昇進編27話 業火のラセン



β街道での決戦が始まる。


いつものようにエースであるマリカさんを先頭にオレ達は戦場へ進撃する。


「カナタ、陽動は成功した。レブロンは旗艦と直衛部隊を後退させた。納豆菌はいい仕事をしたみたいだね。」


オレはすっかり脳内で納豆菌を培養する男にされちまったらしい。


「オトリの3隻の陸上戦艦は?」


「レブロンの旗艦の後退を確認した後にすぐさまUターンして隠れた。アクセルお得意の逃げ足は健在って事さ。これでもうレブロンにもハッタリだったとバレてるだろう。」


「戦場にアスラ部隊が7部隊出現した時点でバレるのは確定してましたから問題ナシですよ。不確定要素はハッタリに気付いたレブロンが戦場にUターンしてくる可能性があるコトですね。」


「アタイの読みじゃ戻ってはこないね。安全圏内から戦場に指示だけ出して状況が良ければUターン、思わしくなければ撤退とリャンメンに受けてくるよ、間違いなくね。」


マリカさん、ホント麻雀好きですよね。オレと脱衣麻雀とかやってくんないかな。


「中途半端ですね。ここは決め打ちすべき局面だろうに。」


「ああ、半端な対応でかえって大火傷するってヤツさ。レブロンにとっての最善手は死神の忠告通りにさっさと撤退だった。次善はα街道で師団分隊が敗北した時点での撤退だったろうね。」


「次善の策は取ろうとしてたみたいですけどね。ヒンクリー少将に邪魔されて撤退が捗らなかったみたいですけど。」


「そこがヌルいのさ。ヒンクリー師団からの追撃で痛手を被ろうが、尻に帆かけて逃げ出すべきだった。痛手と壊滅的損害と、どっちがマシかって話だよ。」


「ヒンクリー師団の救援任務のハズが逆襲になっちゃいましたね。」


「そこんとこはヒンクリーはツイてて、レブロンはツイてなかった。他の戦地にいたトゼン、カーチス、トッドの任務が予定より早く完了しちまって、しかもここに来援可能な距離だった。そうなったらイスカも方針を変えてくるさ。さて、野郎共、イスカからのオーダーだ!オーバーリミット上等、最初の1時間で全てを出し切り、勝負を決めてこい!だとさ。」


1番隊のゴロツキがおぉ!と声を上げてマリカさんに応える。


細目がやや開いたラセンさんが残酷な笑みを浮かべる。


「でしたら俺の出番でしょうな。」


マリカさんが頷きながら命令を下す。


「ああ。どアタマからかましてやんな、ラセン。」


そしてマリカさんに代わり、ラセンさんが先頭に立った1番隊はレブロン師団との距離を縮めていく。


α街道の戦いよりさらに大規模な会戦、両軍あわせて5000前後はいるハズだ。


その決戦の火蓋は切られた。凄まじき業火の火蓋によって、だ。


ラセンさんは刀を抜かずに両腕を左右に広げ、その手に炎を纏う。


その両手を円を描くように回すと火炎の渦巻きが発生、渦巻きを押し出すように腕を前にかざすと火炎の渦はさらに勢いを増し、向かってくる敵の先陣に襲いかかる。


たちまちオレ達の眼前に阿鼻叫喚の灼熱地獄が現出した。


耐熱仕様のアラミドコートでさえ燃やす地獄の業火。しかもそれが広範囲の敵を襲う。


日本の江戸時代に一揆を起こした百姓にわらで出来たみのを着せて火をつけるという残酷な処刑法があった。


蓑踊りと呼ばれたその処刑にそっくりだ。レブロン師団の兵士達は必死で燃え上がる軍服を脱ごうと足掻きながら焼け死んでいく。


ちゃっかり屋さんでしれっと顔のラセンさんの面影は、今は微塵もない。


そこにいるのは地獄の業火を操る1番隊副長「業火のラセン」の恐るべき姿だった。


怯んだ敵兵達にラセンは距離を詰め、2波、3波と火炎の渦をお見舞いし、焼死体の山を築いていく。


ラセンさんの放つ火炎の直撃を喰らった兵士はまだしも幸運だったのかもしれない。


一瞬で消し炭になった彼らは生きながら焼かれるという地獄は免れたのだから。


敵兵はラセンさんの芸の猛威の前にオレ達に近付くコトさえできない。なのでオレらは余裕の観戦モードだ。


オレのとなりに立つシュリが解説してくれる。


「ラセンさんが業火の異名で呼ばれる理由がコレだよ。生身の頃から優れていたラセンさんのパイロキネシスがバイオメタル化によってさらに強化された。螺旋業炎陣らせんごうえんじん、こういう状況では最大の威力を発揮する殺戮芸だ。」


同盟軍最高峰のパイロキネシス能力を持つ男。それが漁火螺旋いさりびらせん、オレ達の副長。


「ちゃっかり屋でカレー大好きのラセンさんも戦場では羅刹になるんだな。当たり前か、オレらは兵士だもんな。」


「うん、あの比類なき炎の力こそが火隠れの忍のあるべき姿だ。僕もああなりたかった。」


飲み頃のコーヒー程度の熱量のパイロキネシスしか持たないシュリにとっては、火炎魔神と化したラセンさんの姿は羨望の対象なんだろうな。


ジャキンと音を立ててゲンさんが体毛を刃に変異させる。


「お若いの、そろそろワシらも働くとしようか。雑魚はラセンが焼き払ってくれたが、雑魚ばっかりという訳ではないからのう。」


ラセンさんの螺旋業炎陣に念真障壁を張ってなんとか耐えた強者もいる。


ラセンさんは生き残りへのトドメよりも、より広範囲の雑魚の殲滅を優先して動いている。


そこはチームだからだ。生き残りに地獄への片道切符を切る役割はオレらのすべきコト。


さぁ行くぜ!


オレは生き残りの兵士と刃を交える。かろうじてでもラセンさんの業火に耐えた連中だ。念真強度が高いのは強者の条件、油断はしない。


そして正々堂々と戦いもしない。オレは正面、シュリが背後、コンビで1人に対処する。


味方もろともガトリングガンで薙ぎ倒そうとする敵兵がいたが、無視を決め込む。


こっちにはリリスがいるのだ。オレとシュリはリリスの展開する強力な念真障壁によって護られた。


しかもこの天才ちびっ子は早速学習してやがる。


さっきカーチスさんが言ってた、弾丸を受けるヤツは雑魚で逸らすヤツは面倒だって。


障壁を斜めに展開して弾丸を逸らすコトをもう実践している、頼もしいヤツだよ。


しかし砲撃兵さん、いいのかい? オレらに気を取られててよ。


オレ達に向かってガトリングガンを連射していた砲撃兵の首から鮮血が飛び散り、ガクリと膝をつく。


鏡面迷彩ミラーステルスで周囲の風景に同化したナツメに背後から襲われたのだ。


ラセンさんの業火で戦場には焼け焦げた死体が散乱、まばらに立っていた枯木も燃えている。


この状況ならサーモセンサーの探知能力は著しく低下する。


利用出来る状況、付け込む隙があれば命じられなくとも最大限に活用するのが水晶の蜘蛛だ。


司令のオーダーは最大火力をもって1時間でケリをつけろ、だ。


念真力をバカ食いする鏡面迷彩の使用も躊躇う必要はない。


「………飛び道具を使うのは私が始末するから。」


「あんがとな、ナツメ。」


「………それが私の仕事だから。」


「ナツメがみんなを助けるために、いつも目を配ってるのを僕は分かってるから。」


「…………」


ナツメはシュリの言葉には応えず次の獲物に向かう。風景に同化してるからその表情は分からない。


「ナツメはやっぱり仲間思いなのか。」


「ナツメがフォローしなければ死んでいた仲間は沢山いる。ナツメは仕事だからって言うけど、それだけじゃないはずだ。だからこそ、僕はなんとかしたいんだ。」


「オレも美しき皿形おっぱい様の為に尽力してみますか。」


「カ~ナ~タ~!せめて戦場ではおっぱいから離れてみなよ!」


「オレは乳離れの出来ない男なのさ。」


「乳離れの意味が違うからそれ!」


そんなバカ話を交わしながら、オレ達は無慈悲な殺戮の刃を振るう。





司令のオーダー通り、戦闘は1時間でケリがついた。


1番隊だけではなく、アスラ部隊の7つの大隊が側面から最大火力を振るったのだ。


正面のヒンクリー師団への対応に手一杯だったレブロン師団は、またたく間に戦線を維持出来なくなった。


数は多いが特に精鋭でもないレブロン師団、しかも指揮官ははるか後方にいる。


逐一状況が変わる戦局への対応がワンテンポ遅れるってんじゃ戦争にならないよな。


こっちの指揮官である司令は、真っ白な戦装束が返り血で真っ赤になるまで最前線で指揮を取り続けたってのにさ。


瓦解したレブロン師団への追撃はヒンクリー師団に任せて、オレ達は白蓮に帰還する。


1番隊の幹部達とオマケのオレとリリスが食堂でスポーツドリンクを飲みながらビスケットをかじっていると、司令とクランド中佐がやってきた。


そんで司令は開口一番、とんでもないコトを言い出した。


「カナタの異名は「納豆参謀」でどうだ? なかなかいい仕事をする納豆菌を頭で培養しているようだからな。」


言うにコトかいて納豆参謀かよ!ロリコン野郎のがまだマシだっつーの!


「………司令の命令の下、奮闘した部下を労ってやろうというお気持ちはありませんかね?」


「ハハハ、感謝の気持ちは現金で表現するのが私の流儀でな。」


大変素晴らしい流儀であります。今後も貫いて頂きたい。


「イスカ、いっとくけど10歳の私を汗臭い戦場で酷使したんだから手当は弾んで貰うわよ!」


リリスがどこからか取り出した算盤そろばんを弾き始める。


いや、IQ180以上のおまえに算盤なんかいらねえだろ。


ついでにオレのマネージャーもやってくんないかな。


「安心しろ。私はいろいろ悪評もある女だが、その中に吝嗇けちだけはない。」


悪評があるのは自覚してんですね。


「イスカ、カナタの異名はアタイがもう考えてる。納豆参謀よりはマシなのをな。」


「ほう、どんなのだ。おっぱい命とかロリコン野郎とかか?」


それ、異名じゃなくて悪口です。ついでに言えばもう使われてますから。


「帰ったらカナタには広報部の取材があんだろ? その時に開陳してやるよ。」


「マリカさん、オレには異名なんてまだ早いです。勘弁して下さいよ。」


「子供服とおんなじさ。最初は丈が合わなくとも服に合わせるように成長するだろ? 異名持ちの兵士は名を上げたいヤツらに狙われる。けどね、ソイツらを返り討ちにしてこそアタイの部下だ。出来るよねぇ、そのぐらいは朝飯前に出来るよねぇ。どうなんだい、カ・ナ・タ?」


…………猫なで声で脅迫されるって経験は人生初だな。


「出来ますよ!出来ますとも!ええ、やりゃあいいんでしょ!やりゃあ!」


ヤケクソ気味に答えたオレを見て、マリカさんはニンマリ笑う。


クッソ、マリカさんの顔が憎らしく見えたのは初めてだぞ!


傷心のオレをゲンさんが慰めてくれる。


「異名持ちは悪いコトばっかりじゃありゃせんよ。名前にビビって自滅する敵も結構おるもんじゃ。」


「水辺の殺し屋」と呼ばれるゲンさんの言葉には含蓄があるなぁ。


「と、いう訳だ。カナタの異名はアタイがつけてやる。名前負けしないように精進するんだね。」





異名持ちの兵士になるのが目標でもあったし、まあいいか。マリカさんに付けてもらった異名ならなおいい。


問題はそれに相応しい兵士になれるかだけど、それこそオレの問題だしな。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る