照京編22話 主従の再スタート



「それで? 照京を制圧した機構軍はどう出てくると思うのだ?」


その答えは昨晩ベッドで考えてみた。オレの出した結論は……


「兵団次第、ですね。」


「詳細を話せ。」


「照京を手にした勢いのまま、この神難に軍を進める。通常の状態なら機構軍首脳部もそう考えたところでしょうが、大戦役で敗北したばかりです。戦力的にも、心理的にも、慎重にならざるを得ないでしょう。」


「手に入れた果実が大きいだけに、それなりに満足もしているだろうからな。だが照京制圧の立役者である兵団が動くなら話は別だ。戦役でも戦術的に勝利している兵団はさほど損耗していないし、大功を上げた事によって発言力も増した。」


司令の読みもオレと同じか。なるほど、それで……


「マリカさんを動静調査にやったのは、兵団の動向を知りたいからですか。」


「そうだ。兵団がやる気なら狂犬を呼び寄せるはずだ。」


狂犬とその部隊は隠密行動に不向き。照京攻略戦には不参加だったはず。


「なるほど、狂犬の参戦次第で朧月セツナの腹は読めますね。」


「そういう事だ。……カナタ、奴らはくると思うか?」


「こないと思います。」


「理由はなんだ?」


「司令の腹と同じです。朧月セツナは"ここでアスラと正面激突して兵団を消耗させたくない"と考えるでしょう。既に照京制圧という大功を立てた朧月セツナにしてみれば、ここで無理をする必要はない。兵団重鎮のバクスウも負傷している状態では、なおさらね。」


朧月セツナは亡国の皇子、司令みたいに財閥の力を背景に持っていない。消耗するってコトには、より慎重にならざるを得まい。


「だろうな。それに「達人」トキサダも取り逃がした。達人を討ち取り、兵団に損耗もないとなれば色気を出したかもしれんが、朧月セツナにとって目は悪い方に出た訳だ。カナタの上げた金星は、戦略的にも意味があったな。」


「報償金ははずんでくださいよ?」


「ミコト姫の救出にバクスウの撃退、札束が封筒に収まりそうにないな。」


司令は油断ならないお方だが、絶対的に信頼出来る要素がある。気前のよさだ。


「しばらく動静を窺ってはみるが、兵団は本拠地へ引き揚げるだろう。カナタはミコト姫を連れて先にガーデンへ帰投しろ。」


「ガーデンへ? ミコト様もガーデンへ連れて行くんですか?」


「ああ。御門グループの本拠はリグリットに置くがミコト姫はガーデンの賓客になる。理由は分かるな?」


「一番安全だからですか。確かに首都リグリットに死神が出没したぐらいだ。どこであろうと大都市である以上、工作員が入り込む余地がある。」


「そういう事だ。私の城なら拉致、暗殺といった危険はない。ミコト姫に万一の事があれば、御門グループは空中分解しかねない。」


「了解です。それから広報部のチッチ少尉をガーデンに呼んでください。遅くとも1週間以内にです。」


「構わんが、何をさせる?」


「総帥と議長の身柄を拘束した機構軍が、ミコト様に政治的ダメージを与えようと画策する可能性があります。」


「……なるほど。その気もないのに、ミコト姫とイナホ嬢が出頭すれば二人を助命する、もしくは身柄交換に応じると通告してくるかもしれん、という話だな?」


「はい。応じる訳はないと承知でそんな話を持ってきかねません。」


機構軍、とりわけ朧月セツナなら、そのぐらいの策は弄してくると考えるべきだ。


「断れば父を見捨てた非情な娘というレッテルを貼る。総帥と違ってミコト姫には支持者も多い。十分あり得る話だな。」


「ですので政治的ダメージを軽減させる策を打っておきます。その策というのは…」


「説明はいらん。その件はカナタに任せたぞ。」


「聞かなくていいんですか?」


「いい。カナタの狡いオツムを信頼しているからな。それより筆頭家老のシズルがやきもきしながら、キリンみたいに首を長くして待っているようだ。明日の朝にここを発ち、私が戻るまでミコト姫を警護しろ。」


シズルさんは草食じゃなくて肉食ですよ。過保護な肉食獣。


「明朝、出立とは急な話ですね。」


「急がんとガーデンでろくろ首と対面する事になるぞ? 妖怪もどきの人外どもが名物のガーデンといえど、本物の妖怪はいらん。」


羅候は本物の妖怪より怖い人ばっかですけどね。ウロコさんとサンピンさんは妖怪コスプレが似合いそう。


「それからカナタ、到着した部隊長連がおまえの祝勝会、兼、慰労会を開くのだそうだ。今夜は生還記念に思う様、飲んでいい。」


「ひゃっほう!ありがたくゴチになろうっと。」


ガーデンに帰投しても色々やるコトがある。今夜はハメを外させてもらうか。


────────────────────────────────────


オレはミコト様を親衛隊に選抜された照京兵達と一緒に護衛しながら、一足先にガーデンへ帰投した。


到着したオレ達をヒムノン室長が出迎えてくれる。


「おかえり、カナタ君。また災難に見舞われたみたいだね。」


「ヒムノン室長、グラドサルから戻ってらしたんですか。」


「予定を早めて戻ったんだ。後任の執政官にはガーデンから指示を出す。私はハシバミ軍医の弁護をせねばならんのでね。」


「ハシバミ軍医の弁護? まさか照京のクーデターに関わってたと疑われたんじゃないでしょうね!」


「軍医はクーデターの首謀者の実弟だからね。疑わしきは罰する、軍上層部の考えそうな事だ。」


「クソが!ハシバミ先生は無関係だっての!ヒムノン室長、なんとかなるんですよね?」


「なんとかするさ。私はその為にガーデンにいるんだ。軍医の件はこの悪徳弁護士に任せておきたまえ。詳しい話は後でだ、賓客ゲストに挨拶をしておかねば。」


悪徳弁護士は頼もしげに頷き、ヘリから降りてきたミコト様に一礼する。


ガーデンの責任者として挨拶を済ませた室長は、オレにミコト様を特別営倉に案内するように命じた。


「ミコト様を営倉へ案内だと!なにを考えている!」


ツバキさんは憤慨したが、特別営倉を見れば納得するだろう。


───────────────────────────────────


三ツ星ホテルと遜色ない特別営倉にミコト様御一行を案内したオレは、シオンに護衛を頼んでヒムノン室長のオフィスへ向かった。


兵站部兼、法律相談室のオフィスには見知った顔がいた。


「ビロン中尉!もうガーデンに来てたんですか!」


結果にコミットしていささかスリムになったビロン中尉は、書類の束を机の上に置き、敬礼してくれた。


「ロベール・ド・ビロン中尉改め、ロベール・ギャバン少尉だ。よろしく。」


ギャバン少尉? 宇宙刑事に転職したのかね? まあギャバンもシャリバンも刑事って言う割りにあんまり捜査はしない。ついでに言えば裁判ナシで刑は執行する。機動刑事ジバンは怪人相手に電子警察手帳を提示して、対バイオロン法を読み上げてから戦闘を開始する生真面目さだったが。ロボコップもそうだけど、サイボーグ刑事ってのは、なにかと大変だよな。


「叔父さんの養子になったのはいいけど、なんで降格してんの?」


「父の敗戦の主たる責任は僕にあった、という事で折り合いがついたらしいよ。」


「ヒデえ話だ。むしろギャバン少尉が一番頑張ったクチだろ?」


味方を逃がす為に殿になったんだからな。功労者に降格で報いるとかあり得ねえ。


「いいんだよ。司令曰く"そもそもおまえが中尉の地位にあった事が間違いだったと言える"だそうだ。今は僕もそう思うよ。大した功績も上げてない人間が血筋や家柄だけで地位を得るから世界が歪むんだ。」


「そりゃそうかもしれんが。そういやギデオンは?」


「ここで庭師をやってる。僕もギデオンもアスラ部隊のレベルには、ほど遠いからね。下積みから出直しさ。」


「庭師ねえ。早いトコ鍛え上げて、兵士として扱ってもらわねえとな。」


「ギデオンは嬉々として庭仕事をやってるよ。元々、ビロン家の庭師だったからね。」


「だったらいいんだが。近いうちに一杯飲ろうぜ、ギャバン少尉。」


「了解だ。室長はオフィサー室にいるよ。軍医の件で来たんだろう?」


「そうなんだ。またな!」


「またね。」


ギャバン少尉もギデオンも、人生の再スタートを始めたか。同じ再スタート組として、オレも負けてはいられねえな。


────────────────────────────────────


「ハシバミ軍医は現在、リグリットに拘束されているが、私が取り返してくる。裁判にすら持ち込ませんよ。」


ハシバミ先生の弁護に室長は自信を持っているようだった。


「大丈夫ですよね?」


「大丈夫に決まっている。そもそもこの件に関してはグレーを白だと強弁する訳じゃない。白いモノを白だと主張するだけだ。悲しい事に白でも黒にされるのが同盟の現実だが、それは政治力の背景がない場合のみ、だからね。私の不在をいい事に、軍医の身柄を持っていった連中には赤っ恥をかかせてやる!」


ヒムノン室長の法知識に司令の政治力が加われば、ハシバミ先生を解放するのは難しくないようだ。一安心だぜ。


「頼みましたよ、ガーデン専属弁護人。」


「任せておきたまえ。おや、あれは……」


「お館様!!お館様はいずこに!!」


あ、あの声は……


「カナタ君、行きたまえ。キミは軍医の心配よりも自分の問題を解決すべきじゃないかな?」


ご説ごもっとも。




ミコト様はガーデンの賓客になった。となれば八熾一族と融和を図っておく必要がある。これは当主(仮)のオレの仕事だろう。


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