開幕編6話 チョロい博士と取引しよう



10号を倒してから2週間が過ぎた。その間、オレは地道にトレーニングを続けていた。


今はライブラリの使用も許されるようになり、色々とこの世界の事を知ることが出来た。


この戦争は20年も続いているようだ。


コトの成り立ちは単純だった。


元の世界と同じように世界はそれぞれの国の思惑で、自分勝手な主張を繰り返し、しばしば話し合いが決裂して殺し合いになり、妥協して停戦し、ほとぼりが冷めたらまた争う。


争いのタネは至る所に点在し、戦争紛争は絶えない。




転機となったのは、40年程前に起こったBC兵器の暴走と拡散だった。


これは世界中に拡散し、発生地帯は死の大地、死の海になった。


この時に国という概念が崩れた。


国土を持ち、都会と地方という違いはあっても、大陸全体に広がっていた人類社会は都市国家へと変貌した。


巨大都市とそれを取りまく衛星都市、それ以外は不毛の大地。


それがこの世界の姿だった。


日本にあたる国はイズルハというが、イズルハという国がある訳じゃない。


中央に照京、西に神楼といった具合に巨大都市がいくつかあり、それぞれが独立国家として存在している。


BC兵器の発生地帯となった大陸とその周辺は、人の暮らせる環境ではなくなって、そこにいた人達は他の都市を侵略したり、散り散りになって移民になったりしたらしい。




そんな混乱が10年程続き、都市国家が乱立しては争うという状況が生まれたが、ここで誕生したのが世界統一機構という組織だった。


最初は有力都市の共同安全保障の為の組織だったようだ。NATOかワルシャワ条約機構みたいな感じか。


世界統一機構はどんどん加盟都市を増やして雪だるま式に勢力を拡大、文字通り世界規模に成長した。


そして独自の軍を持った、これが世界統一機構軍の始まりだった。


最初は上手くいっていたようだ。巨大都市同士での戦争はなくなった。


そしてそれを完全なものとするために巨大攻撃衛星群を打ち上げる、これによって統一機構軍に刃向かえる都市はなくなった。


この攻撃衛星によってあらゆる類のミサイル、航空戦闘機が無力化した。


その手の兵器は大気圏外からのレーザー照射で破壊されてしまう。


世界統一機構の成立によって、この星には一時的な平穏が訪れた。




だが、話がおかしくなってきたのも、このあたりからだ。


当たり前だが統一機構軍は絶対的な権力を持つに至った。


権力の一極集中は腐敗を生み、権力が集中すればするほど、腐敗の速度も比例して加速する。


統一機構軍は特権階級として君臨するようになり、世界統一機構に委員を排出できる都市と出来ない都市との格差は拡大する。


それでも戦争にならなかったのは攻撃衛星群の存在があったからだ。


機構軍に刃向かえば都市ごと焼き払われてしまう。まさにメギドの炎だ。


だが20年前に状況が一変した。


御堂みどうアスラという一人の軍人が、機構軍による衛星のコントロールを無力化することに成功したのだ。




この人が自由都市同盟軍の創設者、アスラ元帥だ。


こうなると不満を持っていた不遇の自由都市達は黙っちゃいない。


かくして世界統一機構軍と自由都市同盟軍の、血で血を洗う戦争が幕をあけたという次第だ。


攻撃衛星群はコントロール不可能になり両軍とも使用できない、だけど攻撃衛星群の機能はいまだに健在で、長距離ミサイルやジェット戦闘機、大型爆撃機など近代戦の定番といえる兵器が使用できないコトには変わりない。


それで原始時代からの由緒正しき伝統的兵器、人間に注目が集まったという訳だ。


元の世界より科学は進んでるのに、やってることは中世の戦争と似たり寄ったりなのはそういう事情かよ。





今日もトレーニングを終え、ライブラリで開示されている情報に目を通し、自室に帰ってベットに横になる。


ここ2週間ほど博士とは、食堂でたまに会うぐらいで、会話らしい会話はしていない。


オレの唯一の会話の相手と言える博士だが、今はオレに構っている暇はないんだろう。


そのハズだ、今は13号の製作にしゃかりきで他のことは眼中にないのだ。


別に博士とお話したい訳じゃないし、そろそろ実験に失敗する頃だ。向こうから接触してくるだろう。




それより目下の問題は、どうやってここから脱出するかだ。


シンプルに脱走するか、だけど警備状況が全く把握出来ていない。


オレが今、行くことが出来るのは自室、トレーニングルーム、食堂、ライブラリとそこを繋ぐ通路だ。


ライブラリに基地の見取り図ぐらいはあるかと期待したが、そこまで間抜けな訳はない。


普通の建物にはある館内見取り図もどこにもなく、オレは研究所の警備状況どころか全体像も分からない状態だ。


これじゃあ脱走はリスクが高すぎるよな。いよいよとなればそうするしかないだろうけど、あくまで最終手段、まずは他の手を考えよう。


………次の策は13号の製作に失敗したシジマ博士に接触できた時だ。IQは高いんだろうけど世間ズレしてない博士に取引をもちかける、本線はこれだな。




その機会は意外に早くやってきた。


その日、オレはトレーニングルームで念真障壁の形成訓練をしていた。


水平に、トレイのように障壁を形成する。これはオリジナルの戦闘記録から学んだ技術だ。


オリジナルはこのトレイを足場に高く跳んで、立体的な戦闘をこなしていた。


オレは立体的戦闘をマスターしようと思っている訳じゃない。


おそらく、この施設を取り囲んでいるであろうフェンスを乗り越えるのに使えそうだからだ。


脱走は最終手段とはいえ、準備は抜かりなく行っておくべきだ。


そうやってオレがトレイを足場に、カエルみたいにぴょんぴょん跳んでいると、視界にシジマ博士の姿が映った。


予想通りしょぼくれている。不精ヒゲがさらに伸び、頬も心なしかこけて見える。


「久しぶりじゃん、博士。どうなの、実験の調子は?」


「………お世辞にもいいとは言えないね」


「13号には自我がなかった?」


「………うん、完璧に再現したはずなんだけど、上手くいかなかった。」


そう言って博士はボサボサの髪を搔き毟り、フケを飛ばす。


「博士、たまにはシャワーぐらい浴びなよ。」


博士はそれには答えず今度は爪を噛み始めた。ホントこの男は分かり易いな。


やはり実験は失敗か、オレはイレギュラーな事態でこの世界に迷い込んだ異邦人という線が濃厚、いや確定。


うん、もう確定。そう決めた。


「それで? オレになんか用? 言っとくけど、オレに博士の専門分野の生体工学なんか分かんないからね。」


「相談しにきた訳じゃないよ。成功例の12号の顔を見たらなにか閃くかなって思ってさ。」


博士、ホントに友達いないのね。それに思ったよりだいぶ追い詰められてるな。


ちょっと同情しなくはない。が、取引を持ちかけるには好都合だ。


「オレに博士の助けになれるコトがあればいいんだけどね。」


思ってもいないことをサラッと口にできるな。やるじゃんオレ。


博士は被りを振って答えた。


「いいさ、気持ちだけで。科学の基本はトライ&エラーだよ。壁を砕くまで当たってみるしかない。」


立派な心掛けだね。博士の場合はエラー&エラーなんだけどな。


「………オレを実戦に投入してみるってのはどう?」


「はぁ? キミは唯一の成功例なんだよ、実戦なんかに出せる訳ないだろう。」


「でもさ、今んとこオレ、ここで無駄飯食ってるだけだよ。オレの体から採取できるものは、全部採取したんだろ? オレを造った時のデータも完璧に揃ってるみたいだし。」


「それは、そうだけど……」


「まあ聞きなよ、博士。13号が成功したならいいけど、そうじゃなかったんだろ? だったら時間稼ぎの為にも、お偉いさん達に成功例の価値ってヤツを、もっと認めてもらった方がいいと思わないか?」


「それでなんで実戦にって話になるんだい?」


「博士が言ったんだぜ。浸透率は戦えばあがる。激戦であるほどいいって。」


「そりゃそう言ったけど……」


「どうせ実戦投入されても軍の管轄下にあるのは違いないんだ。必要になったら直ぐに研究所に戻せばいいだけだよ。それに博士ならいずれ実験を成功させるさ、そうなったらどのみち実験体を実戦に投入して、テストはしないといけないだろ? だったら早い方がいい。」


「なるほど、一理あるな。」


よしよし、食い付いてきたぞ。


「オレが実戦で戦果を上げれば、この実験に否定的な連中もおとなしくなるかもしれない。生みの親である博士には正直に下心も白状するけどさ、オレにとってもいいコトなんだ。戦争の英雄にでもなれればオレの扱いもグッと改善されるかもしれないだろ?」


「な、なるほど。」


「オレは戦争の英雄、博士はそれを造り出した同盟軍の功労者。実験の性質上、博士を表立って表彰台に上げるのは無理かもしれないけど、同盟軍は博士を粗略に扱ったりはしないと思うよ。WINWINでいい話だ。博士、オレと一緒に夢をみようぜ?」


博士は顎に手をあてて考え込んでいる。ホント、分かり易い。


「………でも12号、キミ………逃げ出したりしない?」


その質問は想定内だ。答えも準備してある。


「逃げないようにする方法はいくらでもあるだろ。例えば一定時間内にコードを入力しないと起爆する爆弾を頭に仕込むとかさ。」


「………キミ結構怖いことを考えるね。」


死人の遺伝子からクローンを造るアンタ達の方がよっぽど怖いよ。


「理屈でも逃げるメリットは薄いんだよ。オレが逃げ出してどこにいく? 天涯孤独でアテはない、同盟軍には追われる身、だったら機構軍に保護してもらう? バカな、解剖されてホルマリン漬けにされるのがオチさ!理屈で考えても、博士にもらったこの超人ボディを活かして、出世を目指すのが一番リアリティがあるんだよ。」


「………う~ん。」


迷ってる迷ってる。ここは一歩引こう、がっついてはいけない。


「難しいなら別にいいんだ。ここで無駄飯食ってりゃいいんだし。オレには家族なんかいないけど、生みの親である博士の役に立てたらなって考えただけだからさ。」


博士は顎を撫でる手を止めて答えた。


「…………ちょっと上と相談させてくれ。それと12号、キミの僕を思う気持ちは正直ありがたいよ。それじゃあね。」





よし、満点だ。頼む、上の人も食い付いてくれよ。



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