第十六章 再会編 戦乱の星に集う家族、剣狼はいまだその事実を知らない

再会編1話 龍ヶ島伝説



「権藤さん、もう隠し事はないんでしょうね?」


退院したばっかりなのにこの剣幕、体の心配はしなくてよさそうだな。エプロン姿で腕まくりしたこの勇姿を天掛に見せてやりたいよ。


「ないない。風美代さん、もう勘弁してくれ。」


女は弱いが母は強い、なんて言うが本当だな。勝てる気がしねえや。


「おじちゃん!しゅひぎむなんてママとアイリにはつーよーしないんだからね!」


前言撤回、女も強い。反社会的勢力を相手に大立ち回りを演じた事もある百戦錬磨のこの俺が、母子相手に防戦一方とはな。げに恐るべきは女なり、か。


……天掛の為にも、日本の平和の為にも、この母子には惑星テラへ旅立ってもらった方がよさそうだな。


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俺は事件記者、権藤杉男。産業流通新聞の社会部所属、どうも加減を知らない性格タチらしく、業界では「ヤリ過ぎ権藤」なんて呼ばれてる。


だがやり過ぎ上等、やらないよりはやる方がいいに決まってるからな。もちろん、結果に責任を持つなら、という前提付きでだが。


過激なポリシーが祟って半ば謹慎中である俺は、天掛神社の御神体である勾玉について一つの仮説を立てた。ヒントは雨宮が教えてくれた"あの勾玉は隕石を含めて地球上には存在しない物質で出来ているらしい"という言葉だった。


地球にないなら異世界のものである可能性が高い。天掛の親父さんが初めての異世界漂流者だったとも限らない。


天掛神社の宮司は不思議な力を持っていて、時の為政者に悪用されないように京の都から当時は僻地だった東京へやって来たって話だった。天掛神社の初代宮司は惑星テラからやってきたとか、ありそうな話じゃないか。


カンで目星をつけ、足で実証する。それが俺のやり方だ。


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謹慎中で暇を持て余す身である事を利用して、俺は日本各地を飛び回った。天掛神社と古くから付き合いのある地方神社を訪ねて回り、民俗学の権威に会い、郷土資料館まで調べ尽くした。


断片的な情報を集め、組み上げていくこの作業の面白さこそがブン屋稼業の醍醐味だ。


結果を伴わない事も多いが、今回はそうではなかった。


天掛神社が最初にあったと思われる島を割り出せたのだ。


大きな手掛かりとなったのは天掛神社と付き合いのある神社にあった古文書だった。古文書には"天を抱く龍の怒りに触れし龍の子、孤島に宿る。その者、天に橋を掛け、かの地に顕現す。ゆえに天掛と称す也"と記されてあった。


そして京都に面した日本海に龍ヶ島と呼ばれる孤島がある事を知った。龍ヶ島にまつわる伝承もいくつかあり、摩訶不思議な人物があの島に暮らしていたらしいと類推も出来た。龍ヶ島の場所が日本の名勝、天橋立に近いってのも面白い。因縁を感じさせてくれるじゃないか。


日本では高貴な身分の人間は死刑にされず、島に流されるのが通例だった。異世界でも日本によく似たイズルハとやらなら、政争に敗れた帝の子が島流しになったなんていかにもありそうじゃないか。


天掛一族が帝の子孫だったと仮定しよう。そして天掛の親父さん、八熾羚厳の曽祖母は帝の血族だったって事実がある、と。だったら死せる天掛翔平の体に八熾羚厳が宿ったのはさほど不思議でもない。むしろ必然だったと言えるんじゃないか?


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漁船をチャーターして龍ヶ島の探索に向かう算段はついた。今夜は旅館の温泉にのんびり浸かって英気を養うとしよう。


一風呂浴びて疲れを癒し、部屋食の海鮮料理に舌鼓を打ちながら一杯飲っていると、スマホが鳴った。


風美代さんみたいだが何かあったのだろうか?


「はいはい、守秘義務違反の新聞記者でございますが?」


「おじちゃん!お父さんと連絡が取れたよ!」


「アイリちゃんか!天掛から連絡があったって!?」


天掛は極道映画も顔負けの悪党ぶりを娘に披露していたらしいが、無事に連絡を取ってきたんだな!


「うん!お父さんが龍ヶ島の緯度経度を知りたいって言ってた!」


なるほど。天掛はあっちの世界の龍ヶ島を調べてみるつもりなんだな。


「わかった。緯度経度と詳細な島の地図をメールで送る。でも天掛に連絡するのは俺が島の調査を終えてからにしてくれ。手がかりは多い方がいいからな。」


「うん!アイリは日本語のおべんきょーに戻るね!」


……日本語のお勉強ねえ。翔平さんが残した膨大なアニメや特撮番組を鑑賞するのをアイリちゃんは「日本語のお勉強」と称してる。


……偏った日本語にならなきゃいいんだが……


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チャーターした漁船に乗って龍ヶ島に渡った俺は、買ったばかりのドローンで目的の洞窟を探す。


この龍ヶ島には伝説がある。人身御供の悲しい伝説だ。


今は無人島だが大昔には集落があり、漁民が生活していた。その漁民達は不漁や天候不順を神の怒りだと考え、怒りを鎮撫するべく人身御供を差し出していたらしい。


人身御供の少女は神宿りの洞窟と呼ばれる聖域に置かれ、満ち潮が少女を龍神の御許へ連れてゆくと島民は考えていた。


満ち潮による溺死……昏睡状態や仮死状態に陥るのが窒息死の第三期……そこから脳死状態に移行する可能性はゼロじゃない。


人身御供に差し出した少女が神を宿した巫女となり、島を繁栄に導いた、というのが龍ヶ島伝説の結末だった。


この伝説をある郷土史家から聞けた時、俺の中で一本の線が繋がった。


帝の逆鱗に触れ、島流しにされた御門宗家の子がいたという仮説をさらに延長して考えてみよう。帝の子は何をするだろうか?……島流しの身だ、祈る事ぐらいしかする事はなかっただろう。


そして同時期に、この世界の神宿りの洞窟で溺れて脳死状態になった少女がいた。


オカルトなんぞ信じなかった俺だが、天掛との出会いは超常現象の実在を教えてくれた。


今追ってるこの事件は超常現象そのもの。だから俺は風水の専門家も取材してみた。その専門家が言うには、この龍ヶ島は龍脈とやらの結束点にあたるらしい。奇跡の起こる下地は十分だよなぁ、おい。


流罪になった御門宗家の子、おそらく娘が人身御供にされた少女の体に転移し、神を宿す巫女となった。世界を越えて赤の他人の肉体に心転移出来るほどの力を持った娘だ、その力を恐れた帝に流罪にされたとかじゃないのか?


巫女は天掛神社を建立し、その力を代々継承してきた。翔平さんに天掛、それに波平君……彼らはその子孫という訳だ。


この仮説が正しいかどうかは、神宿りの洞窟を調べてみれば分かる。……燃えてきたぜ!


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神宿りの洞窟には満ち潮が流れ込むのだから、海沿いにあるのだろう、という予測は外れた。


海沿いには洞窟などなかったのだ。だが、一度食らいついたらスッポンのように離さないのが俺のモットーだ。


足を使って島の隅々まで調べ、森の奥深くに小さな洞窟を発見した。


ヘッドライトをセットしたヘルメットを被り、洞窟探検を開始する。


狭い洞窟内を奥へ奥へと進んでいく。なるほど、通路にやや下向きの傾斜がついている。これなら満潮になれば海水が流れ込んでくるかもな。おそらく地下で海と繋がっているんだろう。


腕時計で時間を確認、潮の満ち欠けには十分注意しないと、俺も人身御供にされちまう。


たどり着いた洞窟の最奥には小部屋のような空間があり、その中央には神台のような丸い石台があった。


小部屋の半分は海水のプールで出来ている。満潮になればプールから海水が溢れ、この部屋に満ちるって事か。


俺はあからさまに怪しい石台を調べてみた。広げた手のひらほどの大きさの台座にはびっしりと紋様が刻まれ、原理は不明だが、ほのかな光を放っている。




……見つけたぞ。この台座こそが、惑星テラと地球を繋ぐ鍵なんだ。



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