休暇編20話 安い正義を守れなかった男



斥候役との距離は15メートル、オレ達には一瞬の距離だ。


「思案してるみたいだな、剣狼?」


「オレを知ってるのか。案外、物知りなんだな。」


「よせやい。アンタは有名兵士なんだぜ? 知らない方がどうかしてらぁ。」


ん? オレのコトを知ってるだけに目を合わせないのはいいとして、一瞬、上向きに視線を向けたのはなぜだ?……そういうコトか。


「喋ってるのは時間稼ぎか。狙撃手の配置は終わったようだな。」


……殺すしかないな。好奇心は猫を殺す。構わなきゃ無害だったってのに、バカなヤツらだ。


「待て!本当に殺りあう気なんざねえ!……アンタ、抜け目がねえな。」


「次からはサングラスでもかけて視線を隠せ。次があったら、な?」


刀に手をかけたオレに対峙する斥候役は、両手をあげて座り込んだ。


「降参、降参だ。いくらオレでも邪眼持ちの悪魔と喧嘩は出来ねえ。狙撃手を配置したのはオレが逃げる為の支援狙撃をさせる気だったんだ。」


「降伏は賢明な判断だったな。支援狙撃をやったが最後、カウンタースナイプで狙撃手は死んでいたぞ?」


「なんだと?」


オレは僅かに開いたステルス車両の天窓から覗くスナイパーライフルの筒先を指差してやった。


「やれやれ、俺らよか一枚上手らしいねえ。剣狼の副官、「絶対零度の女」もいるってか。」


「異名兵士に詳しいな。脱走兵上がりみたいだが、逃げ出す前は軍史編纂部にでもいたのか?」


「いや、年金課さ。」


嘘をつけ。そんな身のこなしの年金課がいるかよ。


「年金を掠めて脱走したのか。悪いヤツだな。」


「軍を逃げ出す羽目になったのは罪をおっ被されたからなんだよ。俺らが善人だなんて言わねえが、無実の罪で銃殺刑はあんまりだろ?」


「犯罪者の常套句だ。"冤罪だ、俺は無実なんだ"なんてのはな。」


「そこんとこは嘘じゃねえよ。さっきの通信でアンタの言い分を信じなかったのは確かだが。」


通信の相手はコイツだったのか。じゃあコイツは斥候役じゃなく、ヒャッハーグループのリーダーだな?


「ははぁん。オレらがこの街を下調べに来た偵察兵だと思ったんだな? 大規模なヒャッハー討伐作戦があるのかもと勘ぐった訳だ。」


「その通りだ。ヒャッハーの先輩諸氏が言うには、大規模戦役が終わった直後は危ないらしい。」


だろうな。しばらく大規模な戦いがないとなれば、精鋭を治安維持に回す余裕が出来る。


「わかった。見逃してやるよ。もう行っていいぜ。」


「あんがとよ。命拾いした礼はツケにしといてくんな。」


あぐらをかいていた自称年金課の元兵士が立ち上がった時、大きな揺れが地面に走った。


まさか重力系能力か!?……いや、タダの地震か。かなり大きな揺れだったが……


ズズズッという音と共に、ナツメの生家が崩落してゆく。


「あ!」


駆け寄ろうとするナツメの肩をオレは掴んで止めた。


「これでいいんだ。この家はナツメが帰ってくるまで思い出の場所を守っていた。役目が済んだんだ、もう休ませてやろう。」


「……うん。これでもう誰も私の思い出の場所を穢すコトは出来ないよね。私の帰りを待っててくれて、ありがとう。」


「確かに俺らみたいなののねぐらにされちゃあ気の毒だな。しかしアンタはただそれだけの為に、この街にやってきたってのかい?」


なんだ、まだいたのかよ。


「ただそれだけの為? これ以上に大切なコトなんざねえよ。オレらは墓地で用を済ませたらすぐ帰る。特別サービスでおまえのコトは軍に報告しないでおいてやるから、さっさと消えな。」


「……墓地はコッチだ。案内してやるよ、ついてきな。」


リーダーは塀を跳び越して姿を消したが、すぐにオフロードバイクに乗って戻ってきた。


案内などなくても墓地の場所はわかっちゃいるが……ついていってみるか。


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十分に注意しながらオフロードバイクを追走したが、襲撃などはなく、無事に墓地へと辿り着けた。


「姓が雪村ってんならこのあたりだろう。……あった、これじゃねえのか?」


ナツメは石の墓標の前に膝を着き、両手を組んで祈りを捧げる。


家族との語らいを邪魔しないように外野は離れよう。少し離れた場所でオレ達とヒャッハーリーダーはナツメの祈りを見守った。


……しかし気になるな。ナツメの両親のお墓の周りには雑草が生えてなかった。いや、この一画のお墓全部がそうだ。誰かがこの区画の墓守でもやってんのか?


「殺戮天使に戻った笑顔、か。同盟軍機関紙リベリオンも、たまにはまともな記事を書くらしい。」


コイツ、リベリオンなんか読んでやがるのか。


リーダーの独り言にリリスが反応する。


「元兵士の癖にリベリオンなんか読んでる訳? アンタを捨てた女房に未練たらたらね、オッサン。」


「オッサンじゃねえ!オレはまだ26なんだよ、お嬢ちゃん!」


「あら、そう。じゃあ訂正するわ。老け顔で素人童貞でフニャチンのヒャッハーお兄さん、と呼べばいいのよね?」


「老け顔まではいいとしてもだ!なぜに素人童貞? 罵るなら童貞でもいいだろうが!」


「フニャチンで早漏だから彼女も出来ない、だから商売女しか相手にしてくれない。理屈は合ってると思うけど?」


「理屈は合ってるが、ただの難癖じゃねえか!しかもしれっと早漏まで追加すんなや!」


「お望みなら短小と包茎もサービスするわよ?」


短小、包茎、早漏の3点セットにフニャチンまで追加かよ。オレ以下の扱いだな。


「……マジで"悪魔の子"じゃねえか。おい大将、なんとかしてくれ。」


「老け顔の旦那、コイツに口で勝とうだなんて10万光年早い。」


「大将、光年は…」


「距離の単位だ、知ってるよ。もうやったギャグだからな。だがヒャッハーごときにさらっぴんのギャグはもったいない。二番煎じで十分だ。」


「……好きで、好きでヒャッハーなんかになったんじゃないやい。」


ボヤくリーダーにシオンが追い打ちをかける。


「好きでなろうと嫌いでなろうと無法者は無法者です。」


ガックリと肩を落とすヒャッハーリーダーの背中には哀愁が大盛りで乗っかっていた。


ヒャッハーになりたくてヒャッハーになった訳じゃない、か。ホントにそうみたいだな。


「お祈りはすんだよ。パパとママも私の暮らす場所に行きたいんだって!」


「それはよかった。シオン、車からスコップを持ってきてくれ。」


「はい、隊長。」


「スコップが三つあるなら俺も手伝うよ。見逃してもらった礼代わりにな。」


「……無法者になんか手伝って欲しくない。黙って見てるか、サッサと消えて。」


ナツメがピシャリと言い放つと、ヒャッハーリーダーはなんともやるせない顔になった。


「……そりゃそうだな。悪かったよ、お嬢ちゃん。」


「……ゴメン。言い過ぎた。案内ありがと、ヒャッハーお兄さん。」


「ああ、礼は言っといた方がいい。このお兄さんが墓の手入れをしてくれてたみたいだからな。」


「なんで知ってる!」


「消去法だよ。そんな物好きはアンタぐらいしかいなさそうだからだ。それにアンタは"姓が雪村ってんならこのあたりだろう"と言った。つまり"この区画の墓の配列を知っていた"というコトだ。」


「お兄さん、どうしてお墓の手入れをしてくれたの?」


ナツメの質問に墓守は苦しげな表情になった。


「……俺が見捨てた人達だからだ。8年前のあの日、俺はこの街にいたんだよ。」


「……詳しく聞かせて。」


「わかった。君には聞く権利があるからな。俺は兵士養成校を出たばかりの新米兵士で、この街に配属されてきた。それからすぐに……」


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墓守お兄さんの話を要約すれば、8年前にこういうコトがあったようだ。


新米兵士が配属されて間もなく、この街の同盟兵士を狙った無酸素爆弾が落とされた。新米兵士は運良く巡洋艦の艦内にいたので無酸素爆弾の影響は受けなかった。生物化学兵器に備え、巡洋艦は高い気密性を持っていたからだ。


本来、高級住宅街の近くに軍事基地があるなんてのが稀なコトなのだが、鈴城は軍閥の力が強く、軍人あがりの市長が統治する街だったから、基地の近くに高級住宅街があった。無酸素爆弾が落とされたのはこの街が最初だったのだが、その影響は高級住宅街全域に及んでいるコトを巡洋艦は把握していた。


そして艦内にいる兵士達で議論が起こった。民間人の救出に住宅街へ向かおうと主張する少数派と、敵襲に備え動くべきではないと主張する多数派と。


新米兵士の立ち位置は少数派だった。だが少数派は一人、また一人と"機構軍の襲撃に備え、現状を維持する"という美名の元に保身に走り、すぐにたった一人になってしまった。


新米兵士を取り囲んだ兵士達はそれぞれに勝手なコトを言った。「機構軍から街を守るのが我々の使命だ!」 「大局を見失うな!」 「新米兵士になにがわかる!」 「黙ってヤーと言えばいいんだ!」


兵士達は共犯が欲しかったのだ。保身に走ったのは自分だけじゃない、自分以外の全員がそうだった。だから仕方がなかったんだ、と言い訳する為に執拗に新米兵士を責め立てた。最後に残った新米兵士さえ転向すれば、全員が共犯になるのだから……


"民間人を守る"……軍人としてあるべき姿を守ろうとする新米兵士がいる限り、彼らは免罪されない。だが脅迫じみた同調圧力に晒されても、新米兵士は屈しなかった。


「おまえだけが違う意見だ。機構軍を撲滅するという崇高な志を捨てて、目先の安い正義を振りかざすのか? そんな兵士は同盟軍にも、この世界にも必要ない。」


巡洋艦の艦長に銃口と最後通牒を突き付けられた新米兵士は、最後の最後で……抵抗を諦めた。




「その新米兵士ってのが俺だ。……あの時、俺は"安い正義"を振りかざして死ぬべきだったんだよ……」


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