第五章 懊悩編 みんな色々悩んでる

懊悩編1話 歳はナイショの誕生会



司令との密談を終えたオレは自室に戻り、シャワーを浴びて少し休むコトにした。


疲れが溜まっていたのかもしれない、ベットに横たわると眠ってしまっていたようだ。


花火の音で目を覚ました、パーティーはもう始まっているらしい。


基地内で打ち上げ花火とか上げるかね普通。


星空の綺麗ないい夜だ。花火を上げるにはうってつけだけどさ。


チープな作りの自室のドアがガンガン叩かれる。


「准尉、いるんでしょ!さっさと私をエスコートしなさいよ!」


くると思ってたよ、どうしようもないワガママちびっ子め!


オレは部屋を出て恭しくお辞儀する。


「ご指名とあらば、この天掛カナタがエスコートさせて頂きましょう、お嬢さんフロイライン。」


ばっちりパーティードレスを着込み、薄く化粧までしているお洒落リリスさんが鷹揚に頷く。


「よろしくてよ、では行きましょうか。」


リリスは背丈の違いを無視して、無理矢理オレと腕を組んで歩きだす。


オレは屈んで歩くハメになってたいそう歩きづらい。


ここは妥協案を提示してみるか。


「腕を組むのは先々のお楽しみにしておいて、今日は手を繋ぐで妥協しとかないか?」


「そうね、准尉が私のハニーっていうコト自体が妥協の産物なんだし。」


「………おまえ、サラッと今までで一番ヒデーコト言いやがったな!」


「そこが私のチャームポイントよ。その魅力にもうメロメロになってるクセに。」


「メロメロじゃねーよ!もうヘロヘロになってんだよ!」


「次の段階、エロエロになるのは何時かしらね?」


「10年ばかりお待ち頂けますでしょうか?」


「10年は無理なんじゃない? 5年でオンナの、いえ、メスのカラダになってみせるわよ?」


「お願いだからメスとか言わんで。オレの女性への幻想をこれ以上壊さんでちゃぶだい。」


「今度、卓袱台ちゃぶだいを買わないとね、私と准尉の愛の食卓に必要でしょ?」


愛? 哀だろ、それ。毒舌もほどほどにしとかないと、しまいに卓袱台返しを覚えるからな。本気だぞ。


そんな心温まる会話を交わしながら、メイン会場の食堂に向かう。


食堂の入り口にはハッピーバースデーの飾り付けがしてある。


食堂内も派手にデコってあった。クランド中佐、気合い入ってんなぁ。


まずは主賓の司令に挨拶にいくか。


食堂内中央に設置された王様の席に仏頂面の司令、隣に星柄のトンガリ帽子を被った喜色満面のクランド中佐と、対照的な主従の姿があった。


クランド中佐、空気読もうよ。


手塩にかけて育てたお嬢様のお誕生日会が嬉しいのは分かる、爺的ポジションだもんな。


でも主賓の司令の仏頂面が見えないの? 見えてないんだろうな。


いくつになってもお誕生日は嬉しいなんて単純なモノじゃないからね?


特に女性はね、一定以上の歳になると嬉しいどころか忌まわしい日なんだからね、誕生日って。


オレはおそるおそる司令にお祝いの言葉を述べてみる。元から怖い人だけど今日はひときわ怖えよ。


「………あの~………いくつになられたかは存知上げませんが、お誕生日おめでとうございます司令。」


「………カナタ、それはイヤミか?」


司令に年齢絡みのイヤミを言うほど命知らずじゃありませんよ。


テーブルの上にある巨大なケーキには蝋燭が?マークを描くように刺さっている。


司令の歳は軍事機密、漏洩すれば死が待っている。それがよく分かるケーキだね。


そして切断面が極めて鋭利なところから推測もできる。


司令は蝋燭の火を吹き消したんじゃない、愛刀絶一文字で居合い切りしたのだ。


歓喜と共に吹き消される為に作られた蝋燭達は、あろうことか殺意を込めて撫で斬りにされたのだ。


あわれな蝋燭達にオレは心底同情した。こんなハズではなかったと言いたかったろうな。


おまえたちはなにも悪くない。


よりによって空気を読めない老軍人の目に止まったのが運のツキだっただけだ。


蝋燭達の無念がここには漂っているような気がするよ。


悲しみに満ちた空気をガン無視して、似合わないトンガリ帽子を被ったクランド中佐が上機嫌で、


「めでたいニュースは他にもあってな、ガーデンのボーリング場が今日から復活したのだ。後からボーリング大会を開催するからな、カナタもこい。ワシの芸術的カーブボールを見せてやろう!」


「アビー姉さんと8番隊がガーデンにいるんですよ? じきにぶっ壊れるのが関の山だと思いますけど。」


クランド中佐はシャンパンをクピクピ痛飲しながら、


「問題ない、8番隊を始めとするパワーバカ専用の軽量ゴム製の球を準備してある。この球の準備が大変だった。なにせ特注品だからな。いくら連中がパワーバカでも、軽量ゴム製の球でボーリング場は破壊できまい。カッカッカッ!」


あまりの馬鹿馬鹿しさにツッコミ担当のオレが沈黙してしまったので、ボケにはツッコミが入らないと気が済まない性格タチのリリスが胡乱げな表情で渋々ツッコミをいれる。


「ボーリング場を壊しそうなパワーバカをハブればいいだけでしょ? 特注の球を作らせるとかアホのコ、いえアホの爺なの?」


「バカもの!ボーリングは老若男女みんなで楽しめる理想のスポーツなのだ!誰かをハブればそれすなわちボーリングにあらず!カッカッカッ!」


リリスはそっと目配せしてくる。


逃げましょ、長居してもロクなコトになんないわ、か。同感だ。


「そ、それじゃオレ達もパーティーを楽しんできますんで、サイナラ~!」


「おう、楽しんでこい。今夜はガーデンのどこもかしこも無礼講じゃ!なにせ今日はイスカ様のにじゅう……むごぁ!」


無言で手元にあったパイの皿をクランド中佐の顔面にお見舞いする司令。


顔面が生クリームだらけになったクランド中佐はそれでもご機嫌だった。


「カッカッカッ!イスカ様はご幼少のみぎりからお転婆様でございましたなぁ。いやはやまるで昨日の事のようでございますぞ!」


「………侍従筆頭の首を絞めたいと思ったのは初めてだ……」


クランド中佐、機密漏洩罪で処刑されなくて良かったですね。





憎悪と歓喜の渦巻く主賓席から退避したオレとリリスは、食堂内をあてもなく彷徨う。


「ねえ、准尉………」


「そういや准尉への昇進が内定してんの、もう知ってんだな。」


「このパーティーはイスカのハッピーバースデーのついでに、ロリコン野郎の変速2階級特進祝いでもあるみたいよ。1番隊のみんなにお知らせが回ったから、もうガーデン内の全員が知ってるんじゃない?」


「………すっかりロリコン野郎が定着しちまったみたいだな。」


「ふふっ。そろそろ階級じゃなくて、名前で呼んであげてもいいわよ?」


「いや、もう階級でいい。この上、名前で呼ばれたりしたらロリコン野郎確定じゃねえか。」


「何度も言うけどもう手遅れよ。それでね、准尉。あそこに見えるタワー、私にはスペアリブに見えるのだけど、目の錯覚かしら。」


「いや、スペアリブでジェンガをする人間がガーデンにはいるから。ちょっとその勇姿を拝みにいこう。」


予想通りというかアナタ以外にそんな豪傑いませんよねというか、スペアリブタワーの前に座っているのはアビー姉さんだった。


周りのムキムキマッチョ達と一緒に、スペアリブタワーの攻略に挑んでいるようだ。


「おう、カナタ!スペアリブ食うか?」


「頂きますよ。美味しそうだ。」


リリスはスペアリブは好みでないらしく、付け合わせのポテトフライとプチトマトを皿に取り始める。


「やっぱ、そっちの天才おチビはスペアリブは性に合わないか。こんな旨いモンは世の中にゃないってのにねえ。」


アビー姉さんはバキバキと骨ごとスペアリブを平らげながら、ジョッキじゃなくてピッチャーのビールをグビグビ飲る。


見てて気持ちがいいわ、その豪傑っぷり。


「アビー姉さんは骨ごとスペアリブを食するんですね。アゴでも鍛えてるんですか?」


「食事は鍛錬の場じゃないねえ。単にアタシは骨髄の味が好きなだけさ。」


「アビー、俺もスペアリブを貰っていいか?」


そう言ったのは筋骨隆々の威丈夫だった。


デケえな、アビー姉さんほどじゃないが190は軽く超えてるだろ。


クールカットで厳めしい顔つきのイズルハ人だ。階級章が大尉ってコトはこの人は………


「今夜は無礼講なんだよ一角いっかく、スペアリブはアタシの専有物って訳じゃない。食いな食いな。」


「そうか、では遠慮なく御相伴にあずかろう。」


一角と呼ばれた武人って感じの軍人はスペアリブタワーのあるテーブルに座ると、アビー姉さん式に骨ごとスペアリブを食し始める。


ん、左手を使ってるな。このヒトは左利き《レフティ》なのか。


「おう、そうだイッカク、そこに座ってるのが……………」


「氷狼の甥の天掛カナタ曹長、既に准尉への昇進が内定しているらしいな。隣のお嬢さんはリリエス・ローエングリン嬢だったか。」


「なんだ、もう知ってんのかい。」


「剣銃小町のおマチさんから聞いている。異才と天才のいいコンビだとな。」


そう言ったイッカクさんはオレとリリスの方に向き直り、


「俺は5番隊隊長を務める阿含一角あごんいっかくだ。よろしくな。」


そう言って右手を差し出された。やっぱりこの人が5番隊隊長の「豪拳イッカク」か。


オレは慌ててスペアリブのソースで汚れた手をナプキンで拭い、握手する。


!!なんだ、この手は。硬え、義手? マグナムスチールででも出来てんのか?


握手が終わった後もオレはイッカクさんの手を凝視してしまった。


「ハハハ、別に義手ではないぞ。肉体も鍛え方によってはこうなるものだ。」


ピッチャーのビールを一気に飲み干したアビー姉さんが、アルコール混じりの呼気を吐きながら、


「イッカクは拳法家なんだよ。手足は凶器なのさ。」


「アビー、何度言えば分かる。俺は拳法家ではなく武道家だ。」


「アタシにゃ拳法家と武道家の違いなんざ分かんねえって。おんなじ素手で戦う同類じゃねえか。蛾と蝶みてえなモンだろ。」


博識ちびっ子がツッコミをいれる。


「アビー、蛾と蝶って見た目はそっくりなモノもいるけど、生物学的には近種と言い切れる訳じゃなくて………」


「おチビ、アタシに小難しい話をしても無駄だ。覚えるアタマはねえし、覚える気もないんだから。脳筋にゃ脳筋の生き方ってモンがあんのさ。」


アビー姉さんは、そのはち切れそうなダイナマイトバストを見せびらかすようにふんぞり返った。


まさに胸を張るってヤツだな、ご立派。


脳筋ですって開き直るどころか自慢されてしまうと、博識ちびっ子にも打つ手ナシらしい。


呆れ顔でプチトマトでも口に放り込むしかないようだ。


ふと目に入ったが、武道家イッカクさんの軍服の袖から包帯が見える。


鍛え上げられた鋼鉄の腕には包帯が巻かれているみたいだな。


「イッカクさん、負傷されてるんですか?」


「ああ、不覚を取った。相手も只では帰さなかったが…………痛み分けという処か。」


ピッチャーのおかわりを陽気に飲んでいたアビー姉さんの眼光と舌鋒が鋭くなる。


「イッカクともあろうものがとんだドジを踏んだもんだねえ。豪拳の異名は返上したほうがよかないかい?」


「豪拳などとオレが自分で名乗った訳ではない。作戦はうまく遂行していたのだが、途中で兵団レギオンが出張ってきた。痛み分けはやむなしだ。」


ますます鋭くなるアビー姉さんの眼光、見てて怖くなってくる。


「兵団? どいつが出張ってきたんだい?」


「アルハンブラ・ガルシアパーラだ。」


「チッ、魔術師アルハンブラかい。兵団相手なら痛み分けもしゃあないか。」


アルハンブラ・ガルシアパーラ。「魔術師アルハンブラ」と呼ばれる最後の兵団ラストレギオンの大隊長だったな。


確かサーカス団のマジシャンから機構軍に入った変わり種って噂だ。


「強いんですか、その魔術師アルハンブラとかいうヤツは?」


アビー姉さんは眉根を寄せながら答えてくれた。


「兵団の隊長なんだ、そりゃ強いさ。けどねえ、アルハンブラは強いっていうよか………う~ん………」


イッカクさんが言葉を引き継ぐ。


「面倒なのだ、厄介と言ったほうがいいか。」


「そうそう、それそれ。強いのも強いが、それよか面倒で厄介なんだよ。」


「魔術師上がりでな、まともに戦うという事はまずない。今回も腕を握り潰してやろうとしたら、ニセの腕だった。ご丁寧に爆弾入りのな。とっさにガードしたが針が飛び散るように仕掛けもしてあって、この始末だ。」


「でも痛み分けだったんですよね?」


「ああ。腕一本、くれてやる代わりに念真波で脚を撃ってやったのでな。ステッキを杖代わりにして撤退したから、あれは本物の脚だったんだと思うが。」


「追撃はしなかったんですか?」


「それを躊躇わざるを得ないのが厄介なのだ。脚もニセモノで撤退も演技なのかもしれん。そういう仕込みや演技を得意とするからこそ、魔術師と呼ばれる訳だ。」


「最悪ですね。会いたくないな、そういう手練手管に長けた曲者タイプって神経使いそうだ。」


「准尉も曲者タイプじゃない。近親憎悪?」


「オレは生き残る為に必死でない知恵絞ってるだけだ!手練手管じゃなくて、実力で勝てるならそれにこしたコトはないの!」


またしてもピッチャーをおかわりした酒豪のアビー姉さんが陽気な表情に戻って、


「そういやカナタ准尉殿はネチネチ考えるのが得意の粘着質で、オツムの中では納豆菌を培養してるんだってね。酒のツマミに困んなくていいねえ。」


「アビー姉さん、納豆をツマミに酒が飲めるんですか? 飲めなくはなさそうな………今度試してみようかな。」


「挽き割り納豆と紅葉おろしを豆腐の上のっけるのさ。それでポン酢でもかけてやりゃあ意外と酒に合うんだよ、試してみな。」


わ、なんか通っぽいぞ。今度やってみよう。好みは分かれそうなツマミだけど。


会話を締めくくったのはイッカクさんの一言だった。微妙な目付きでオレを眺めながらポツリと、


「………俺は納豆は嫌いだ。ついでに男の癖に粘着質というのも感心せんぞ。」




イッカクさん、さっそくオレのコトを色モノと認識しましたよね?




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