出張編22話 氷の槍と炎の盾
目覚ましアプリが起動する前に目が覚める。
カーテンを開け朝日を眺める。気持ちが高揚しているせいか、太陽がいつもより眩しく感じる。
オレがどうしてこの世界にやってきたのか、理由は分かった。
爺ちゃんのオレへの想いも受け取った、オレは昨日までのオレじゃない。
そう、違うんだ。昨日までのオレとは。
生まれ変わった気持ちのオレでも日課は変わらない。
乳神様への拝謁を済ませ、ホテルの周りをランニングし、部屋に戻って筋トレ、そしてイメージトレーニングだ。
夢幻一刀流の秘伝書の基礎部分を何度も見直し、体を動かすイメージを創る。
秘伝書を見て分かった、爺ちゃんは小野派一刀流の使い手じゃなかった。
オレが小学生の6年の間に習った剣術は、夢幻一刀流の基礎部分だったんだ。
剣術道場を開いて近所の子供達に剣を教えていたのに、オレを他の子と一緒に稽古をさせなかったワケだ。
地球に来てから習い覚えて小野派一刀流も使えたんだろう、でもオレには自らが極めた夢幻一刀流を伝授してくれていたんだ。
乾いた大地に水が染みこむように、イメージが出来ていく。
小学生の間は真剣に剣を習ったんだ、そのコトを思い出してきた。
そして今なら分かる、小学生のオレには分からなかった夢幻一刀流の要諦が。
イメージトレーニングだけじゃ物足りない、早く体を動かしてみたい。
そうだ!ペントハウスのプールサイド、あそこなら十分な広さがある。
ミコト様から色々贈り物も受け取った、そのコトに関しても司令に説明をしておいた方がいい。
オレはペントハウスに行ってみるコトにした。
「………なるほど、カナタを八熾一族の生き残りと勘違いしたミコト姫から贈り物を受け取ったか。」
二日連続で苦手な早朝に起こされた司令はやっぱり不機嫌だったが、オレの話を聞いて機嫌を直したようだった。
「ええ、貰えるモノは貰っておけ、という司令の教え通り頂いておくコトにしました。罪悪感を感じないでもありませんが、生き残るために有用なモノばっかりだったんで。」
オレも嘘八百が得意になってきたもんだ。いくら司令相手でもホントのコトは話せないからな。
「カナタもなかなかの
「やっぱり極めて貴重なユニットなんですね?」
「ああ、私の母が鷺宮トワの共同研究者だったから、その縁で私も零式ユニットはいくつか持っているが、滅多な者には渡せんのだ。具体的に言えばアスラ部隊でも隊長にしか渡せていない。」
司令がいくら気前が良くても、生産不可能な貴重品ではそうなるよな。数に限りがあるんだから。
「そこまで希少なユニットですか。じゃあアスラ部隊でも零式ユニット搭載者は司令とクランド中佐、それに部隊長達ぐらいなワケですね?」
「そうだ。同盟軍一般にはほとんど出回っておるまいよ。皆無かもしれん。」
ミコト様は司令と違って
いや、借り云々じゃない。
ミコト様はこの世界で唯一オレの事情を全て知ってくださってる理解者、オレの為にもミコト様を守らないといけないんだ。
………オレの為だけじゃなく、爺ちゃんの為にもか。
命と引き換えにオレに可能性を残してくれた爺ちゃんの最後の頼みだ、オレは全てを賭けてでもミコト様を守る。
「明日、零式ユニットへのアップグレードにSBCの支社に行ってきます。」
「わかった。リリスはもうちょっと借りておきたい、野暮用は早めにすませておけ。ヒムノンの身の回りの整理が終わったら、リリスと交代させる。」
「ヒムノン少佐と交代ですか?」
「ヒムノンは法曹資格だけではなく、会計士の資格も持っている。インテリチートがあらかた舗装した道を細かく整備させるにはうってつけの人材だ。思わぬ拾いモノだったな。」
見つけてきたのはオレですけどね。やっぱりヒムノン少佐はインテリエリートでしたか。
「じゃあ、そのインテリエリートの法学講座があるんで、オレはこれで失礼します。少しだけプールサイドで運動させて下さい。」
「わかった。カリキュラムでもしっかり学べ、のんびり勉強していられるのも今の間だけだ。」
もうじき大がかりな作戦行動が控えてるんだよな。知勇共に鍛えて準備しておかないと。
将校カリキュラムも三日目、いつものように午前は座学、午後は実技だ。
午後の実技は得意武器による自由実技、オレの選択はもちろん刀だ。
秘伝書を見て習得中の、一の太刀から四の太刀までを受講生相手に実践する。
いい感じだ。強者揃いの雑草組の受講生にオレの技は通用している。
秘伝書を残してくれた爺ちゃんに感謝しないとな。
「やっぱりカナタはサムライらしく刀が得意武器か。」
「そういうダニーの得物はフランベルジュか。物珍しいモン使ってんな。」
「ま~な、でも物珍しいって事ならシオンの得物の方がレアだぜ。」
ダニーが雑草組の受講生を相手に戦うシオンの方をアゴで指した。
シオンが
「なんだありゃ?
「防護鍔の一種なんだが特殊兵装だ。あれは
シオンの闘法は肘まで覆う装甲部分で剣を受けながら、打撃で反撃するスタイルだ。
そこまでならコントラの常套手段なんだけど………
剣撃をいなして懐に入ったはいいけど近すぎる、そこからじゃ有効な打撃なんか打てないだろ。
シオンがゼロ距離から拳を相手の胸にあてると同時に炸裂音が響き、相手は吹っ飛ばされていた。
「炸裂音? ゼロ距離から有効打撃が打てるのか!?」
ダニーがしたり顔で解説してくれる。
「そこが排撃拳の特殊なトコだ。拳をあてただけの状態からでも、火薬を使った強烈な打撃を出せるのさ。」
火薬パンチかよ、エゲツねえな。
シオンの排撃拳からバシュッと薬莢が排出されて、カラカラと床を転がる。
勝ったってのにニコリともしない、相変わらずの冷血女っぷりですな。
「有効な兵装っぽいのに戦場じゃ見たコトねえな。なんでだろ?」
「そりゃ扱いが難しいからだよ。カナタ、排撃拳は使い手を選ぶんだ。なんせ火薬の力で強烈なパンチを繰り出すんだからな、使い手への負担もデカい。」
「ああ、排撃拳を支える腕力がいるのね。」
「それに排撃拳の真価はゼロ距離からの有効打じゃない。体重を乗せた打撃に、さらに威力を上乗せする+αにこそ真価がある。でもインパクトの瞬間に炸裂させないと上乗せどころか、パンチそのものの威力を落としちまって逆効果になる。」
「………なるほどな。力と技を兼備する使い手のみが扱える特殊兵装か。」
「………解説が終わったところで、どっちか私の相手をしてくれない? 大丈夫、痛くしないから。」
嘘つけ、ゼロ距離パンチを喰らったヤツはまだ起き上がれねえじゃんかよ。
「だそうだぜ、ダニー?」
「ご指名とあらば仕方ありませんな。このダニエル・スチュワートがお相手しましょう。」
ダニーがやってくれるか、助かるぜ。
「そう、私としては剣狼にリターンマッチを挑みたいのだけれど、まあいいわ。オードブルとしては手頃でしょう。」
ダニーは不敵に笑いながら、
「オードブルでお腹いっぱいって事になんなきゃいいがね、ツンドラ女さん?」
フランベルジュを構えたダニーがシオンと対峙する。
こりゃなかなか見応えのあるカードだぞ、勉強させてもらうか。
ダニーは長いフランベルジュの切っ先をシオンに向け、様子を窺う。
シオンは重量級とは思わせない軽やかなステップを踏みながら、ダニーの周囲をサークリングする。
リーチは
だが懐に入れば格闘家のシオンが有利、ましてやシオンにはゼロ距離パンチがある。
お互いにやりたいコトがはっきり分かってるマッチングだ。
懐に飛び込みたいシオンに、させまいとするダニー、攻防はそこに集約される展開になった。
斬撃を払って懐に入ろうとするシオンに、ダニーはバックステップやキックを駆使して距離を維持、そんな攻防を繰り返す。
「思ったよりもやるわね。このままじゃラチが開かない。」
「力ずく開けてみたらどうよ。知ってるぜ、おまえが「絶対零度の女」って呼ばれる本当の理由をよ。………舐めてんじゃねえぞ!見せてみろ!」
「あら、物知りじゃない。いいわ………見せてあげる!」
シオンの周囲に
マリカさんから教えてもらったコトがある。
普通のパイロキネシス能力者は炎を放出するのだが、稀に氷や雷を放出するヤツがいる。
シオンは特異系放出能力者だったか。そして扱うのは氷、まさに絶対零度の女だな。
「ヘッ、やっと本気になりやがったか。そうじゃなくちゃ面白くねえ。来なよ、冷血女!」
ダニーの顔から不敵さは消えていない。コイツもなにか隠し技を持ってそうだな。
シオンがダニーを指差すと、忠実な僕たる氷柱達は一斉にダニーに向かって突進する。
迎え撃つダニーのフランベルジュが炎を纏い、ダニーは剣を手元で回して
ダニーも放出系能力者なのか!
フランベルジュとは波打つ刀身を炎になぞらえた剣、だけどダニーが手にするのはホントに炎を纏う剣だ。
氷と炎の激突、だが氷柱の槍は炎の盾を貫けなかった。
「やるわね。………思いだしたわ。どこぞのお坊ちゃまが優れたパイロキネシス能力を持っていて、平穏な生活に退屈して兵士になったって。「
「まーな。けどよ、盾だけって訳じゃないんだぜ?」
そう言ってダニーは剣に炎を纏わせ、攻撃態勢を取る。
ダニーもやるもんだな、リアル燃えよ剣じゃないかよ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます