結成編16話 キング兄弟
胸の徽章は変わっても、やるコトは変わらない。午前中は個人のトレーニング、午後からは部隊の教練、いつ出撃命令が下るかわからない以上、無駄にしていい日なんてありはしないんだ。
部隊の教練を終えた夕刻、オレは久しぶりに娯楽区画にあるゲームセンター「デジタルラビリンス」へ足を運んでみた。ここんとこ忙しくて新作ゲームのチェックが出来なかったからな。そろそろクレーンゲームにも新しいアイテムが入ってる頃だろうし。
「このヘッタクソ!どけパイソン、兄ちゃんに変われ!」
「兄ぃ、もう1回だけ!このキングコブラのぬいぐるみは俺ッチが取るんだ!」
やれやれ、あのオセロ兄弟をほっといたらまた喧嘩を始めるな。キング兄弟はガーデンの器物破壊の常習犯、風紀を守る凜誠の宿敵だ。……それはおっぱい革新党幹部のオレもか。なにせ部屋の冷蔵庫に磯吉さん謹製、「おっぱいプリン」が隠してあったぐらいだ。次回の党大会で出されるおやつの試作品は最高の出来栄えだった。いやらしい感じでかけられたカラメル、つつけばぷるんぷるんといい感じに震える質感、味も見た目も官能的な逸品である。もちろん、半円球のプリンの先っちょには、なぜだか突起がついてるぞ。
「お!クレーンゲームプロのアンちゃんじゃねえか。」
「ここはボーイにプロの技を見せてもらおうか。」
仕方がないな。クレーンゲームプロの腕を見せてやるとするか。
「妙技を披露する前に、ぬいぐるみの所有権を決めてください。……ジャンケンで、ね。拳を固めたみたいですから準備はオッケーでしょ?」
まったく、間髪を入れずに殴り合おうとするあたりが羅候だよ。清々しいぐらいにブレない。
「最初はグー!ジャンケンポイ!あいこでしょ!あいこでしょ!うっし!俺ッチの勝ちだぁ!」
所有権はパイソンさんに決まったみたいだな。ではプロの出番だ。軽く指を鳴らして、ウォーミングアップ。見よ!これがプロの技だ!
「キングコブラは蛇のぬいぐるみの中ではイージーな部類です。頭のふくらみの下にアームを入れれば……ほら、取れた!」
ツートンカラー兄弟に拍手されながら、ゲットしたキングコブラのぬいぐるみを手に取ってサムズアップを決めてみた。
「いや~、大したモンだぜ。アンちゃんはホント、くだんねえ事ほど上手だなぁ。」
パイソンさん、オレはのび太じゃありません。
「見事だったぞ、ボーイ。……おっと、部隊長になった男にボーイは失礼だな。」
「いいんです、ボーイで。バイパーさんに"ボーイ"って呼ばれるの、オレは結構気に入ってるから。」
「そうか。じゃあ遠慮なく、ボーイと呼ばせてもらおう。」
「そうしてください。じゃあオレはバスハンターのハイスコアを更新する任務があるんで、これにて失礼。」
「ボーイ、そりゃ無理だ。」
「なんでですか? 今のハイスコアを出したのはオレです。昨日の自分は、今日の自分が越えてゆく!」
「アンちゃん、格好つけてるトコ悪ぃんだが、そういう話じゃねえんだわ。」
「え?」
「バスハンターは不人気だから撤去された。いくらボーイでもないゲームのスコアは塗り替えられまい?」
ガチョーン!なんてこったい。まあ、オレしかやってないっぽい釣りゲーだったしなぁ……
────────────────
不人気ゲームとはいえ、バスハンターをオレが愛していたコトには変わりない。傷心のオレを慰めるべく、キング兄弟はオレを飲みに誘ってくれた。
無法で無頼なガーデンマフィアのテンプレスタイルを貫く兄弟は、開店前のダーツバー「スネークアイズ」に無理矢理押し入り、飲み始める。
「……いいんですかマスター。あの兄弟、好き勝手やってますけど。」
年代物のジュークボックスに荒々しくコインを入れて大音量でBGMを流し、お酒を片手にゲームセンターで取ってきたポップコーンをボリボリ齧る。シックな店内を、我が物顔で占領しちまったよ。
「………」
本日も"喋ったら負けゲーム"を続行中のマスターは両手を広げて肩を竦めた。処置ナシってコトらしい。
マスターにパスされた小ビンのビールをキャッチしながら、ジュークボックス傍の椅子に座る。パイソンさんはノリノリで踊ってて、バイパーさんは弟のダンスを見物しながら、ウィスキーを瓶のまま飲ってる。
「そういやお二人は戦争が終わったらどうするつもりなんですか?」
オレにそう問われたバイパーさんは、ウィスキー瓶を樫のテーブルに置いて考え込んでしまった。
「……考えた事もなかったな。だが言われてみれば、この戦争だって終わるかもしれんのだよな……」
「先の事なんて先で考えればいいのさ、兄ぃ。今、この瞬間だけに生きるのが羅候だぜぃ!」
「そうだな。それに戦争が終わるにせよ、俺達が生き残ってるかどうかは怪しいもんだ。」
「俺達ゃ命知らずの死にたがり♪ 殴って殺して殺されて♪ ヒュウ♪」
即興でステップを踏みながら歌うパイソンさん。躍動感があって小気味のいいダンス、セムリカ人らしいセンスだ。
「まあ戦争が終わって生きていれば小金を手にしてるだろう。その金でバーでもやるかな。」
踊り終えたパイソンさんは椅子に座り、兄貴に渡されたウィスキー瓶を煽りながら会話に加わる。
「ナイスアイデアだぜ、兄ぃ。派手派手なネオンで飾った店内のど真ん中でよぉ、半裸の姉ちゃんがポールダンスやってるとかどうよ?」
ヤベえ、その店、超通いたい。キング兄弟のお店だからと言えば三人娘のプロテクトをすり抜けられるかも……
「いいんじゃないですか? バイパーさんは女の子の扱いが上手ですし。」
「おいおい、ボーイ。俺を色事師みたいに言わないでくれ。」
おやおや、おトボケですか。バイパーさんはガーデン色事師の双璧だ。表の王がダミアン、妙齢の女性だけでなく、子供やギャルにまで幅広い人気を誇る。でも裏の王はバイパーさん、こちらは大人専門だが、ディープなお付き合いを教えてるってもっぱらの噂だ。表の王が浅黒イケメンで、裏の王が色白イケメンなのが面白いよな。トッドさんはガーデン色事師の双璧は、自分とダミアンの事だと思ってるけど、そう思ってるのは本人だけだ。流星トッドもそれなりにモテてるみたいだけど、ダミアン、バイパーには及ばない。
「いつもは趣味の悪いアロハを着てますが、ビシッとスーツを着込んでる時はおデートの時ですよね? それにバイパーさんはロックタウンの花屋の常連でもある。花言葉も完璧、証言も取れてますから。」
「ボーイ、後腐れがない男には一定の需要があるものなんだ。大体、ボーイが人の事をどうこう言えた義理か? 俺は"後腐れがない男"がモットーだが、ボーイの場合はズブズブの泥沼。一体どう収拾をつけるつもりなのか、他人事ながら気になるね。」
「アンちゃんは悪い男だからな。いつの間にやら周りには女の子がおっぱい、じゃねえ、いっぱいだ。ヘイ、ボーイ、狼やめてオットセイになるつもりなのかい?」
「兄弟で人聞きの悪いコトを言わないでください!知らない人が聞いたら誤解するでしょう!」
「理解じゃないのか、ボーイ?」
「誤解だって言ってんでしょー!」
絶叫するオレの前にトンと置かれるカクテル。なにこれ、めっちゃ綺麗!
「色とりどりの層を織り成して芸術的ですね!マスター、これなんてカクテルなんですか?」
無言のマスターに聞いても無駄とは思うが聞かずにはいられない。おうちで出来るようなモンじゃないだけに、一層気になる憧れるぅ!
「ボーイ、これはプース・カフェ・スタイルっていうのさ。表面に乗ってるのはエスプーマだな。」
無言のマスターに代わって、バイパーさんが教えてくれた。
「ふうん、プース・カフェ・スタイルっていうのか。バイパーさんはこういう小洒落たアイテムで女の子のハートを掴んでるんですね?」
「まだ言うか。ボーイは粘着質だな。納豆菌は脳内だけで培養してくれ。」
マスターは無言でシュピッとマドラーを取り出し、5層のカクテルにゆっくり突き刺す。
「ズブズブ、ズブズブ、なるほどな、そういう事か。マスター流の風刺って訳だ。」
「なるほど~!色とりどりの女の子との関係がズブズブ、このカクテルはアンちゃんの私生活って事かよ!」
ゲラゲラ笑うキング兄弟、ニヤリと笑うマスター。
「マスタ~!オレの私生活はそんなに面白いですか!好きでやってるんじゃないんですよ!」
マスターは本日二度目のやれやれポーズを披露してから、カウンターに戻って行った。
まったくぅ。ガーデンにはウィットの効いた性悪ばっかでまいっちまうぜ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます