幕間編7話 因果は巡る



テラーサーカスには4人の幹部がいる。


スペードのエース、ダイヤのキング、ハートのクィーン、クラブのジャック、遊戯札のスィートを当てられた4人はガルシアパーラ・サーカスの生き残りの中で、最も軍人に適合した者達。


アルハンブラはハートの女王の帰還を待っていた。彼女は遠い場所での工作任務にあたっているのだ。


バルク・マウルの攻防戦の混乱が収まり、次の作戦地への移動準備の最中さなかにクィーンは魔術師の下に帰還してきた。


陸上戦艦マッドクラウンの艦長室でクィーンを出迎えたアルハンブラはねぎらいの言葉をかける。


「クィーン、任務とはいえ遠方まで足労でしたね。首尾はどうでしたか?」


クィーンと呼ばれた女は、顎の下から皮を剥くように変装を剥がしてゆく。現れた素顔の頬にはハートマークの入れ墨、第三番隊テラーサーカスのハート中隊隊長の証である。


素顔を見せたクィーンはニンマリと魔術師に微笑み、報告する。


「アルハンブラ様、ヘイゼルの実は熟しました。いつでも収穫出来ますわ。」


かつての仲間に「様」付けで呼ばれる事は魔術師にとって寂しい事だった。


だが生き残りの団員達は、血を啜り合って誓いを立てた。魔術師アルハンブラを頭目に戴き、復讐を成し遂げようと。その為には鉄の結束が必要、上意下達を徹底し、一つの仕組みシステムとして機能させる。魔術師を様付けで呼ぶ事はその一環なのである。


そんな想いに魔術師が異議を唱えられようはずもない。感傷を捨てた代償として成果も上がった。古参の幹部達が上意下達を徹底してくれたお陰で、テラーサーカスは最後の兵団ラストレギオンから招聘されるまでに成長したのだから。


そして魔術師アルハンブラは煉獄のセツナの、腹心と言っていい存在に成りおおせた。


魔術師はクィーンに指示した工作の成功を鑑み、考えを巡らす。


、か。そうなると戦役を終えてからが重要になりますね。


想定されるいくつかのケースへの検討を終えた魔術師は団長リングマスターではない団長の下へ向かった。




「工作は成功したか!よくやってくれた、アルハンブラ!さすが兵団切っての魔術師、いや寝業師よ!」


ラストレギオン旗艦「月華」の艦長室で朧月セツナは興奮した面持ちと口調で魔術師を称えた。


常日頃は冷静沈着な彼には珍しい事である。その事が魔術師の工作の成果の多大さを物語っていた。


「仕掛けるにしても戦役を終えてからだと愚行した次第ですが、団長のお考えは如何に?」


「ああ。当然そうなるだろう。」


返答してから腕を組んで考えをまとめ始める朧月セツナ。その様子を魔術師は黙して見守る。


「こんなつまらん戦役など、さっさと終わらせてしまいたいものだ。機構軍は負けるし、同盟軍は勝ち切れん。泥沼化に拍車がかかるだけだろう。敵も味方も度し難い低能ばかりだな。」


「この戦役は勝てませんか。団長が同盟軍の勇将「吹雪の老人ジェド・マロース」を討ち取ったというのに。」


「将棋で飛車角を取ったからといって勝ちになるのか? 否、王を取らねば勝ちにはならん。腹心ジェド・マロースを討ち取られたザラゾフは頭が痛かろうがな。」


「フフッ、元帥閣下に頭痛を起こさせるのが我々の目的ではありませんからね。」


「ああ。だがアルハンブラのお陰で、新世紀への橋頭堡が確保出来る。戦役終了後に、剣と盾に最後の奉公をしてもらうとしよう。」


「アシェス殿やクエスター殿を捨て駒にされるおつもりか!? ローゼ姫、いやゴッドハルト元帥が黙ってはいませんぞ!」


苦笑しながら朧月セツナは首を振った。


「まさかだろう。あの二人は私の創る新世紀にも有用な人材。マードックやザハトのような扱いをする訳がない。トーマを参謀に迎えた事によって、薔薇十字は目覚ましい戦果を上げつつある。戦役終了後に、どう出てくると思う?」


魔術師は得心した。確かに団長の言う通りだろうと。


「お二人の指揮権を薔薇十字に戻してくれるよう、要請されるでしょうね。」


「その要請を断れるか?」


「無理ですね。本来、リングヴォルト帝国の騎士を兵団が借り受けているのですから。またアシェス殿もクエスター殿も心の内にある主君はローゼ姫、制度的にも心情的にも止めるすべはありません。」


「だろう? だがローゼ姫は兵団とは協調路線を取りたいはずだ。故に条件は付けられる。」


「なるほど。作戦成功の見返りとして指揮権を薔薇十字に返還する、ですか。確かに兵団にとっては最後の奉公ですな。しかし剣と盾が抜けるとなれば、兵団の戦力は低下しますね。」


「薔薇十字が設立された時点で、剣と盾が離脱する事は想定済みだ。手は考えている。……アルハンブラ、明けない夜などない。暗闇にうごめく者達に、少し光を当ててみようと思うのだが?」


「………真夜中の騎士団ミッドナイト・ナイツを表舞台にお出しになる、と?……し、しかしだけは………」


「ああ、だけは無理だな。日陰者でいてもらう。」


魔術師は安堵した。真夜中の騎士団は兵団に負けぬ強者曲者揃いだが、それでも彼は危険すぎる。


表舞台に出せばその身に絡み付く鎖を噛み砕き、その牙を兵団に向けかねない。


「では私はこれにて。次の戦地が決定すればお知らせ下さい。」


「もう決まっている。我々はドルムダランへ進軍する。」


「ドルムダラン? 今回の戦役にあまり影響はない街ですね。どういった戦略的意義があるのですかな?」


「戦略的意義などない。アルハンブラ、おまえの献身への報酬だ。ドルムダランにはモラン中佐がいる。」


魔術師の血が熱くなる。あの日に無くしたはずの暖かい血、だが血の猛りまでは無くしてはいなかった。


「あの男が!………しかし団長、私の私怨の為に戦略的意義のない街に兵団を差し向けて……よろしいのですか?」


「かまわん。元帥から示された戦略目標を叩く前に少し寄り道するだけの事、陽動という名目は立つ。そもそもこの戦は我々が少々勝ちを積み上げたところで大勢に影響はない。不服か?」


「滅相もない。テラーサーカスの目的が達成される時がやってきたと思うと……歓喜を禁じ得ません。団長、ありがとうございます。」


「礼はモラン中佐の首級を上げてからにしろ。ライゼンハイマー師団から当座に必要な部隊も接収出来た。アルハンブラ、ドルムダラン攻略戦の指揮はおまえが執るがいい。」


「ハッ、お任せください!」


マントを翻し、魔術師はサーカスへ帰還する。


………復讐の時はきたれり、かくして因果は巡る。




半日と持たず、ドルムダランの街は陥落した。戦略的要地でもない中都市が、突如現れた最後の兵団の奇襲を受けたのだから、当たり前である。猫が獅子の奇襲を受けたに等しい。


ドルムダランの軍司令部は兵団によって完全に包囲され、蟻の子一匹這い出る隙もない。


降伏勧告は行われず、あろう事か同盟側からの降伏を伝える通信も黙殺された。アルハンブラの強い意向で……


軍司令部の防御施設を艦砲射撃で破壊したアルハンブラは、テラーサーカスだけを率いて突入を敢行した。


兵の強さだけがモノを言う状況、守備兵達は次々と死の曲芸の観客となり、命という見物料を支払う事となった。


防衛部隊の指揮官モラン中佐は、何度も何度も救援要請の電文を送信したが、近隣都市からの反応はなかった。


兵団と戦ってまでモラン中佐を救援しようという物好きはいなかったのである。


市内へ兵団の侵入を許した時点でモラン中佐はヘリでの脱出を考えたが、アルハンブラが先んじて潜入させておいた工作員によってヘリは破壊されていた。


陸路による脱出を図ろうにも、市外への通路もあっという間に封鎖されてしまい、脱出路はない。


もはやこれまでと覚悟を決めて送った降伏の電文も黙殺され、モラン中佐の焦りは滝のように流れる汗となって床にこぼれ落ちる。


「なぜだぁ!!なぜこんなド田舎に兵団が攻めてくる!!」


司令室に響き渡るモラン中佐の絶叫に、副官は戦慄した。……この男、数年前に自分がやった事を覚えていないのか?


「中佐、アルハンブラ・ガルシアパーラの事をお忘れですか?」


「兵団にそんなのがいたが、それがどうしたっ!今はそれどころじゃないのが分からないのか!なんとしても私を逃がす、いや転進させる方策を考えるのが副官たる貴様の仕事だろうが!」


まだ転進などと言い回しにこだわっているのか。馬鹿だと思っていたが、ここまで馬鹿だったとは。


こんな男の道連れにされてはたまらない。そもそもおまえがリグリットで不祥事を起こしたから、こんな僻地へ私まで飛ばされる羽目になったのだ。首都にさえいれば、兵団といえど手は出せなかったというのに!


「モラン中佐、転進する方法はありますよ。……たった一つだけですが。」


「は、早く言え!どんな方法だ!」


ホルスターから銃を引き抜いた副官は、照準を上官の眉間に合わせる。


「天国、いえ、地獄に撤退する事です。そうすれば兵団といえど追ってこれません。」


「ま、待て!!やめろ!なにを考えて……」


「おまえの死体を持って投降すれば、私の命は助かるかもしれない、という話です。そんな事も分からないのか、鹿が!」


副官は長年言いたくてたまらなかった台詞をようやく口に出来た。……遺言として、だが。


念願の台詞を言い終えた瞬間に、血塗れたステッキが胸から生えてきたからだ。


「それは無理ですね。あの件に関わった連中には全員死んでもらうのですから。有罪無罪の判別など一々出来ませんから、皆殺しでいいでしょう?」


物言わぬ死体に囁いてから、魔術師と遊戯札4人がモラン中佐を取り囲んだ。


「部隊ごと飛ばされてきていたとは僥倖でした。天網恢々てんもうかいかい疎にして漏らさず、と老師なら言いそうですね。お久しゅう、モラン。」


ようやくモラン中佐は記憶が甦ったようだった。後ずさりしてはみたものの、すぐに背中が壁にあたってしまう。


「……あ、あの時の……」


「ショウの途中だったでしょう? 見せてやりなさい。貴方達の芸を。」


「クラブのジャック、見せてやるぜ!オイラの芸をな!」


哀れな中佐に掴みかかったクラブのジャックは大男、怪力芸で右足をへし折り、放り捨てた。


「あいぃぃぃーー!!足が、足がぁ!!」


「ダイヤのキング、バイクの曲乗りが本職でね。ここでは披露出来んから、こんな芸で我慢してくれ。」


言うやいなや、取り出した大型拳銃を発砲し、左足にダイヤ型の弾痕を残した。


「イタイいだいいだぁぁぁ!!誰か!誰かいないのか!」


悲鳴を上げ続けながら、腕だけで這って逃げようとする中佐の前に、鞭を構えた女が立ちはだかる。


「芸になってないわよ、それ。ハートのクィーン、猛獣使いよ。もっともアンタみたいなケダモノは専門外だけどね!」


絶望に涙し、震える手で拳銃を抜こうとする右腕に、絡み付く復讐の鞭。ボキリと音を立てて腕が折れる。


「ほぎゃあぁぁぁ!!……や、やめろ……もう……やめてくれぇ……」


「ショウは最後まで見ていってもらえるかい、お客さん。スペードのエース。ジャグリングが芸だ。楽しんでくれ!」


投げつけられたチャクラムが左腕を切断したが、中佐には悲鳴を上げる気力さえ残されていない。


前座を終えた遊戯札4人は魔術師に道を譲る。魔術師はステッキを片手に、四肢を壊され、芋虫のような有り様のモラン中佐に歩み寄った。


「さて、トリに人体消失の魔術マジックをお見せしよう。Are you ready?」


「……頼む……助けて……くれ……なんでも……する……から……」


命乞いを聞き終えた魔術師がパチリと指を鳴らすと、猛火がモラン中佐を覆い尽くし、生きたまま火葬にしてゆく。


焼け落ちてゆく亡骸を眺めながら、クラブのジャックが魔術師に問うた。


「アルハンブラ様、人体消失の魔術マジックになってねえと思うんだけど……」


ハートのクィーンが、復讐を為し終えた歓喜の涙を拭ってウィンクし、答える。




「ジャック、人体っていう洒落よ、洒落。」




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