結成編13話 深淵に潜む龍



結論から言えば、お兄ちゃんはママの顔を覚えていないみたいだった。バートの話では、ママによく似た女の人とやさかのしょーの公園で鉢合わせても、お兄ちゃんは無反応だったらしい。


「バート、これならママがお兄ちゃんに会ってもバレないんじゃない?」


「そうとも言えません。カナタさんは風美代さんがこの星にいる訳がないという固定観念を持っているはずですし、傍には八乙女シズルさんもいました。コウメイと同じで腹芸が得意なカナタさんだ、母親似の女性を目撃した動揺を押さえ込んだ可能性はあります。次は風美代さんをモデルにポスターを作ってみましょう。それにも無反応なら顔を覚えていないと判断していいかと思います。」


念には念を、か。私の周りにはかしこい大人が多くて、ホントに勉強になる。


「それからアイリ、薔薇園に近付くのは無理そうです。防衛設備は鉄条網と地雷原ぐらいで貧弱なのですが、人の壁が半端ではない。あの精鋭が相手では私ですら侵入は不可能、様子を窺おうとしただけでも冷や汗ものでした。」


「出入りを許されてる人間のチェックも厳しいの?」


「ええ。イスカ司令の危機管理は完璧です。ミコト姫を匿うのに自信満々な訳だ。彼女には工作員を寄せ付けない自信があるんです。世襲貴族には珍しく有能なお方ですね。」


「そっか。アイリ、部隊の仲間と一緒に過ごすお兄ちゃんを見てみたかったなぁ。」


でもバートが無理って言うならぜったい無理だ。お兄ちゃんの様子はやさかのしょーで窺うしかない。


「それがそうでもなさそうなんですよ。薔薇園の様子を窺うのは無理ですが、カナタさん達は11番隊の結成式の後、薔薇園からほど近い塩湖の畔で結成記念パーティーを行うみたいです。ロックタウンで複数の屋台車が準備をしているみたいなので、探りを入れて掴んだ情報です。たぶん、主催側にも隠蔽する気はなかったんでしょう。」


「だよね、隠す必要なんかない。最強部隊の野外パーティーを襲撃しようなんておバカさんはいないもん。パーティー前に毒物のチェックだけすれば十分。」


「だと思います。それで地図を見てみたんですが、畔を眺望可能な丘陵がありました。遠目にですが、カナタさんの様子が窺えると思いますよ? 行ってみますか?」


「行く行く!行くに決まってるよ!」


遠目にだけど、お兄ちゃんに逢える!私のお兄ちゃんに!


……鼓動が高鳴って……心が……ザワつく……水面に波紋が広がるように……


「アイリ、どうかしたんですか? どこか具合でも……」


「だ、だいじょーぶ!……この星を旅するのは初めてだから、ちょっぴり疲れちゃっただけだと思うの!」


「……そうですか。野外パーティーの日までは、このホテルで休んでいた方がいいかもしれませんね。」


「そうするね。アイリは可愛いから、出歩くと目立っちゃうし!」


「可愛いのは否定しませんが、自分で言ったら台無しですよ。それじゃあアイリは寝室で休んでいてください。少しでも具合が悪くなったら、すぐに私を呼ぶんですよ? もうすぐ甲田女史がタコスを買って戻ってくるはずですから、彼女に診てもらいましょう。」


お父さんの腹心、小梅こうめさんは医師免許を持ってるらしい。それに竹山ちくざんさんと吉松きっしょうさんは法曹資格を所持、みんな有能なんだよね。暗黒街の軍師コウメイには相棒バートと三羽鴉がついてる。コウメイファミリーの一員になる為に私もがんばろっと。


「うん!テンガロンハウスの名物なんだよね♪ 楽しみだなぁ!」


「食欲があるなら大丈夫そうですね。じゃあ食事の準備が出来たら呼びますから。」


「アイサー!それではアイリーン・O・天掛、休息に入ります!」


シュタッと敬礼してから寝室のベッドに潜り込み、毛布をかぶって深呼吸する。


……だいじょーぶ、波打つ心は治まった。でも今からこんなコトじゃ、お兄ちゃんを見た時にどうなっちゃうんだろ……


───────────────────


「お嬢様、双眼鏡を。」


崖の先端に陣取った私、小梅さんが双眼鏡を渡そうとしてくれたけど、手を振っていらないポーズで応える。


「なくてもだいじょーぶ。みかどグループが開発した試作型望遠アプリをインストールしてあるから。それと小梅さん、アイリって呼んでって言ってるでしょ!」


「ダメです、お嬢様はお嬢様ですから。お嬢様、従来モデルに比べて飛躍的な視認距離の拡大に成功はしたものの、問題なく運用する為には膨大な念真強度が必要でボツになったアレをインストしたんですか?」


もう!三羽鴉はみんな、私をお嬢様って呼ぶんだよね!たにんぎょーぎだからイヤだって、何度言ってもあらためてくれないし!


「甲田女史、アイリの念真強度は500万ニューロン、曰く付きの戦術アプリでも問題なく運用可能です。」


「500万ニューロン!? お嬢様、それは本当なのですか?」


「うん。測定してもらったらそんな数値だったみたい。ビックリだよね。」


「ビックリしたのは私もです。……念真強度500万nは規格外の数値だわ。」


「甲田女史、アイリはあのコウメイの娘ですよ。」


「……そうでした。あのボスの娘であるお嬢様ならば、さもありなん、ですわ。」


……なんだか褒められてる気がしないんだけど……


おっと、大きなツノのついたカッコイイ船がやってきた!あの船にお兄ちゃんが乗ってるに違いない!


戦術アプリ起動!ズームアップ、ズームアップで最大倍率、お兄ちゃんの姿をハッキリ見せて!


優美な船体からタラップが地面に伸び、開いたハッチから見える白地に金の軍服!お兄ちゃんだ!


お兄ちゃんは綺麗なお姉さん達を従えて、威風堂々、野外パーティー会場に降りてきた。


……あれが天掛カナタ……私の……アイリのお兄ちゃん……ここにいるよ……お兄ちゃんの妹、アイリーン・O・天掛がここにいるんだよ……


でもお兄ちゃんは私に気付くコトなく、部隊の輪に入ってゆく。……威厳があったのはタラップを降りるまでで、地に足を着けた途端、お姉さん達に囲まれて閉口してるみたいだ。シズルさんとシオンさんに引っ張り合いされて、天を仰いでる。


アイリのお兄ちゃんはカッコイイけど、優柔不断……もし、私に翼があったら飛んで行って引っ張り合いに加わるのに!部下か仲間か知らないけど、お兄ちゃんの優先権は妹である私にあるんだよ!


逢いたくてたまらなかったお兄ちゃんなのに、いざこうして様子を窺ってみるとイライラする。お兄ちゃんの仲間達が悪いわけじゃない。私があの場にいられないのが、もどかしくてたまらないの!


様子を観察し続けるうちに、お兄ちゃんの二面性も見えてきた。優柔不断な剽軽男の顔と、優秀な部隊指揮官としての顔。最年少の幹部に接する包容力のある姿と、リリスさん達の熱烈攻勢に狼狽する姿、どっちもお兄ちゃんの素顔なのだろう。


……だから知りたい。私達、家族に対するお兄ちゃんの素顔を……


─────────────────


姉と慕うミコト様と並んで座り、笑ってるお兄ちゃんの顔を見ていると胸が痛い。あの笑顔が私に向けられる日は来るのだろうか……そう考えると……心に……黒いモヤが……覆い被さってくる……


……ズルい……ミコト様だけズルいよ!お兄ちゃんを独り占めしないで!アイリのお兄ちゃんなんだよ!


(……誰!?)


え!? この思念はミコト様!?


(必ず逢いにいくから……必ず……)


想いを心に浮かべた瞬間、私の体はバートの肩に担がれていた。


「バート!一体どうしたのよ!」


「撤収です!! 甲田女史、アイリの目を見てください!」


風のように駆けるバートと併走する小梅さんが私の目を覗き込んできた。


「こ、これは龍眼!? そんなバカな!!なぜお嬢様に龍の目が!!バート!これはどういう事なの!」


「私にわかる訳ないでしょう! わかってるのは一刻も早くここから去るべきだって事だけです!」


龍眼?……あ!わかった。……私の心の湖底に潜んでいたのは……龍……


そしてこの懐かしい感覚……思い出した!……パパの最後の思念を届けてくれたのも、この龍だったんだ。



湖底で横臥していた龍は目覚め、翼をはためかせて飛翔した。……瞳に力が宿るのを感じる……やっと逢えたね、私の心龍。


……私に何を伝えたいの?…………そう、おまえの故郷は……この星だったんだね……


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