開幕編7話 13号暴走事件



餌は蒔いた。博士は食い付いた。だけど博士はオレの本命の獲物じゃない。


上手いコト偉いさんが食い付いてくれよ、そこは祈るしかないんだが……




オレは天掛波平、日本の大学2年生。


だけど、なんの因果か現在はクローンノイド12号。中軽量級バイオメタル兵士、念真強度100万n、戦闘細胞浸透率51%。


それが今のオレの全てだ。




人生には転機となる日があるものだ。


元の世界の話ならそれは名門高校の受験に失敗し、父に見切りをつけられたあの日。


こっちの世界ではたぶん、今日だったんだろう。




その日の始まりは、いつもと変わりなかった。


体内目覚まし機能で(これは本当に便利だ)、自動的に起床。


ストレッチして朝食を取り、トレーニングルームで障壁形成の訓練。


こっちの世界にきてから1ヶ月以上が経過し、元の体とのギャップもほとんど感じなくなった。


鏡を見て違和感を感じる事もなくなり、むしろ元の自分の顔がどんなだったか忘れやしないかと不安になるぐらいだ。




昼にはまた食堂に行き、超大盛りカレーを平らげる。


オレの姿を基地職員も見慣れてきたのか、たまに話しかけてくる人もいる。


昼食を終えると自室に戻り、シャワーを浴びてベットに横たわって、パソコンで映画を見る。


オレが従順に行動しているので、少しずつ与えられるモノも増えていく。


最初は刑務所の個室みたいだったオレの部屋も、今では少し生活感が出てきた。


映画を見終わり、午後のトレーニングを始めようかと思った時に、ドアがノックされた。


博士だな、オレの部屋を訪ねてくる人間なんて彼しかいない。


「開いてるよ。博士だろ?」


「ああ、僕だ。ちょっといいかい、12号?」


最初にあった時と変わらず身だしなみのなってない博士が部屋に入ってくる。


オレはベットに腰掛け、博士にはパソコンチェアを勧めた。


「珈琲でも入れようか?」


「いや、いいよ。僕は紅茶党だしね。」


意外だな、どう見ても睡眠不足の目をこすりながら、珈琲を啜ってるイメージだったのに。


「話っていうのは、この間の件なんだけどね……」


………きたか、この話次第でオレの今後の方針が決まる。


「上の人はなんて?」


「結果から言おう、キミの実戦投入が決定した。」


キターーーー!よっしゃあ!これでこんな研究所からはオサラバだぜー!


おっと顔には出すな、冷静に冷静に、氷になるんだ。氷になったオレは博士の様子に不安を感じた。


「なにか問題でも? オレが戦果を上げれば博士の研究にもプラス、WINWINって話じゃん?」


「キミの配属される連隊がアスラ部隊なんだよ。」


アスラ部隊? 確か同盟軍を創設した元帥の名前だよな、アスラって。そう、たしか御堂アスラ。


「ライブラリには同盟軍の部隊情報はなかったな。どんな部隊なのアスラ部隊って?」


「アスラ部隊は御堂アスラ元帥の名を冠した、我が同盟軍最強の部隊だ。」


米軍でいうところのシールズみたいなもんかな?


「それがなにか問題なのか? 最強部隊に配属されるのに浮かない顔だけど?」


「最強だからこそだよ。最強部隊、つまり最激戦地で最高に危険な任務を遂行するっていう話さ。」


それはそうだな。なるほど、博士はオレが死体袋に入って帰ってくるんじゃないかって心配してる訳ね。


「大丈夫だよ、博士。ハイリスクハイリターンさ。戦果を上げて、その最強部隊とやらのエースになって凱旋してやるって。」


博士はゆっくり首を振った。


「それはいくらキミでも難しい、不可能とまでは言わないけど。」


おいおい、不安になってきたぞ。


「そんなにヤバイの? そのアスラ部隊って?」


「いくら最強部隊でも、配属されてる一般兵よりは12号の方が強いハズだ。でも隊長、副隊長といった指揮官クラスとなるとね。………参考までに言うとアスラ部隊には少なくとも完全適合者(ハンドレッド)が2人いる。」


マジで!あの悪魔じみた、いや、悪魔そのもののオリジナルと同格のモンスターが2人も!


「って言うことはさ、機構軍のハンドレットさんと鉢合わせする可能性も……」


「飛躍的に跳ね上がるね。普通の部隊ならハンドレットに鉢合わせする可能性はかなり低いんだけど……」


………前向きに考えろ、普通の部隊に配属されてハンドレットに鉢合わせしたら詰みだけど、味方にハンドレットがいるなら助かる可能性があるってコトだ。


むしろラッキー………じゃないよなぁ、どう考えても。


「なんだってそんなヤバイ部隊に!何百万人も軍人がいるんだから、もっと適当な部隊があるでしょ!?」


「アスラ部隊の司令の横車でね、階級は大佐なんだけど下手な将官より発言力がある。大抵のワガママは通っちゃうんだよ、これが。」


マジっすか。またまた、どデカイハードルが出てきたなぁ。


博士からもっと話を聞きたかったがそれは出来なかった。所内にエマージェンシーコールが鳴り響いたからだ。


博士がドアホンに駆け寄り、がなりたてる。


「なんだって!13号が暴走!」


実験失敗の挙げ句暴走ですか、あーそうですか。


………でも点数稼ぎのチャンスではあるな。10号のコンパチタイプなら同じ戦法で完封できるハズだし。ここは恩を売っておくか。


「博士、刀はどこにある!上手くやれるかどうか分からないけど、殺さずに無力化させてみる!」


「こっちだ!」


博士と一緒に部屋を飛び出す。ああもう、博士、なんでそんなにトロいんだよ!


現場に途中で警備兵に出くわした、彼らは電磁警棒と銃を持っている。


「その警棒を貸してくれ!」


警備兵は明らかにとまどったが、博士がフォローしてくれた。


「12号に警棒を渡してくれ。13号は12号が対処する!」


「博士、13号はどこで暴走してるんだ!」


「実験区画!トレーニングルームの正面の赤い扉の向こう!着いたらゲートを開くから!」


警棒を受け取ったオレは全速力で走った。うん、100mを9秒切ってるね、これは。


この体なら体育の徒競走も、憂鬱じゃなくて楽しみだっただろうなぁ。




トレーニングルームの正面の赤い扉の前に到着っと。


………ん? このドサクサに紛れて脱走できないかな。


いや、ダメだダメだ。少なくともこの世界に来てからは、考えて考えて行動してきた。


それで結果は伴ってきたじゃないか。うん、オレは衝動では行動しないぞ。


赤い扉が開いたと同時に、中から悲鳴が聞こえてくる。悲鳴の方向に向かって全速力で走る。


実験区画に到達した時には、そこは惨劇の舞台になっていた。


機材は滅茶苦茶、死体は視認出来ただけで1ダース。


片手で吊り上げられた白衣の犠牲者が頸椎をへし折られて、これで死体は1ダース+1体。


「派手に暴れたね、13号。」


声をかけると、首だけ回して13号はオレを見た。


そして頸椎をへし折った白衣の死体を投げつけてくる。


当たってやる義理はないので軽く躱して、左手で障壁を形成。


13号は武器を持ってない。10号より楽に処理できるはずだ。殺さずに無力化も可能だろう。


13号は前傾姿勢で距離を詰めてくる。まずは受けて、そこからフェイントを交えて削っていこう。


13号はパンチを繰り出してきた。障壁の盾で受ける………が、オレは宙を舞っていた。


身を翻して着地、ダメージはない。だけどこの威力はどゆこと? 13号を見ると拳に念真障壁を纏っている。


………博士のヤツ~!いらねえ事しやがって!


おおかた自我のない実験体の弱点である、念真障壁を展開出来ない点の克服とかって話なんだろ!


せめてそれはさっき教えとけや!


そうなると話は別だ、コイツは10号より危険と考えないと。


13号は連続で障壁パンチを繰り出してくる。受けずにできる限り躱す。


よし、分析完了。やっぱり13号の攻撃にはフェイントもコンビネーションもない。


フェイントに弱いって弱点も克服できてないハズだ。反撃開始といこう。


まずはフェイントで頭部狙い、腕でカバーしたね? じゃあ前蹴りをプレゼントだ!


モロに水月に命中して、今度は13号が宙を舞う番だった。


13号も宙で身を翻して着地、ダメージはあんまり入ってないな。


手足に障壁を纏わせる技術は、まだマスターしてないんだよねえ。


オレと13号の間には大型の機材があり、距離をとって睨みあう形になった。


「おい、そこのおまえ!」


後ろから声をかけられて振り向くと、そこには豪奢な黒髪で切れ長の目の凄い美人と、執事みたいに後ろに控える白髪で初老の男がいた。


「じれったくて見ていられん。下がってろ!」


うわ~オレ様だわ、この人。命令するのに慣れてる人だね。


床を蹴る音がしたので13号の方を振り向くと、オレにむかってルパンダイブした瞬間だった。不~二子ちゃ~んってか。


受け止めるべく障壁に厚みを加える。くるならきやがれ!


………こなかった。13号は空中で真っ二つにされていた。


チンという音とともに刀を鞘に戻した切れ長美人は、不機嫌そうな声でこう宣(のたま)った。


「私は下がってろ、と言った筈だが。聞こえなかったか?」


「あの~あなたはどちら様で………フガッ!」


最後まで言えなかった。顎を掴まれて持ち上げられてしまったのだ。


凄い力だ、顎の骨が軋む音が聞こえてきそう。


「ふん、アギトのヤツに本当に似ているな。それだけで引っぱたいてやりたくなる。」


そんな理不尽な理由で引っぱたかれたら、たまったもんじゃないんですけど?


だいたいアギトって誰なのよ。………ひょっとしてオリジナルのことか?


切れ長美人改めキレキレ美人はオレの顔を眺めるのに飽きたのか、ようやく解放してくれた。


「おまえが12号だな?」


オレはコクコク頷いた。オレの短い人生経験でも分かる。


このキレキレ美人は逆らっちゃいけない人だ。


「私は御堂イスカ大佐、おまえの新しいボスだ。」





これがオレと司令の後悔、いや邂逅だった。




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