白蓮に搭乗することになった。
装備パックを持って白蓮に移動、無論この移動は周囲を厳重に警戒し、密やかに速やかに行われる。
そして白蓮にはゴロツキが溢れるコトになる、なんせ最大搭載兵員数をオーバーしてるんだから。
オレとシュリは通路にある休憩スペースに退避するコトにした。
自販機で飲み物を買う、オレは珈琲、シュリは紅茶だ。
シュリは大の紅茶党なのだ、珈琲党のオレとはホント色んな意味で正反対だよな。
「さっきはビックリしたね。ナツメが自分から会話に参加してくるなんて僕の記憶にないよ。」
「あのナツメがツッコミたくなるほど三文芝居がバカバカしかったとも言えそうだが。ま、いいコトではあるな。う~ん、次はもっとバカバカしくないとツッコんでくれないかもな。さっきのでナツメにはボケへの耐性がついたと考えるべきだろうし。」
「………カナタ、考えるべきはナツメと自然に会話する方法だと思うぞ。」
そうですね。ついついオレの中に眠る芸人魂がうずいてしまった。
「シュリ、おまえはナツメの件よりホタルのコトを考えてやれよ。」
「………カナタも気付いていたのか。相変わらず目ざといな。」
「たぶん、オレが火隠れの里のみんなと馴染んでいくのが気に入らないんだと思うけど。」
「そうらしい。でも今は僕がホタルをフォローするのは無理なんだ。」
「おい、喧嘩でもしたんじゃないだろうな?」
「喧嘩じゃないよ。でもSNC作戦の開始前にちょっとね、言い争いになった。」
「それを喧嘩って言うんだよ。…………やっぱオレが原因か?」
「ホタルが言うにはカナタはいつもイヤラシイ話をしていて不潔なんだそうだ。確かにカナタはおっぱいおっぱい言ってるけどさ。でもそれだったらアクセルさんだってそうだし、嘆かわしい話だけど1番隊のみんなは大抵上品とは言えないよ。カナタだけがダメってのは狭量じゃないかって言ったら………」
「………言ったら?」
「……………みんなはいいけどカナタだけは生理的にイヤ、なんだそうだ。」
聞きたくなかった残酷な事実。生理的にイヤっすか。そうっすか。ヘコむわぁ。
「そこで僕も感情的になっちゃってね。じゃあカナタの友達の僕も生理的にイヤなんじゃないかって言ってしまったんだ。そこからちょっと、ね。」
「孤立感を深めてるホタルを追い込んじゃってどーすんだよ。そこはテキトーに会話を合わせとくんだよ。」
「思ってもいない事なんか言えないよ。特に友達には。」
ホタルは友達じゃなくて友達以上だろーがよ。融通きかせろよ、そんな時ぐらい。
どんだけ不器用で真面目なんだよ。
オレ達の会話は艦内放送で中断される。ドンパチの時間か。
「行こうカナタ。まずは生き残ろう。全てはそこからだ。」
「だな、レブロン師団の兵隊にゃ気の毒だが、オレらの未来の礎になってもらう。」
オレとシュリは拳を突き合わせてから、並んで出撃ハッチへ向かう。
負ける戦いじゃないと分かっている。でも勝ち戦でも戦死者は出るのだ。
必ず生き残る、必ずだ。オレには生きる理由がもうあるんだから。
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