懊悩編14話 チートへの道 中級編



「師弟揃って不器用ね。所詮は他人事って割り切っちゃうのが楽よ。」


訓練区画を出てすぐに、ドライな毒舌少女はランチバスケット片手にのたまった。


「それが簡単に出来たら苦労しない。それにリリスだって割り切れてないだろ? 自分が出来てないコトを人に言わない。」


リリスはオレの問いには答えず、目を瞑って人差し指を額に当てる。


「なにやっとん? おまじない?」


「雪ちゃんを呼んでるの。」


「口笛を吹くんじゃなかったん?」


「便利な芸を持ってた事がわかってね。准尉って時々神難かみがた弁になるわね。生まれは神難なの?」


関東生まれのオレが時折関西弁になるのは、関西の地方大学に通ってたからだけどな。


「いんや、ツッコミに適した言語なんで頑張って取得しただけ。」


「ツッコミにかける情熱を他の分野に向けてたら、ひとかどの成果が期待できたんじゃない?」


「おまえはそれでええんか?」


「イヤよ!私がボケたらちゃんとツッコんで。」


まったく、ワガママなお嬢さんやで。


タッタッタッタッと軽快に地面を駆ける音と共に、ガーデン1の癒しキャラ、雪風先輩がやってきた。


「雪ちゃん、私達と一緒に昼ご飯食べよ?」


「バウ!(うん!)」


「どこで食べようかしら。」


「バウワウ!バウ~!(中庭!芝生があるよ!)」


「雪ちゃんが芝生があるから中庭に行こうって。」


「………雪風がなんて言ってんのか分かんのかよ!」


「なんで分かるのかはランチを食べながら教えたげるわ。」




オレら3人は(もう雪風先輩のカテゴリーは人間でいい)中庭の芝生の上でバスケットを広げ、ランチにする。


サンドイッチを食べながらリリスが教えてくれたのは、希少能力のアニマルエンパシーについてだった。


この盛りすぎ少女は、さらに希少能力を持っていたのだ。


チャーシュー麺、餃子唐揚げ炒飯セットに今さらシューマイが追加されたところで驚きもしないが。


どうせまだ春巻きの追加もあるに決まってる。


バスケット一杯に詰め込まれたサンドイッチを、綺麗に平らげたオレらは芝生から立ち上がった。


「私は雪ちゃんと遊んでいくけど准尉もいく?」


「バウ!(いこうよ!)」 「行こうよだって。」


「ゴメンな、雪風。この後メディカルチェックがあるんだ。」


「バウ~!(ざんね~ん!)」 「残念だって。」


「また今度一緒に遊ぼうな。」


「バウ!(うん!) 「もういいよ!腐れボッチが!だってさ。」


雪風はスゴい勢いで首を振る。そしてリリスの戦闘用スカートの端っこを噛んで引っ張り、抗議した。


「リリス!オレらのアイドル雪風先輩のお言葉を捏造すんじゃねえ!」


「バレたか、てへっ。」


リリスはペロッと舌を出した。テヘペロかよ!やりおるわ、この小娘!


「バレるわ!雪風先輩がそんな毒舌叩くワキャねえだろ!」 「バウガウ!(そうだよ!)」


「うふふ、焦った雪ちゃんの顔もラブリー&キュートよ。じゃあ准尉、晩御飯までには帰ってくるのよ。行きましょ、雪ちゃん。」


リリスは雪風先輩に腰掛け颯爽と中庭を後にした。


オレも医務室にいくか。




ノーブラ美人女医ヒビキ先生のメディカルチェックは1時間ほどで終わった。


診察机の上に設置してあるパソコンでオレのデータをチェックするヒビキ先生。


空いた窓からそよ風が入ってきて、ヒビキ先生のつけてる香水のフローラルな香りを運んでくれる。


………いや、ちょっと待て。医者って香水はNGじゃないのか?


まあいいか。ここはガーデンなのだ、外の常識は通用しない。


「カナタ君、この後の予定は?」


「ヒビキ先生とおデートです。」


「マジメなお話なんだけど?」


椅子を回転させてオレの方を向いたヒビキ先生は、「めっ!」ってお顔を見せてくれる。


うん、美人さんはトクだよな。怒った顔も絵になります。


「サンピンさんと訓練です。サイコキネシスの使い方をレクチャーしてもらうつもり。」


「訓練が終わったら、もう一度医務室に来てくれる?」


「み、魅惑の個人レッスンのお時間ですね!必ず来ます!来ますとも!」


「ええ、いた~いお注射を、そのお花畑いっぱいの頭に打ってあげるわ。注射の中身は除草剤ね。」


「死んじゃいますよ、それ。じゃ後でまた来ます。サンピンさんを待たせるワケにはいかないんで、もう行きますね。」


なにか異変があったっぽいな。気にはなるが今は考えても意味がない。


どうせもう一度医務室に来れば分かるコトだ。





ローズガーデンの端っこには墓場がある。運が悪けりゃオレも入る場所だ。


オレが墓に入ったらリリスのヤツ、毎日墓標にツバを吐きにくるつもりかね?


………やりかねーな、アイツなら。


墓場の中には小さな公園があって、そこがサンピンさんとの待ち合わせ場所だった。


公園内の噴水前には既にサンピンさんの姿があった。


オレは慌てて駆け寄る。


「お早いお着きでやすね、カナタさん。」


「すいません、待たせちゃったみたいで!」


「まだ時間にゃ余裕がありゃあすよ。アッシが早すぎたんでさぁ。………死んだバカ共の墓に水をやってたんでやすが、やっぱ楽しいもんじゃねえでやぁすねえ。」


そっか、4番隊は別名死番隊。一番多くの戦死者を出してる部隊なんだよな。


部隊の性質上、死んだら無縁仏になる人がいっぱいいそう。


「優しいんですね、サンピンさんは。仲間の墓参りですか。」


「4番隊は根なし草の集まりでやぁすからねえ、身内なんざぁいねえんでやす。ま、先行投資でやすよ。たまにゃ酒でもお供えしときゃあ、アッシが死んで地獄に落ちた時に、先に逝った連中が便宜を図ってくれるかもしんねえでやしょ? トゼンの旦那みてえに地獄の鬼相手に殺し合いやらかすほど、アッシは酔狂じゃござんせんから。」


「トゼンさんが地獄に落ちたら、地獄を乗っ取っちゃいそうですよね。」


「かもしれやせんなあ。そんで副長はブツブツ文句言いながら、結局手ぇ貸してんじゃねえでやすかね。」


「目に浮かびますね、ウロコさんの渋い顔。「死んでからもバトろうってのかい!トゼン、アンタどこまでアタシをこき使うつもり!」とか言ってそうだ。」


「カナタさんはなかなか物真似がうまいじゃねえでやすか。………さて、始めやしょうか。」


「ええ、お願いします。」


「カナタさん、少々の怪我は覚悟してもらいやぁすよ。」


サンピンさんはスラリと腰のモノを引き抜いた。やっぱり訓練刀とか甘いコトはないよな。


サンピンさんは抜いた刀を手元でクルリと回す、峰で相手をしてくれるみたいだ。


オレもオニキリーを刃を逆にして構えた。


「いい刀ですね。」


「ええ、二束三文っていう銘なんでやすが、切れ味は一流でやぁすよ。」


名刀、二束三文かよ。矛盾してねえか、それ。


「いきゃあすぜ!」


サンピンさんは前傾姿勢で突進してくる。そして横薙ぎの斬撃!


オレはバックステップで躱そうとしたが……体が硬直した!


「うおおぉぉぉぉ!」


オレは雄叫びと共に念真力をフルバーストさせて、サイコキネシスを振り払う!


間一髪で間に合った。なんとかサンピンさんの斬撃を回避する。


オレのターンだ!一歩踏み込み、大きな斬撃から態勢を整えようとするサンピンさんに、打ち下ろしのいち……げ……き……今度は手が止まった!しかもさっきよりサイコキネシスが強い!


念真力を集中して振りほどいた時には、二束三文の切っ先が喉元に突きつけられていた。………完敗だ。


「参りました。」


「察しのいいカナタさんの事だ、もうだいたいわかったんじゃねえでやぁすかい?」


「はい、オレはモノを浮かせて、それを持続させるのがサイコキネシスだと思ってました。確かに投擲武器を扱うのも有効な手なんですが、それなら脳波誘導システムを組み込んだ武器でもいい。」


「さいでやすね。」


「真に有効にサイコキネシスを活かす方法。それは持続じゃなくて瞬発、一瞬でいいから力を集中して動きを止める。」


サンピンさんは怖い顔に怖い笑顔を浮かべて補足してくれる。


「力が足りねえならさらに部位も絞るんでさぁ。体全体を止めるのが無理なら腕でも足でもいい。時間を、部位を絞って力を増して動きを止める。アッシらレベルになりゃあ雌雄を決するのは一瞬の隙で十分、そうでやしょ?」


オレは大きく頷いた。オレのサイコキネシスでも訓練すれば、腕一本を一瞬止めるぐらいなら出来そうだ。


「ですね、サイコキネシスを強化する訓練も大事ですけど、まずはフォーカスを絞って瞬発力を上げるようにしてみます。」


「あと、相手の念真力を読む力も大事なんですぜ。アッシのサイコキネシスはかなり強い方なんでやすが、それでもカナタさんは一瞬で振りほどきゃあした。念真力のタケェ奴は抵抗力もタケェ。カナタさんはサイコキネシスをかけられんのは初めてだったみてえだからアッシが勝てやしたが、慣れてる奴はそうはいかねえ。止めたはずの腕が止まらなかったら………どうなるかは分かりゃあすね?」


「どんな希少能力も諸刃の刃、ですね。過信は禁物か。リリスに頼んで抵抗する訓練もしなきゃな。」


「それがようがす。アッシが教えられんのはこの程度でさぁ。参考になりゃあしたかね?」


「はい、とっても!サンピンさんには色々お世話になってホントに感謝してます。なんでこんなに親切にしてもらえるのか正直不思議なんですけど。」


サンピンさんはアゴを撫でながら首をかしげる。


「なんて言やぁいいんでやすかね。う~む、カナタさんにゃあ、ほっとけねえなんかがあるんでやしょう。それがなんなのかまでは分かりゃあしやせんがね。ま、カナタさん、そういうトコは大事にしなさるといい。」


「正体不明のなにかを大事にしろと言われましても……」


サンピンは思案顔から一転、破顔一笑しながら、


「シッシッシ、確かにおっしゃるとおりで。ワケが分かりやせんな。いいんじゃねえでやすか、世の中答えの出ないコトばっかりでさぁ。無理に答えを出すこともねえでやしょうよ。」


そう言いながら背中越しに手を振って、サンピンさんは公園を出ていった。


オレはその背中に向かって一礼する。


………だよな、答えの出ないコトばっかりだ。無理に答えを出すコトもない。




だがクロと分かった以上はホタルに対してどうすべきかの答えは出さないと。


だけどそれだって今すぐに出さなきゃいけない答えじゃない。慎重に考えよう。






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