照京編23話 狼達よ、龍の下に集え



「お館様!よくぞ、よくぞご無事で!どこもお怪我はありませんね?」


シオンも心配性だけど、シズルさんはシオンに輪をかけた心配性だ。もう、そんなにあわあわしない!八熾一族の家人頭けにんがしらでしょ?


「鉄拳バクスウに腕に4つほど穴を開けられたけど、もうほとんど治った。」


「おのれ、兵団の老いぼれが!私のお館になんという無礼を!戦場で相見えた時には、この私が白髪首を叩き落としてくれる!」


「やめとけ。シズルの敵う相手じゃない。もし死合うコトがあっても、あの爺さんはオレが相手をする。それより明日の夜、一族郎党全員をロックタウン公会堂に集めろ。重要な話がある。」


シズルさんにしっかり言うコトを聞いてもらいたい時は、敬称ナシの命令口調で断言するのがコツだ。オレのガラじゃないんだけどな。でもあの爺さんはシズルさんには荷が重い。


「重要な話、ですか?」


「ああ。オレはミコト様をお連れして戻ってきた。八熾一族が本来の姿、龍を守護する近衛の一族に戻る時が来たのだ。」


「!!……まことで……ございますか?」


「無論、一族が受けた仕打ちがゆえ、心穏やかでない者もいよう。しかし、わだかまりは明日の夜、全て水に流させる。シズルはロックタウンに赴き、家人衆の主立った者と談義しろ。ミコト様を守護したくなどないと言う者には無理強いはせず、暇を出してやれ。暇を出した者にもロックタウンでの生活は保障する。」


「ハッ!それではシズルはロックタウンで和合の準備に入りまする!」


タスキを締め直して気合いを入れたシズルさんは勇躍し、兵站部のオフィスから駆け出していった。


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通信室で司令に連絡を取ったオレは仔細を話し、了承を得た。


「うまくやれるか、カナタ?」


「八熾に対する仕打ちは御門左龍が行ったもの。生まれてもいなかったミコト様にはなんら関わりはない。そんな道理もわからん連中なんざ、オレの知ったコトじゃありません。」


「だが坊主憎けりゃ袈裟まで憎い、という輩も存在するからな。」


「そんな分からず屋はオレにもガーデンにも必要ない。この件については任せてもらいます。」


「よかろう。御門家と八熾一族を元の鞘に戻してみろ。祝宴の費用は私持ちだ。」


「スポンサー不在で祝宴を開くのもなんですね。ソッチの状況はどうなんです?」


「兵団は撤収準備を開始したようだ。代わりにゴッドハルトの腹心、ヴァンガード伯とナイトレイド伯が大軍を率いて駐屯するらしい。」


「神盾」スタークスと「剣神」アシュレイか。娘と甥とが入れ替わりだな。


「兵団が撤収しても神盾と剣神が来るんじゃ司令も動けませんね。」


「いや、私もザラゾフと入れ替わりで帰投する。睨み合いに付き合うのも馬鹿馬鹿しい。」


災害ザラゾフが神難にいるなら神盾も剣神も迂闊に動けまい。また膠着状態になりそうだな。


「了解です。それでは。」


通信室を後にしたオレは、特別営倉へ向かった。


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「剣狼、ミコト様に頭を下げろというのか!」


親衛隊隊長はオレの提案がお気に召さなかったらしい。


「御門家の誤りを認めてください、と言っているんです。」


「同じ事だ!御門家をなんと心得るか!龍の島を統べる高貴な血統…」


「ツバキ、カナタさんは私と話をしているのです。お下がりなさい。」


「し、しかし……」


「今、ツバキは血統と口にしましたね? なれば王族と侯爵の話に、子爵の竜胆が口を挟むのですか?」


「………」


「身分血統など、さほどの意味を為しません。乱世であればなおさらです。ツバキ、私には一人でも多くの味方が必要で、カナタさんや八熾一族は遺恨を水に流し、私を支えてもよいと申し出てくださっているのですよ? 有り難い話だと思いませんか?」


「しかし、御門家に治世の誤りを認めよなどと……」


竜胆家は御門左龍の引き立てで子爵号を与えられた家だからなぁ。左龍の誤りを認めるというコトは、竜胆家の正当性を揺るがすコトと同義だとでも思ってるんだろう。


ツバキさんには兄ほどの柔軟性はない。剣腕以外に多くを期待しちゃいけないようだ。


「ミコト様、どうされます? オレはミコト様がどうなされようとお味方しますが、八熾一族はそうはいきません。」


「知れた事です、カナタさん。祖父、左龍、父、我龍の過ちを私が詫び、ともに手を取り合う未来を創ってみせます!」


……爺ちゃん、聞いてるか? 爺ちゃんの夢の入り口に、オレは立ったぞ。


「ありがとうございます。ですがガリュウ総帥の件はお待ちください。」


「なぜですか? 父も叢雲一族に非道な仕打ちを行いました。宗家は抹殺しても一族は追放に留めた祖父より、父の罪業が重いはずです。」


「はい。ですがガリュウ総帥が暴君であったと娘のミコト様が認めるコトは、総帥を処刑する口実になり得ます。八熾についてもそう、ガリュウ総帥が存命であるなら公式声明を出すのは危険です。あくまで八熾一族が納得さえすればいい話ですから。」


「それで八熾一族は納得してくださるでしょうか?」


「オレが納得させます。公式声明はガリュウ総帥の身柄の安全が確保されてから、というコトなら無理筋ではありません。ただ、ガリュウ総帥を奪還出来ても、総帥の人となりからして、決して誤りだったとは認めないでしょう。そうなった場合……」


「親子喧嘩は必定ですね。……思えば私がもっと早くに父に異を唱え、喧嘩をしておくべきでした。さすれば今日の事態は避けられたかも……」


「ミコト様、たられば話に意味はありません。」


「……そうですね。では弁の立つカナタさん? 一緒に文面の推敲をお願いします。」


手伝うのはやぶさかじゃないんだけど、オレってそんなに口が上手いかねえ?


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ロックタウンは司令の城下町みたいなモンだから、社会資本インフラは充実している。


ここより数倍大きな街の会館よりも、はるかに立派なこの公会堂もその一つだ。


八熾一族の老若男女、乳飲み子に至るまでを収容してもなお余る大ホールの雛壇に、オレとシズルさんを従えたミコト様は立っていた。


ミコト様は通りのいい綺麗な声で八熾一族に対して演説を始める。


「八熾一族の皆様、私は御門ミコト。御門家を代表する者です。八熾と御門の間には深い溝があり、私はその溝を埋めるべく、まかり越しました。御門ミコトの名において、祖父、左龍の八熾一族への仕打ちは誤りであったと認め、犠牲になった全ての人々に哀悼の意を表します。」


深々と頭を下げたミコト様の姿に、"おおっ!!"っと会場内がどよめく。


一族の爺ちゃん婆ちゃん、若くても涙腺の緩い連中は涙ぐみ、すすり泣き始めた。地球から来たオレには想像もつかない、艱難辛苦の道のりが報われる日が来たのだ。


泣くのを堪えて一歩前に出たシズルさんが声を張り上げる。


「皆の者、聞いたであろう!御門家の嫡子であられるミコト様が、我らへの仕打ちは誤りであったとお認めになられた!ミコト様、お顔をあげてくださいませ。十分にございます。」


シズルさんはミコト様の頬を流れる涙を絹のハンカチで拭い、さらに言葉を続ける。


「我らのお館、八熾カナタ様よりお言葉がある!静粛に拝聴せよ!」


オレは八熾の当主のつもりはないが、この場だけは爺ちゃんに成り代わり、一族をまとめよう。


オレはミコト様の隣に立ち、一族のみんなに語りかける。


「八熾の一族、狼の魂を持つ者達よ。今宵、和合は為された。我ら一族は胸を張り、龍の下に帰参しよう。御門左龍の所業が許せぬ者はいてもいい。だが生まれてもいなかったミコト様には一切、咎はない。それでも御門と八熾が再び手を取り合うコトを承服出来ぬ者は、黙ってこの場から去れ。」


誰一人として去る者はいなかった。


「ミコト様、ご覧の通りです。八熾の狼達は龍の下に帰参致しました。」


「……カナタさん、ありがとう。」


一族の歓喜の声に包まれながら、ミコト様とオレは手を取り合い、しっかりと抱擁した。




爺ちゃん、見てるよな?……八熾の狼達は今、龍の下へ帰参したぞ。


この歓喜の声は狼達の咆哮、天国にいる爺ちゃんにまで、きっと届いたに違いない。


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