照京編36話 ゼロ・オリジン



バクスウ老師の見舞いを済ませ、久しぶりにボクは帝国公館に戻った。


公館で要人との会合を済ませたクリフォードに、経過の報告を受ける。


「お渡ししたリストが新たな出資者となります。」


「ご苦労様。兄上の動向はどうなっています?」


「我ら同様、出資者探しに熱心なご様子。あまりはかばかしくはないようですが。」


「バーバチカグラードでは置いてけぼりを食らった兄上です。出資者の財布の紐も固くなるでしょうね。」


「アシュレイ副団長も気苦労が絶えないでしょう。お気の毒に。」


室内に立ち並ぶ者の中には密偵役の侍女もいる。


クリフォードとテレパス通信で密談しながら、宮廷に伝わってもいい情報をチョイスし、会話する。


クリフォードが聞かせてはいけない話を振ってきたので、ボクは出資者のリストを確認するフリをした。


(姫、辺境伯がマウタウに送り込まれてきた経緯なのですが、陛下の命令という訳ではなく…)


(伯がご自分で申し出てこられたのですね?)


(よくお分かりで。)


(おそらくバクスウ老師が頼んでくださったのでしょう。身分は違えど良き友だと仰っておいででした。)


(よく陛下がそんな申し出をお認めになったものです。)


(要害であったフォート・ミラー要塞が陥落し、マウタウが最前線となりました。マウタウまで陥落すれば同盟の侵攻は機構領全域に及びかねません。父はバーバチカグラードで勝利し、なんとか面目を保ちましたが、ガルム閥の相次ぐ失態で威信は揺らいでいます。もう失態は許されません。父と辺境伯の利害は一致しているのです。)


世襲総督の私有地であったグラドサルには無理でも、フォート・ミラー要塞には辺境伯を置いておくべきだった。そうすればああもあっけなく陥落する事はなかっただろう。


能力よりも軍閥を優先した結果がこれだ。遅きに失したとはいえ、辺境伯のマウタウ赴任の申し出は父にとって渡りに舟だったはずだ。勿体つけながらも喜んで承諾したに違いない。


……我らながら穿ったモノの見方が得意になってきたものだ。


静かなノックの後に執事が姿を現し、報告してくれる。


「姫様、双月アマラ中佐がお見えになりました。面会を求めておられますが、いかが致しましょう?」


「通してください。」


優雅な物腰のアマラさんが入室してきたので、椅子を勧める。


アマラさんはボクに向かって一礼してから、侍女の引いた椅子に腰掛けた。


「お久しぶりです、ローゼ様。」


「お変わりなきようでなにより。照京ではご活躍だったようですね?」


「私の働きなど、帝国の双璧のお働きに比べれば取るに足りないものですわ。」


「ご謙遜を。ご用向きはロウゲツ准将の昇進記念式典への参列の是非についてですね?」


「はい。セツナ様はローゼ姫には是非参列を願いたいと仰せです。」


利害の一致、か。そう、ボクとロウゲツ准将の利害も、は一致している。


「もちろん参列させて頂きます。そうそう、私も大佐への昇進が内定しているのです。どうでしょう、私と准将の合同で昇進記念式典を催しませんか?」


一方的に添え物にしようってのは甘くない? ギブ&テイクが基本だよね?


「私の一存でご返事は出来ませんが、良い事かと存じます。機構軍にも新風が吹いたと兵士達は感じる事でしょう。」


うんうん。利害の一致はとても大事だね。名を売るのにも相乗効果が見込めるもんね。


お互いの思惑の為に、今は利用し合いましょうね?


─────────────────────────────────────


「ほう? ローゼ姫がそんな申し出をしてきたか。いいだろう。アマラ、式典は合同で執り行うと伝えろ。」


腹心の報告を聞いたセツナは鷹揚に答えた。日頃は冷静な彼にしては珍しく、気分が高揚しているようだ。


白夜城の地下、その最深部には秘匿された区画がある。セツナとムクロ、双月姉妹しか入れぬ聖域の一室、その奥には神秘的な輝きを放つ石が祀られていた。


「お飾りの小娘にも野心の牙が生えてきた、という事ですかな?」


ムクロの辛辣な言葉を誰も咎めない。この聖域では地上の王家も貴族も関係ない。等しく自分達以下の存在である。


「フンッ、家柄だけの小娘がセツナ様と並び立とうなどとは笑わせてくれるわね。」


「ナユタ、ローゼ姫を甘くみてはいけないわ。」


「姉さん、あんな小娘になにが出来るっていうの? 私達なら片手で縊り殺せる小娘じゃない。」


戦場いくさばでの強さが全てを決する訳じゃないわ。相手を軽んじるのはナユタの悪い癖よ。」


姉に反駁しようとする妹を姉妹の主は手で制した。


「ナユタ、アマラの言う通りだ。確かに姫の下には将が集いつつある。トーマが肩入れしているのが大きいな。」


「トーマ殿は戦闘にも暗闘にもお強い。しかし何を考えているのか今一つわかりかねますな……」


龍の島に住まう頃からの筆頭家老であるムクロ、その言葉にセツナが答える。


か否かも含めて、な。だが知略武勇は本物だ。トーマがついている以上、薔薇十字と敵対するのは得策ではない。ナユタ、姫の前では感情を顔に出すな。」


「わかっています!セツナ様、どうして私を名指しで喚起されるのですか!」


「フフッ、おまえが一番腹芸が下手だからだ。」


むくれるナユタに構わず、朧月セツナは奪った聖石に向き直る。


「……龍石は我が手に掴んだ……アマラ、世界昇華サブリメイション計画プロジェクトの解析はどこまで進んでいる?」


「まだ20%ほどです。全ての解析の終了にはかなりの時間を要するものと思われます。」


「全てを解析する必要はない。計画の骨子である天岩戸あまのいわとの秘密と選ばれし兵士シード・ソルジャーの作製法、その2点だけ分かればよいのだ。」


「セツナ様、選ばれし兵士についてですが、ガリュウもウンスイもゼロ・オリジンの行方を知りませなんだ。いえ、ゼロ・オリジンがなんなのか自体を知らなかった、と言うべきですかな。」


「……無能で無知か。おめでたい奴らだ。」


「セツナ様、ゼロ・オリジンがそこまで重要なのですか? XXー0と性能は同じなのでしょう?」


実利主義のナユタにはセツナのこだわりが奇異に見えたらしい。


「表面上はな。だがゼロ・オリジンには選ばれし兵を生み出す秘密が隠されていると見ている。ゼロ・オリジンを担う者こそが世界を導く、昇華計画の文面にそうあっただろう?」


「ゼロ・オリジンは全部で四つ、御門儀龍の持っていたゼロ・オリジンは暗殺の際に先代が入手し、セツナ様が搭載。」


アマラの言葉にセツナは口惜しそうに呟く。


「先に昇華計画の事を知っておればアンプルのまま保存しておいたものをな。惜しい事をした。」


「もう一つは白鷺ミレイが持っていた。夫の御堂アスラに投与したか、娘のイスカに投与したか……未使用だとすれば、持っているのは御堂イスカでしょうな。」


ムクロの言葉をセツナが引き継ぐ。


「御堂イスカは昇華計画の詳細を知るまい。ならば持っていたとしても自身に投与した可能性が高い。鷺宮トワの持っていたゼロ・オリジンは亡命した百目鬼博士が持っているのではないか? 父の奪ったゼロ・オリジンのケースにはメッセージが刻んであった。"世界を託す者に力を与えよ"とな。百目鬼博士が選ぶとすれば……我が友、トーマだろう。」


「御門儀龍、白鷺ミレイ、鷺宮トワ、世界昇華計画に関わった3人はそれぞれ一つづつのゼロ・オリジンを持っていた。残る一つは誰が持っているのでしょう?」


「姉さん、百目鬼博士が二つ持っているという事はない? 自分の分が一つ、鷺宮トワから託された分が一つ……」


「あり得るわね……いえ!……まさか!!」


「どうした、アマラ?」


アマラがセツナの問いに即答しないのは初めての事だったかもしれない。彼女は容易には聞き取れないほどの小声で呟きながら考えをまとめている。


「……テレパス通信は御門家の持つ天心通をベースに開発された……実験に協力したのは儀龍より強力なテレパス能力を持っていた御門ミコト……御門ミコトは鷺宮トワ、いえ、叢雲トワと接点があった……あり得ない話じゃない……」


「御門ミコトがゼロ・オリジンを持っていたとすれば……アマラ!……まさか!!」


「はい。セツナ様のお考えの通りではないかと。」


「姉さん、どういう事なの!?」 「セツナ様、いったい何がお分かりになられたのですか!?」


「一人の兵士がいる。その男は当初、零式ユニットを搭載してはいなかった。だがその男は照京撤退戦で神威兵装オーバードライブシステムを使用した。バクスウ老の言った事だ、間違いないだろう。つまり……誰かが与えたのだ、零式ユニットをな。その兵士とはミコト姫の最も信頼する兵士……」


「剣狼カナタ!彼奴きゃつめがゼロ・オリジンを!」


「その可能性が高い。数に限りがある零式ユニットだ。兵団同様、アスラ部隊でも部隊長にしか与えられぬと聞いている。剣狼に限って例外という事はあるまい。ムクロ、剣狼の過去の行動を洗え。クーデターよりも前に、どこかでミコト姫と接点を持っているはずだ。ミコト姫と接点が確認され次第、ゼロ・オリジンの捜索は打ち切っていい。使用済みのサンプルなら私からでも摂れる。」


「ハッ!しかし未使用のゼロ・オリジンが入手不可となると「選ばれし兵士」の謎を解明するのは骨ですな。」


「だが解き明かさねばならん。選ばれし兵士シード・ソルジャーは神世紀の守護者。そして選ばれし兵達の頂点に立つ私が……神になるのだ。狂える平和主義者、御門儀龍の立てた世界昇華計画とやらは私が引き継いでやろう。少し改良はしてやるがな。」


「改良、ですか? セツナ様、どのような改良を加えるのです?」


ナユタの問いにセツナは冷笑を浮かべながら答える。


「濁点をつけてやるだけだ。それでこそ世界を神世紀へと導ける。」


「濁点?……あっ!」


世界昇華しょうか計画に足された濁点。それは「世界浄化じょうか計画」……


「……我が異名は煉獄。煉獄とは天国と地獄の狭間にて罪を浄化し、焼き尽くす炎の回廊。私はこの穢れた世界を浄化し、神世紀の神となろう。」


地底深くで高らかに宣言する王を前に膝を着き、頭を垂れる従僕三人。




……その姿を淡い光を放つ龍石が見守っている。


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