休暇編14話 元ニート、現役ニートに物申す



パイレーツネストで楽しい昼食がてらおツマミレシピの戦果まで得たオレ達は、ショッピングモールで買い物を楽しんだ。


大量の荷物をガーデンに送る手筈を済ませたオレは、三人娘を先にホテルへ帰すコトにする。


ビロン中尉に会うのはオレだけの方がいいからだ。


タクシーのドアを開けて三人娘を促したオレは、司令への伝言を頼んでおく。


「昇進記念パーティーまでには戻るつもりだけど、もしかしたら遅れるかもしれない。そうなったら司令には適当に言い訳しておいてくれ。」


「いいけど、いやらしいお店に行く気じゃないでしょうね?」


「浮気は死刑確定なの。」


「隊長、ナツメは鼻がいいですから、誤魔化せるなんて思わないでくださいね?」


……信用ねえな、おい。


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三人娘を見送ったオレはタクシーを呼び、ビロン中尉が暮らしている別荘へと向かう。


海を一望出来る高級別荘地に立ってる瀟洒なお屋敷、ギデオン軍曹に教えてもらった住所はここか。


さすが名家の別荘、立派なもんだね。


タクシーを降りると庭木の手入れをしていたギデオン軍曹が駆け寄ってきた。


「本当に来たのか!」


「リグリットに用があったんで、そのついでさ。ビロン中尉はどうしてるんだ?」


「部屋から一歩も出ようとしないんだ。食事もまともに摂っちゃくれねえし、正直困ってる。」


金持ちニートになってます、か。元ボッチで半ニートだったオレに言わせれば、そう悪い生活じゃねえが、シュリ夫妻からの情報だと、このままじゃビロン中尉の命が危うい。


根っこまで入れ込むつもりはねえが、心にシミを残さないだけのコトはしておきたい。


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ギデオン軍曹に案内されて、屋敷の3階へと向かう。


中も立派なお屋敷だってのに、人っ子一人いやしない。どうなってんだ?


「ギデオン軍曹、この手のお屋敷には執事だのメイドだのがいるもんじゃないのか?」


「ここの管理をしていた使用人達はピエールの元へ走ったよ。俺も含めて今までが今までだからな、文句も言えん。」


「坊ちゃんにはアンタ以外にも取り巻きがいただろう?」


「いたけどな、坊ちゃんが誰も連れて来たがらなかったんだ。来いといっても来なかったとは思うが……」


「じゃあギデオン軍曹が一人で坊ちゃんの世話をしてるのか?」


「坊ちゃんが命を救ってくれた俺の妹が手伝ってくれてる。買い物に行ってて今はいねえけどな。それから俺の事はギデオンでいい。俺は小物で剣狼は大物だからな。」


「別にオレは大物じゃないが、カタッ苦しいのはナシでいくか。坊ちゃんに恩義があるのはギデオンだけなのか?」


小物の美学を貫く男、ギデオンは苦虫を噛み潰したような顔で答えた。


「他にもいるが、どいつもこいつも恩知らずだったって事らしい。」


「そうボヤきなさんな。誰だって自分が可愛いもんさ。」


むしろアンタが少数派なんだよ。アンタが傍目から見ても滑稽なぐらい坊ちゃんに忠義立ててなけりゃあ、オレもほっといたかもしれないんだ。


忠義心に厚い、自称小物の足は奥まった部屋のドアの前で止まった。


「ここが坊ちゃんの部屋だ。坊ちゃん、坊ちゃんにお客が来てますぜ!」


「僕は誰にも会わないぞ!一人にしてくれと言っただろう!」


「坊ちゃん、お客ってのは…」


オレはギデオンを下がらせてから、ドアを思いっきり蹴り飛ばしてやる。


分厚い樫の木のドアは丁番を飛ばしながら水平飛行し、窓ガラスを粉々に砕いてから室内に転がった。


「な、な、な、なんなんだ、いったい!」


「久しぶりだな、坊ちゃん?」


「け、け、け、剣狼!どうしてここに!」


パジャマ姿でベッドから身を起こしたビロン中尉の傍にオレは立ち、化粧台前の椅子をサイコキネシスで引き寄せて座る。


「近くまで来たんで寄ってみたのさ。元気そう、でもないな。頬がこけてるがダイエット中か?」


「ギデオン、剣狼を追い払え!」


「無理ですぜ、坊ちゃん。剣狼の腕は知ってるでしょう……」


「なぜここに通した!僕は…」


とりあえず静かにさせるか。話はそれからだ。オレはビロン中尉の下顎を掴んで締め上げる。


「なんでもかんでも家来に頼るな!オレを追い出したきゃあ自分でやれ!キンタマはついてんだろ? それともピエール坊ちゃんとやらに去勢されちまってタマナシなのか?」


下顎を掴んだ手を少し緩めるとビロン中尉は泣き言を言い出した。


「……君は僕を笑いにきたんだな? いいさ、笑えよ。……僕なんかと違ってピエールは優秀だって笑えばいいさ。」


「リグリットくんだりまでアンタを笑いに来るほどオレは暇じゃない。一つ聞きたいんだが、ピエールとアンタはどう違うんだ?」


「ピエールは僕と違ってハンサムだし、背も高いし、勇猛だし……」


「アスラ部隊にゃアンタより醜男だっているし、チビだっている。」


「でも僕みたいな臆病者はいないだろう?」


「アンタが臆病? 味方を逃がす為に格上の「鉄拳」バクスウ相手に食い下がったアンタが? 冗談だろ?」


「味方を逃がそうなんて格好いいものじゃない。父上を逃がそうと思ったんだ……父上が無事なら僕が捕虜になっても、捕虜交換で帰国出来るからね……」


「それにしたってわれ先に逃げ出した父上とやらよりは勇敢だぜ?」


「父上を侮辱するのはやめてくれ!僕が悪いんだ!ビロン家の嫡男でありながら弱い僕が!」


涙しながら両手で顔を覆うビロン中尉の肩に手を置き、ゆっくり言葉をかける。


「ビロン中尉は自分で思ってるような弱虫じゃないさ。……ギデオン、オレと坊ちゃんに珈琲でも淹れてくれないか?」


「わかった。断っておくが俺の淹れる珈琲は不味いからな。」


頷いたギデオンは階下へと消えた。


静かになった室内にビロン中尉の嗚咽が響く。中尉が落ち着くまで待とう。


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ビロン中尉は貴族らしく紅茶党だった。ギデオンはオレには珈琲を淹れてくれたのだが、自分で不味いと言うだけあって本当に不味い。


「ギデオンの淹れる紅茶はこんなに不味かったんだね……」


「すいません、坊ちゃん。」


「いいんだ。ギデオン、君はどうしてこんな僕と一緒にいてくれるんだい?」


「坊ちゃんは俺の妹を助けてくれました。それに大奥様にも世話になりましたし……」


「……ああ、そんな事もあったね。でももう十分義理は果たしただろう? どうして他の連中みたいに僕から離れていかないんだ?」


「……なんていうか……俺は馬鹿だからうまく言えねえんですが……俺がそうしたいんで。」


「長い付き合いだけど、ギデオンはよくわからない男だったんだね。それに剣狼もだ。僕には恨みしかないだろうに、どうしてわざわざ会いにきたんだい?」


涙も涸れてずいぶん穏やかな顔になったビロン中尉の問いに、オレは正直に答えた。


「中尉が親に見捨てられた男だからだ。……オレも……そうなんだよ。」


「同盟に名を馳せる異名兵士「剣狼」を見捨てた親か。見る目がない親もいたもんだね。僕にも力があれば……」


「なくはない。さっきも言ったが「鉄拳」バクスウ相手に食い下がるなんて誰にでも出来る事じゃないんだ。しかもビロン中尉には碌な実戦経験もなかったのに、だ。」


「皆が頑張ってくれただけだよ。僕はサポートしてただけだ。」


「どうしても自分が無能非才だと思いたいなら止めはしない。先に重要な話をしておくぜ?」


「重要な話?」


「ああ。このままじゃ中尉は死ぬ。ギデオン軍曹も巻き添えにしてな。」


ビロン中尉は息を飲み、俯き加減だった顔をオレに向けた。




驚愕の表情から諦観めいた表情への変化、深いため息。……一瞬で話を理解したのか。頭は良さそうだな。



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