休暇編18話 邪眼持ちの悪魔



「ぜーはーぜーはー。殺し合いよりよっぽど疲れた。」


慣れないダンスを踊り終え、疲労困憊のオレはシャンパンで喉を潤す。


精神的にはスパルタ生まれの司令は、一番目立つところで、容赦なく初心者ダンサーを振り回したのだ。


「カナタも侯爵家の当主なのだ。ダンスぐらいは嗜んでおけ。」


勝手に祭り上げた司令がそれを言いますか!


「それに関してはオレにも言いたいコトがありますよ!」


「長期休暇申請の許可でチャラになったはずだ。そう書いておいた書類にサインしただろう?」


「……事件の主犯はそう供述しており、捜査機関は余罪の追及を開始した模様です……」


「捜査の結果、事件性はないと判断した検察は送検を見送りました。めでたしめでたし、と。」


「司令、勝手に送検を見送らないで頂きたい。」


仏頂面のオレの顔を見た司令はニヤリと笑って煙草に火を点けた。


「そう不景気なツラをするな。そもそも主犯はシズルで私はただの共犯だろう?」


「刑法で言えば、間違いなく正犯は司令ですよ。シズルさんは自分が正犯だと思っている従犯、ガーデン法曹界の権威、ヒムノン室長ならそう判決を下しますね。」


「その権威は私がとっくに買収済みだ。残念だったな。」


この世には正義も信義もないのかよ……


「あ、そういや中尉はどうしてるんです?」


「控室で休んでる。私との交渉で精魂尽き果てたらしい。おっと、権威や権力なんぞは歯牙にもかけない小娘どもがやってきたな。文句を垂れられる前に撤退するか。」


司令は煙草を吹かし、けむを巻いて逃げ出した。


頭と要領のいい人間はこれだから困るよ。


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誰が最初に踊るかと一悶着あったが、年功序列という結論を出した三人娘と順番に踊る。


そして踊り終えれば誰が一番上手だったかと口論を始める、と。キミ達、仲がいいんだか悪いんだか、よくわからんね?


女三人かしましいコトだが、そろそろ矛先がコッチに向いてきそうな感じだな。


「しょうがないわね!少尉にジャッジしてもらいましょ!」


そらきたよ。論戦の間に言い逃れの台詞を考えておいてよかったぜ。備えあれば憂いなしだ。


「リリスは端麗、シオンは綺麗、ナツメは可愛い、優劣のつけようがないね。マヨと醤油とケチャップで優劣を競えと言ったって無理だろ? それぞれに個性や美点が違うんだからさ。」


「カナタはホントに例え話で逃げるのが好きなの。」


「隊長は不器用なのだか器用なのだかわかりませんね。」


うるちゃい。オレの言い逃れ技術を進歩させてんのはキミ達です。


「ちょっと夜風にあたりにバルコニーに出よう。綺麗な夜景をバックに写真でも撮ろうぜ?」


「パーティーに来て記念写真とか、発想がどこまでも小市民ねえ。」


「嫌ならリリスは来なくていいぞ。」


「仕方ないわね、付き合ってあげるわ。いきましょ。」


オレ達はバルコニーに並んで記念写真を撮ってみた。三脚の代わりにも使えるのがサイコキネシスの便利さだね。


「もっと寄って寄って。ナツメはもうちょい顎を上げて、少尉はもっと胸を張る!そう、そんな感じよ!」


文句を言ってた割に、アングルとポージングに一番こだわったのはリリスさんだった。


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パーティーへの出席を終え、リグリットでの予定はクリア。


翌朝、司令のチャーターしてくれたヘリに乗って、オレ達は神楼へと向かう。


御堂グループ内ではオレのツキのなさは有名らしく、パイロット達は出発前にヘリを清めてお札を貼ったり、家族に電話したりと大忙しだった。


……なあ機長さん、彼女と電話もいいけどさ、そろそろフライトプランの説明をしてくんねえかな……


「……帰ったら君に大事な話があるんだ。……ああ、必ず帰る、約束だ。」


おい待て!死亡フラグを立てんなや!


「あの~、そこまで覚悟を決める必要あります?」


「あるに決まってるじゃないか!天掛少尉は同盟一のトラブルメーカーだって噂なんだぜ?」


……言われてみればそうかもしれん。オレは行く先々で、なにかトラブルに巻き込まれちゃいるもんな。


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「隊長、龍の島が見えてきました。」


あの島が龍の島か。とうとう来たぞ、元の世界の日本にあたる島に。


さらに飛行を続けたヘリの眼下に廃虚と化した摩天楼が見えてきた。夕暮れ時だというのに、灯りの一つもなく、寂寥感がいや増す街並みを見ながらナツメが呟く。


「……帰ってきたよ……パパ……ママ……」


このゴーストタウンがナツメの故郷、鈴城の街なのか。地図で見た通り、結構大きな街だったんだな。


「今夜は御堂グループ系列のホテルに泊まる。明日の朝、すぐに鈴城に向かう予定は変えないが、今夜の予定は少し変更しよう。乗っていく車両と装備の見直しと、街へ入ってからのルート検討をやり直すんだ。」


「了解なの。」 「アイサー、ボス。」 「その方がいいわね。」


精鋭兵である三人娘に細かい説明は要らない。街の雰囲気から察したのだ。ゴーストタウンにはヒャッハーか脱走兵かがいるに違いないと。


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鈴城のホテルで計画を練り直し、変更した装備品の調達を済ませたオレ達は、借り受けたステルス車両で鈴城に向かった。


日の出と共に行動し、日没までに街を出る。日が落ちれば面倒に巻き込まれる可能性は高くなるだろう。


予定としては旧市街を通ってナツメの生家を訪ね、その後、墓地でご両親の棺を回収して撤収。


ステルス車両には棺を納めるケースを乗せてきている。


「カナタ、ありがとう。パパやママの事まで考えてくれて。」


「この街が生きているならご両親はそのままにしておくべきなんだろうが、ゴーストタウンになっちまってるからな。やむを得ん。」


「ご両親もきっとナツメの傍にいたがるでしょう。」


ハンドルを握るシオンはそう言った。少し寂しげな表情がフロントガラスに映る。


シオンの実父、実母の遺髪はガーデンに持ってこれたのだが、雪原で戦死した義父の遺体はどうしようもない。その事がシオンの頭をよぎったんだろう。


ん? ソナーを見ていたリリスが眉を顰めたな。


「……少尉、遺体が少し増えるかもね。熱源反応ありよ!」


「おでましか。」


「ミサイル接近!対戦車ミサイルだわ!」


「チャフとフレアを射出しろ!」


オレは天井扉を開けて車両の上部に身を晒した。


「私も行く!」


オレに続こうとするナツメを手で制する。


「来るな。の姿を見れば無法者が張りきるだけだ。」


飛んでくるミサイルはほとんどチャフとフレアに引っ掛かったが、何発かは抜けてきた。チャフやフレアに引っ掛からないってコトは脳波誘導ミサイルってコトだな。


オレは零式ユニットに搭載されているパルスジャマーシステムで脳波誘導ミサイルを逸らしてやった。


あさっての方向に飛んで行ったミサイルが爆発し、朽ちかけた建物を破砕してゆく。


……前方に車列のバリケードか。墓参りの前に軽く運動しておくかね。


バラバラの武装だが、それなりに秩序は取れてる。脱走兵崩れのヒャッハーらしいな。


「止まれ!そしてホールドアップだ、兵隊さん。車ごと全部、置いてってもらおうか!」


数は20と少しか。ミサイルを撃ってきた連中と合わせても30ちょいだな。


「置いていけ? なにを置いていけってんだ?」


「聞こえなかったのか!車ごと全部だよ!中にいる奴もさっさと出てこねえか!完全に包囲されてんのぐれえわかるだろうが!」


よし、バリケードに布陣してる連中は全員視界に捉えたぞ。


「置いていくのは……おまえらの命だよ!」


狼眼を食らったヒャッハーどもは耳血を噴き出しながら絶命してゆく。呼びかけを行ったリーダーだけはかろうじて逃れたか。……バイオセンサーオン!左右の建物上部に生体反応あり。


屋上から挟み撃ちで狙撃しようとするスナイパー二人は、万歳するように抜き撃ちしたグリフィンカスタムで仕留める。


後部に回って対戦車ミサイルを撃ってきた連中には、パルスジャマーシステムを利用して、ミサイルを返してやった。電波欺瞞装置だから細かい狙いなんてつけられないが、一人を除いて動かなくなる。


「そんなバカな!なんで脳波誘導ミサイルが跳ね返ってくるんだ!」


生き残った一人が叫んだが、答えを教えてやる必要はない。


「さっき撃った脳波誘導ミサイルも目標を逸れただろ? その時点でミサイルは通用しないと判断すべきだった。考えナシのバカに生まれた自分を呪え。」


生き残ったヒャッハーはグリフィンカスタムの弾丸を障壁を斜めに張って弾いて見せた。少しは出来るようだな。


じゃあ練習がてら新技にトライしてみるかね。


オレは撃った弾丸に念真力を纏わせるコトを試みる。


一発目、二発目には上手く纏わせられなかったが、三発目の弾丸は障壁を貫通してヒャッハーを貫く。


……まさか上手く出来るとはな。ものは試し、やってみるモンだ。


振り返って車列のバリケードの向こうにあるカーブミラーをアイカメラでズームアップ。リーダーは匍匐前進で逃亡中か。


「おいおい、仲間をけしかけといて自分一人で逃げ出すとかみっともねえぞ。」


ステルス車両からひとっ飛びで薄汚れた軍用車両の上に飛び乗り、這いつくばって逃げようとするリーダーのケツに向かって呼びかけてやった。


「み、見逃してくれ。頼む。」


「器用なヤツだな。おまえは尻で喋れるのか。」


「アンタが邪眼持ちだとわかっていれば、喧嘩を売ったりしなかったんだ!お、俺も半年前までは同盟兵士だったんだよ!同じ軍にいたよしみで命だけは…」


「いいぜ。同じ軍にいたよしみで命だけは助けてやるよ。」


「ほ、本当か?」


ようやくリーダーはコッチを振り向いたが、オレは手足の関節に狙いを定め、撃ち抜いた。


「いってええぇぇー!この嘘つきが!」


「命は助ける。なにも嘘は言っちゃいないだろ?」


「お、俺も連れてってくれ!手足をもがれた状態でほっとかれたら、他のグループの餌食にされちまうじゃねえか!」


「おまえの人望が試される時だな。頑張れよ?」


喚くリーダーには振り返らずに、オレはステルス車両へ戻った。


「シオン、迂回路を通って第一目標地点に向かう。出してくれ。」


「了解。」


派手に爆発音を上げたからな。他のグループとやらが来る前に移動しないと。




頼むぜ、死に損ないの元兵士さん。おまえの最後の仕事は"邪眼持ちの兵士に全滅させられた"ってメッセージを残すコトだ。そうすりゃこれ以上の面倒が避けられるからな。


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