結成編15話 異世界との交信
「権藤!天掛はどこにいる!」
水木の声には追い詰められた人間特有の焦燥感が滲み出ている。電話の向こうでは脂汗をかいているだろう。
「さあね。水木、天掛を甘く見すぎたな。」
「き、貴様も一枚噛んでいたんだな!そうなんだな!」
そんなの言わずもがなだろ、バカが。
「ああ、そうだよ。なあ水木、老婆心で忠告しとくが、天掛云々はアンタにゃもう関係ないし、電話をする相手も俺じゃない。アンタが電話するべき相手は弁護士だ。」
「黙れ!黙れ黙れ!」
やれやれ、デスクもアホだが、水木もアホだな。黙ってたんじゃあ、記者って商売は成り立たねえの。
「イヤだね、黙らん。アンタもなかなかの悪だなあ。公文書改竄に守秘義務違反、それだけならム所入りはなかっただろうに、あろう事か…」
「黙れえ! な、なんだおまえ達は!誰に断ってここに入ってきた!」
「水木さん、我々は東京地検特捜部です。あなたにはいくつかの嫌疑がかかっていますので、是非、お話を伺いたい。地検までご同行願えますか?」
丁寧ではあるが慇懃無礼な声が漏れ聞こえてくる。これほどのヤマに東京地検特捜部が動かない訳はない。終わりだな、水木。
「ま、待ってくれ。私はなにもしていない。退職した天掛光平に嵌められただけなんだ。」
天掛も悪い男だが、アンタを嵌めちゃいないよ。悪事に目を瞑り、証拠を抑えておいただけだ。
電話の向こうからペタンと膝を着く音と、ゴロンとスマホを落とす音が聞こえた。
「ハハハッ。"水木勝哉の栄達物語"は、これにて終幕だ。余生は刑務所で過ごす事になると思うが、達者でな。お仲間の政治家や財界人もお供してくれるから、寂しくはないはずだ。なに、殺人罪を犯した苫米地と違って、寿命が尽きる前には娑婆に戻れるさ。投獄される前に"負哉"に改名する事をお勧めするぜ。」
スマホに向かって嘲りの台詞を吐いてやったが、おそらく聞こえちゃいまい。耳に届いてはいても、な。
────────────────
二週間後、洗いざらいを記事にした俺は札幌にいた。ビジネスホテルの一室で煙草を吹かしながら珈琲を啜り、物思いに耽ってみる。
産業流通新聞社としては、俺に辞表を叩きつけられはしたものの、社としてこれだけのスクープを上げた以上は、さらなる追求をしない訳にはいかない。曲がりなりにも新聞社である以上、沽券にかかわる。なので叩きつけられた辞表は保留という形にして、俺に記事を書かせざるを得なかった。社主としては徹底追求する相手と、手心を加える相手は分けたかったようだが、そんな話には乗れない。天掛から託された爆弾は、一発残らず炸裂させてやった。……だが、炸裂させた爆弾の破片は、俺にも飛び散ってくるだろう。
俺が特大の爆弾を手元に持っている事は、早い段階で社主には知らせておいた。もちろん、詳しい内容は一切、話さなかったが。そして社主は疑獄に関わっている人間を執拗に知りたがった。最初は腐っても新聞社の社主なんだな、なんて思っていたが、そのうち勘が囁き始めた。何かがおかしいぞ、と。
勘で目星を付け、足で実証する。政界だろうが、財界だろうが、犯罪組織だろうが、相手は選ばない。それが俺のスタイルだ。自分の属する新聞社の社主であろうが、例外ではない。
……世の中には知りたくない事実ってものもある。だが、知りたくない事実であろうと事実は事実だ。事実を知った以上は、真摯に向き合わねばならないのがブン屋、俺はそう思っている。
しかし……やれやれだ。俺の次の獲物がウチの社主だとはな。社主は新聞社の情報網を利用してインサイダー取引を行っていた。その片棒を担いでいた財界人が疑獄の対象ではないかと恐れていたのだ。その財界人は幸運にも疑獄の対象ではなかったが、彼の弟は疑獄の対象だった。
そして財界人は一族の名誉を守るべく、社主に手心を加えるように頼み、脛に傷のある社主も無下には出来なかった。で、社主は編集部に圧力をかけてはみたが、当然、理由は話せない。編集部としても、理由がわからない以上、追求を止める訳にはいかない。社主はさぞもどかしい思いをしただろう。だが、もどかしい思い程度じゃ済まさねえぞ。傷のある脛を抱えながら、臍を噛ませてやるよ。
──────────────────
ビジネスホテルを出た俺は、札幌市内にある田沼威一郎の事務所で本日二杯目の珈琲を頂く事になった。雨宮の紹介で、最小派閥とはいえ政界の領袖とサシで話せる。持つべき者は良き友だな。
「今回はお手柄だったな、権藤君。記者冥利に尽きるだろう。」
余計な事をしてくれた、と言いたいだろうに、大人の対応ですなぁ。伊達に大物はやってませんか。
「いえいえ。来るのは久しぶりですが、やはり札幌はいいところですな。ところで田沼先生、永田町にいなくてよろしいんで?」
選挙の準備があるから戻っただけで、すぐに永田町にUターンするんでしょうがね。
「いても何も出来んし、記者が五月蝿いだけだ。おっと、君も記者だったな。」
「ええ。俺は特に五月蝿い記者ですよ。今回は蜂の一刺しならぬ、蠅の一刺しでしたな。」
「用件を話すとするか。君を永田町から追い出そうと蠢動する連中がいる。意趣返し、というヤツだ。」
追い出すもなにも、俺は政治部じゃなくて社会部だぞ。いや、これは暗に教えてくれているのか。永田町ではなく、新聞社から追い出そうと動いてる連中がいる、と。
「アホくさ。意趣返しを企む前に選挙の心配でもした方が建設的でしょうに。」
「やれるだけの事はやってみるが、難しそうだ。社会全般でもそうかもしれんが、政界にも能書きだけは一人前で、尻の穴の小さい連中が増えて困っとるよ。」
田沼議員はまともな選良だと思ってはいたが、お人好しだとは思わなかったな。
「今回の件、与党にとっちゃ大迷惑でしょう。俺が忌々しくないんですか?」
「不正を働く者が悪い。君は自分の仕事をしただけだ。」
「では先生も自分の仕事をなさってください。俺の心配は要りません。辞表は既に提出済みなんでね。」
「……それでいいのかね? 君は今日び珍しい記者らしい記者なのに……」
「新聞だけがジャーナリズムじゃありません。ペンと手帳だけあればいいんです。最近はスマホかな?」
「……そうか。では君の
「政治家の言う事をそのまま真に受けるバカはいませんよ。俺と先生は敵ではないが、味方でもない。記者と政治家、引くべき線はしっかり引いて、いい付き合いをお願いします。」
「うむ、そうだな。毛ガニがあるから持って帰りたまえ。」
「毛ガニとは魅力的ですな。ですが遠慮しておきましょう。小さくても利益供与になりかねない。」
「小さくなどない。北海道の毛ガニの肉付きは最高だよ。」
「では物々交換で。渡すのが遅れましたが、俺の故郷の名産品、「神戸牛」を持ってきてたんだ。」
「ほう、神戸牛。君はそっちの出なのかね?」
「ええ。先生、神戸牛の肉質は最高ですよ。」
右手で毛ガニの入った発泡スチロール箱を受け取りながら、左手で神戸牛の入った木箱を渡す。これで物々交換は成立だ。
「おいおい。ここがどこだか知ってるのかね? 海産王国にして酪農王国でもある北海道だ。食い物で我が故郷に勝てる土地などないよ。」
郷土愛に溢れた初老の政治家と握手を交わしてから、俺は事務所を後にした。
───────────────────
札幌から東京に戻り、スマホを用意させておいた他人名義のものに持ち替えて、龍ヶ島に向かった。
島に到着した俺は、雨宮所有の別荘で一風呂浴び、天掛に顛末を報告する為に洞窟奥の祠へ足を運んだ。
腕時計で時間を確認、そろそろ交信開始時間が来るな。
交信時間を知らせるアラームが鳴り、石台に刻まれた文字が輝き始める。石台にホログラムのように映し出されるノートパソコン、天掛からのメッセージだ。
「首尾はどうだ?」ときたか。俺は用意していたノートパソコンを台に乗せ、報告書をアップする。
おっと、ノートパソコンに映像が被さったな。かなりの長文だったのに、もう読み終えたのか。そういや天掛は速読が得意だった。「世直し兼、復讐の完了を確認。ご苦労様」か。「気にするな。俺の趣味だ」と返信、と。
復讐劇の経緯を教える代わりに、惑星テラでの物語の経緯を教えてもらう。物々交換ならぬネタネタ交換だな。このネタばかりは記事には出来ないが、好奇心を満たす事こそ俺の行動原理。名誉や金銭を求めての記者稼業じゃない。
おわっ!アイリちゃん、顔を見せてくれるのはいいが、いきなりはヤメてくれ。石台の上に生首が乗っかってるみたいに見えるんだぞ!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます