休暇編19話 完全武装の里帰り
「30人の軍隊崩れを軽く一蹴かぁ。少尉も化け物じみてきたわね。」
車内に戻ったオレにエナジードリンクのボトルを手渡しながら、リリスは感想を述べた。
「オレが強いんじゃなく、アイツらが弱かっただけさ。軍隊と軍隊崩れには大きな差があるらしい。」
「隊長に置いていかれまいと鍛錬に励んでいますが、差が開いていくのを感じます。寂しいような、嬉しいような、複雑な気分だわ。」
「もう私でも勝てないの……出逢った頃は可愛い新兵ちゃんだったのに……」
「ナツメ、少尉は伍長の頃から可愛げのない新兵だったように思うわよ?」
「訂正するの。出逢った頃はいやらしいだけの新兵ちゃんだったのに。」
否定したいが否定出来ない。ロリコンうんぬんはさておき、おっぱい革新党の幹事長であるコトは事実だからな。
十分警戒はしていたが再度のヒャッハー襲撃はなく、ステルス車両は旧市街を抜けて、山の手にある高級住宅街跡地へと入った。
「ここは旧市街よりも危険かもな。」
「どうして?」
小首をかしげるナツメにオレは答えた。
「高級住宅街だけあって建物が豪華だ。ヒャッハーだって高級住宅を根城にしたがるだろうからな。」
言った傍からシオンが固い声で異変を告げてくる。
「公用回線に通信あり!繋ぎますか?」
「繋いでくれ。」
感度が悪く、ノイズの混じった声が無線機から聞こえてきた。
「……ラザレス一党を始末したのはアンタか?」
「ラザレス一党かどうかは知らんが、四肢に鉛弾を食らったゴキブリのコトを言ってるんなら、オレの仕事だ。」
「アンタの目的を聞きたい。」
「話す義理はない。待ち伏せの準備を手伝えってのか?」
「……我々にアンタと事を構える気はない。目的がロードギャング討伐か否かが知りたいんだ。」
「否だ。」
「わかった。我々から手出しする事はない。用事を済ませて、サッサと帰ってくれ。」
「いいだろう。一つ警告しておくがインセクターを使うのはやめておけ。元軍人ならこの意味が理解出来ると思うがな。通信終わり。」
通信機を置いたオレにリリスが確認してきた。
「ロードギャングの約束なんて、信じられんの?」
「半分ぐらいはね。ラザレス一党が壊滅させられた状況からヤバイ相手と踏んで探りを入れてくるあたり、丸きりのバカではなさそうだ。ステルス車両は欲しいだろうが、リスクとリターンが合わないと考えるオツムがあると期待しよう。シオン、巡行停止、電装防護システム起動。」
「ダー、巡行停止、電装防護システム、起動完了。」
停車したステルス車両が特殊ゴムで被覆され、電装システムを完全防護する。
「EMP爆雷、射出。」
「ダー、EMP爆雷、射出します!」
射出されたEMP爆雷は耳障りな音を立てて電磁パルスを周囲に拡散した。これで追尾してきたインセクターは死んだはずだ。
万能偵察機に見えるインセクターにも弱点がある。それが電磁パルス爆弾だ。インセクターは小型の上に、カメラやウィングといった構造の関係上、電磁パルス攻撃を防御出来ない。もっともEMP爆弾にも弱点がある。敵も味方もおかまいなしに電磁パルスを浴びせちまうから、こういう状況でないと使えない。それに被覆が完璧な陸上戦艦には通じないのも弱点だな。
「よし、ナツメの家に向かうぞ。グズグズしてたら新しいインセクターが飛んでくるかもしれん。」
「ダー、発進します。」
被覆を脱ぎ捨てたステルス車両は高級住宅街を疾駆してゆく。
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大きすぎず、小さすぎない瀟洒なお屋敷の門をくぐってステルス車両は停車した。
……ここがナツメの育った家か。
「ここで間違いないか、ナツメ?」
「……うん。何年ぶりだろ……」
敵兵の群れに囲まれようと顔色一つ変えないナツメなのに、その顔に怯えが見てとれる。
ここはオレが背中を押してやんないとな。
「シオン、リリス、周囲を警戒しててくれ。ナツメ、行こう。」
オレはナツメの手を握ってステルス車両のドアを開けた。
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オレとナツメは、ホコリが積み重なった邸内を散策する。
ずいぶん古い足跡がたくさんある。……酸素吸入器を奪おうとした近隣住人のものなのか、それとも無法者が金目のモノを探しに入った跡なのか……
ナツメの呼吸がやや荒い。惨劇の日の記憶が頭をよぎっているに違いない。
オレはそっとナツメを抱きしめて頭を撫でてやる。
「大丈夫、大丈夫だ。もうナツメは一人じゃないだろ? マリカさんもオレ達もいる。ここにいるのが辛いなら、頑張らなくていい。今すぐ帰ってもいいんだ。」
「………大丈夫。私、もう一人じゃないもの。パパとママとの思い出を取り返しにここに来たんだから!」
うん、いいコだぞ。奪われた過去を取り戻すんだ。
気を取り直したナツメは、屋敷内に残された思い出の品々を手にした背嚢に詰め込んでゆく。
「ナツメ、あれはいいのか?」
見つけたのは暖炉の上に飾ってあった家族写真。
……温厚そうな親父さんと優しそうなお袋さん、ナツメのご両親ってこんな方だったんだな。
「……パパ……ママ……」
ナツメは家族写真をしばし見つめてから、ハンカチに包んで背嚢にしまい込んだ。
「……カナタ、私の部屋へ行こ。」
「え? でも……」
ナツメの部屋は……惨劇の現場のはずだ。
「友達を置いてきちゃったの。あのコはなにも悪くないのに、私は置き去りにしてきた。取り戻したいの、……思い出の全てを!」
「わかった。行こう。」
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可愛いネームプレートの掛かったドアの前でナツメは大きく深呼吸した。
そして意を決してドアを開く。一瞬、目を閉じたが、すぐに瞼を上げ、目を逸らさずに部屋へ入った。
後に続くオレにも勇気は必要だった。足を踏み入れ、床に残った血痕を見て思わず目を背ける。
……オレはチキン野郎か!逃げるなよ!この血痕は、ナツメのご両親が命を賭けて娘を守った証だろうが!
ナツメはベッドの下を覗き込み、手を差し入れる。引き抜いたその手には黒猫のぬいぐるみが握られていた。
抱き締めた黒猫のぬいぐるみに、涙の光る
「ごめんね、十兵衛。置き去りにしちゃってごめんね。」
こぼれた涙がビーズの瞳にあたって弾け、ぬいぐるみも泣いているように見えた。
「ナツメの友達は、十兵衛っていうんだ。」
「
jubeで十兵衛か。ナツメは惨劇の日、十兵衛を抱いてベッドの下に隠れてたんだな。両親から贈られた大事な大事なぬいぐるみだったのに、見るのが辛くてベッドの下に置き去りにしてしまった。悲劇から逃げるのをやめたナツメは思い出を取り戻しにきた。十兵衛はその最たるものなんだろう。
「行こ、カナタ。思い出は取り戻した。後はパパとママをガーデンに連れて帰るだけ。」
「ああ。……強くなったな、ナツメ。」
「カナタのお陰だよ。ありがとう!」
よせよ、テレるじゃないか。……でも、本当によかった。
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ナツメと一緒に屋外に出たオレはバイオセンサーを起動させた。
……やっぱりネズミがいたか。インセクターで監視出来なきゃ生身の人間でやるしかねえよな。
「そこの塀の向こうに隠れてるヤツ、両手を上げて出てこい。鬼ごっこがやりてえってんなら付き合ってもいいぜ。100メートルを4秒台で走る二人と勝負して勝てる自信があるならやってみな?」
「カナタ、5秒を切ったんだ。」
戦役から帰投してすぐに測ってみたら切れたんだよね。4,99秒、ギリギリだったけどな。
「参ったね。俺はレンジャーとしては結構有能だったはずなんだが……」
塀を跳び越え姿を現した男は涼しげな顔でボヤき、両手を広げた。
……助走の音はしなかった。2メートル以上ある塀を、その場ジャンプで跳び越えたか。推定、軽量級……違う。着地音からして中量級、このジャンプ力は適合率の高さからだ。
「なかなかの足を持ってるみたいじゃないか。地の利もそっちにあるってのに、なんで逃げなかった?」
「アンタが話の通じそうな奴だと思ったからだ。俺の気配を感じ取ったなら、問答無用で撃ってきたっておかしかねえのに、ご親切にも警告してくれるんだからな。」
「ここで人を殺したくなかっただけだ。そうじゃなきゃ問答無用さ。」
「怖え怖え。こりゃ逃げ出しとくべきだったかな? ま、トンズラする前に礼を言っとくよ。ラザレス一党を始末してくれて助かったぜ。」
「別におまえの為に始末した訳じゃない。行く手に立ちはだかったから排除したまでだ。」
「そんなとこだろうな。一応、礼も済んだし、逃げてもいいか?」
ナツメを見られてなきゃあ、逃がしてもいいんだが……
ロードギャングの欲しがるモノは売れそうなモノ全てだ。当然、女の子も含まれる。
下卑たヤツなら女の子そのものを欲しがるかもしれん。
とはいえコイツを始末すれば、高級住宅街をテリトリーにするロードギャングを敵に回すだろうし、どうしたもんかな?
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