出張編21話 爺ちゃんからの手紙
オレとミコト様はその後一時間ぐらいかけて、情報交換と今後の方針について話しあった。
とっくに日付は変わっていて、夜更かしは姫様のお肌に悪いのは分かってるけど、大事なコトだから仕方がない。
「ではそんな感じで。ミコト様、くれぐれも周囲や街の情勢に気をつけてください。たぶん、ガリュウ総帥はいくらミコト様が諫めても聞き入れる方ではありません。万一の場合はとにかく逃げるコトだけ考える、そして逃げるためのルートは複数確保しておく。いいですね?」
「はい、カナタさんも気をつけて。いざという時はとにかく照京まで逃げてきてください。私がなんとかしますから。」
「逃げる算段ばっかりしてますね、オレ達。」
「うふふ、ですわね。命あっての物種、という言葉が日本にもあるそうですけど。」
「三十六計逃げるにしかずって言葉もあります。」
「それは初耳です。それからカナタさん、明後日、いえもう明日ですね。明日は予定を空けておいて下さいね。」
明日は週末だからカリキュラムは休みだ。あの調子じゃリリスもまだ忙しいだろうし。
「それは大丈夫ですけど………ミコト様がデートでもしてくださるんですか?」
「そうして差し上げたいのは山々なのですが、私達は今日の夕刻には照京に戻らねばなりませんので。カナタさんは明日、リグリットにあるSBCの支社に行ってください。話は通してありますので。」
「SBC?」
「照京バイオエンジニアリングコーポレーションです。そこにカナタさんへの最後の贈り物を用意しておきました。」
「刀に秘伝書に手紙まで貰って、これ以上なにか頂くワケには………」
ミコト様は悪戯っぽく微笑みながら、
「あら、私のハンディコムダイアルは贈り物にカウントされていないのですか?」
「いえ!ある意味一番ありがたい贈り物ですけど!………コホン、SBCに何が用意されてるんです? 生体工学関連の会社みたいだから、最新型のアプリとかですか?」
「はい、最新型のアプリが数点と………バイオメタルユニットを。」
「アプリはインストしてないモノなら役に立ちますけど、バイオメタルユニットは不要ですよ。オレは最新型の5世代型のユニットです。それとも6世代型が完成でもしたんですか?」
「いいえ、最新型のバイオメタルユニットではありません。用意したのは最古のバイオメタルユニットです。」
最古のってコトは旧型? いや、バイオメタルユニットの更新は一方通行だ。
性能が上回るモノで上書きは出来るけど、旧型には戻せない。戻す意味もないから問題ないんだけど。
「ミコト様の仰られるコトの意味が今一つ………」
「バイオメタルユニットは進化している、というのは間違った認識です。性能は年々向上していますが、最古のバイオメタルユニットには及ばない。最古のバイオメタルユニットの性能に近づく為に技術者達が研究を続けている、という認識が正しいのです。」
「………バイオメタルユニットの開発者は叢雲トワさんだ。最古のバイオメタルユニットってまさか!」
「はい、戦闘細胞の開発者であるトワ様が自らお造りになられたXXー0式ユニットこそが最高のバイオメタルユニットなのです。トワ様亡き今、製法は誰にも分かりません。世界中の研究者達が目標とするバイオメタルユニット、それがXXー0式。研究者達はゼクスゼロ、もしくは零式と呼んでいます。」
………叢雲トワさんが造った最高の性能を持つ零式バイオメタルユニットか。
「生産不可能な超貴重品ですよね、零式って。オレにそんな貴重品を………」
「私には零式よりもカナタさんが貴重な存在ですから。それにカナタさんは少し勘違いをされていますよ?」
「勘違い?」
「謙虚である事は美徳、しかし時と場合によりけりです。今にも餓死しそうな人間が、差し出されたパンを遠慮してどうするのですか? 遠慮とは余裕のある者の行為、カナタさんにそんな余裕はないはずです。仲間の為、家族の為、私の為に生き残ると仰ったでしょう? 今を生きて、明日を切り開く為に力が必要なら、見栄も遠慮も必要ありません。」
ミコト様の仰る通りだ。未熟で弱っちいオレが見栄なんか張ってる場合かよ。
「オレは心得違いをしていました。今すべきコトは生き残る可能性を少しでも上げる為に最善を尽くすコト。零式バイオメタルユニットをありがたく拝領させてもらいます。」
「はい、そうなさいませ。今、話しておく事はこのぐらいですかしら。」
「はい、もう2:00です。名残惜しいですけど、ここまでにしておきましょう。」
「………カナタさん、私は滅多に照京から出られません。ですので………」
「いずれオレが照京に行きますよ。爺ちゃんの故郷をこの目で見たい。」
「はい、その折りはカナタさんの故郷、日本の事を聞かせて下さいね。」
「必ず行きますから待ってて下さい。それでは。」
「楽しみにしていますから。」
VIP車両から降りる前にミコト様は立ち上がって、オレを軽くハグしてくれた。
オレが一国の姫様からハグしてもらえる日が来るとはねえ。
長生きはするもんだ。いやまだ二十年だけどさ。
「話は済んだようだな。」
車両から出たオレを不機嫌そうなツバキさんの声が出迎えてくれる。
このヒトはミコト様の側近なんだろう。
なんでも相談されていたのに、今夜に限って蚊帳の外に置かれたんじゃ不機嫌にもなるか。
「ええ、おかげさんで。ノーブラ白シャツはもうヤメですか、残念残念。」
ツバキさんは黒のスーツをビシッと着込んでいた。
オレがおっぱいに過剰反応するかどうか見たかっただけで、ミコト様もツバキさんもお堅い格好が本来の姿なんだろう。
「姫様に破廉恥な格好をさせる訳にはいかぬ故、やむなくあんな格好をしていただけだ!遠慮なく人の胸を眺め回しおって!」
その姫様も破廉恥とまでは言わないけど、相当セクシーな出で立ちをされてましたよ?
………オレのおっぱいへの過剰反応は車内から見えてたハズだよな。車の窓は中から外は見えるガラスだったし。
あんな胸元の開いたドレスを着て、表層意識まで読む必要があったか?
………ミコト様……オレの反応を見て楽しんでたな。………まあいいか。おかげでいいモン見れたんだし。
「それじゃツバキさんもお元気で。そのうち照京に遊びに行きますから、是非ノーブラ白シャツで迎えに来てください。」
「あんな恥ずかしい格好は二度と御免だ!」
「迎えには来てくれるんだ。」
「それも断る。」
あらら、嫌われましたか。不本意で破廉恥な格好をするハメになるわ、初対面の男に胸を眺め回されるわ、挙げ句の果てに姫様とオレの話からは蚊帳の外だもん。好かれる要素がないよな。
オレはツバキさんと護衛の黒スーツメンの刺すような視線を背中に感じながら倉庫を後にした。
ツキのないオレにしては珍しく、倉庫街からほど近い湾岸道路でタクシーを拾えた。
シャングリラホテルのスーペリアに戻ったオレは爺ちゃんからの手紙を読んでみる。
封蝋を外し手紙を取り出す、懐かしい爺ちゃんの字だ。
爺ちゃんは字は達筆だ。そりゃそうだよな、名家の当主だったんだもん。
「 我が孫、波平へ
おまえがこの手紙を読んでいるという事は、地球から央球へ転移する事を選んだという事じゃろう。
そうするじゃろうと分かっていたから、地球には遺言を残さなかった。
キマイラ症候群に罹患する危険性がなく地球で暮らせるとしても、おまえは央球へ来ておったじゃろうよ。
波平の事はワシと婆さんが一番分かっておるでな。
ワシの目から見ても、おまえは一風変わった性格をしておる。
恐ろしく小心者な顔に、とんでもなく豪胆な顔、心優しい目をする時もあれば、乾ききった目を見せる事もある。
人は誰しも大なり小なり矛盾を内包した性格をしているものじゃが、波平はその振れ幅が大きいように思う。
波平が自分をどう評価しとるかは分からんが、おまえは乱世向きの性分。平和な日本では役に立たん才能も乱世の世界では役立つのじゃなかろうかの。
おまえは光平とは折り合いが悪いじゃろうし、きっと退屈して目的もなく日々を過ごす。
それぐらいならば、明日をも知れぬ惑星テラで波瀾万丈な人生を生きるほうがいくらかマシじゃろうよ。
おまえの悪知恵に運動神経の優れた体が伴えば
あくまで頼みで、波平が自由に生きたいと思うならば好きに生きればよいのじゃが、捨てた家とはいえワシは御門家に恩義ある身、ワシが御門家の役に立てぬ以上はおまえに託すしかないのじゃ。
ミコト様は幼少の頃よりおまえの事をワシから聞かされ、大層気にかけて下さっておる。
もう実際に会って、その人となりに触れたはずじゃから、よく考えて答えを出してくれればよい。
それからワシが封心の儀を行った事は気にせんでええ。
おまえの為に命を使えるなら爺は本望、何度同じ状況になろうとワシは同じ事をするじゃろう。
儀式は天掛神社の隠し部屋で執り行った。
神主仲間の親友に頼み、ワシの遺体は丁寧に弔ってもろうたはずじゃから案ずるな。
最後に、ワシも婆さんも波平を誰より大事に思うておる。
おまえの波平という名は婆さんの趣味というだけではないのじゃぞ。
人生の荒波を平らげて強く生きる、そういう意味を込めたつもりじゃ。
戦乱の星に生きる事を選んだおまえには、苦難の荒波が幾重にも押し寄せてくるじゃろう。
じゃが波平なら、荒波を平らげ、生き抜いていけると信じておる。
おまえが人生の終焉を迎える時、生まれてきてよかったな、と思える人生を送っておくれ。
ワシも婆さんもいつもおまえを見守っておる。 天掛翔平 」
………爺ちゃん婆ちゃん、ありがとう。
オレは生まれ変わる誓いを込めて、天掛彼方と名を変えて生きるコトにしたんだ。
でも元の名前に込められた由来、その願いは貰っていくから!
どんな荒波が押し寄せてきても、オレは負けずに生きていくから………
………だから見守っててくれよな、オレの刻んでいく日常を。
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