戦役編7話 二重に仕掛けられた罠
海賊戦法で敵艦隊旗艦を制圧した時点で戦いの趨勢は決まった。
緒戦において別働部隊サラマンダーは陸上戦艦3隻を拿捕、戦艦2隻と巡洋艦3隻を大破させ、残りの敵艦隊は大慌てで撤退していった。
大勝利の余韻に浸る間もなく、オレ達はヒンクリー師団との合流を目指し、進軍の準備を開始する。
完勝したとはいえ、こちらも無傷ではない。小破した巡洋艦の修理と、戦艦の装甲板の換装が急ピッチで行われる。
タチアナさん達メカニックチームの腕の見せ所だ。もちろん手の空いてる者も駆り出される。
オレも力仕事を手伝っていたのだが、マリカさんに不知火のブリッジに来るように言われたので作業を中断して直行した。
ブリッジにはシグレさんとコトネが来ていて、マリカさんとラセンさんになにやら話をしていた。
「お呼びですか、マム。」
「ああ、シグレの話をちょいと聞いてみてくれ。カナタの納豆菌の意見も聞きたい。」
「どうかしたんですか、師匠?」
「私の気のせいかもしれんのだが、少し気になった事があってな………」
シグレさんの話を要約すれば、凜誠も海賊戦法で戦艦を拿捕したのだが、敵艦艦長である艦隊副司令の様子が気にかかっているのだという。
シグレさん曰く、あまりに呆気なさ過ぎる。凜誠が乗り込んだ艦のクルー達は抵抗らしい抵抗もせず、降伏に応じたらしい。
ボクシングで言えばボディブローが入った時点でタオルが投げられたような感じだと。
「アタイらが相手なんだ。アゴをアッパーカットでカチ割られる前に、タオルを投げるのは賢明な判断なんじゃないのかい?」
「それはそうなのだが………副司令を独房に放り込む時に、一瞬見せた目の光が気になってな。………あれは敗北を喫した男の目ではない。」
「局長はんの言わはる事はウチにもわかるんどす。ウチの場合は目やのうて声なんどすけど。」
「声? 声がどうしたってんだい?」
声のプロフェッショナルはマリカさんに答えた。
「副司令はんはしおらしい声で降伏しはったんですけど、演技してる感じがせんでもないんどす。」
演技………なんの為に? ウィンザースからはそんな感じは受けなかった。
オレと同じような思案顔のラセンさんが、マリカさんに進言する。
「………マリカ様、副司令の乗艦は砲撃戦の時は艦隊最後列にいましたな。密着して乱戦になったと同時に戦列に割り込んできた。」
「旗艦を援護する為だと思っていたが………なにか別の狙いがあったのかもしれないねえ。納豆菌はどう思う?」
「名前で呼んで下さいよ。」
「納豆菌がイヤなら病原性大腸菌がいいか?」
せめてただの大腸菌にして欲しい。
さて、灰色の納豆菌さん、お仕事の時間だぜ?
艦隊司令のウィンザースは信念バカだ。小細工を弄するタイプじゃない。
正面から勝とうと仕掛けてきた、そこは間違いないよな。
………でも複数の人間がいれば思惑が違う場合は多々ある。
ウィンザースは階級と力だけで部下を統率しているタイプだ。部下にはウィンザースとは違う思惑があってもおかしくない。
少なくともオレがウィンザースの部下なら、あの信念の道連れにされるのは真っ平御免だ。
「マリカさん、敵艦隊の通信記録を調べてみましょう。副司令の位置取りがウィンザースの命令かどうかが鍵だと思います。」
「ラセン、オペレーターチームを連れて調べてこい。」
頷いたラセンさんはオペレーター達を連れて拿捕した敵艦隊旗艦へ向かった。
30分後、オレ達4人はラセンさんの調査報告を不知火の作戦室で聞かせてもらう。
「ラセン、ウィンザースは砲撃戦の時にもっと前に出ろって命令してたってんだね?」
「はい。艦隊司令のウィンザースと副司令のグラハムは言い争いじみたやりとりをしています。なんのかんのと理由をつけて、こっちが距離を詰めるまで後列にいましたが。」
やっぱ変だよな。まるで拿捕される為に前に出てきたみたいだ。
そんなバカな事をするはずないか。………いや、そうでもないぞ?
「……拿捕されるのが狙いだったのかもしれないですね。」
「カナタはん、陸上戦艦はドえろう高価な兵器なんどすえ? なんでむざむざ敵に拿捕させたりしますのん?」
コトネ、普通はそうだろうけど、普通じゃないからこそ奇策なんだ。
「仕掛けと思惑があればなくはない。例えば拿捕した敵艦を検分しに、マリカさんが乗り込んだら爆発させる仕掛けが施してあるとか。同盟のエースと引き換えなら、陸上戦艦の一隻や二隻は安いもんだ。」
「なるほどな。修理は後回しにしてタチアナ達に調べさせてみよう。」
ハンディコムを取り出したラセンさんに、マリカさんが指示を出した。
「ラセン、爆発物には厳重に注意させろ。それとな、外装部になんらかの仕掛けがある可能性が高い事も伝達しておけ。」
「外装部にですか?」
「そうか。砲撃戦の時に後ろに引っ込んでいたのは、仕掛けを施した外装部に被弾したくなかったのだな?」
シグレさんの言葉にマリカさんが頷く。
確かに。そう考えれば辻褄が合う。
「となると装甲じゃなく砲塔に仕掛けがありそうですね。砲撃戦では艦橋に次いで狙われやすい。」
「カナタの言う通りだな。すぐに作業に掛からせろ。なにか分かり次第、もう一度集合だ。」
さて、………敵さん、何を狙っている?
二時間後、同じ面子は再び作戦室に集合した。
「敵の狙いがわかった。二段構えの罠だったよ。」
「二段構えの罠? マリカ、どういう事だ?」
シグレさんが問うと、マリカさんが解説を始める。
「拿捕した戦艦の後部砲塔に、強力な通信傍受装置が仕込んであった。映像記録を見たが、この砲塔は一発も砲撃を行っていない。高度でデリケートな装置だから砲撃のショックで破損する恐れがあったんだ。」
「被弾を恐れていたのはそれでか。普通、拿捕した戦艦は通信装置を解体してから、併走させるか曳航する。なるほど、不知火の通信を傍受して、こちらの動きを探るつもりだったのだな。」
「ああ。そして機会を窺い、大型炎素エンジンを暴走させて爆発させる。その起爆装置も仕込んであった。」
通信傍受から戦艦爆破のコンボか。高い撒き餌を用意してくれたもんだ。
「たぶん、こういうコトじゃないかな。艦隊司令のウィンザースは勝つ気満々だったが、副司令のグラハムは気が進まなかった、というより負けると思っていた。だから負けを前提で罠を仕掛けるコトにしたんでしょう。アスラ部隊に大打撃を与えれば、敗北の責任を問われるどころか出世は間違いない。正式な捕虜として捕らえられればパーム条約によって身柄は守られますから。二重に罠をかける慎重さを考えれば、捕虜交換で優先的に帰国出来る密約も上層部と交わしてるかもしれませんね。」
あえて拿捕されて捕虜になるって点は賭けではあるだろうけどな。パーム条約をオレ達が守るって前提なんだから。
「そんなところだろうねえ。って事は必ず近くに観測班が潜んでいるはずだ。」
そうだよな。あらゆる衛星が制御不可能なこの世界では、通信傍受には観測班が必要だ。
大型出力器を搭載している陸上戦艦ならかなりの距離から通信を拾えるけど、目立ちすぎる。
ステルス車両を使った観測班が近くに潜んでいると考えるべきだろう。
「マリカ、罠を逆手に取ろう。観測班を捕らえ、偽の情報を流すんだ。」
「忍びのアタイらが捜索すれば観測班は見つけられるだろうが、脅しつけて偽の情報を報告させてバレないかね?」
「脅して言う事を聞かせる必要はない。遠距離の通信なら声だけだろう。」
「ウチの出番どすなあ。」
そうか、声真似の達人のコトネがいたんだ。となると……
「その手でいきましょう。艦隊戦でこっちの戦艦にも深刻な被害が出た。拿捕した艦船を曳航しながらいったんガーデンに帰投すると偽の情報を流せば……」
オレの台詞をラセンさんが引き継いでくれた。
「俺達の戦線到着時刻にラグが生じる。まだ到着しないはずの我々が突然戦場に現れたら敵は動揺するはずだ。」
元の世界なら軍事衛星による観測で位置は簡単に把握されてしまうけど、こっちの世界じゃそうはいかない。
戦艦の
罠に掛かりやすい時ってのは、自分が罠を張っていると錯覚してる時。
この教訓はいつでも有効だ。
「よし、間抜けヅラで罠を仕掛けてる連中の足元を蜘蛛の糸で絡めとってやるとしようか。ラセン、ホタルに周囲を索敵させろ。観測班を見つけたらアタイが出る。」
マリカさんが直々に糸で絡めるつもりか。観測班がどんだけ手練れでも逃れられねえな。
水晶の蜘蛛を罠に掛けようなんざ百年早い。目にもの見せてやるぜ。
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