出張編19話 命を賭けた置き土産
行方不明だと思っていた爺ちゃんは、もうこの世にはいない。
心のどこかでそうじゃないかと思ってはいた。
あれだけオレを可愛がってくれた爺ちゃんが、オレになにも言わずに姿を消すなんてよっぽどの事情があったに違いない、と。
でも、でもやっぱり………爺ちゃんには生きていて欲しかった。
「………カナタさん、レイゲン様は難病に冒されてしまったのです。キマイラ症候群という病気はご存知ですか?」
「はい、近年発見された新種の難病です。癌の一種だと思われていたそうですが、最近の研究で別種の病だと認定されました。爺ちゃんはキマイラ症候群に罹患してしまったんですか。」
「残念ながら。そしてレイゲン様が仰るには、キマイラ症候群を罹患するのは地球人の中でも念真力が高い者なのだそうです。」
「地球人も念真力を持っているんですか!?」
「はい。こちらに比べれば極々僅かですが、念真力を持った地球人もいるそうです。こちらと違って地球では念真力を持っていても、物理法則に干渉出来ないようですが。レイゲン様は虫の知らせと呼ばれている現象は、念真力によるテレパス能力ではないかと考えておいででした。そしてキマイラ症候群は念真力の弊害に起因する病だろうと。」
「念真力が肉体を蝕み、キマイラ症候群を引き起こす、爺ちゃんはそう考えた。」
「キマイラ症候群を罹患したレイゲン様は他の発症者の方達にお会いして、その考えに至ったそうです。他の発症者も全員が地球人では極々稀な念真力の保有者だったからです。こちらでも念真力が高すぎる者は肉体を蝕まれる事があるのですが、その一種だろうと。そしてカナタさんはその可能性が極めて高い、そこがレイゲン様の心配でした。」
オレがヤバイって事は親父もじゃないか………親父のコトはどうでもいいか。オレになにか出来るワケでもないし。
それでも一応は聞いてみようか。
「オレがヤバイってコトは、親父もヤバイってコトじゃないんですか?」
「いえ、レイゲン様が仰るにはその可能性は薄いだろうと。光平さんの念真力は、他の患者さんやレイゲン様に比べれば随分低いのだそうです。カナタさんも念真力は光平さんと変わりなかったそうですが、決定的に違う点がありました。」
「………オレの念真力は成長する、ですね。」
「………やはりこちらの世界に来てもカナタさんの念真力は成長していたのですね。レイゲン様はこのままカナタさんの念真力が成長していけば、キマイラ症候群に罹患する可能性が極めて高いと判断されました。キマイラ症候群が発症する時期は、念真力に親和性の低い地球人の体が念真力を支えきれないほど衰えた時と推測できます。発症者全員が肉体の下り坂以降の年齢だった事から見て、おそらく間違いないでしょう。ですがカナタさんは肉体が下り坂になる前に発症する可能性がありました。念真力が急速に成長しているのですから。」
「………キマイラ症候群に罹患した爺ちゃんは何をしようと行方不明になったんです?」
「カナタさんを救う手立ての準備をする為です。そこまでしか私には言えま………」
「教えて下さい!爺ちゃんはオレを救う為になにをやったんですか!」
ミコト様は諦観めいた表情で教えてくれた。
「………自身の命と引き換えに、カナタさんの勾玉に心転移の秘術を封じられました。封心の儀式は術者に多大な負荷を強います。しかも封心されるのは禁術である心転移の術。………念真力に親和性の低い地球人の体、加えて老いて病を患った身のレイゲン様ではおそらく………レイゲン様自身も覚悟をされておられました。」
………そうか………爺ちゃんは残り僅かな命を削ってオレに可能性を残してくれたのか。
儀式が命と引き換えだったから………なにも言わずに姿を消したんだ。
「………水臭いよ、爺ちゃん!オレはそんなコト望んじゃいなかった!残り少ない命でも!だからこそ最後まで一緒に………いたかったのに………」
ミコト様は取り乱したオレが落ち着くまで待っていてくれた。
オレが落ち着いたのを見計らって、優しく言葉をかけてくれる。
「レイゲン様は命と引き換えにしてでも、カナタさんに可能性を残しておきたかったのです。ですが手違いが起こりました。」
「手違い?」
「はい、カナタさんが心転移の術を使う為には、こちらの世界で準備が必要でしょう?」
あ、そうだ。心転移の術を使う為には………
「オレの魂の受け皿になる肉体が必要………」
「はい、ですので追放された八熾一族から遺伝子を入手しておきました。私がその事を伝え、レイゲン様はカナタさんの依り代となる肉体が準備できる算段があったから、決断をされたのです。」
「じゃあオレが転移するはずの体は、この体じゃなかった?」
「そうです。レイゲン様は二十歳になったカナタさんに届くように、手紙を友人に預けておられました。その手紙を読んだカナタさんはリスクを知った上で地球で生きるか、それともこちらの世界に来るかの決断をするでしょう。カナタさんがこの星に来ると決断されてから、依り代となるクローンを造る予定でした。カナタさんが何故手紙も読まずにこの世界に転移してしまったのか、なにか心当たりはありませんか?」
「手紙はオレの住んでいたワンルームマンションに届いていたんでしょう。元の世界でポストに届くのは広告のチラシぐらいだったから、オレはポストの中なんか見ちゃいなかった。」
「カナタさん、ポストの中ぐらいちゃんと確認しましょうね?」
ミコト様のお叱りの言葉をよそに、オレはこの世界に来る直前の出来事を懸命に思い出していた。
………あの日はアミューズメントパークでゲームをやってから、コンビニで弁当を買って帰ったな。
それから部屋で弁当を食べながら、そろそろ酒でも飲んでみようかって考えながらテレビを見てて………
思い出した!テレビの番組は「感動!親子の再会スペシャル」だった。
ウトウトしながらテレビを見てて、生き別れになった父子が再会するシーンを見て思ったんだ。
「こんな世界にいたくない。どこでもいいから違う世界に行きたい。」
………爺ちゃんの祈りが篭もった勾玉はオレの願いを叶えてくれたのか。
「………転移の理由は分かりました。オレが心から違う世界に行きたいって願ったから、勾玉がオレの願いに応えてくれたんでしょう。」
「そうだったのですか。では私からも質問してよろしいですか?」
「この肉体のコトですよね?」
「はい、その体はどこの誰のものなのですか? 狼眼を持つという事は八熾宗家の血を引く体という事ですね。アギトさん以外にも八熾宗家の生き残りがいて、偶然にも植物人間状態になっていた、という事でしょうか?」
「いえ、事実はもっとタチが悪いのです。実はですね………」
オレはミコト様に同盟軍が行っている胸クソの悪い計画について話した。
軍事機密だろうが知ったコトか、身勝手な連中の身勝手な論理なんかクソ喰らえだ。
オレの話を聞き終えたミコト様は、眉根を寄せて両手を顔の前で握り合わせ、僅かに身を震わせる。
「なんという恐ろしい実験を………カナタさんの依り代となるクローン体を造る事でさえ、恐れ多い事だと思っておりましたのに………」
「人間の悪意に底はないみたいですよ。ミコト様みたいな方ばっかりなら戦争など起こりません。」
………それにしても心転移の術を使うには、対象者が昏睡状態か植物人間状態にないといけないはずだ。
一体なぜ12号の体にオレが転移したんだ? 龍石が道標にならずとも転移出来たのは分かる。
アギトは爺ちゃんの甥だ、孫であるオレに極めて親和性の高い体だったってコトだろう。
でもクローン体には不完全であっても自我はあった。ほとんど本能しかないとはいえだ。
………13号の暴走事故があったな、確か原因は投薬ミスだったって博士が言ってたぞ。
つまり間抜けか能力のない研究員がいた訳だ。13号でのミスが最初のミスだったのか?
12号にも………投薬ミスをやったんじゃないのか? それで12号は植物人間になってしまった。
コトが発覚する前にオレが12号の体に転移したんでウヤムヤになった、そんなところだろう。
投薬ミスをやった研究員は13号に殺された。コトの詳細はもう分からないし、どうでもいいコトだ。
大事なコトはこれからのコト。オレの全てを知っているミコト様と、入念に話し合っておかないといけない。
明日の講義が辛そうだけど、夜明かししてでも話を詰めておかないとな。
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