休暇編15話 二匹目のドジョウ



「け、剣狼!俺と坊ちゃんが死ぬってのはどういう事なんだ!」


こっちは話が飲み込めてなかったか。


「ギデオン、僕達はビロン家の厄介者になったという事だよ。剣狼、ビロン家に探りを入れたんだね?」


「ああ。優秀なニンジャの友達に頼んだ。思ったより状況は切迫してるらしい。」


「……そうか。父上は僕を殺すつもりなのか……」


「いや、ビロン少将にそこまでする気はない。だがピエール母子は違う。中尉を自殺か事故死に見せかけて殺せないかと算段中だ。」


「それは確かなのかい?」


「夫人からの指示を受けた部下達が謀議してる映像がある。見てみるか?」


「見なくていいよ。……だけど僕を護る者はギデオンしかいない。どうしてすぐに殺さないんだ?」


「今、行動を起こさないのは、あざとすぎるからだよ。」


「僕を追いやっておいて、ほとぼりが冷めたら自殺か事故死に見せかける、か。義母の考えそうな事だけど……」


「坊ちゃん!落ち着いてる場合ですかい!と、と、とにかくどこかへトンズラしねえ事には……」


口角泡を飛ばすって感じのギデオンに、静かに首を振るビロン中尉。


「逃げるって言っても、どこへ逃げるんだい?」


「機構軍に亡命するとか……」


「唯一の取り柄である家柄をなくした僕を機構軍が受け入れるとは思えないね。……いや、同盟軍高官の子息として宣伝戦に使えるかもしれないな。"激白!少将の息子、同盟軍の非道さを証言する"とかセンセーショナルなフレーズ付きでさ。ハハハッ、他人事なら面白がってたかもしれないね。」


いや、自分事なのに面白がってるようにしか見えないぞ? だが冷静な分析だ。この男、案外、切れ者なのかもしれない。……そういやビロン中尉は名門大学を飛び級で卒業したエリートだったよな。地頭はいいはずなんだ。


「坊ちゃんに利用価値があるってんなら機構軍に亡命しましょうや!死ぬよりマシでしょう!」


「盛り上がってるトコ悪いがね、オレなら宣伝戦に使って用済みになったピエロは暗殺に見せかけて殺すよ。そんで"真実を激白した勇気ある男、凶弾に倒れる"とか見出しをつけて、同盟軍の非道さをもう一度アピールするかなぁ。」


「剣狼は性格が悪いね。僕はそこまで考えなかったな。」


「オレのコトはカナタでいいよ。」


「じゃあ僕の事もロベールでいい。」


「いや、中尉は歳も階級もオレより上でしょ?」


「階級章を見る限り、カナタ君は大尉待遇である特務少尉だ。僕より階級は上じゃないか。」


「坊ちゃんも剣狼もなに和やかな空気で談笑してるんですかい!俺らの命が懸かってるんですぜ!」


「カナタ君の命は懸かってないよ。……そうだなぁ。亡命するならギデオンに話を持ちかけたローゼ姫を頼るのがいいかもしれないね。」


ギデオンはポンと手を打ち、勢い込んで説得にかかる。


「そうですよ!あのお姫様なら坊ちゃんを助けてくれるかもしれねえ!善は急げだ、トンズラの準備を始めますぜ!」


「まあ落ち着こう。考える時間はある。すぐに暗殺されたりしないとカナタ君も言ってるんだから。亡命するならローゼ姫を頼る。それが一つの選択だ。」


ズズッと冷めた紅茶を啜ったビロン中尉は、磨きがかかった不味さに顔を顰めた。


「その亡命計画はオレのいないトコでやってくれ。もう一つの道、同盟に残る方法の検討を始めようか。」


「そうだね。出来る事なら僕はそうしたい。ん~、僕は家を出る以外に生きる道はないよね?」


「そう思うね。問題はそれで安全が担保されるとは限らないってコトだ。」


「うん。僕が生きている限り、ピエール母子は枕を高くして眠れないだろうからねえ。」


「ビロン少将には黙って勝手に動く可能性はあるよなぁ。」


悪い顔で謀議をしているオレ達を呆れ顔で見守るギデオン。話に加わりたいみたいだけど、頭から湯気が出ている。たぶん知恵熱だろうな。


「ピエールは本当に優れた兵士なんだから、ドンと構えてればいいのにねえ。」


「いやいや、それがそうでもないんだ。オレの友達の調査では、ピエールの優秀さ=強いだけ、勇猛さ=猪武者、らしいんだ。いくら強くてもバカは早死する可能性が高い。そうなりゃ一発逆転だろ?」


「ピエールは超再生持ちらしいから、滅多な事では死なないと思うけど?」


ピエールは超再生持ちなのか。それは調査報告にはなかったな。シュリ夫妻がいくら優秀でも、時間がなかったし、ビロン家の内情調査を優先させてりゃ漏れもあるか。


「だったら戦死するように仕向けるまでだな。なに、戦場では後ろから飛んできた弾で死ぬなんてのは、よくあるコトだ。」


「しれっと怖え事言うなよ!おめえは悪魔か!坊ちゃんもさっきまで死にそうな顔してたってのに、いったいどうしちまったんです!」


ギデオンの絶叫は二人揃って華麗にスルー、と。


「家を追い出されてから毎日毎日、もう死にたいと思ってたんだけどね。考えて見れば死のうと思っていた命なんだから、何をやってもいいんだと気付いたんだ。」


「そうそう。これが窮鼠最大の武器、開き直りなのだよ、ギデオン君。」


「僕の巻き添えでギデオンまで死なせはしない。そう思ったら開き直れたんだ。ありがとう、ギデオン。」


「俺がなんかの役に立ったってんならそれでいいんですがね。なんだか坊ちゃんが別人みたいに見えるのは気のせいですかい? いつもみてえに尊大で鼻持ちならない態度でいてくれねえと気持ちわりいや。」


「ハハハッ、とりあえず僕は母上の実家を頼るのがいいかな。叔父に頼んで僕を養子にしてもらおう。」


「それがいい。他家の人間になれば慌てて殺しにかかる必要はなくなる。だがタダってのは面白くないな。ピエール母子にゆすりをかけようぜ? "家督を放棄する代わりに対価を寄越せ"ってな。」


ギデオンはいつの間にか、オレから距離をとっていた。ドン引きしたらしい。


「厄介者の僕を背負い込む事になる叔父に渡す鼻薬は必要だけど、なんの後ろ盾もない僕の恫喝なんて義母は鼻で笑うだけじゃないかな?」


「ないなら作る、簡単な話だ。中尉、オレと一緒にパーティーに出ようぜ?」


「パーティー?」


「うちの司令の昇進記念パーティーだよ。都合のいいコトに今夜開かれるんだ。」


「なるほど、ミドウ司令の力を借りるのか。それなら義母は絶対に無視出来ないな。問題はミドウ司令が僕に肩入れする理由がない事だけど……いや、そうでもないのか。」


「ああ、中尉の実家は今でこそ力はないが、かつての名門子爵家だからな。それにうまくいけばビロン家も取り込めるかもしれん。」


「剣狼、坊ちゃんはビロン家の家督を放棄するんだろ? そう約束する引き換えに金と安全を得る、違うのか?」


「そんな約束、知ったこっちゃねえな。ピエールが死ねば卓袱台を返すだけだ。」


ビロン少将の実子は中尉とピエールだけだ。我が子に家督を譲りたいのが人情、だったら選択を絞ってやればいい。


「カナタ君の言う通りさ。僕をコケにしてくれたピエール母子を無罪放免になどさせてたまるものか。部屋に閉じこもってクヨクヨしている暇なんてなかったんだ。……父上も含めて、目に物見せてやる。」


「……坊ちゃんが……坊ちゃんが極悪人になっちまった。いけ好かなくて尊大で身勝手なだけだった俺の坊ちゃんが……大奥様、申し訳ねえ……」


その大奥様さえ存命なら、こんなコトになっちゃいねえんだけどな。昔は多くの戦果を上げたビロン少将だが、その功績は優秀な軍人だった夫人のサポートがあればこそだ。賢夫人だった大奥様が戦死してしまって、少将は凡将になり果てちまったってコトらしいから。


「ギデオン、礼服を準備してくれ。僕はカナタ君と一緒にパーティーに出る。」


「はいです、坊ちゃん。トンズラの準備はしなくていいんで?」


「しなくていい。出来れば機構軍に亡命はしたくない。僕はローゼ姫を直接は知らないしね。」


「あのお姫様は信用出来るお人だと思います。小物の勘がそう言ってるんで。」


「ギデオン、リングヴォルト帝国の「剣神」アシュレイが母上の仇である事を忘れたか?」


「坊ちゃん、お言葉ですが、それはお姫様には関係のない事でさあ。ですが俺は坊ちゃんの従卒、坊ちゃんの選択に従いますぜ。剣狼、坊ちゃんを頼む。」


「オレの仕事は司令に引き合わせるまでだ。説得は中尉がやるしかない。」


「任せておきたまえ。こう見えても僕はかの名門、ドーファン記念大学を飛び級で、しかも次席卒業した天才なんだ。しかも弁論部部長との論戦では"君には話が通じない"と降伏させた論客でもあるんだよ。」


そんな調子で司令を説得しようとしたら、刺客より先にクランド中佐に殺されるぞ?


「坊ちゃんだ!尊大で鼻持ちならなくて傲慢な俺の坊ちゃんが帰ってきたぁ!」


……それでいいのか、ギデオンさん?




一抹の不安は感じるが、パーティーに出掛けるか。……大丈夫かね、ホントに。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る