懊悩編12話 悪を利用する悪女



※リリス視点はまだ続きます。



ガリンペイロで脳に糖分を補給した私は司令棟まで雪ちゃんに送ってもらう。


「それじゃあね、書類仕事が終わったら呼ぶから。」


「バウワウ!(がんばってね!)」


私は手を、雪ちゃんは尻尾を振って司令棟入り口で別れる。


衛兵に手を上げて挨拶し、司令棟へ入った私は専用エレベーターに乗り最上階の司令室へと向かった。


そして司令室に入り、私専用の肘掛け椅子に腰掛けた私に、使えないボーリングジジィがさっそく文句を言ってくる。


「ノックぐらいせんか。それに挨拶もだ。」


私は執務机をコンコンと叩いてから挨拶する。


「年を考えなさいクソジジィ。徹夜でボーリングなんかやってんじゃないわよ。もう痴呆が始まってんの? バカなの死ぬの? おじいちゃん、ボーリングはさっきやったでしょ?とでも言われたい訳?」


「いきなりご挨拶だな小娘!!」


「挨拶しろって言ったのクランドでしょ?」


「ご挨拶じゃない!挨拶しろと言ったのだ!まったく、毒を吐かないと死んでまう体質か!」


「棺桶に半分足を突っ込んでるジジィのワリには元気ね。ところでイスカは?」


「司令と呼ばんか!司令と。」


「ハイハイ、んで? 死霊しれいはどうしたのよ?」


「勝手にイスカ様を殺すなぁ!死霊しれいだと半分どころか、棺桶に両足全部突っ込んどるじゃろうが!」


「いいじゃない、半分足を棺桶に突っ込んだジジィと、足全部棺桶に突っ込んだババァのコンビ。軍人辞めて漫才師にでもなれば?」


「誰がババァじゃ!イスカ様はまだ二十………」


「ジジィ、それ軍事機密。漏らしたら粛正されるわよ。それと青筋が切れかけてるわ。」


私はもうイスカの歳は知ってるんだけどね。


「おまえが切れさせとるんじゃろうが!切れそうなのは青筋だけじゃなく………」


「堪忍袋の緒が切れる、でしょ。語彙ごいの乏しいジジィね。」


「ぐぬぬぬぬぅ!憎ったらしいたりゃありゃせんわい!…………イスカ様はまだお休みだ。今朝方まで書類を決裁しておられたのでな。」


「侍従筆頭がボーリングにうつつを抜かしてバタンキューしてる間もお仕事お仕事とは同情を禁じ得ないわね。可哀想に。」


「…………ワシは今、自分が可哀想になってきたわい。」


私とクランドはそんな心温まる交流を続けながら書類を片づけていく。


イスカがだいぶ頑張ったおかげで書類の山脈は山岳程度にまで減っている。


この分なら今日中に終わりそうね。


「ところでクランド、聞きたい事があるんだけど?」


「ワシのイスカ様生誕記念ボーリング大会でのベストスコアか?」


「聞かなくても分かるわ。パーフェクトを出したんでしょ?」


クランドは満足げに頷いた。本当にパーフェクト出してたのね、このボーリングジジィ。


「聞きたいのはね、なんでアギトなんかアスラ部隊に入れたのかって事よ。」


満足げな顔が一転、不機嫌そうな顔になったクランドが聞き返してくる。


「なぜそんな事を知りたがる?」


「准尉がアギトの素行のおかげで風評被害を食らってるから。それにイスカの人を見る目がどの程度かってのも気になるからよ。」


私は呼吸するみたいにウソがつけるわね。我ながらワルだわ。


「…………イスカ様もワシもアギトの評判が悪いのは知っておった。だがアスラ部隊を立ち上げて間もない頃でな。名のある兵士が欲しかったのだ。部隊を拡大していく為にな。」


「部隊の格を上げる為の客寄せパンダか。けれどアギトはパンダじゃなくて餓狼だった。………ん? 評判が悪いなら客寄せパンダにはなんないでしょ?」


「直接アギトを知っている人間だけだったんじゃよ。その身勝手な人間性を嫌っておったのはな。5年前、あの頃はまだイスカ様もマリカも、そこまで名が売れてはおらなんだ。期待の新星、と言ったところじゃな。」


イスカは飛び級で16歳で大学を首席卒業、士官学校は飛び級がないから20歳で首席卒業。


一年間最前線で武功を上げて21歳でアスラ部隊を創設、確かマリカはイスカより2つ年少だったからまだ19歳か。


「アギトはいい年したオッサンだから軍歴も長い。創設時にはイスカ達とは実績と名声に差があった訳ね。」


「うむ、氷狼アギトは当時、同盟軍最強のツワモノと呼ばれる男じゃった。同盟軍のほとんどの兵士は直接にはヤツを知らん。劣悪な人間性は直に関わらん限り知る事はないからのう。広報部も悪い噂は黙殺しておったしな。」


「アスラ元帥の娘が創設した部隊に、同盟軍最強の兵「氷狼アギト」が馳せ参じた。こういう筋書きだったのね。」


「うむ、その筋書きは当初は目論見通りに進んだ。戦果と名を上げ、マリカがシグレを、シグレがバクラを連れてきた。」


「倍々ゲームで強化されていくアスラ部隊。でも筋書き、とりわけアギトの筋書きが狂ってきたのね。特にマリカがアギトの計画を狂わせた。」


「そうじゃ。アギトはアスラ元帥の娘であるイスカ様の元でエースとして君臨し、さらに上を狙っておったのじゃろう。ヤツの野心の強さはイスカ様も承知の上で、少々の事には目を瞑って利用しておった。アギトには戦局を一変させる強さがあったのは事実じゃしな。じゃがマリカがアギトのエースの座を奪った。まあアスラ部隊内では誰もアギトをエースだと認めておらんかったようじゃから、奪ったというのは正確ではないが。」


「部隊の外では同盟軍最強の兵と勇名を馳せる氷狼アギトがエースだと思われていて、本人もその気だった。でもアスラ部隊に真のエース「緋眼のマリカ」が誕生したのね。」


「マリカはワシの期待以上の天分を持った兵じゃった。マリカは18歳で軍に入隊し、19歳でアスラ部隊に来てくれたんじゃが、20歳の時に完全適合者にまで成長しおったのじゃ。」


「戦い始めて二年で適合率100%にまで到達したの!」


「うむ、完全適合者が2人、じゃが人望には天地の差がある。シグレは無論の事、アスラ部隊の隊長達はみなマリカがエースと認めた。浸透率が100%ではないとはいえ、隊長達は完全適合者に迫る実力者達、アギトが俺こそがエースと恫喝しようが見向きもせん。アギトはアスラ部隊で浮いた存在になっていった。」


「当初は利用したかった名声も、実力と人望を兼ね備えた本物のエース「緋眼のマリカ」の誕生でもはや用済みって訳ね。」


「うむ、決定的に用済みになったのは、イスカ様も完全適合者への扉をこじ開けた事じゃな。あ、言うておくがイスカ様がマリカに素質で劣っていた訳ではないぞ。」


「ハイハイ、実戦に出る機会がマリカより少なかったからって言いたいんでしょ。分かったから話を続けて。」


「完全適合者となったイスカ様はアギトを追放する機会を狙っておった。素行を改めるならよし、そうでなければ追放しようとな。そして………」


「アギトとシグレの決闘が起きた。機は熟したって訳ね。」


「熟したというより他の選択肢がなかったのじゃ。決闘の理由は頑としてシグレは話さなかったのじゃが、もはやアギトとシグレの間には修復不可能な溝がある。アギトかシグレ、どっちかを取らねばならん。イスカ様は迷わなかった。」


「そりゃ迷わないわよ。シグレはマリカの親友、アギトを取ったらシグレだけじゃなくマリカまで失いかねない。誰が見たって帳尻が合わないわ。」


「マリカの親友でなくとも私はシグレを選んだよ。リリス、おまえなら清々しいかおりの果実と、腐臭を放つ高級食材、どっちを選ぶ?」


司令室奥のドアが開いていて、そこには死霊しれい、もとい司令のイスカが立っていた。


「あら、おはよう。もうおはやくはないか。」


時計の針は11時を回っている。


「そうだな、少々寝過ごした。どうも疲れがたまっていたようだ。」


「イスカ様、お疲れならばお休みになって下さい。この鷲羽蔵人が書類めを成敗しておきます故。」


「クランド、おまえもリリスに毒されて、会話にユーモアを挟まないと気が済まん性分になってきたな。」


「ハハハ、まこと恐縮の至り。」


「目尻のしわが気になるお年頃の司令さん、整理は手伝えても決裁はして頂かないと、書類は片付きませんのよ?」


イスカは私を軽く睨んでから椅子に座り、目も通さずに判を押し始める。


「……………で、リリス、おまえは何を知っている?」


「宇宙の成り立ちからロックタウンの格安スーパーの特売日まで、森羅万象の全てを知ってるけど?」


「誤魔化すな。シグレとアギトの決闘の事情、何か知っているんだろう?」


チッ、やっぱりイスカは抜け目がない。だけどシラを切り通す、ウソは得意中の得意だ。


「そんなの知る訳ないでしょ。私の興味は准尉だけ。」


「ウソだな。なにか知っているのなら話せ。悪いようにはせん。」


「ええ、ウソよ。私の興味の対象は准尉だけじゃなく雪ちゃんもね。そろそろブラッシングしてあげないと。悪いけどお昼にするわね。雪ちゃんとランチの約束があるから。」


「おい、待てリリス。まだ話は終わって………」


そこでコンコンと司令室のがノックされた。


ここは司令棟の最上階だ。窓をくちばしでノックしたのは純白の鷹。空の住人、いや住鷹の修羅丸だった。


イスカが窓を開けてやると、修羅丸は部屋の片隅にある止まり木に止まって鳴き声を上げる。


「ピィィー!(おなかへったの!)」


イスカは修羅丸の頭を軽く撫でてやりながら、


「ああ、おなかが空いたのだな。悪かった悪かった。寝過ごしてしまってな。なにが食べたい?」


「ピィィ(ササミ!)」


ダイエットでもしてんのかしら、この鷹?


「ササミが好きなの、その鷹?」


「ああ、女の子だから美容にも気をつかって…………リリス、修羅丸の意想を感じ取れるのか?」


「雪ちゃんと似たようなもんじゃない。なにかおかしい?」


イスカとクランドは顔を見合わせた。


「リリスが盛りすぎキャラなのは重々承知していたとはいえ、まさか………」


「アニマルエンパシーまで持っておりましたか。ビックリドッキリ人間もここまでくれば、いっそ天晴れと言うべきでしょうな。」


「まったくだ。多芸多才にも程がある。神はどういうつもりでキャラクターメイキングをしたのやら。」


「神ではなく悪魔でしょうな。こんなふざけたキャラメイクをやらかすのは。」


言いたい放題言ってくれんじゃない!


「アニマルエンパシーってなんなのよ? 言葉通りの意味なら動物の意想を感じ取れる能力みたいだけど?」


「言葉通りの意味さ。クランド、ササミを持ってきてくれ。説明はちょっと待て。修羅丸がお腹を空かしてるのでな。」


クランドが持ってきたササミを修羅丸に食べさせてやりながら、イスカが説明を始める。


「バイオメタル同士には生体通信システムがあるだろう?」


「ええ、テレパス通信よね、たまに無線代わりに使ってるヤツ。」


「ああ、傍受されん利点があるが念真力を消費するし、念真強度によって通信距離もまちまちだから、機械無線がまだ一般的だがな。」


「それがどうしたのよ?」


「その意思疎通システムはバイオメタル化し、高い知能を有するに至った動物との意思疎通にも使える事が最近の研究で判明したのだ。だが並のバイオメタルでは動物の意想は全く感じ取れん。能力の高いものでも喜怒哀楽を大まかに感じ取れる程度だ。だが稀に、動物の意想を細微さいびに渡って感じ取れる特異能力を持つ者がいる事も分かった。それがアニマルエンパシーだ。」


「いわゆる希少念真能力ってヤツ? イスカもアニマルエンパシーを持ってるのね?」


「そうだ、アニマルエンパシーを使いこなせると、意思疎通だけでなく視覚聴覚などの感覚共有も可能になる。」


「魔女の使い魔、みたいなものね。」


「まさしくそんなものだよ。修羅丸は私が戦場を睥睨へいげいするための目、文字通りの鷹の目と言う訳さ。」


「でもそれならインセクターでいいんじゃない?」


「インセクターと違って自律した行動も取れる点に優位性がある。それに動物の感覚は人間などど比べ物にはならんぞ、バイオメタル化している動物ならなおさらな。」


「オッケー、アニマルエンパシーについてはだいたい分かったわ。要は私が雪ちゃんとガールズトークする為のツールって事ね。うん、便利便利!」


「おい!マリカの緋眼のような邪眼イービルアイ系と同等の、希少中の希少といえる能力なのだぞ!ガールズトークのツール扱いとは何ごとだ!!」


「イスカだって修羅丸とのお喋りを楽しんでんじゃない!!」


「ピィィー!!!(ケンカしないで!!!)」


「だってさ、イスカ。」


「う、うむ。わかった。」


「うう、ワシだけのけ者で寂しいですぞ!しかし希少中の希少能力であるアニマルエンパシーの使い手が、これで三人目ですか。アスラ部隊は多士済々ですな。」


はい? 三人目?


「ウチにまだアニマルエンパシーの使い手がいるの!?」


「ああ、意外な人物だがな。もっともそいつはアニマルエンパシーを使うつもりが全くない。」


「あれは猫に小判、豚に真珠としか言えませんな。嘆かわしい、せっかくの希少能力を。」


「ちょっと!誰なのよ。もう一人のアニマルエンパシーの所有者って!!」


イスカとクランドはため息をついてから天を仰ぎ、その名を告げた。


「トゼンだ。」 「トゼンじゃよ。」





ええぇ~!よりによってあのトゼンが!ウッソでしょ!!




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