昇進編28話 またしても昇進



β街道での戦いを勝利に導く獅子奮迅の活躍をしたアスラ部隊だったが、敗走するレブロン師団への追撃はヒンクリー師団に任せてガーデンへ帰投するコトになった。


この会戦の大勢は決した。後はヒンクリー師団に花を持たせる、という政治的配慮のようだ。


司令の全力攻撃命令の意味がようやく分かった。


司令はハナから追撃に加わるつもりはなかった、というワケか。


数日の行軍を終え、基地を取り囲む有刺鉄線が見えてくると心底ほっとする。


生きて帰ってこれた。オレ達のローズガーデンに。




帰投してすぐにオレは司令室に来るよう言われているので、旅の垢を落とす間もなく司令室へと向かう。


ノックをしてから部屋に入るが、安っぽいオフィス家具に囲まれた司令室は無人だった。


「カナタか、奥の書斎にいるから右手のドアから入れ。」


司令室の中にはドアがあり、その奥が書斎になっているらしい。


なんのドアだろうと思っていたが、司令の個人スペースと繋がっていたのか。


ドアを開けて中に入ると、そこは司令らしいゴージャスな空間になっていた。


高そうな書斎机、壁には鹿の首の剥製、本物であろう名画、凝った意匠のカーテン。


司令は本革の豪華な応接セットのソファーにふんぞり返って、煙草を吹かしている。


アゴで座るように勧められたので、オレは司令の向かいのソファーに腰掛ける。


うわぁ、手で触ったらわかる。これ、たっかいヤツや。いい革使ってあるなぁ。


これこそ司令のお部屋って感じだよ。


「今回もいい働きをしたな。レブロンをペテンに嵌めたハッタリはいい手だったぞ。」


「ありがとうございます。あれ、クランド中佐は一緒じゃないんですか?」


「なにやら準備で忙しいらしい。なんの準備かは知らんが。」


へえ、中佐が司令の傍にいないなんて珍しいコトもあるもんだ。でもなんの準備だろう。


「次の作戦の準備とかじゃないでしょうね。ちょっとはガーデンで羽を伸ばしたいですよ。」


「作戦準備なら私が知らん訳がなかろう。」


そりゃそうですね。ふぅ、少しは休めそうだぜ。


そうだ、今回の作戦のコトで司令に聞きたいコトがあったんだ。


「β街道での戦いですが、司令は最初から追撃に加わるつもりはなかったんですね?」


司令は頷きながら答える。


「ああ、ヒンクリー少将に名誉挽回の機会を与えたかったのでな。私のシンパに取り込むつもりなのだ、初戦の惨敗の印象は薄めておきたい。」


「アスラ部隊も追撃に加われば、さらなる戦果を上げられました。そうなさらないのは何故です?」


「パワーボールのルールは知っているか、カナタ?」


「知ってます。ファンなので。」


パワーボールってのはこっちの世界のメジャースポーツだ。


元の世界のアメフトに酷似しているので、アメフトファンのオレは試合の動画を何度も見てる。


アメフトとの違いはより過激なルールってことだ。年間を通して死者がでないプロリーグはないくらいに。


「パワーボールで例えれば56対7でなく35対0で勝ちたかったのさ。同盟軍と機構軍全体の優劣で考えれば56得点を狙うべきなのだろう。だが私にとっては失点0の方が大切だ。」


失点はアスラ部隊の戦死者のコトを指しているのか。


………ああ、なるほど。そこまで考えて命令を下す人なんだな、司令は。


「その顔は理解した顔だな。そう、私は同盟軍というチームの事より、個人プレーを優先させた訳だ。」


「はい、アスラ部隊は司令の力の源泉、それを毀損きそんさせたくなかったワケですね。」


「正確に言えば損耗させたくはない、だ。犠牲を顧みず勝たねばならん局面は必ずくる。そこまでは虎の子の精鋭の損耗は最小限に止めたい。今回はなかなかの戦果を上げてアスラ部隊の戦死者はゼロ、我ながら上出来だった。死にたがりの4番隊からは何人かの犠牲を覚悟はしていたのだがな。戦死者ゼロはイメージアップにもなる。そこも重要だ。」


「軍も上の方にいくと軍事だけではなく、政治も絡んでくるワケですか。負け戦をひっくり返して戦死者はゼロ。確かに部隊の評判も上がりますね。」


「評判が昇華すれば伝説になる。そして伝説ってヤツは大抵、必要にかられて周囲が作り上げるモノなのだ。」


「大衆はいつも伝説や英雄を求めている、ですか。」


「分かっているじゃないか。さて、本題に入るがカナタは昇進、今日から曹長だ。」


「作戦の度に階級が上がる奇跡の男、ここに爆誕ですね。」


「12作戦後には天掛元帥誕生だな。そうなったらどうする?」


「同盟軍の使用兵装のクソダサネーミングを是正すべくコピーライターを雇う、ですかね。」


ダンビラーだのオニキリーだの、ネーミングがダサすぎる。


「それはいいアイデアだな。まあ冗談はさておき、カナタは1ヶ月後には准尉になることも内定しているからそのつもりでいろ。ガーデンのゴロツキ共にもそれは言っておく。」


「は? 今日、曹長になったばっかりで、まだなにも功績を立ててないですよ?」


「死神の正体を暴き、陸上戦艦を使ったハッタリでレブロン師団との戦いを有利にしてくれた。1つの功績で1つの階級、私的にはなにも問題ない。」


「司令的には問題ないかもしれませんが、軍としては問題があるのでは?」


「軍への報告には適当に功績を捏造するから問題ない。無論、本当に功績を上げてくれればなお結構だ。」


捏造って言っちゃったよ。ぶっちゃけすぎでしょ、この人。


「は、はぁ。ありがとうございます、でいいんでしょうか? ホントにいいんですかね。そんなスピード出世で?」


「かまわん、同盟軍には名家や有力者の子弟というだけで、ろくな戦果も上げていない無能者が分不相応な地位を与えられているケースも多い。一応は名家出身の私が言っても説得力はなかろうがな。」


一応ちゃうやん。司令は同盟軍の創設者アスラ元帥の娘。名家中の名家ですやん。


でもマリカさんから聞いた話では、司令は飛び級で名門大学に入学して首席卒業。


そこから士官学校に入学して、また首席卒業したエリート中のエリートだ。


しかも大学でも士官学校でも、開校以来の好成績という逸材っぷりだったらしい。


そんで周囲の反対を押し切って最前線で戦い、目覚ましい戦果を上げてアスラ部隊を創設。


シジマ博士は勉強の出来るバカだったけど、司令は勉強も仕事も出来る、まさにデキる女なのだ。


「司令の地位は実力で勝ち取ったものです。名家の出身でなくとも司令は大佐になっていました。正直、司令の実力なら大佐どころか、将官になってなきゃおかしい。」


「あえて大佐で留まっているのだ。将官になると身軽に動きにくくなるのでな。今は雌伏の時、優秀な部下を揃えながら戦果を上げ、一般兵の信望を高める。並行して軍高官にシンパを作り、影から同盟軍への影響力を強める。将官になるのは、私が出る杭だと分かっていても打ちようがない状況を作り上げた時だ。」


全ては同盟軍のトップに立つ為の深慮遠謀か。大した女傑だよ。


「司令がトップに立てば同盟軍も変わりそうですね。その日が早くくればいいのですけど。」


そうなれば司令は胸糞悪いクローン実験なんか、即刻中止してくれるだろう。


だけど司令の返答は、オレなんかの考えより遥かに気宇壮大だった。


「カナタ、私の目的は同盟軍のトップになる事ではない。この戦争に勝つ事でもない。……………私は世界を変えたいのだ。いや、変えてみせる。」


司令の表情は今まで見たこともないほど真剣だった。人間はこんなに真剣な顔になれるモノなのか。


こういう人間が世界を変えるんだなって、オレはすんなり納得してしまった。


世界を変える。それはオレみたいな一般人には途方もないコトだけど、この人にはそうではないのだ。


凡夫の追随を許さぬ圧倒的才能にカリスマ、そして使命感。


こういう人間がこういう時代に生まれたコトは天の配剤、すなわち天命を受けたというコトなのだろう。


「リリスの件の時にマリカさんは言いました。イスカはアタイらには出来ない戦いを背負っている、だからアタイらは命を張って戦えるんだと。オレにもその気持ちが分かりました。」


司令は真剣な表情を崩して、いつもの不敵な笑みを浮かべた。


「フッ、ならば精々私の役に立ってもらうとしようか。」


「ええ、司令の貸借対照表の赤字も埋めないといけませんしね。」


「殊勝な心掛けでまことに結構。准尉への昇進の件は本当に気にしなくていい。有り体に言えば、大尉までぐらいなら私の一存でどうにでも出来る話だ。」


………またぶっちゃけ発言がきたよ。


ざっくばらんと言うかぞんざいと言うか、でも司令らしくていいよな。


「ええ、気にせずありがたく拝命させて頂きます。」


「ついては近いうちに同盟軍の本拠地、リグリットへ行ってもらう。」


「はいぃ? なんでまたオレが?」


「カナタは士官学校を出ていないからな。将校になるためのカリキュラムを受講せねば、准尉への昇進は叶わんのだ。」


「………座学もあるんですよね? ひょっとして試験もあったりします?」


「無論、両方ある。実技は問題なかろうが、座学はそうもいくまい。戦術論や戦略論は納豆菌が仕事をするにしても、軍法は勉強せねばなるまいよ。」


「う、お勉強は苦手なんですけど………」


高校受験失敗のトラウマが疼く。かゆいかゆいよ!


この世界にきて、お勉強からだけは解放されたと思ってたのに~!


「なあに、いざとなったら私が裏から手を回してやるから気楽にいってこい。私の手を煩わさせた場合は貸借対照表の貸しに加算しておくがな。」


今度は裏工作をぶっちゃけましたか。本日三度目のぶっちゃけ発言ですね。


功績の捏造から始まって、恣意的昇進へ繋いで試験結果の改竄で終わる三連コンボ………この人に同盟軍のトップを取らせて、ホントに大丈夫なのか?


「貸し出し超過で債務不履行になりそうです。なんでオレの経歴を士官学校卒業にしといてくれなかったんです!」


「カナタが脳内で納豆菌を培養しているとは思わなかったし、だいたい士官学校卒業という経歴で同期生にでも会えば、嘘がチョンバレするだろうが。」


ご説ごもっとも。


「イスカ、いないのか?」


ノックの習慣のないオレの上官がチープな司令室に入ってきたようだ。


「マリカか、書斎にいる。」


そしてズカズカとぞんざい司令の書斎に入ってくるぞんざい上官。似た者同士っすね。


「カナタもいたのかい。イスカ、パーティーの準備は後2時間ほどで終わる、挨拶ぐらいは考えときなよ。」


「やれやれ、戦勝パーティーか。ゴロツキ共め、バカ騒ぎする理由を探すのだけは熱心だな。」


マリカさんは呆れたような表情で司令を眺めながら、


「これだから仕事中毒ワーカホリックは始末に負えないねえ。今日がなんの日か忘れたのかい?」


司令は首を捻りながら考え込む。


「はて、なんの日だったか。アスラ部隊の創設日じゃなかったな。」


「イスカ、アンタの誕生日だよ。何歳の誕生日かはナイショにしといてやるけどね。」


司令は、あ!って顔になった。ホントに自分の誕生日を忘れていたらしい。


「マリカ、私の歳は軍事機密だ!他言したら機密漏洩罪に問うからな!」




どうやら司令は誕生日が嬉しくないお年ではあるらしい。




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