照京編24話 女三人、三つ巴



会場に振る舞い酒が配られ、一族みんなで祝杯を上げる。


雛壇を降りたミコト様は一族の一人一人と握手を交わし、カナタさんは自分の弟も同然、と説いて回った。


嬉しいんだけど、くすぐったいなぁ。えらい雅なお姉ちゃんが出来ちまったもんだ。


シズルさんに牛頭馬頭兄妹、それに侘寂兄弟も上機嫌で、結構なコトだよ。


「牛頭さんって寡黙なイメージだったけど、今日はえらくはしゃいでるね?」


オレがそう言うと牛頭さんは当然でしょうと言わんばかりに、


「御門家への帰参が叶い、お館様も正式に当主になられた。盆と正月が一度にきても、こうはなりません。」


「いやいや!オレは当主(仮)だから!」


「我らを代表して御門家と和合なされたカナタ様がお館でなくて、誰が我らのお館なのですかな?」


「その~、そこは臨時の代理と言いますか……」


「左様な言い草が通りますか!やむを得ず、しぶしぶ、不承不承ですがカナタ様がお館であると認めます。ですが我らのお館となられた以上、しっかり監督させて頂きまする!覚悟なさいませ!」


あのね、馬頭さん。そこまでしぶしぶならお館と認めなくていいんですよ?


「ミコト様、カナタ様が我らのお館に相違ないですな?」 「どうにも強情で我ら一同、困っておるのです。」


侘助、寂助!ミコト様に擦り寄るんじゃない!


双子執事に擦り寄られたミコト様はしれっと答えた。


「カナタさんは八熾の惣領、そして私の弟です。間違いありません。」


「待ってください、ミコト様!迂闊に言質を与えないで~!」


「私の弟が不服なのですか?」


「ソッチはいいんです!でも八熾の惣領ってのは勘弁してください!」


「カナタさん、おおかた自分はそんなガラじゃないとか思ってらっしゃるんでしょうけれど、器とは本人の決めるモノではありません。八熾一族がカナタさんを惣領の器と認めたのです。お諦めなさい。」


「え~!ミコト様はオレの味方じゃないんですかぁ?」


「味方ですとも。なれど亡き羚厳様のご意志を継ぐ者はカナタさんをおいて他にないと確信しているがゆえ、苦言を呈しているのです。天命を受けた弟に覚悟を促すのは姉の役割、違いますか?」


抗弁しようとするオレの口をシズルさんがふさいでまくし立てる。


「違いありません!そうに決まっています!さすが龍の島を統べる王者、事の道理がよく分かっていらっしゃる。お館様!ミコト様のお言葉をしかとお聞きになりましたね!はい!頷かれました!八熾カナタ様が我らのお館に決定です!!」


力ずくで頷かせといて勝手なコト言うなぁ!


……マズいな、この劣勢を覆す手を思いつかねえ。ミコト様までシズルさん達に肩入れするとは……


明智光秀に奇襲された織田信長、小早川秀秋に襲撃された石田三成の気分がよくわかったぜ……


────────────────────────────────────


「と、いう訳でな。御門と八熾が元鞘に戻ったのはいいんだが、本丸に火の手が迫ってきたんだ。」


ロックタウンで区長としての仕事をこなし、翌日の昼過ぎにガーデンに戻ったオレは、久しぶりに食堂に顔を出して、三人娘に昨夜の経緯を報告してみた。


「トドメを刺すみたいで悪いんだけど、まだ本丸が落ちてないと思ってんの、少尉だけなんじゃない?」


「本丸はとっくに焼け落ちてるの。」


「燻った焼け跡で焼き芋が焼けたあたりじゃないでしょうか?」


三人前の芋煮定食を食すシオンさんの無情な台詞を聞いたオレは、テーブルに突っ伏した。


「あらカナタさん、ガーデンへ帰ってきたのですね。」


ツバキさんを連れたミコト様が定食のトレイを持ってやってきた。


「ミコト様も食堂で食事ですか? 特別営倉ならルームサービスがあるでしょう?」


「一度こういう生活をしてみたかったのです、うふふっ。」


楽しそうですね、ミコト様。後ろのツバキさんの仏頂面が見えてます?


「シオンさんにナツメさん、それにリリスさんでしたわね? その節は大変お世話になりました。」


ペコリとお辞儀してから丸椅子に座ったミコト様にリリスが毒を吐く。


「少尉が救出に行くっていうからついてっただけよ。私は御門家うんぬんに興味なんかないわ。」


「同じくなの。」


「リリス、ナツメ!口を慎みなさい!」


三人娘長女が窘めるが、次女だが末っ子体質のナツメと、骨の髄までワガママなリリスはどこ吹く風である。


もちろん、ツバキさんの額には青筋が浮かんでいる。ヤベエな、どう見てもツバキさんとリリス、ナツメは最悪の相性だ。


「うふふっ、可愛い娘さん達ですね。でもカナタさん、どなたとお付き合いするにしろ、姉さんには報告するのですよ?」


おい、お三方、腰を浮かすんじゃない!バトルはお外でやんなさい。


なんでミコト様も猛獣のど真ん中に骨付き肉を投げ込むのか……ひょっとして天然なの?


「姉さん? 誰がカナタの姉さんだってんだい?」


「マリカさん!なんでガーデンに!神難にいたんじゃないんですか!?」


飛びついたナツメをなでなでしながら、マリカさんは答えた。


「兵団の団長が照京を去った事が確認出来たってイスカに報告したら、シグレと一緒に先に帰れだとよ。そんで今帰ったとこだ。文句あんのかい?」


司令は神難侵攻はないと踏んだらしい。兵団もお気の毒、せっかく照京を制圧したのにトンビに油揚げか。


……いやにあっさり引いたのが気に入らねえな。朧月セツナにはなにか他に目的があった、とか?


「カナタ、どうした?」


「マリカさん、気になりませんか?」


「なにがだい?」


「普通、大都市を制圧したらしばらくその場に止まって手柄をアピールしませんか? 司令が神難にいるんだ。居座る口実はいくらでもつけられる。」


居座って、取れるもんは取る。司令ならそうするだろう。


「入れ替わりに同じガルム閥の神盾と剣神が来た。朧月セツナは見返りを手にしたし、さほど不思議でもないさ。」


「見返り?」


「吝嗇なゴッドハルトも今回ばかりは朧月セツナを将官に昇進させざるを得なかったみたいだ。待望の将官様への昇進が内定した朧月家の青二才は、今頃リリージェンで式典用の礼服をクリーニングに出してんじゃないか。」


オレの考えすぎか。でも朧月セツナって男はゴッドハルトの飼い犬に甘んじるようなヤツだと思えないんだよな。


「んで、誰がカナタの姉さんなんだって?」


え!? まだそこに食いつくんですか?


「私がです。火隠大尉、カナタさんがお世話になっているようですが、あまり無理はさせないでくださいね?」


「あん? いつからカナタが姫さんの弟になったってんだい?」


……オレ、視線が火花を散らす光景を初めて見たよ。邪眼持ち同士だとこうなるのか?


「ずいぶん前からですわ。ね、カナタさん?」


オレの秘密を全部知ってるミコト様は、上から目線で余裕の笑み。もちろん、マリカさんはカチンとくるに決まってる。


「ずいぶん前? おかしな事を仰るお姫さんだ。頭のネジが緩んでんのかい?」


「貴様!ミコト様に向かってなんと無礼な…」


「外野はすっこんでな!アタイは姫と話してンだよ!」


ツバキさんをたじろがせるマリカさんの一喝にも、ミコト様は怯まない。一触即発の空気ってヤツだ、これ!


ヤバイよヤバイよ!ど、ど、どうしよう!?


「ふむ。カナタが誰の弟か、という話なら、それは私だろうな。」


「シグレ!」 「あなたはトキサダ先生の……」 


間合いを計る達人でもあるシグレさんは、一触即発の二人の間にするりと割って入り、涼しい顔で断言した。


「カナタと私は師弟の間柄。師弟、つまり師と弟だ。」


「おいシグレ!そりゃ屁理屈だろ!」 「そうですわ!師弟の弟とは弟子の弟です!」


「カナタが信号機のように顔色を変え、蝦蟇ガマガエルのように額に脂汗をかいているというのに、いさかいに夢中の女子おなごどもよりは、屁理屈上の姉のがマシだろう。と、いう訳で弟は連れてゆく。稽古の時間なのでな。」


呆気にとられたお二人を尻目に、オレの手を取ったシグレさんは食堂からの脱出を幇助してくれた。


───────────────────────────────────


「助かりました、シグレさん。」


虎口を脱したオレが礼を言うと、シグレさんは困ったものだと被りを振って答えた。


「フフッ、カナタはとんだ姉たらしだな。」


姉たらし? またヘンな言霊ことだまが誕生したな。


「姉たらしって……オレは別にそんなつもりは……」


「その困った顔が姉たらしなのだ。どうもカナタを見ていると年上女は姉気取りになってしまうらしい。困ったものだな。」


「それってシグレさんもですか?」


「……私もそういう気持ちがゼロではない。」


「だったら嬉しいです!」


「……はぁ……その顔こそ姉たらしの真骨頂なのだぞ? カナタの困ったパーソナリティーは一旦置いておくとしてだ。父上のところへ行くぞ。礼を言うのが遅れたが、よく父の危急を救ってくれた。」


「礼なんて要りません。シグレさんの弟子であるオレは、達人トキサダの孫弟子なんですから。」


「では師弟揃って父上に剣を指南してもらうとしよう。」


オレとシグレさんは揃って次元流ガーデン道場の門をくぐる。




オレもずいぶん腕を上げた。これからは鉄拳バクスウのような手練しゅれんの敵手と戦う機会も増えるはずだ。雄敵に備えて研鑽を積んでおかないとな。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る