結成編14話 権藤杉男は加減を知らない


「ほい、これ。ボスニア土産の蒸留酒ラキヤ。」


椅子を回転させてこっちに振り向いた雨宮啓介は、手渡した蒸留酒の瓶を診療机の上に置いた。


「ありがとう。ついでに玄関用にキリム絨毯も欲しかったね。」


雨宮には何も言わずに調査に出たってのに、名産品を知ってるあたり、伊達にいい大学を出ちゃいないな。


「そいつは後で家の方に届く。嵩張るんでサラエボの空港から、おまえさんの家に送っといたよ。」


「気が利くね。気が利くついでにここは病院だって事も覚えておいて欲しかったな。なんだい、その格好? ベトナム帰還兵のコスプレ?」


「違う。ナカトミビルから生還した時のジョン・マクレーンの真似をしてみた。ハロウィンが近いから予行演習さ。」


「だったら裸足じゃないとダメだ。ジョンは靴を脱いでて苦労したんだから。権藤、確かにハロウィンパーティーに招待はしたけど、そんなルンペンみたいな格好でウチに来ないでくれよ?」


「なあ雨宮、おまえさんいつの時代の人間だよ。ホームレスと言え。」


ホームレスどころか、ホームレスに気の毒がられかねないレベルのヒドい格好ではあるがな。ま、命はあったんだし、よしとしとこう。


「サラエボに行ってたのはわかった。それで? なにをやってきたんだい?」


あまり聞きたくなさそうな顔の雨宮は卓上のボールペンを手に取り、手の中でクルクル回し始める。外科医だけあって手は器用らしい。綺麗な弧を描きながら、よく回ってる。


「天掛からの依頼でね。向こうで犯罪組織についてアレコレ調べてたのさ。」


「いくら天掛からの頼まれ事だからって、あまり危険な事はすべきじゃない。断れなかったのかい?」


「天掛の依頼は特に危険でもなかった。ボスニアはあまり安全なお国ではないが、頼まれたのはマフィアボスの身元調査だからな。」


生きてるボスの調査なら危険極まりないが、壊滅した組織の死んだボスならそうでもない。金にならない限り、死人には見向きもしないのが反社会的勢力だ。


「でも計算違いが起こった。それでそんな格好で帰国したんだろう?」


「いや、俺が余計な事に首を突っ込んだのが原因さ。行き掛けの駄賃に人身売買組織を一つ、潰してきた。インターポールが恩知らずじゃなきゃ、感謝状でも送ってくるだろう。」


「……無茶するね。なるほど「ヤリスギ権藤」なんて渾名がつけられる訳だ。それで天掛からの頼まれ事はなんだったんだい?」


「ドラガン・アマガルタって男の身元調査だ。彼はアイリちゃんの実父だと思われる。それで調査を依頼された。」


文通とは古風な連絡方法だが、惑星テラと交信するには龍ヶ島にある石台を使うしかない。俺からの返信を見ればいくら天掛でもビックリするだろう。……いや、天掛の事だから、調査結果は予想しているかもしれん。とにかく頭の切れる奴だからな。


「……アイリちゃんの実父……ドラガンは龍の意、だけど……アマガルタ……あまり聞かない苗字だね。どこの国の名前なんだろう?」


「アマガルタは偽名だ。ドラガン・アマガルタの父親はチェコからやってきた日系移民だった。それでな……父親の姓は"天掛"だったよ。ドラガンは本名をもじった偽名を使っていたのさ。」


あまり賢いやり方とは言えないが、ドラガンは自分が日系人である事に誇りを持っていた。代々受け継いできた苗字を捨て去る事は出来なかったのだろう。


「なんだって!天掛!?」


「日系移民なんて珍しくもないし、室町時代からある旧家に分家があったっておかしくもない。枝分かれした分家の誰かが海を渡ったって事だろう。調べてみたが、天掛という姓は天掛神社にまつわる家でしか使ってない苗字だった。日本で現存していたのは天掛神社の宮司である本家とその親類だけ。……どこで枝分かれしたのかまではわからんが、アイリーン・オハラ・天掛は血統的にも天掛家の人間だったと考えていい。」


「……支流が本流に繋がったって事か。数奇な運命だね。」


「はたして運命かねえ。俺にはなにか、そう、超常的存在の意思でも働いているとしか思えん。」


「超常的存在? 例えば?」


「天掛家はいまでこそ狼の系譜に連なっているが、それは天掛翔平の体に八熾羚厳の魂が転移したからで、元はと言えば龍の系譜だったはずだ。だったら御門家を守護する心龍とやらには、天掛家にも肩入れする理由がある。」


天掛家は御門家の分家であるとも言えるんだからな。氏神様なら庇護する対象になるはずだ。


「それに神祖と同じ力を持っていたが故に、流罪にされた天継姫にも理由はあるかもね。彼女は天掛家の祖先なんだし……」


「天継姫の意志がなんらかの形で生きていて、子孫の中でもっとも自分に近い能力を持っていたアイリちゃんの運命に干渉した、か。オカルト話には慣れてきたが、オカルトだけに事実の裏付けが難しいな。記者を辞めて霊媒師にでも転職するかね。本当に社を追われかねんのだし……」


「社を追われる? 今度はなにをやるつもりなんだ?」


「な~に、内閣を一つ、ぶっ壊すだけさ。雨宮、おまえの親父さんは衆院議員の田沼先生の後援会長だったな?」


「うん、田沼先生と父は大学の同窓生だから。……置き土産の爆弾、作動させるんだね?」


「ああ、出国前に準備は終わらせたからな。俺がゴーと言ったら、先生に選挙準備をした方がいいと教えてやれよ。田沼先生と彼のちっこい派閥には疑獄に関わってる議員はいない。選挙が終わって与党でいるか野党に転落してるかは知らんが、まともな選良には生き残ってもらわんとな。」


「驚いた。権藤は愛国者だったんだね。反政府主義者アナーキストかと思ってたよ。」


「俺は反政府でも反権力でもない。自分の好奇心を満たすついでに、社会悪を糾弾する偏屈男に過ぎんよ。その偏屈男は、権力を不正に使って蓄財に励む欲深や、能力に値しない地位を得る輩が心底嫌いでね。」


「権藤、これを。」


雨宮から手渡されたのは、勾玉のストラップが付けられた二つのキーだった。


「なんのキーだ?」


「龍ヶ島の別荘と行き来に使うクルーザーのキーだよ。別荘は権藤がボスニアに行っている間に完成した。政財官の既得権益トライアングルに喧嘩を売る訳だから、隠れ家は多い方がいいだろう?」


「助かる。天掛と交信する時には島に滞在にしなきゃならんしな。」


「社会悪と戦う偏屈男に資金援助もしようか。いくらいる?」


「それは必要ない。天掛から提供してもらったからな。」


天掛は戦乱の星に旅立つ前に、不動産を除く資産を全て現金化し、俺に渡してくれた。不動産は物部さんが受け取り、天掛神社の宮司職は物部さんの次男が務めてくれている。次男さんは妻帯者だが子供がいないので、天掛家の遠縁にあたる子を養子にもらい、次の宮司として育てている。いずれは天継姫の系譜に連なる子が神社を護ってゆく事になるのだろう。立つ鳥跡を濁さず、さすが辣腕官僚として名を馳せた友、天掛光平だよ。


────────────────


「権藤!おまえは俺に"社主の許可は取ってる"と言ったよな!デスクの俺を騙したのか!」


政財官に渡る大疑獄を記した朝刊を握りしめながら怒鳴る上司。アンタ、騙される方が悪いって言葉を知ってるかい?


「はて? そんな事を言いましたっけね?」


「トボケるな!さっき社主から電話が…」


「お褒めの言葉ですかい? なんたって世紀の大スクープだ。社主もさぞお喜びでしょうな。」


「疑惑をかけられた財界人には社主が懇意にしている方が混じっていたそうだぞ!スクープを上げるのはいいが、新聞不況のこのご時世には…」


「配慮が必要とか抜かさねえだろうな!ブン屋が誠実であらねばならんのは"事実"に対してのみだ!」


「いい歳した中年がガキみたいな綺麗事を言うな!新聞社は慈善事業とは違うんだ!」


「おい、デスクさんよ。俺がどういう人間なのか一番知ってるのは尻拭いをしてきたアンタだよな? なのになぜ裏取りをせずに、鵜呑みにしたんだ? 社主に電話を一本入れれば事足りたはずだろう。記者としての本分を怠ったアンタが悪い。現場を離れて長い、なんてのは言い訳にゃならねえぞ?」


「黙れ!いいか、とにかく…」


「黙るかボケ!黙ってて言論の自由が守れるかよ!まだまだネタはある!遠慮せずに書かせてもらうぜ!ここか、よそでな!」


青筋の浮いた鼻に辞表を叩き付けて、踵を返す。


「おいみんな!権藤を止めろ!」


編集部を出ようとする俺の前に何人かの記者が立ちはだかる。いや、記者じゃないな。記者気取りのマネキン共だ。小綺麗なスーツに磨かれた革靴、おまえらはショーウィンドウの中にでも突っ立ってろ!


「……どけ。それとも殴り合いでもやってみるか?」


ボキボキと指を鳴らしてやると、人の輪は拡がった。マネキン記者でも、俺が空手と合気道の有段者だってのはご存知らしいな。


俺は背丈は低いが肩幅は広い。だから輪を抜ける時に、肩がぶつかる。そして背中を向けた瞬間に……


「アホが!武闘派記者をナメんじゃねえ!」


背後から掴み掛かろうとした腕を掴んで机の上に叩きつけてやる。テメエらヒヨッコ共とはくぐった修羅場が違うんだよ!


「次はどいつだ!……なんだ、もうこないのか。去勢された犬は尻尾を丸めてすっこんでろ!」


臆病風に吹かれた同僚達に一瞥をくれてから、編集部を後にする。一刻も早くここから出て、外の空気を吸おう。ここの澱んだ空気にゃもうウンザリだ。


外に出た俺は長年勤めた社屋を眺めながら、煙草に火を点けた。


去勢された負け犬として、首輪に繋がれ生きていくのか。根なし草の野良犬として生きていくのか。……断然、後者だな。




煙草を咥えた俺は短い足で大股に歩きながら、草臥れたネクタイを外してコンビニのゴミ箱に捨てた。首輪のない生活を始める俺に、もうネクタイは必要ない。


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