休暇編16話 臆病者の覚悟
ギデオンの運転する車でシャングリラホテルに戻ったオレは、前にもお世話になったホテル内のサービスルームに礼服を見繕ってもらいにいく。
「いけないなぁ、カナタ君は礼服の一つも持っていないのかい?」
「ほっとけ、オレは中尉と違ってパーティー三昧なんて身分じゃねえの!パーティー自体が二度目なんだよ!」
「おやおや、ビギナーさんだったのか。僕でよければ社交場での振る舞いをレクチャーしようか? こう見えても僕は……」
「黙れ。放蕩息子ならぬ放逐息子。」
「ぐぬぬ、事実だけに言い返せない……」
口論しながらサービスルームに入ると、以前に会ったダンディーなミドルが出迎えてくれた。
「いらっしゃいませ、天掛特務少尉。パーティー用の礼服がご入り用なのですね?」
「そうなんだ。またぞろ司令主催のパーティーでね。全部お任せしますから、お願いします。」
「受け賜りました。ではこちらへどうぞ。」
オレは燕尾服を着たペンギンに変身すべく、案内された個室へ入った。
───────────────────────────────────────
30分後、無事にオレはペンギンへと変身した。以前と違うのは装飾品が銀じゃなく金になってるぐらいかな?
超一流ホテルのサービスマンであるダンディーミドルは、オレのパーソナルカラーをご存知だったらしい。
「おう、剣狼じゃないか。久しぶりだのう。懐かしさに屁が…」
「待ってください。貸衣裳で放屁はヤメときませんか?」
控室に戻ったオレは横幅の広い体格をなんとか礼服に押し込めたオプケクル准将と鉢合わせた。
「それもそうか。しかし礼服は窮屈でかなわんのう。パーティーなんぞ辞退したかったんじゃが、イスカ嬢ちゃんを怒らせると後が怖いしの~。」
「人食い熊」でも司令は怖いらしい。
「オプケクル准将は司令を昔からご存知みたいですね?」
なんせ司令をイスカ嬢ちゃんなんて呼んでるんだからな。
「龍頭大島の木こりじゃったワシを軍にスカウトしたのはアスラ元帥じゃからの。イスカ嬢ちゃんが洟垂れじゃった時からよう知っとるさ。剣狼の上官とも付き合いは長いんじゃぞ? かつての上官じゃったからして。」
「マリカさんはオプケクル准将の部下だったんですか?」
「うむ、マリカが軍に入ってからアスラ部隊に入隊するまでの間はワシんトコにおったんじゃ。」
マリカさんの軍歴は18歳で同盟軍に入隊、20歳でアスラの部隊長に就任だったはずだ。その間はオプケクル准将の下で戦ってたんだな。道理で「屁こき熊」呼ばわりして、馴れ馴れしくしてた訳だよ。
「そうだったんですか。部隊のエースを司令に引っこ抜かれちゃったんですね。それで今度はダミアンまで……准将も大変ですね。」
「構やせんよ。マリカはハナからそういう話で預かっておったのじゃし、ダミアンはダミアンで"俺の前で放屁は遠慮してもらおう"なんていいくさるし。ストリンガーは放屁に理解があるから丁度ええわ。」
教官だって別に放屁に理解がある訳じゃないと思うんだけど……
「おっと、オレは人を待たせてたんだ。准将、パーティー会場でまた会いましょう。」
「おう。パーティー会場に肉はあるんかの~。骨付きのデカいのが食いたいんじゃがなぁ。」
ローストビーフはあると思いますけど、骨付きのデカいのはないんじゃないかなぁ?
─────────────────────────────────────────
待合室に戻ったオレを待っていたのは修羅場だった。ビロン中尉が三人娘に鉢合わせちまったらしい。
ナツメに壁際まで追い詰められたビロン中尉の額には脂汗が浮かんでいる。シオンがナツメの腕を押さえていなければ首を締め上げていたに違いない。
「カ、カナタ君!助けてくれたまえ!」
オレの姿に気が付いた中尉が転がるように駆け寄ってきたので背後に庇う。
「カナタ、どいて。まさかソイツを庇うの?」
すっかりリリスと仲良しになってるナツメにとってビロン中尉は憎たらしい相手だ。容赦する訳がない。
「落ち着け、ナツメ。ホテル内で騒ぎを起こすな。」
「少尉、その豚ハムメロンは少尉と一緒にここに来たなんて寝言をほざいたけど、本当なの?」
当たり前だけどリリスは不機嫌そのものだ。そりゃそうだよな。まずコッチの問題を解決しとかねえと。
「本当だ。場所を変えるぞ。みんな、オレの部屋に来てくれ。」
オレはビロン中尉を促し、不承不承って感じで付いてくる三人娘を引き連れてスーペリアに戻った。
─────────────────────────────────────────
3つの冷たい視線を浴びるビロン中尉は所在なさげだ。可哀想、いや、自業自得なんで、少し我慢してもらおう。
「隊長、どういう事なんですか? ビロン中尉はリリスに唾を吐いた人だったはずですね?」
三人娘長女のシオンは中尉と直接面識はないはずだが、話は聞いていたらしい。絶対零度の視線でビロン中尉を睨みつける。頼れるお姉さんぶりですね。
「ああ。だけどそのお返しはオレがやったよ。いささか過大なぐらいにな。とりあえず、オレの話を聞いてくれ。実はな……」
オレから中尉の事情を聞かされた三人娘は三者三様の反応を見せた。
「事情は分かりました。隊長はビロン中尉がヒムノン室長のようになってくれるかもしれないとお考えなんですね?」
「シオン!そんなの関係ない!コイツがどうなろうが私達の知った事じゃないでしょ!自業自得でいい気味なの!」
「………」
当事者のリリスは沈黙したままか。
「リリスはどう思うんだ?」
「豚ハムメロンと貸し借りはないわね。あくまで貸し借りはない、というだけだけどね?」
「……僕はパーティーに出る前に、カナタ君に頼んでリリス君と会うつもりだったんだ。君に謝ろうと思ってね……」
落ち着きを取り戻したビロン中尉は静かにそう言ったが、リリスは冷淡だった。
「あら、そう。今からではなんとでも言えるわね。」
「そうだね。自業自得でムシのいい話なのは分かってるけど、僕はカナタ君の助けを借りたい。そうでなければ僕の命が危ういんだ。」
「ムシのいい話だってのが分かっているようでなによりだわ。でもお人好しの少尉と違って、私はアンタがどうなろうと、どうだっていいって事もお分かりなのかしら?」
「……全てを無くした僕だけど、一つだけ得たモノがある。」
「それはお腹の皮下脂肪の事かしら? すいぶん目減りしたようだけど?」
そういやビロン中尉はずいぶん痩せたよな。……ここんトコの心労でやつれただけか。
「お腹じゃなくて頭だよ。風通しのいい頭だ。以前の僕と違って、少しだけ周りが見えるようになった。今はリリス君の気持ちが分かる。……だから君が選んでいい。僕をどうするかを。」
「私が消えろって言ったらどうするの?」
「ここから消える。僕は機構軍への亡命を目指す事になるね。」
「アンタが機構領まで逃げ切れるなんて思えないわね。死ぬわよ?」
「僕の……言葉での謝罪なんて君には通じない。言葉が通じるには信頼関係がないといけないから。」
「そうね。いくらでも心にもない事も言えるんだし、無意味だわ。」
「だから僕の命を君に委ねる。君に全てを預け、その言葉に従おう。」
行動での謝罪か。リリス、どうする?
「……消えて。今すぐ。」
席から立ったビロン中尉はリリスに頭を下げた。そしてオレに礼を言ってくる。
「カナタ君、ありがとう。君の気持ちは嬉しかった。無事に亡命出来たら絵葉書でも送るよ。」
「楽しみにしてる。元気でな。」
オレと中尉は握手を交わし、微笑んだ中尉は背を向けて歩き出す。
(隊長!止めなくていいんですか!)
(いいんだ。オレは信じてる。)
(信じてる?)
……そうだ。オレはリリエス・ローエングリンを信じているんだ。
「待って!」
ドアノブに手をかけたビロン中尉の背中に向かってリリスは叫んだ。
「まだなにか言いたい事でもあるのかい?」
「賭けはアンタの勝ちよ、ビロン中尉。ハッタリだったとしたら見事なもんだわ。私が止めるってわかってたの?」
「そんなつもりはないよ、ほら。」
ビロン中尉はドアノブから離した手を広げた。開いた手のひらからは滴り落ちそうなほど汗をかいている。
「これで死んだなと思ったら冷たい汗が止まらなかったよ。でも僕も男だから、最後の最後ぐらいは格好をつけてみたかった。」
「そう、タダでサウナに入れてよかったわね。これが本当のやせ我慢、かしら? ナツメ、そういう事よ、納得して。」
「……リリスがいいなら、それでいいけど……」
「ビロン中尉、もし、同じような事をまたしでかしたら、私が全身の骨を一本一本折っていきますからね?」
絶対零度の視線でシオンが警告し、中尉はコクコクと頷いた。
「りょ、了解だ。カナタ君、シャワーを貸してくれないか?」
せっかくめかし込んで来たってのに、冷や汗びっしょりですね、中尉。
「ごゆっくり。オレ達はサービスルームで待ってます。みんなでシオン用の貸衣装を見立ててもらいに行ってたんだろ?」
「どうしてわかったんですか?」
そりゃシオンさんはパーティードレスなんて持ってなさそうだもん。
初めてのパーティーではシノノメ中将と密談してたし、今回もまた裏で謀議か。華やかな社交界の裏側ってドロドロしてんだねえ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます