出張編20話 秘伝書って巻物だと思ってました



同盟軍の非人道的な実験のコトを知ったミコト様が落ち着かれるのを待ちながら、紅茶を飲む。


こう考えるコトが多いと、リリスのスペシャルブレンド珈琲が飲みたくなってくるな。


ミコト様は大きく息を吐き出し、自分に言い聞かせるように、


「カナタさん、もう大丈夫です。お話を続けましょう。他になにか私に聞きたい事はありませんか?」


………気のせいかもしれないが、この際確かめておこう。


「オレの顔のコトなんですが、コッチにきた時の顔と比べて少し変化したように思うんです。気のせいかもしれませんが………」


「変わっているのだと思います。ほら、化け猫に取り憑かれた人間は猫っぽくなるという逸話がございますでしょう? 人間の肉体は魂の有り様によって変化するもの、私はそう思います。ですのでカナタさんの肉体は元の体に近づきつつあるのではないかと推察します。心憑依の術で憑依された者は別人のような形相になると伝わっておりますし。」


「じゃあもっと時を経れば天掛波平の顔に戻るってコトですか!」


「いえ、完全に地球にいた時の顔に戻ったりはしないと思います。その体は波平さんの肉体ではありませんから。その体をベースにどこか波平さんの面影がある顔、そのような感じに収まるかと。」


アギトそっくりなんてのは真っ平ゴメンなんで、ちょっとでも顔が変わるなら好都合だ。


だけど言い訳は考えておかないとな。特にいつも間近にいて、記憶力抜群のリリスは間違いなく変化に気付くだろう。


「顔は変わってくれてオッケーですけど、背は縮まないで欲しいなぁ。この体、なんとか170は超えてるんですよね。元の世界じゃ169だったんで、170超えてるってのに憧れてたから。」


ミコト様はあらあらって感じで微笑まれながら、


「うふふ、地球でも殿方は上背を気にされるのですね。でもカナタさん、肝心なのは身の丈ではなく中身ですよ。」


「その中身が伴わないから、せめて背丈だけでもって話ですよ。」


「めっ!またイジけた考えに戻っていますよ。」


あう、また叱られちゃった。なんだかお姉ちゃんみたいな方だな。


姉御キャラはマリカさんを筆頭に沢山いるんだけど、清楚で優しいお姉さんキャラは初めてだ。


「オレがこの世界に来た理由も、爺ちゃんが何者なのかも分かりました。ミコト様、ありがとうございます。」


「いえいえ、これは私のすべきコトですから。では私からのお話をさせて下さいね。カナタさん、貴方はこれからどうされたいのですか?」


「どうももなにも、オレの状況はご存知でしょう。」


「カナタさんは同盟軍の兵士、でもカナタさんが望むのなら照京で普通の生活を送って頂いてかまわないのです。御堂大佐には私から頼んでみますから。………そうですね、カナタさんの腕を見込んで是が非でも護衛に欲しいとでも言ってみます。いえ、カナタさんを護衛に欲しいのは私の本心ですね。叶うなら私の傍にいて欲しいですから。パーティーで初めて出会って、今夜が二度目だというのにカナタさんを弟のように感じています。」


嬉しいお言葉だ、この世界でオレはお姉ちゃん的存在に恵まれ過ぎてんよなぁ。


「有難いお話ですが、遠慮しておきます。」


「何故でしょう? 私の護衛にも危険はありますが、激戦の真っ只中よりは安全です。なにより私達が襲われない限り、誰も殺す必要はありませんよ?」


そうだよな、ミコト様の護衛になれば誰も殺さずに済むかもしれない。………でも。


「戦争に加わったのは成り行きですが、もうオレの戦争なんです。仲間がいて………家族がいる。オレが渇望してやまなかった家族が。だからガーデンを離れるコトは出来ません。」


ミコト様は優しい目でオレを見つめながら、


「そうですか。薔薇園ローズガーデンがカナタさんの居場所なのですね。」


「ええ、やっと見つけたオレの居場所です。死に場所になっても悔いはありません。」


「いけません、死に場所などと軽々に口にしては。カナタさん、貴方の命は貴方だけのものだ、などというお考えは身勝手に過ぎますよ。貴方が仲間や家族を想うように、仲間や家族も貴方を想っている、その事を忘れないで。」


めっちゃええヒトや、このお姫様は。でも心配にもなってくる。


オレはヒトの悪意を知っている。その悪意に際限がないコトも。


正義と信じて悪意に身を委ねる者がいることも、だ。


「ミコト様、オレのコトよりご自身のコトを考えてください。ミコト様が善意の世界の住人だろうと、悪意の世界の住人は容赦しません。」


「………父の事を仰りたいのですね? 父のやりように反感を持つ者は多いでしょう。どんなまつりごとをしようと反感を持つ者はいます。ですが父は臣民を慈しむ心に欠け、無用の敵を作る人柄。その類は私にも及ぶやもしれません。私の護衛になるより、薔薇園にいる方がカナタさんの為かもしれませんね。八熾一族の生き残りだと思っている父から目の敵にされる事がないとは言えませんし。」


「ミコト様は自分の命は自分だけの勝手にしていいという考えは誤りだと仰いましたね。是非ご自分でも実践してください。ミコト様が窮地に陥ったら、オレはなんとしてでも助けにいきます。でもオレは最前線で戦う兵士、間に合わないかもしれないんです。」


「ありがとう、勇気づけられました。カナタさんは優しいのですね。」


「そんな格好いい気持ちじゃありません。勇気づけられたのはオレの方だ。ミコト様はオレの秘密を知る唯一のヒト。誰にも言えずに秘密を抱え込んでいた苦しみから、オレを救ってくださったんです。だからミコト様を失うワケにはいかない、誰の為でもなくオレの為に。」


オレの抱え込んでいた秘密なんて、ホタルの秘密とは深刻さの次元が違うのかもしれない。


でも誰かに打ち明けざるを得なかったホタルの気持ちだけは理解出来てるつもりだ。


秘密を一人で抱え込んで生きるって辛いよな。


誰か一人でいい。全てを知って理解してくれるヒトがいれば………生きていける、強くなれる。


ミコト様はテーブルの上でオレの手を握って言葉を紡ぎ出す。


「辛い思いをさせましたね。もう大丈夫、私はカナタさんの秘密の全てを知る味方です。カナタさんの為にも、何があろうと私は生き残りますからね。どんな窮地に陥ろうと、私にも外にいるツバキを始め、信頼出来る家族がいます。だからカナタさんも過酷な戦場で生き抜いて。………私の為にも。」


有難いお言葉で涙が滲んできちまったよ。ホント涙腺が緩くてまいっちまうぜ。


「はい、オレもミコト様も生き抜きましょう。約束です。」


「約束しましたよ。この世界に来たカナタさんの為に、いくつか用意してきたものがあります。」


ミコト様は握っていた手を離し、ハンディコムを取り出した。


「まず私のハンディコムの番号をメモリーしておいて下さい。最前線からでは難しいでしょうが、ガーデンからなら照京との通話は可能なはず。もちろん………」


「転移に関するコトは言わない。傍受の危険性がありますから。」


「よく出来ました。それからこれを。カナタさんの力になってくれるはずです。」


ミコト様は床に置いてあった桐のケースをテーブルの上に置き、蓋を開ける。


中に入っていたのは一振りの刀だった。


「この刀は?」


「御門家秘蔵の宝刀、銘は斬舞と言います。お納めくださいませ。」


ほうとうざんまいって。駄洒落かよ!


「あ、ありがとうございます。宝刀斬舞ですか。」


「現代最高の刀匠、五代目鉄斎先生が自ら銘うたれた刀は、だいたいそんな感じのネーミングなので。」


ネーミングの方向性からしてナツメの愛刀、双刀そうとう輝剣きけん夜梅やばいも五代目鉄斎作じゃねえのか?


オレは宝刀斬舞を鞘から抜いてみる。


スゴい刀だ、手にしただけで違いが分かる。


シュリの持ってる紅蓮正宗ほどではないにせよ、オレの使ってるオニキリーとは数段格が違う。


「ネーミングはさておき、いい刀です。ホントにもらっちゃっていいんですか?」


「どうぞどうぞ、その為に持ってきたのですから。その刀を活かすために………」


そう言ってミコト様はオレにメモリーチップを手渡してくれる。


「なんですか? このメモリーチップは?」


「カナタさんのハンディコムで再生してみて下さい。設定はホログラムビジョンで。」


オレは言われる通りにメモリーチップの内容をホログラムビジョンで再生してみる。


白と黒の装束の格闘ゲームのキャラみたいなのが二体現れて、剣を持ってテーブルの上で動き出す。


黒の突きを白が伏せて躱して、蜘蛛のように低い姿勢から脛を狙った払い斬りを見せる。


………これって剣術の模範演技みたいだけど、どこの流派だ?


ハンディコムの画面には「一の太刀、平蜘蛛」と表記されている。


「ミコト様、これってどの流派のモノなんです?」


姫様渾身のドヤ顔を頂きました。よくぞ聞いてくれましたって感じですね。


「これは夢幻一刀流の秘伝書です。」


「夢幻一刀流の秘伝書ぉ!あの~、秘伝って普通は巻物とかに記されてませんか?」


「いつの時代のお話ですか。科学の発達したこの時代です、秘伝書だって進化していますよ。第一、巻物の文面を読み、絵で見るよりも、音声で解説を聞きながら実際の動きを映像で見る方が分かりやすいじゃありませんか。」


そりゃそうですね。


「秘伝剣法にも近代化の波が押し寄せてますか。確かにこの方が分かりやすいですけど。」


「これはレイゲン様が万一に備えて、銀行の貸し金庫に預けられていたものです。レイゲン様に暗証番号を教えて頂いて私が手に入れました。夢幻一刀流は八熾一族の秘伝、これはカナタさんに伝えられるべきものです。」


「ありがとうございます。確かに受け取りました。なんとか夢幻一刀流を会得したいと思っていたオレにとっては干天の慈雨です。」


「役に立ててなによりです。それから………レイゲン様からカナタさんに宛てたお手紙を預かっています。」


「天心通で聞いた内容をミコト様が代筆して下さったのですね?」


「いえ、レイゲン様自らしたためられた手紙です。」


へ? いったいどうやって? 


「爺ちゃんが自分で? あ!」


「気付かれたようですね。地球から私の体に心憑依されて書き残されました。………最後に故郷である照京の街を見ておきたいと。レイゲン様は人生の最後に照京の街を眺めながらカナタさんに手紙を残し、その後で封心の儀式を行われたのです。」


「………そうでしたか。ミコト様、ありがとうございます。爺ちゃんの最後の願いを叶えてくださって。」


「レイゲン様は私に大切な事をいくつも教えて下さいました。そのぐらいさせて頂くのは当然の事です。」





………大切なコトの中にアニメ鑑賞も含まれてるような気がするのは、オレの気のせいだろうか?





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