幕間編8話 埋まる内堀
カーンカーンと音を立て、鋼鉄の巨腕がコンクリートパイルを大地に埋め込んでいく。
大量の建設用重機の中心に陣取って、タブレットを片手に建設の指揮を執る女は
トラロープで仮囲いされた建設予定地の真ん中には、木製の看板が設置されていた。
看板には大きな墨字で「八熾の庄、建設予定地」と書かれている。
建築現場のプレハブ小屋に戻ったシズルは、両腕である
主君の召集に迅速に駆けつけた兄妹は、片膝を着いてシズルの下知を待った。
「牛頭丸、馬頭丸、一族眷族の皆は仮設住宅への入居を済ませたか?」
「滞りなく完了いたしました。」 「皆、喜んでおりまする。」
「そうであろうな。ロックタウンは良い街だ。いずれは照京へ帰参する日が来るやもしれぬが、まずはここに我らの安住の地を築こう。」
「はい。シズル様と共に!」 「馬頭、司令殿にも感謝せねばならんぞ。」
「うむ。司令殿の恩義に報いる為にも、我らはお館様の元へ向かおうぞ。」
「ハッ!」 「御意!」
「せっかくお館様の御所領である八熾の庄が完成しても、お館様がおられねばなんの意味もない。白狼衆からさらに選抜した20名の準備は万全か?」
「我らと同じく、5世代型へのアップグレードを済ませ、シズル様の下知をお待ちしております!」
牛頭丸の答えにシズルは満足げに頷いた。
「よし!今こそ出陣の時ぞ!薔薇園にとって返し、白狼衆と共にお館様の元へ向かう!」
タスキを掛け直して気合いを入れたシズルはプレハブ小屋を飛び出し、オープンタイプ軍用車両に跳び乗った。
「お館様、どうかご無事でいてください。お館様のシズルが今、参りますから!」
心の中で叫びながら、否、本当に叫びながら荒野に車を走らせる。
八熾家再興に命を賭けるシズルの信念には一点の迷いも、僅かな曇りもない。
八乙女シズルは責任感、使命感、その双方を為し得る能力にも恵まれた女傑であったが、それゆえに思い込みの激しい女でもあった。
元来思い込みの激しいシズルだが、ここまで確固たる信念を持つに至ったのには理由があった。
祖母の遺言である。八熾レイゲンの近習を長く務めたシズルの祖母は、御門左龍によって故郷を追われ、僻地の庵で病身を養う身であった。
病身の祖母は数年前に、天狼星の前を大きな流れ星が横切ったのを目撃してから気力まで減退してしまった。
占星術の心得のあった祖母曰く、「天狼星の前を赤き流れ星が横切るは、天狼の命運が尽きた証。レイゲン様がみまかりになったのじゃ。」と。
レイゲン様は照京のお屋敷でとっくにみまかりになったはず、とシズルは思ったが口にはしなかった。
祖母は八乙女一族の長であり、その占星術は本当によく当たるからである。
病身の祖母を養生させながら、僻地で懸命に一族再興の手立てを探るシズルに、ある夜、祖母は言った。
「シズルや、今宵は月が綺麗じゃ。婆を縁側に連れていっておくれ。」
祖母に肩を貸して縁側に座らせたシズルは、共に夜空を輝く星々を眺めてみた。
病んだ体の重い瞼がカッと見開かれ、祖母はシズルの肩を掴んだ。
「……おおっ!天狼星に輝きが!!帰って来られた!黄金の狼が……帰ってこられたのじゃ!」
祖母の言葉を聞き、シズルも天狼星を見上げてみる。確かに祖母の言う通り、今宵の天狼星はひときわ明るく、輝きを増していた。
「……天狼星の煌めきが増している。……しかしお祖母様、牙門アギトは天狼にあらず、血に飢えた餓狼で我らのお館ではない。そう仰ったはずですが。」
せっかく八熾宗家の血を引く者がいても、あんな悪党、いや外道では話にならない。血筋は重要だが、血筋が全てではないのだ。
「……アギトではない。じゃが我らのお館が降臨されたのは間違いないのじゃ。しかし分からぬ、生誕されたというのなら……」
シズルには祖母の言葉の意味が分からない。シズルは占星術の心得がないからだ。運命は星ではなく、自分の意志で切り開きたい。その信念を貫く為に、あえて祖母から教えを乞わなかったのである。
「……あるいは!そうじゃ、そうに違いない!……あの秘術、レイゲン様のご意志が天狼を甦らせたのじゃ!シズルよ、よく聞くがよい。遠からぬうちに、黄金の狼眼を持つお館様がシズルの元を訪ねてこよう。」
「お館様が!私の元へですか!」
「うむ。そのお方こそが我らのお館。……そのお方をお助けし、八熾を再興……させる…のじゃ……」
「お祖母様!? お祖母様!!」
「………もうなにも思い残す事はない。……レイゲン様……今……お側にまいり……まする…………」
「お祖母様~~!!」
満足げな笑みを浮かべ、シズルの祖母は息を引き取った。
そして祖母の言葉通りに黄金の狼眼を持つ青年、天掛カナタがシズルの元にやって来たのである。
シズルの目には天掛カナタという青年は、思慮と将器を兼ね備えた人物に見えた。
思い込みの激しいシズルは決意する。お祖母様の言い残した星の定め、そしてそれに勝る私の意志として、このお方に八熾家再興の御旗となってもらおう、と。
こうして元から強固なシズルの信念は、完璧なモノとなった。天掛カナタは我らのお館。八熾家当主として、八熾を再興する運命にあるのだ。八乙女シズルの信念は絶対に揺らがない。
一日千秋の想いで
御堂イスカの配下であるという使者は、シズルにある提案を携えてきていた。
その提案を聞いたシズルは、遠距離通信の可能な都市まで急行、御堂イスカと連絡を取った。
「では本当にロックタウンに新設される予定の居住区を我らにお譲りくださるのですか!」
「市長には話がついている。八熾の一族眷族、皆で暮らせるだけの規模もあるし、完成するまでの仮住まいの手配も既に終わった。そうそう、予定を変えて覇国風の家屋を建設すればいい。さすれば少しは雰囲気が出るだろう。それに区長はカナタでもいいぞ。もっともカナタに行政経験はないから、名代を立てる必要はあるな。」
人たらしにかけては同盟軍随一のイスカは、シズルが飛びつきたくなる条件を次々に提示してゆく。無論、カナタには何も話してはいない。
「夢のようなお話ですが、どうしてそこまで我らの為に……」
あまりに旨い話に、シズルの心に僅かに疑念が生じた。だが駆け引きにおいてはシズルの一枚、いや二枚は上をゆくイスカに隙はない。
「私の祖母は御三家の御鏡の出だ。ゆえにカナタが八熾宗家の者だと分かってからは、お家再興の手助けをしてやろうと思っていた。おなじ御三家のよしみ、とでも言ったところかな。」
心にもない事を心を込めて言えるのは、イスカの才能の一つである。
「ご厚情に深く感謝いたします。しかし懸念もあります。我らが集結すれば、御門家はいい顔をしますまい。」
「ガリュウの事なら心配は無用。八熾を追放したのがそもそもの誤り、私が手出しさせぬように話をつける。ガリュウが話を蹴れば、アスラ部隊で相手をしてやるまで。そうなっても八熾一族は困るまい? もとより仇敵なのだからな。」
「御門家に復讐はせぬ、とお館様に約束いたしました。しかしお館様も、御門が攻めてくるなら刃を交えるに異存はないはず。シズルにも異存はございません。司令殿にお任せいたします。」
「確かに請け負ったゆえ任せておけ。そうと決まれば、取り急ぎ一族眷族をまとめにかかってもらえるか。すぐに迎えの大型ヘリをそちらへ向かわせる。急な話だが、ガリュウと交渉する前に既成事実を作っておきたい。「既に八熾一族を保護してしまったので、私の顔を立ててもらいたい。私が責任を持って照京へ危害を加えぬように管理する。放逐すれば野に散り、照京に仇なすテロリストになるかもしれん」とガリュウに言ってやるつもりなのでな。」
「なるほど。モノは言い様ですね。」
「それで一族の身分についてなのだが、軍人となってカナタの麾下に入ってはどうかな? 無論、戦える者だけの話だ。」
「はい。お館様がアスラ部隊の為に戦うというのに、我らが座して見ている訳には参りません。私の率いる白狼衆は夢幻一刀流を修めた精鋭。きっと司令殿のお役に立ちます。」
「期待させてもらおう。今、カナタは最前線にいる。選抜された白狼衆には最新鋭のユニットと装備を用意させる。カナタのみならず、私の部下達の力となってもらいたい。」
有能な者への気前の良さも、イスカの才能である。
「重ね重ねのご厚情に感謝いたします。すぐさま準備にかかります。」
精鋭が欲しいイスカと、カナタを祭り上げたいシズルの思惑が合致し、内堀は埋められてゆく。
前線にありながら白狼衆を迎え入れる万端の準備を整えたイスカの差配により、アップグレードを済ませ、最新鋭の装備で強化された白狼衆はアスラ別働隊にいるお館の元を目指す事になった。
イスカの裏切りによって内堀が埋められつつある事を、カナタはまだ知らない。
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