再会編20話 甲乙丙で松竹梅



「いよっしゃあっ!!」


力一杯握った拳を私は天井目がけて突き出した。


居間の大型テレビに映るカナタの姿。勝負を賭けた渾身の猛連撃が見事に黒き巨漢を捉え、雌雄は決した。


「フフッ、さすが教授の弟ですね。」


バートが私をコウメイではなく教授と呼ぶのは、ここにはセクションDのメンバーもいるからだ。


同盟首都リグリットには開発中の人工島「黒龍島」がある。


黒龍島のシーサイドエリアにある高級別荘地街にある屋敷に、セクションDの本部は設置された。


もちろん表向きには成金の所有する別荘という事になっている。セクションDのメンバーは隣のブロックにある御門グループ系列会社の倉庫に隠された地下通路を通ってこの本部へとやってくるのだ。


「おめでとうございます、ボス!」 「わずか半年のキャリアでアスラの中隊長を撃破するとは……」 「大したものだ。カナタ様こそミコト様の刃に相応しい。」 


私と一緒にカナタの奮戦を観戦していたのは、バートと1st、2nd、3rdセルのリーダー達だ。


甲田小梅こうだこうめ乙村竹山おつむらちくざん丙丸吉松へいまるきっしょう、もちろん偽名だ。セクションDで本名を名乗っているのは戸籍のないバートだけ。それでいい、我々は御門グループの影、表に出てはならないセクションなのだから。


「ミコト様を護る表の刃がカナタなら、裏の刃が我々だ。トーナメントも終わったし、さっそく仕事にかかるか。」


「ボス、今夜ぐらいは祝勝会でいいんじゃありません?」 「ボスの仕事中毒ワーカホリックはいささか度が過ぎます。」 「弟君の晴れの日ですよ?」


それもそうか。それに甲田、乙村、丙丸の三人とは腹蔵ない付き合いをしておかねばならん。官僚時代は部下との信頼関係の醸成に失敗した。私は上手くやっているつもりでいたが、そうではなかった。財務官僚をやっていた時の部下達は、私にただ使われている気分で仕事をしていたのだろう。しかも選んだ腹心がよりによって苫米地ときた。同じ失敗は繰り返さん。


この星では、私は部下のパーソナリティや生き方を把握し理解する。それから私の考え方や理念を知ってもらうのだ。信頼関係のないチームは決して困難な任務ミッションを遂行出来ない。……これもカナタが教えてくれた事だ。


「バート、地下のワインセラーからボディの強い赤ワインを選んで持ってきてくれ。甲田君はワイン党だからな。」


バートは頷いて居間を出て行った。


「ボスは私がワイン党なのをご存じなんですか!?」


「知っているさ。乙村君はバーボン、丙丸君はジン。君達、本当に覇人なんだろうね? 好みの酒が洋酒ばっかりじゃないか。」


「一応、覇人のはずです。バーボン好きは親父の影響でして。」 「私は学生時代は貧乏だったのでジンしか飲めませんでした。その名残りですね。」


丙丸君、君は私か!私も学生時代はジンやウォッカといった安く酔える酒ばかり飲んでいたものだ。そして乙村君のバーボン好きは親父の影響ねえ。……父だと名乗れずとも、息子と酒を酌み交わしてみたいものだ。……ロッシの始末を依頼する時に会ってみようか。危険な任務を頼むのに顔も見せないのは失礼だろう。


……また私は自分に嘘をついたようだ。ロッシ云々は関係なく、カナタに会いたいだけの癖に。


祝勝会に発展する展開を読んでいたらしいバートが、料理や酒を載せたワゴンカートを押して居間に戻ってきた。


「バート、なんだそれは?」


チーズやサラミを載せた大皿は分かる。だが……


「なんだそれはって、見ての通りのふぐ刺しですが。」


「どこまで河豚が好きなんだ!」


私に構わず居間のテーブルに卓上コンロを載せたバートは、土鍋に火をかける。


「これはふぐ鍋、神難ではてっちりと言うらしいです。おっと、覇人のみなさんには河童かっぱ水練すいれんでしたね。」


釈迦に説法とも言うな。こっちの世界にお釈迦様はいらっしゃらないようだが。


「てっちりなら覇酒も飲みたいですね!」 「いいねえ。」 「ヒレ酒もあれば最高なんだが。」


バートはミニ七輪に固形燃料を置いて火を点けてから網を乗せ、ドヤ顔で河豚ヒレの載った小皿を卓上に置いた。


「ふぐ料理でるのにヒレ酒がない訳がないでしょう。本当は炭火焼きのがいいんですが、今夜は固形燃料で代用しますよ? 甲田さん、熱燗の準備をよろしく。いい酒がキッチンに置いてありますから。」


「任せて!」


乙村君と丙丸君は嬉しそうに干物を割いて七輪で炙り始めた。


……セクションDは酒のツマミにウルサい連中が集まったらしい。だがいいチームになりそうだな。


────────────────────────────────


祝勝会を終えた翌朝、甲田君と丙丸君に御門グループ再編計画の遂行指示を終えた私は乙村君と相談していた。


「アンチェロッティファミリーの最高幹部、ロマーノ・ロッシの動向調査ですか?」


「ああ、頼めるか?」


「ロッシは同盟軍の元異名兵士で腹心達も手練れ、シメてかからないと危険ですね。……教授、動向調査はともかく、我々2ndセルではロッシチームの始末は難しいです。」


「始末は外注に出す。だがその舞台装置は完璧でなくてはならん。」


「外注……弟君に依頼されるんですね?」


「そうだ。剣狼カナタなら消去屋ロッシに勝てる。弟の強さは昨夜見た通りだからな。」


「なるほど。しかしアンチェロッティファミリーは御門グループの末端にちょっかいをかけてきている程度、優先目標にする必要性が薄いのでは?」


……組織犯罪対策が専門の乙村君には話しておくべきだろう。これからも手を借りねばならんのだから。


「アンチェロッティファミリーを潰すのはバートの為だ。バートは私の恩人で、その仇討ちの手伝いをしたい。だが御門グループの利益も兼ねての作戦でもある。乙村君、巽財閥は知ってるな?」


「はい。巽征士郎が率いる財閥で、征士郎の姉は同盟の兎我元帥の細君。御堂財閥のライバルで、我ら御門グループとも不仲です。」


「これから不仲に拍車がかかる。御堂財閥と御門グループは手を組んだのだからな。そしてグラゾフスキーファミリー、ここまで言えば組織犯罪対策のプロである乙村君には分かるはずだ。」


「ルシアンマフィアのグラゾフスキーファミリーは巽財閥と癒着している。そして5年前にアンチェロッティファミリーとグラゾフスキーファミリーの間で起こった抗争、巽征士郎が仲介に入って抗争は終わりましたが、実質的にはグラゾフスキーの負けでした。」


「その抗争を指揮したのはロッシだ。不利を悟ったグラゾフスキーは巽征士郎に仲介を頼んで手打ちに持ち込んだが、内心は屈辱に震えていただろう。」


「なるほど。ロッシさえいなくなればグラゾフスキーはアンチェロッティを恐れない。抗争が始まるかもしれません。」


「始まらなければ我々で口火を点けてやろう。だがおそらくその必要はない。ロッシの死が公になれば、アンチェロッティファミリーに抗争をしかける組織が必ず出る。ドン・アンチェロッティは強引なやり方で組織を拡大してきたから敵も多い。グラゾフスキーは仕掛けるか、相乗りするかのどちらかを選ぶ。」


「アンチェロッティにも味方する組織はいます。ロッシ抜きでも勝つかもしれません。」


「そこで我々の出番だ。アンチェロッティが負けるように仕向け、巽とつるんだグラゾフスキーも共倒れさせる。我々が手を下さずとも共倒れしてくれるのが理想だがね。」


「御堂財閥も御門グループもマフィアとは関わらない。巽はマフィアと癒着し、利権を貪っている。不公平は是正しないといけません。」


「マフィアに連座させて巽を潰すのは難しかろうが、非合法ビジネス部門は弱体化する。巽の失った利権とシェアは合法化してから御堂と御門で山分けだ。これならバートの復讐と御門の利益は共存させられる。利益を山分けする御堂財閥にも協力してもらわねばな。」


「問題は奴らの抗争に一般人が巻き込まれる可能性がある事ですが……」


「そうさせない為に御堂財閥の犯罪対策部門の手も借りたいのだ。マフィアの入居するビルを丸ごと爆破するような計画には軍に介入してもらう。チンコロはマフィアには御法度だろうが、我々には関係ない。それでも一般人の被害をゼロには出来ないだろうが……」


「それでもやるべきです。連中は麻薬を売って廃人を作り、敵対者は堅気だろうとコンクリ詰めにして海に沈めてる。教授、マフィア犯罪の犠牲者がどれだけ出ているか知っていますか? アンチェロッティファミリーの本拠地があるスペッキオシティでの殺人事件は1000件以上、この数字は表沙汰になった事件だけでです。実際にはこの数倍、4000から6000件の殺人事件が起こっていると推定されている。そのほとんどにマフィアが絡んでいるんです!」


スペッキオシティの人口は約700万人、年間5000件だとしても、世界一治安の悪い国と言われたエルサルバドル並みじゃないか。そしてスペッキオシティは世界一治安の悪い都市国家などと呼ばれてはいない……


歪んでるとかいうレベルじゃないぞ、この世界は!


「患部だけを除去出来ない以上、やむを得んな。……やってくれるか?」


「お任せください!」


一般人の被害をゼロには出来んかもしれんが、ゼロを目指す。それで正当性が得られるとは思ってないが……




……覚悟はしていた事だが、私は間違いなく地獄に落ちるな。フフッ、今さら何を言っているのか。研究所を爆破した時点でそれは決まっていた事じゃないか。



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