再会編12話 曲者の流儀
ダニー戦の勝ち筋が見えたオレは、ロブの様子を見に控室に顔を出した。
鏡の前に立ったロブは右手にリボルバーナックル、左手に長い杖を構えて演武をやっている。
器用なのはわかってたけど、杖術まで使えんのか。便利屋の異名は伊達じゃないねえ。
「おや、大将。初戦敗退濃厚の噛ませ犬になにか御用で?」
「続けてくれ。邪魔をする気はないからさ。」
「なに、構やしねえよ。今さら演武の一つや二つで何かが変わる訳はない。手慰みにやってただけさ。しかしこのオッズ表には傷付くねえ。ま、俺の特性にブランクまで加味すりゃ妥当っちゃ妥当な配当なんだが……」
……オッズ表? そういやこのトーナメントはラスベガスのボクシング興行みたいに賭けの対象でもあった。
市長との会合でもその話が出たじゃないか。ロックタウンのイベントはほとんど賭けの対象になってるから、その対策として収入による賭け金上限制度を設けてるって。
「ロブ、そのオッズ表、ちょっと見せてくれ。」
このオッズ表は司令が考えたはずだ。……Mr.Xのオッズを見ればその実力が分かるはず。
!!……Mr.Xのオッズがサクヤより低いだと!? 司令はMr.Xがサクヤに勝てると踏んでいるのか……
出場可能な8番隊の中隊長3人でサクヤより強い……誰だ?……3人とも強いが、サクヤに対して有利なんて言い切れる中隊長はいない……
じゃあ8番隊の中隊長じゃないのか? それともポカミスのあるサクヤだからその点を差し引いたオッズなのか?
いや、Mr.Xのオッズはオレとパイソンさんと同じで一番低く付けられてる。
司令はMr.Xをパイソンさんと同格とみなしてるんだ。
「本命馬の大将、Mr.Xの力や正体は気にする必要はねえさ。少なくとも司令は大将と互角とみなしてるんだ。それにあのたこ焼き嬢ちゃんは手練れだぜ?」
「そうだな。Mr.Xが何者であれ、サクヤが手の内を引き出してくれるだろう。」
それにオッズ差は僅差、サクヤが勝つ可能性だってあるはずだしな。
「決勝に出場する二人を当てる賭けだから難しいねえ。こっちのブロックは大将かパイソンだろうけど、向こうのブロックはMr.X、サクヤ、セイウンがいる。なんでも一番人気はセイウンらしい。一回戦で保安官とあたってるのが好材料なんだろうな。」
ワンデイトーナメントだからな。消耗なしで勝ち上がれればそれだけ有利になる、か。
「ウォルスコット少尉、お時間です。」
「おっと。そんじゃ大将、ちょっくら行ってくらあな。」
「おう、怪我しない程度に頑張れ。」
さて、自分の控室に戻って、便利屋ロブの曲者っぷりを見せてもらおうかな。
───────────────────────────────────
結果から言えばロブは負けた。だけど大方の予想を覆す善戦ぶりだった。
善戦の秘訣はロブの持ち込んだ杖にあった。三節棍として使用しながら、ツバキさんが棍の間合いと動きに慣れたと見るや、三つに分けて地面に刺し、三角形のリングを作ったのだ。棍から棍へ張り巡らしたワイヤーを使った闘法は巧みで、ツバキさんを大いに苦しめた。
三角のリングを作ってツバキさんの円の動きを封じるとは上手い手を思い付いたもんだ。まさに曲者、ロブにブランクがなければ、あるいは勝てていたかもしれない。だがツバキさんはダメージを負いながらも、ロープの切断に成功した。その直後に曲者の真骨頂が発揮される。なんとロブのヤツ、その時点ではほとんど無傷だったのにも関わらず、コトもあろうに"参った"を宣言しやがったのだ。もちろん会場は唖然呆然、観客全員、理解不能。
あの空気の固まりようは、今思い出しても笑いがこみ上げてくる。
ツバキさんも審判のストリンガー教官もあんぐり口を開けてポカーン。そりゃそうだよな、あの時点ではツバキさんのダメージのが大きかったんだから。闘技場の空をカラスがカァカァ鳴きながら通過したコトによって呪縛は解け、闘技場の当事者も、観客席のギャラリーも騒然となった。
ロブのヤツ、憤慨したツバキさんが"勝負はまだついてない!"と叫んだのに"飛車角取られて将棋を指し続けるバカがいるかよ"と嘯いて、サッサと場外に出ちまいやがった。しかも口笛を吹きながら足取り軽~く退場のオマケつき。
この結末には、主催者の司令が「あのまま戦い続けても竜胆ツバキの勝利は疑いない。ロバート・ウォルスコットは小細工ナシで勝てる実力を有していないからだ」ってアナウンスする羽目になったってのが痛快だった。
仏頂面の司令と、憮然顔のツバキさん。気まずい表情のストリンガー教官がツバキさんの右手を掲げたんだけど、憮然顔はそのまんまだった。
クックックッ、あれじゃどっちが勝ったんだかわかりゃしねえって。
──────────────────────────────────
「いや~、負けた負けた。頑張ったんだけどなぁ。」
一仕事終えた曲者はヘラヘラ笑いながらオレの控室へやってきた。
「おかえり、ロブちん!カッコよかったよ!」
背伸びしたナツメがロブの頭をナデナデして健闘を称える。
「ナツメに褒めてもらえると嬉しいねえ。」
「ロブ、もっと斬りにくいロープを使えば良かったんじゃないか?」
「それだと固すぎてロープの反動を利用出来ない。身体能力は石頭姉ちゃんのが上なんだ。スピード差を埋める為にはやむを得なかった。ロープを切られる前に組み技に持ち込むってのが俺の作戦だったんだが、石頭姉ちゃんはそこまで甘い相手じゃなかった。しゃあないさ。」
なるほどねえ。曲者には曲者の苦労があるんだな。
……そして勝ち目がないと踏んだロブは、ツバキにこれ以上ダメージを与えたくなかった。第三試合の勝者はパイソンさんと対戦する。ロブはオレを有利にする為に早い段階でリタイアしたんだ。戦術から負け方まで先を見据えた行動。ロブは思った以上の曲者で切れ者だな。身体的素質ではなく、頭脳で異名兵士になったタイプだ。
「ロブちん、スタジアムカレーを食べにいかない?」
「いいねえ。大将、ナツメを借りていいかい?」
「ああ。次の試合の検討はしなくていいからな。」
ロブと一緒に控室を出て行くナツメを見送ってから、オレは闘技場をステージにした新人歌姫の歌声に耳を傾け、心を休ませる。
……次の試合の勝敗は見えてる。焦点は
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます