休暇編17話 おっぱいの所有権



サービスルームでパーティードレスに着替えたシオンさんは超見違えて見えた。


普段から軍服姿の映えるクール系の美人さんなんだけど、胸元の大きく開いた深緋のドレスを身に纏うとべっぴんさんに磨きがかかるねえ。


「た、隊長!胸ばっかり見ないでください!」


おや、いつの間にやら視線が釘付けになっていましたか。


「つまり胸以外も見て欲しいってコトですね?」


そういうコトなら遠慮なく、くびれたウェストやお尻なんかも……


「違います!いやらしい目で見ないでくださいって言ってるんです!」


「美しいモノに目を惹かれるのは人間として正しい姿だと思うんだけど……」


「もう!お世辞を言ってもなにも出ませんからね。……色は深緋でよかったのかしら? マリカ隊長と比較されそうだわ。」


前に見たマリカさんのドレスは、深緋じゃなくワインレッドだったと思うけど……


「敢えて赤をチョイスしてみたのよ。マリカに対抗出来るのはシオンだけなんだし。」


キャライメージ通りに黒のドレスを着込んでるリリスに、水色ドレスのナツメが同調する。


「シオンの艶やかおっぱいなら、姉さんのロケットおっぱいに対抗出来るの!」


「サイズといい形状といい、好勝負が期待出来るねえ。楽しみ楽しみ。」


「隊長、パーティーとミスコンを一緒くたにしないでください!」


いいじゃんかよぅ。窮屈な燕尾服を着て我慢してんだから、それぐらいの楽しみがあったってさぁ。


お? 汗を流したビロン中尉がやってきたな。


「お待たせ。それじゃあ行こうか、カナタ君。」


「うぃ。」


さて、勝負どころだぜ、ビロン中尉?


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司令の昇進記念パーティーの会場はこのホテルだ。パーティー会場の広間も前のパーティーと一緒、二度目だけに以前ほど緊張しなくていい。


会場に入ろうとするオレの腕に、当然とばかりに腕を絡ませてくるナツメ。どこに行こうがアグレッシブですね……


「ちょっと!少尉がエスコートすんのは私に決まってるでしょ!」


「早い者勝ちなの!」


腕を組むにはサイズ差のあるリリスはもう一本の手を確保し、しっかり握って離さない。


「もう仕方のないコ達ね!中ではお行儀よくしてるのよ?」


「イグナチェフ少尉、こういう勝負で出遅れるのは致命的だよ?」


「大きなお世話です!」


シオンをエスコートしようとするビロン中尉の手を、シオンは睨みつけながら払いのけた。


「カナタ君、次のパーティーでは義手をつけてきたらどうだい? 腕が一本足りないみたいだからさ。」


「考えとくよ。中尉の方こそ次のパーティーに出られるように、しっかり首の皮を繋げるんだぜ?」


「ああ、やってみる。」


真剣な眼差しで主賓席に座る司令を見つめる中尉。気合いは十分だな。


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司会進行役は例によってクランド中佐が担い、つつがなくパーティーを進めてゆく。


着座式の儀典を終えたパーティー客は、隣の広間へと移動し、立食式のパーティーが始まった。


儀典中から気になっていたのだろう。司令はすぐにコッチに来てくれた。


「さてカナタ、珍客について説明してもらおうか?」


「二匹目のドジョウを連れて来ただけですよ。ヒムノン室長で味を占めたんでね。」


「ヒムノンは確かにドジョウみたいなツラをしているが、この男はドジョウ顔ではなく子豚顔のようだが?」


そういやヒムノン室長ってドジョウ髭を生やしてたっけ。


「ええ、豚ですとも。豚って実は賢い生き物らしいですからね。」


「それに豚は栄養価も高い。ドジョウにも負けないぐらいに。ですので僕の話を聞いて頂きたいのです。」


ビロン中尉の台詞を聞いた司令は、興味を持ってくれたらしい。


「小僧、少しは見られる顔になったようだな。心に付いた贅肉が削げたか?」


「腹の贅肉も少しは削げました。顎下はまだたるんでいますが、心根のたるみは取れています。」


「よかろう。話とやらを聞いてやろうではないか。」


「ありがとうございます、ミドウ准将。」


別室に向かう二人にオレはついていこうとしたが、司令に掣肘された。


「カナタ、手助け無用だ。この小僧は自力で自分の存在価値を証明せねばならない。」


「准将の仰る通りだよ。ここまでお膳立てされてタッチダウンを決められないようでは、僕に価値なんてない。」


確かにそうかもしれないが、それでも……心配なんだ。


「カナタ、おまえは少し節介が過ぎるぞ? 男には一人で戦わねばならぬ時がある。名家に生まれただけの有象無象が一人前の男になれるか否かじゃ。手を出すでない。」


クランド中佐に肩を掴まれ、小言をもらってしまった。


確かにオレはお節介が過ぎるのかもしれない。


「中尉、健闘を祈る。」


「任せてくれたまえ。僕は土壇場ではやれる男だ。……いや、やれる男になりたいんだ。」


なれるさ。きっとなれる!親に見捨てられた子の意地を見せてやんな!


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パーティー会場に残ったオレは来賓達から何度も話しかけられてても、気もそぞろ。出来た副長がフォローしてくれなきゃ無愛想で無礼なヤツだと思われていたに違いない。


それでもオレは司令達の消えた別室のドアにチラチラと視線を送ってしまう。オレは思ってた以上に中尉に肩入れしちまっているらしい。リリスに唾を吐き、本気で殺してやろうと思ったコトがある相手だってーのに、勝手なモンだぜ、オレも。


「カナタ、キャビア食べる?」


ナツメの差し出すキャビア乗せクラッカーを受け取り、口に入れる。旨いはずなんだけどイマイチ味がしない。贅沢慣れしてて、キャビアごときには毛ほども感動しないちびっ子は賓客達の様子を観察している。


「いやに熱心に観察してるが、どういう意図があるんだ?」


「イスカシンパの人間関係を把握してんの。同じ派閥でも不仲な連中はいるでしょ? パーティーってそういう関係性がモロに出るのよ。顔を合わせても挨拶すらしないとか、ね?」


なるほど。一度見ればなんでも覚え、機微にも聡いリリスならおおよそ把握しちまうだろうな。


「身分のある連中とオレ達に接点はなさそうだけどな。覚えておくに越したコトはないか。」


「それはどうかしら、殿? そろそろダンスタイムになりそうだけど、話はまだ終わらないのかしらね?」


そっか。さっきから話しかけてくる連中が多いのは、オレが八熾の当主と目されているからか。シンパ達からすれば、司令が八熾家復興の後見人になったように見えるはずだ。特権階級の仲間入りをするかもしれないオレと面識を作っておいて損はない、そんな計算が働いているのだろう。残念ながら無駄骨なんだけどね。


「さっきから一緒に踊りませんかって誘われて、やんわりと断るのが大変です。困ったものだわ。」


オレに代わって賓客の応対をしてくれたシオンは、ちょっとげんなりしているようだ。お疲れさまです。


「そんだけおっぱいでアピールしてたら、男どもが群がってくるわよ。」


夜装をコーディネートした張本人であるリリスが無責任に言い捨て、シオンは憤慨する。


「このドレスはリリスが選んだんでしょう!」


「巨乳は正義なの。でもシオンのおっぱいは私のモノなのに……」


お言葉ですが貧乳も正義ですよ、ナツメさん?


「私のおっぱいは私のでしょ!いつからナツメのモノになったの!」


……なんとかオレのモノにもならないモンかな?


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ダンスタイムが始まる前に控室のドアが開き、司令が会場に戻ってきた。


オレは三人娘を連れて、謀議の結果を聞きに行く。


「どんな按配になりましたか?」


「アスラ部隊の軍服を設える事になった。低身長だが胴回りだけは太い軍服など、予備にないのでな。」


うまくいったようでよかった。しかし中尉をガーデンに迎え入れるってのか……安全を考えれば最良だろうけど……


「言うまでもなくアスラではワースト2の弱兵の誕生だ。実務はそれなりに出来るようだから、ヒムノンの下で働いてもらう。だが磨けば兵士としても光る可能性はある。あの小僧は念真力サイキック付与能力エンチャンターを持っているかもしれんのだ。」


念真力付与能力?


「どんな能力なんですか?」


「私達は武器に念真力を纏わせるだろう? それを他者にも行使出来るという特性だ。」


「アスラの中隊長レベルなら誰にでも出来るでしょ? 他者の武器への念真力付与程度なら。」


「ああ、中隊長レベルなら出来るだろう。への付与なら、な。だが一度に10人以上の武器に念真力を付与し、それを維持するなんて事が出来るか?」


「無理ですね。中尉はそんな能力を持ってたんですか?」


そんなコトが出来るってんなら一般兵にとっては救世主だよな。武器に注ぐ念真力をカットして、防御だけに回せばよくなる。攻撃、防御への念真力の配分はいつだって兵士の悩みのタネだ。……いや、熟練兵にだってありがたい。特にオルセンみたいな熟練の腕を持つが念真力に乏しいなんて兵士は、念真力付与能力者の支援があれば一気に化ける。


「バクスウ相手に食い下がった時の状況を聞いてみたのだが、そうだとしか思えん。念真力付与能力を持つ者はそうそういるものではない。アスラ部隊でもトッドぐらいだ。」


トッドさんは銃から連発する弾丸にさえ念真力を纏わせるコトが出来る達人だって聞いたけど、念真力付与能力って希少能力のお陰だったのか。


「中尉は二匹目のドジョウになってくれそうですね。」


「それはどうだかな? 死神みたいな特異例は別として、希少能力だけで戦場を渡っていけるものでもあるまい。小僧には兵士として必要なあらゆる要素が欠けている。」


「そこはオレが補います。照京から戻ったら血反吐を吐く特訓で歓迎しますよ。」


「関わった以上は事の顛末を見届ける、それがカナタのルールだったな。」


「はい。」


「任せたぞ。小僧をアスラレベルの兵士に仕込んでやれ。それはそうとくだんの死神だがな。亡命した百目鬼博士と関わりがあるようだ。ヒンクリー少将が投降した駐屯兵を尋問して分かったんだが、シュガーポットに百目鬼博士を連れてきたのは死神だったらしい。」


生体工学の最高権威と謳われる百目鬼博士と死神が? イヤな組み合わせだな。


「ヤツを怪物に仕立てたのは百目鬼博士の可能性があるってコトですか。ゾッとしませんね……」


「まったくだな。おや、ダンスタイムが始まったようだ。叔父上もいない事だし、カナタ、私と踊れ。」


グラドサル総督に就任したシノノメ中将と要塞司令に任命されたヒンクリー少将は多忙でパーティーには出席出来なかった。だからって代打指名は御免だぜ。


「無理です、嫌です!」


「拒否など認めん。これは命令だ。」


司令は強引にオレの手を掴んで会場中央へと連行していく。




これはホントに勘弁して欲しい。……ほら、やっぱりオレに合わせてなんかくれねえ!どんだけオレを踊らせるのが好きなんだよ!



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