結成編12話 アイリーン・オハラ・天掛
「待ってママ!アイリを置いていかないで!」
叫んでもママは振り向いてくれない。お金の入ったアタッシュケースは大事に抱えたまま、銃弾の行き交う部屋から逃げ出して行った。私よりもお金を選んだ彼女は銃弾に倒れたけど、涙は出なかった。次は私の番なのだから……
「殺したら? 子供にだって容赦しないのが"まふぃあ"なんでしょ?」
「おまえの親父は日系人だって噂だったが、本当だったよ。日本人らしくバンザイアタックを決めてくたばりやがったぜ?」
「……あの人はパパじゃない。パパの友達だよ。」
「ハッ!お嬢ちゃん、一つ教えといてやるよ。マフィアボスが家族を隠すなんてのはよくある事だ。考えてもみな、情婦の連れ子がなんでここにいる。そんなにお優しい人種だとでも思ってたか?」
「それで? それがどうかしたの?」
「肝の座ったガキだな。やっぱりおまえは「黒い目の龍」の娘だよ。目の色は違っても、親父そっくりの目をしてやがる。……恨むなよ?」
このおじさんは口ではなく、銃口で会話する類の人間だ。
「……おじさんバカなの? 恨むに決まってるでしょ。」
子供は親を選べない。親の巻き添えをくらったのは不幸だけど、これでよかったのかもしれない。もう私には……誰もいないんだから……
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私はアイリーン・オハラ・天掛。死んだ父はマフィアだったらしいし、母には見捨てられたけど、不幸じゃない。私には二人の父親と優しいママがいるから。
私の人生はなんていうのかな……そう、はらんばんじょーだ。まふぃあの子として生まれ、じゃーなりすとのよーしになり、今は地球とは違う星で暮らしている。でも、毎日が楽しい。だって家族がいるんだから。
「お父さん!トマトにはオリーブオイルが合うってアイリが教えてあげたでしょ!」
そろそろ自分のことを名前で呼ぶのはやめて「私」って言わないと。でないといつまでも子供あつかいされちゃうよ。でもついつい「アイリ」って言っちゃうんだよね。
「胡麻油だ。断固、胡麻油なんだ。」
お父さんは賢いんだけど、頑固なんだよね。頑固親父も悪くないけど……
「コウメイ、アイリの忠告を聞き入れるべきです。トマトにはオリーブオイル、常識です。」
うれしいコトに、この星に来て家族が増えた。新しい家族はバートラム・ビショップ。バートは"ころしや"だけど優しいおじさんだ。……お兄ちゃんかな? う~ん、おじさんよりは若いんだけど、お兄ちゃんというには歳が離れてる。びみょーな位置なんだよね。家族には違いないんだけど。おっと、先にえんごをしないとね。
「そうそう、常識だよ、お父さん!」
「アイリ、"自分の価値観を他人に押し付けるな"ってママは教えたはずよね?」
「でもママもオリーブオイルを使ってるよ?」
「これが私の価値観だから、そうしてるの。バート、朝食を済ませたらトレーニングをお願い出来るかしら?」
首都にあるせーふはうすで暮らす私とママには日課がある。この星は戦乱の星、女子供だって強くなければ生きてはいけない。ましてや成し遂げたい何かがあるのなら、なおさら強くなければならないんだ。
「了解です。コウメイはどうします?」
「今日は忙しい。甲乙丙と一緒に仕込みの打ち合わせがある。バート、グラゾフスキーは我々がけしかけるまでもないようだ。武器を買い漁り、抗争の準備を始めている。それにサンティーニがアンチェロッティに隠れて稼いでいる非合法ビジネスの証拠も掴んだ。証拠は検察に送っておいたから、サンティーニの背信はアンチェロッティの知るところになるだろう。もちろん、サンティーニの身柄が拘束される事はない。奴の息がかかった企業の何人かと、直接担当していた手下が逮捕されるに止まる。」
「……そうですか。風美代さん、アイリ、本格的に危険が生じる可能性が出てきます。厳しくいきますから、覚悟してください。」
「いよいよ始まるのね。黒幕の妻として、覚悟を決めないと!」
「アイリの覚悟は完了してるよ!行こう!」
守られるだけでは家族とは言えない。守りあってこそ、家族だ。
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念真力を行使するのに大事なのはイメージ、そして集中力。
厚く硬く障壁を張り、速く鋭い矢と為し、放つ!
連打される無形の矢を、バートは全て躱してゆく。……まだ速さがたりない……もっと速く!もっと多く!
「やりますね!格段の進歩だ!」
踏み込んできたバートの長い足のキック、だけど障壁に弾かれる。この距離ではしょーげきはは使えない。拳に念真力をまとわせて……パンチだ!
オーラをまとった拳は袖を掴んでいなされ、背後に回られる。……また負けちゃった。
「てへっ、降参だよ。」
「……大したものです。アイリは惑星テラ最強の少女かもしれませんね。」
「う~ん。最強はお兄ちゃんと一緒にいるリリスさんじゃないかなぁ。」
「ああ、同年代に「悪魔の子」がいましたか。確かにリリス嬢は桁外れだ。私が戦っても勝てないでしょう。」
うん。色んな意味でスゴイんだよね、リリスさんって。
「戦闘能力では娘に完敗ね。でも、私も念真力は高い方みたいで助かったわ。」
「見ててね、ママ!もっともっと強くなって、ママもお父さんも守ってあげるから!」
「期待してるわ。さあバート、遠慮なく行くわよ!」
襷をかけて薙刀を持ったママは、長剣を持ったバートと白兵演習を始めた。
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訓練を終えた後はおやつの時間だ。今日は……ドーナツみたいだ!
「ドーナツだ、わ~い。ばいおめたるになってから、お腹が減るのが早いんだよね~。」
「あら? アイリは地球にいた頃からドーナツはいっぱい食べてたように思うけど?」
そんなコトないもん!控え目に食べてたもん!
「ポン・デ・リングを頂きますか。アイリはダブルチョコレートですね?」
「ストロベリーリングもだよ!どっちも大好物!」
ドーナツを食べてココアを飲み、頭に糖分が回ってから、頼み事を切り出してみよう。
「ねえねえ、バートって強いんだよね?」
「弱くはないですが、私より上はいっぱいいますよ。」
「それに旅慣れてるよね?」
「まあ、仕事柄。色んな都市を行き来はしますね。」
「えへへ。アイリね、バートにお願いがあるんだけどな~?」
とっておきの笑顔の出番だよ。俯き加減に上目遣い、それにえくぼを作って笑ってみよー!
「……嫌な予感しかしませんが、聞くだけ聞いてみましょう。」
「アイリね~、ロックタウンに行きたいんだ~。」
「……やっぱりですか。そんな事を言い出すだろうと思っていました。アイリ、いいですか、コウメイと約束したでしょう。戦争が終わるまでは…」
「名乗らなければへーき!お兄ちゃんはアイリのコトは知らないんだもん!もちろんバートのコトも!」
「それはそうですが……風美代さん、なんとか言ってください。」
「いいんじゃないかしら。でもアイリ、接触するのはダメよ? あなたの念真強度は500万ニューロンもある。カナタなら只者ではないと気付いてしまうかもしれないわ。」
そーだよね。それにお兄ちゃんはどーさつりょくが高いし……
「じゃあ遠目から見るだけ!それならいいでしょ?」
「そうね。薔薇園は軍事基地だから入れないでしょうけど、ロックタウンなら普通に入れるでしょう。少し試して欲しい事もあるし……」
「何を試すんですか、風美代さん。」
「バート、私に似てる女性捜しをやったのよね?」
「はい。髪の毛を入手出来たので、調査だけに終わりましたが。」
「その中の一人を、ロックタウンに旅行させるって出来ないかしら? そしてカナタと会えるように仕向けて欲しいの。」
「なるほど。カナタさんが風美代さんの顔を覚えているのか試してみたいのですね?」
「ええ。お願い出来るかしら。もちろん、主人がいいと言えばだけど。」
「そうですね。やる価値はあるように思いますが、まずコウメイの意見を聞くべきでしょう。」
「お父さんがいいって言えばアイリをロックタウンに連れてってくれるんだね!」
そうとわかれば……善は急げだよ!
「ストップ!浮かした腰を椅子に戻して、ドーナツを食べててください。先んじてコウメイを籠絡するつもりでしょうが、そうはいきません。」
バレちゃってた。まだ私には大人を出し抜くのは無理みたいだ。
お父さんはなんて言うだろう。でも、私はお兄ちゃんの暮らす基地や街を見てみたいんだ。
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