昇進編25話 戦の合間に三文芝居
α街道での戦いはあっという間にケリがついた。
一方的展開、ワンサイドゲームだったとしか言いようのない内容で。
レブロン師団分隊1400名とアスラ部隊700名が激突して、レブロン師団の戦死者は約600名、捕虜約400名である。
レブロン師団分隊で生きて戦地を離脱できた兵士は3分の1に満たなかったのだ。
対するアスラ部隊の戦死者はゼロ、である。まさに
負傷兵は無論出た、だがバイオメタル兵は相当なダメージを負っても医療ポッドに入れば回復する。
元の世界とはそこが違う。負傷兵というモノに対するウェイトは軽いのだ、医療技術と兵士の復元力が格段に上だから。
戦闘終了後30分もしないうちに、哀れな敵兵の血が存分に染みこんだ平原に野営用のテントが乱立する。
捕虜を収容するためのテントだ。そこに2番隊副長のアブミさんと軽い負傷のアスラ部隊隊員50名ばかりを警護兵として残すと、司令はすぐさまβ街道に進撃を命じた。
β街道に向かう陸上戦艦7隻の先頭を走るのは我らの不知火である。
ブリッジ中央に設置されている本革で造られた特注の指揮シートにマリカさんはふんぞり返って煙草を吹かしながら、ワインとチーズを楽しんでいる。
呑む蔵くんで即アルコールが抜けるからって余裕すぎでしょ。
無論、委員長で風紀委員も兼任する我が友は黙ってはいない。
「マリカ様、作戦中です。ワインは作戦終了後にお飲み下さい。よろしいですか? 確かに先ほどの戦いは余裕でしたが油断大敵という言葉もあります。捕捉できなかった敵が今にも奇襲の機会を窺っているかもしれないのです。それに1番隊の指揮官であるマリカ様がそんな事では部下の皆も緊張が緩み………」
シュリはどっちかって言うと不器用で口下手なヤツだけど、お小言だけは立て板に水って感じでスラスラ出るよなぁ。
「シュリ、おまえは相変わらず堅っ苦しいねえ。この不知火のソナーをかいくぐって奇襲できるヤツがいるってんならお目にかかりたいもんだよ。」
それでもマリカさんは従卒役の隊員に命じてワインとオードブルの載ったトレイを下げさせる。
「ありがとうございます。β街道の戦いはもうすぐです。僕達を勝利にお導き下さい。」
「アタイが導くんじゃない、アタイ達1番隊は全員で一匹の蜘蛛だ。アタイが頭でおまえらが手足。役割は違うが優劣はない。アタイら全員で勝つんだよ。」
「はい、仰る通りです。僕の認識が間違っていました。」
カロリー補給にキャラメルを舐めていたリリスが会話に加わる。
「シュリりんは頭が堅すぎなのよ。石頭に軟化剤でも注入してもらえばいいのに。」
「シュリりんって誰!? 人をゆるキャラみたいに呼ばないように!」
「はいはい、ちゃんと名前で呼べばいいんでしょ。………尻ノ助だったっけ?」
「修理ノ助だぁ!僕は空蝉・しゅ・り・の・す・け!!」
「ゅが抜けただけじゃない。小さい事は気にしないの。」
「気にするに決まってるだろ!僕は尻にも乳にも興味はない!」
「あらヤだ、シュリはホモ野郎だったの。軍曹は狙わないでよ?」
「違~う!カナタみたいに乳尻の為に生きてる訳じゃないって言ってるんだ!」
おい、こっちに飛び火させんなよ。
マリカさんがそっくり返って笑いながら、
「ククク、カナタは乳尻の為に生きてんのかい?」
「目尻に涙を浮かべるほど笑うコトないでしょう!乳尻が嫌いじゃないのは事実ですけど。」
正確には乳尻に加えて太股とうなじの為に生きているワケだが。
「いやいや、シュリとリリスの漫才が息ぴったりだったもんだからさ。アンタ達ネタ合わせとかやってんじゃないだろうね?」
「マリカ様、そんな訳ないでしょう!」
「私の相方は軍曹、夫婦漫才が本業なの!」
「おや? カナタはツッコまないのかい?夫婦じゃねーよ!って言いそうなもんだが。」
……………リリスに関する恐るべき事実は1番隊全員で共有しておいたほうがいいよな。
「恐るべき事実が発覚しまして現在、対応を検討中なんですよ。」
「恐るべき事実、なんだいそりゃ?」
「リリスがウチに来てから、ひたすらボケ倒すこの銀髪ちびっ子にひたすらツッコんできて分かったんです。基本的にコイツはドSで容赦ない罵詈雑言を浴びせてきます。無論それに対する反撃も試みました。ですが鉄面皮なのでほとんどの口撃は効果がありません。しかし稀にリリスの痛いところにヒットする場合もあったんです。」
ブリッジにいた幹部をはじめとするブリッジクルーが全員で静聴態勢に入っている。
リリスの暴言災害には全員が被害を被ってるってコトかよ、やっぱり。
ラセンさんにせかされる。
「それで? 痛いところにヒットした場合はリリスといえど怯むのか?」
「いえ、怯みません。むしろ喜びます。」
「喜ぶだと!………ま、まさか。と、言う事は………」
「はい、ラセンさんは理解できたようですね。この銀髪ちびっ子の恐るべき特性を。」
「カ、カナタ!僕は理解出来ないぞ!どういう意味があるんだ!」
オレは厳かにリリスの持つ精神的特性について言及する。
「シュリ、リリスはドSなんだがMっ気もあるって事なんだ。」
「………バ、バカな。それじゃこういう事なのか? 普段はドSで罵詈雑言を撒き散らし、反撃されたら鉄面皮で跳ね返す。よしんば反撃が通じてもMっ気を発動させて喜んでしまう。………か、完全無欠のメンタルモンスターじゃないか!」
「メンタルモンスターと言うよりはメンヘラモンスターではないかとオレは分析しているんだが。なんにせよリリスは精神的には無敵の完全生物だ。現状、我々に対抗手段はない。」
絶望の表情を浮かべたシュリの
「ぼ、僕達にはなにも出来ないっていうのか。僕達に希望はないのか!」
ラセンさんがゆっくり首を振りながらシュリの肩に手を置く。
「だがそれでも我々は生きねばならんのだ。今は………耐えるしかあるまい。」
この流れにゲンさんまでノってきた。
「シュリ、顔を上げるんじゃ。明日という日は明るい日、という言葉もあるのじゃよ。」
「バウバウ!」
雪風先輩まで参加してきた。みんなノリがいいよなー。
「そ、そうですよね。この溢れる涙の向こうにはきっと輝く明日が………ある、のかなぁ?」
あるワキャねーだろ。
オレの公式認定メンヘラモンスターのリリスが憤慨してがなり立てる。
「ちょっと!!黙って聞いてれば好き放題言ってくれるじゃないの!だ~れがメンヘラモンスターよ!私はこんなロクデナシの集団の中に咲く一輪の薔薇よ!!綺麗な薔薇には刺があるって言うでしょ!」
リリスの抗議にオレ達はラセン流奥義のしれっと顔で対応する。
だが真に驚愕すべき事態は次の瞬間に起こったのだ。
のちのちまで1番隊の隊員達の語り草になったその出来事とは!
はい、ここでCMにいきます!
って立体テレビの番組ならやりそうだなぁ。
でもホントに驚いたよ。マリカさんですら咥えてた煙草をポロっと落としちゃったぐらいだ。
水晶の蜘蛛達が繰り広げる三文芝居のあまりの馬鹿馬鹿しさにとうとう耐えきれなくなったナツメが。
自発的には絶対に会話に加わろうとしなかったあのナツメが参加してきたのだ!
「………そんなの相手にしなきゃ済むだけの話じゃない。バカなの?」
衝撃の出来事に全員が固まったが、いち早く硬直の解けたラセンさんが言葉を返す。
「それはない。」
「………どうして?」
ラセンさんは咳払いをしてから、
「ゴホン、それはだな………ここはゲンさんに答えてもらおうか。」
ラセンさんってホントにちゃっかり屋さんだよね。
バトンを渡されたゲンさんは、穏やかに笑いながらオレ達に目配せする。
アイコンタクトの意味を理解したオレ達は全員でナツメの疑問に答えてやる。
「ワシが寂しいじゃろ。」 「だって寂しいからな。」 「そんなの寂しいじゃないか。」 「バウワウ!」
そう、オレ達はリリスの暴言災害の被害者ではあるが、無視なんて出来ない寂しんぼの集まりだったのだ!
ナツメ以外のブリッジクルー全員が一斉に笑う。
ナツメはキョロキョロと周囲を見渡して当惑した表情を見せた。
よし、ここは元ボッチのオレがナツメの手を引いてみよう。
「ナツメ、オレらは殺し合いを控えてんのにバカな話をしてんだけどさ、たまにはバカになってみんのも悪かないと思うぜ。」
「カナタはもう少し真面目になって欲しいと僕は思うけどね。ナツメはカナタと足して2で割ってちょうどだよ。」
「オレのバカっぷりを甘くみんなよシュリ。ナツメ2人とオレ1人を足して2で割って丁度いい塩梅さ。」
「そんなコトで開き直るなよ!」
「………理解できない。アンタ達なに考えてるの?」
「理解できない、か。じゃあ教えてやろうか? オレ、いやオレ達が今なにを思ってるかをさ。聞きたい聞きたい? ん~、聞きたいのかなぁ?」
「………その顔、殴りたいくらい腹立つんだけど!なんだっていうのよ!」
お、やっぱ感情的になってんぞ。いいことだ。
「ナツメが普通に会話に加わってくれて嬉しい、だよ。」
「!!!」
オレはナツメのちょっと紫がかった綺麗な瞳をみつめる。
ちょっと恥ずかしいがここは大事なところ、我慢しろ、照れんな。
オレとナツメのにらめっこは10秒ほど続いた。
先に目を逸らしたのはナツメだった。ふぅ、オレは羞恥心に勝ったぜ!
「…………意味わかんない。」
そう呟いてナツメはブリッジを出ていってしまった。
しくじったか。いや、ナツメの心の傷の深さを考えれば一朝一夕に解決するワケがない。
一歩といわずに半歩でも前進出来たら上出来だろう。
視線を感じて振り返るとマリカさんと目が合った。
マリカさんは何も言わずにオレに向かって、ただ頷いてくれた。
どうやらオレは間違ってなかったらしい。
ブリッジに暖かい空気が流れる中、シュリは一人浮かない顔をしていた。
…………理由は分かってる。やはりシュリも気付いていたのだ。
オレ達の三文芝居が始まると同時にそっとホタルが姿を消したコトに。
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