懊悩編13話 師弟のリバーシ



体内目覚まし機能がアラームを鳴らす前に目が覚めた。


昨日は一日ゴロゴロしてただけだから、疲労なんてあるワケもない。


寝間着代わりのジャージを脱ぎ捨て顔を洗い、ヒゲを剃る。


バスルームから出た瞬間にノックもなしでドアが開く、入ってくるのはやっぱり銀髪毒舌少女リリスだった。


「ノックって習慣はガルムにはなかったのかい?」


「あったわよ。でもローエングリン家の家訓もあるの。家訓その1、礼儀は礼を守る相手にのみ尽くせってね。」


「来る日も来る日も凄まじい御無礼を働いてるのは貴方です、お嬢様。」


「家訓その2、愛ある悪戯おイタ免罪ゆるされる。」


リリスは朝メシの材料の入った袋をキッチン前に置きながら、しれっと顔でそうのたまう。


「………いまデッチ上げた家訓ですよね?」


「朝ご飯はトースト? それともクロワッサン?」


「…………トーストで。」


リリスは肉球柄のエプロンをまとうとキッチンに立つ。


部屋のキッチンは普通に使うならリリスには高すぎるのだが、サイコキネシスで宙に浮けるリリスには関係ない。


ふよふよ宙に浮きながらトースターをセット、サラダを準備して、目玉焼き&ベーコンを焼く。


こいつ、家事も万能なんだよな。一家に一台、万能少女リリスさんだよ。


取説には毒舌注意って書いてあるけどな。


卓袱台の上に朝食を並べ、ミルクを用意する万能少女。


だが一つツッコミたい。


「なあ、これなんなん?」


「なにってミルク以外のなにに見えるの?」


ミルクの紙パックにプリントされてるのは、ホルスタイン柄で極小ビキニの金髪姉ちゃん。


ご丁寧にウィンクまでしてやがる。


「………やらしい牛乳?………世も末だな。誰だよ、こんな商品考えたヤツは。」


「私だけど何か文句ある?」


「おまえか~い!ってそんなジョークはいいんだよ!」


「マジですけど? これイスカがオーナーの会社の製品だから。販売促進のアイデアを出したげたのよ。」


「トチ狂った商品を考案すんなぁ!」


「パックを開けて金の牛のシールが出たら、このモデルさんのヌード写真集が貰えるわよ。もちろん非売品で限定品。」


「ホントに!早くパックを開けよう!」


オレは急いでパックを開ける、飲み口にシールは…………あ、あったぁぁぁ!!


あ、あれ。色が違うぞ。


「残念、銀ね。銀なら5枚よ。」


金なら1枚、銀なら5枚って、チョ○ボール方式かよ!


オレは丁寧にシールを剥がして手帳に貼り、タンスの引き出しにしまい込んだ。


後4枚か、頑張ろう。


「ふふっ、これで准尉は「やらしい牛乳」を飲み続けるしかないわね。」


リリスはやらしい笑みを浮かべた。


チ、チキショウ!阿漕あこぎな商売考えやがって、この悪魔め!


だが銀とはいえ当たりは当たりだ。今日はツイてるのかも知れない。


トーストを3枚食べて、リリスの入れてくれた珈琲を食後に飲む。


「リリス、今日は司令の手伝いはあるのか?」


「ん~ん、昨日で済ませた。なに? デートでもしたいの?」


「ああ、訓練場でね。午前にシグレさんに稽古をつけてもらう予定。そこに同席してくれないか?」


「………私も事情は知っている事を言外に悟らせる。そうね、でないと「誰にも漏らすな」って警告を守らず、私に話したって疑われる可能性があるものね。そんな保険をうっておくって事は准尉も分かってんのよね? クロだろうって。」


「シグレさんがオレを疑うなんて思っちゃいないさ。でも保険は万一の為にかけておくもんだ。役に立たないにこしたコタァないんだが。それに例のアレ、シグレさん相手に試してみないか?」


リリスはニヤリと笑って頷く。


「ええ、シグレ相手に試してみましょ、例のアレを。」




オレはリリスを連れて訓練場に向かう。


訓練区画に到着してゲートをくぐると、ちょうど訓練場から2番隊副長のアブミさんが出てきたところだった。


「アブミさん、おはようございます。」


「あら、カナタさんも局長に稽古をつけてもらうの?」


「ええ、アブミさんはもう終わったんですか?」


「ええ、私もまだまだね。局長には一度も打ち込めなかったわ。カナタさんは頑張ってね。」


「話に割り込んで悪いんだけどシグレがなんで局長なの?」


リリスはまだ知らなかったか。シグレさんが凜誠の隊員から局長って呼ばれてる理由。


「シグレさんは2番隊「凜誠リンセイ」の隊長とガーデンの憲兵支局(MP、ミリタリーポリスの事)の局長を兼任してるからだよ。」


「はぁ? 実働部隊がミリタリーポリスも兼任してるなんてそんな無茶苦茶な編成ってアリなの!? 2番隊が出撃してる時は憲兵不在になっちゃうじゃない!そもそも秩序を取り締まる側と……」


「統合作戦本部から派遣されてきた憲兵がいたんじゃ、オレ達が好き放題できないだろ?」


「ああ、うん。そりゃそうなんだけど。よく通ったわね、そんな無茶苦茶な話。」


「答えは簡単。司令は剛腕、以上だ。」


アブミさんが雲一つない爽やかな朝の空に負けないくらいの爽やかな笑顔で、


「ガーデンが出来てしばらくは本部から憲兵が派遣されてきてたのよ? でもね、………どの憲兵隊も三日と持たなかっただけよ。」


オレとリリスは、ですヨネ~って顔になった。


説明されなくともなにが起こったのか、想像にかたくない。


ガーデンのゴロツキ達を手に負えず、泣きながら逃げ帰る憲兵さん達の姿が容易に想像出来る。


「じゃ、私達は無法地帯を心おきなくエンジョイ出来るって訳ね。」


「そうなるな。結構結構。」


悪い笑顔のオレ達、だがアブミさんから釘を刺される。


「私も局長もあまり細かい事を言う気はないけど、おイタの度が過ぎると………折檻せっかんよ?」


「は~い、程々にしときます。」 「仕方ないわね、加減してあげるわ。」


しかし凜誠の局長シグレさんに副長のアブミさんか。まるで新選組だよな。


オレらはアブミさんと入れ替わりに訓練場に入る。


剣術道場みたいな2番隊用の訓練場の中には正座をして瞑想するシグレさんの姿があった。


オレとリリスが靴を脱いで道場に上がると、ゆっくり目を開ける。


「今日はリリスも一緒か。リリスも剣術を習いたいのか?」


リリスはブンブンと首を振ってから答える。


「私は剣術とか汗臭い事はやんない主義だから。」


「ちょっとリリスとコンビで稽古をつけて欲しいんです。現状ではオレは格上相手に戦うにはコイツのサポートが必須なんで。」


あらかじめ考えたおいた言い訳だ。もっとも事実でもある。


オレは一騎打ちこそ戦の花よ、なんて豪傑キャラじゃないんでね。勝てば官軍、卑怯上等だ。


壁にかけられている刃を潰した訓練用の刀を手にとって構える。


シグレさんも立ち上がって正眼に刀を構える。


「いいだろう、では、…………力を合わせてかかってきなさい!」


オレとリリスはアイコンタクトしてからシグレさんに対峙する。


無論、オレが前、リリスが後ろだ。


今日はオレから仕掛ける!守備は最小限、攻撃にウェイトを置いてみる。


シグレさん相手に一人でそんな真似をすれば、あっという間に打ち負かされるだけだが今日はリリスがいる。


シグレさんの技巧を極めた斬撃、しかしリリスの展開してくれる念真障壁は範囲も強度も特大である。


うん、いつもより全然イケてるぜ!


シグレさんが感心したような声をあげる。


「ほう、これは厄介だな。………私にとってもよい訓練になりそうだ!」




稽古は終わった。結論から言えば、オレとリリスはシグレさんを攻略出来なかった。


最初の方こそいい勝負が出来ていたのだが、シグレさんは対策をとってきた。


リリスの特大の念真障壁でカバーされたままではオレも攻撃出来ない。


オンオフを阿吽あうんの呼吸でこなしていたのだが………見切りの極意に全てを賭けた女剣客シグレさんは、その呼吸を読んできたのだ。


その間隙を見事に突かれると、残るは力を攻撃に全振りした無防備なオレが残る、という訳だ。


オレ達三人は道場からでて休憩室に行き、スポーツドリンクを飲み、タオルで汗を拭う。


「いい戦法だった。汗だけでなく冷や汗もかいたよ。カナタとリリスはベストパートナーだな。」


リリスは唇を尖らせて、


「負けたら意味ないわよ。私が障壁を張るタイミングを完全に読まれてた。途中からは張るタイミングを誘導までされてた!屈辱だわ!」


コイツ、普段は怠惰なクセに、いざ勝負事が始まると熱くなるタイプなんだよな。


でも敗北の原因はオレにもある。


「オレの攻撃もいささか単調だったよな。守備をリリスに丸投げしてんだから、もっと攻撃に工夫をすべきだったよ。」


シグレさんは満足げに頷き、


「うんうん、息の合ったコンビプレーに満足せず、さらに高みを目指すのはいい事だ。私も読みに一層磨きをかけるとしよう。」


「ちょっとぐらい慢心してくれてもいいのよ?」


「そうはいかん、カナタに負けたら師匠ヅラ出来なくなる。………だが二人共、その戦法はリスキーなのだぞ。私が言わなくとも承知の上なのだろうが。」


それは分かっている。攻撃オレ守備リリスの完全分業、歯車が一つ狂えば致命的、諸刃の剣だ。


だけどアスラ部隊にいる以上、諸刃の剣と承知でリスクを取らないといけない厳しい局面にあうコトはありえるのだ。


………休憩室にはオレ達しかいない。白黒を判別するのは今だ。


だがどうやって切りだそう。そこも考えてくるべきだったな。


「………カナタ、私に聞きたい事があるなら遠慮するな。」


「!!!」


「私はカナタの師匠だぞ。弟子の心が読めぬ師などいない。ただ心の内すべてが読める訳ではない。師弟の間に遠慮は無用だ。なにが聞きたいのだ?」


好都合と言うべきなんだろう。よし、真偽をはっきりさせよう。


「シグレさんとアギトの決闘についてです。決闘に至った、その理由。何故ですか?」


「………やはりその件か。だがカナタ、決闘の理由についてだけは言えんのだ。」


「でしょうね。なんでもつまびらかにすればいいってモノじゃない。真実が人を傷つけるコトだってある。」


「…………そうだな。私にもカナタにも、誰にでも秘密の一つや二つはあるものだ。」


ああ、オレにだって秘密はある。秘密だらけだ。アギトのクローン体であるコトも。


………司令ですら知らない秘密、異世界から来た魂の漂流者であるコトもだ。


話してしまいたい!マリカさんやシグレさん………それにリリスには!


オレの抱えてる秘密を全部!!そうすればどれだけ心が軽くなるんだろう。


秘密を抱えて生きるのはつらい。その点に関してだけは、ホタルと気持ちを共有できる。


「分かりました、二度と決闘のいきさつについては聞きません。シグレさんが護ろうとしているモノを、オレも護ろうと思います。」


シグレさんは目を瞑り、大きく息をついてからオレとリリスに向かって言葉を紡ぎ出す。


それはオレ達に向かってではなく、必死に自分を納得させる為に紡いでいる言葉のようにオレには聞こえた。


「…………言葉や行動で示すだけが雅量がりょうではない。沈黙を守り、密やかに心を添わせる雅量もあると思う。だが、…………それが正しいかどうかの答えは私の中で今もせめぎ合っている。………カナタ、この心、分かってくれまいか?」


惻隠そくいんの情か。………同情はオレの主義じゃない。


でも自分の主義を人に押しつけるほどオレはガキじゃない。


それにシグレさんの心は、同情って言葉だけで表せるほど安くはない。


弟子のオレがそれを分かってあげなくてどうするんだ。


「…………分かります。オレは分かっていますから。」


オレは精いっぱい頑張って笑顔を作る。………不自然な笑顔だろうな、きっと。


シグレさんも同じみたいだ。どこかぎこちない、不器用な笑顔。





………作り笑顔の裏から暗鬱な気分がこみ上げてくる。………やっぱりクロだったか。




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