懊悩編16話 タレ派と塩派、宿命の戦い!



オレは念真力が成長する特異体質だったコトが判明した。


オレとヒビキ先生は司令室を後にして医務室へ戻る。


念の為に、もう一度メディカルチェックをしておくコトになったからだ。




再度のメディカルチェックの結果も変わらなかった、現在のオレの念真強度は102万n。


「やっぱり間違いないわね、念真強度が成長している。なんとか成長のプロセスを解明したいわね。なにか方法は……」


アゴに手を当て、医務室を行ったり来たりするヒビキ先生。


シジマ博士もおんなじクセがあったな、やっぱ従兄弟か。


根っからの研究者体質なのも血の成せる業なのかもしれないな。


「ヒビキ先生、オレはもういいですか?」


声をかけるとヒビキ先生はハッとした顔で振り向き、


「ごめんなさいね、もう大丈夫だから帰ってもいいわよ。私って昔から考え事を始めると周りが見えなくなっちゃうのよね。」


シジマ博士もそうだったとは言わない方がいいな。


「じゃ、また明日。」


「明日? イスカからメディカルチェックの頻度を上げろとは言われたけれど、流石に毎日チェックする必要はないわ。」


「いえ、明日は生傷をつくって手当してもらいにきます。下手すりゃ医療ポッドのお世話になるかもしれません。オレとナツメの二人は負傷が確定してるんで。」


「なにするつもり!?」


「トゼンさんに稽古をつけてもらいます。」


「ええっ!あ、あの人斬りを相手に稽古するって言うの!やめておきなさい、危険すぎるわ!」


「だからいいんです、下手な実戦よりよっぽど身になるでしょ。大丈夫、トゼンさんとオレらの力量差を考えれば、そこまで危険でもないです。トゼンさんは本気を出す必要がありませんから。」


「じゅ、十分気をつけるのよ。特にナツメは女の子なんだし。」


「口はばったいコトを言わせてもらえば、生き死にを賭ける戦場では男女は関係ありません。女の子だからって機構軍は加減しちゃくれないんだから。」


「………そうね。ダミアンみたいな人ばっかりじゃないし。」


「ダミアン? どっかで聞いたような………確か、同盟軍官報に載ってたかな……」


「ダミアン・ザザ。「白雨スコールのダミアン」と呼ばれる凄腕の兵士。イスカがスカウトしようとしてるみたいよ。ダミアンは女は殺さない流儀なんだって。」


「ヤな奴ですね、気障キザっぽくて。」


「写真を見たけど凄いハンサムなのは確かね。」


ますますヤな奴だな。


「招聘に成功したら色事師トッドさんの地位が危ういですね。」


「あら、カナタ君は余裕ね。マリカやシグレがダミアンに夢中になるかもよ?」


「マリカさんやシグレさんは頭蓋骨を覆う皮一枚に左右されるような安い人じゃないんで。」


「おやおや、言うじゃない。でもちょっとカッコいいわよカナタ君。」


「個人的な興味で聞くんですけど、ヒビキ先生って整形手術って出来ますか?」


ヒビキ先生は悪戯っぽく微笑みながら、


「あら、カッコいいコト言った癖にやっぱり心配なの? カナタ君もイケメンよ。アギトは性格はともかく容姿は整ってたから。」


「その容姿を変えられないかなと。この顔にイヤな思い出がある人はいっぱいいるでしょう。いらない恨みを買わないように顔を変える手もあるかなって。」


そうすればホタルに与える刺激も少しはマシになるかもしれない。


別にこの顔に愛着なんかないしな。


「………手術そのものは出来なくはないわ、顔を変える術式の経験もあるから。でもカナタ君、顔を変えたところで根本的な解決にはならないように思うし、5世代型バイオメタルのカナタ君には整形手術そのものが無理なの。」


「そうなんですか。しまったなぁ、顔を変えてアギトとは無関係な経歴でガーデンにくるべきだったんだ。司令も人が悪い。わざわざ嫌われモンの甥なんて経歴にするなんて。」


「イスカがカナタ君に意地悪したんじゃないのよ。バイオメタル化は一方通行なの。生身からバイオメタルにはなれるけど逆は不可能。バイオメタルも3世代型までなら整形手術も可能だと思うけど、性能がバージョンアップされた5世代型は肉体修復機能も高性能。ここまで言えば、もうカナタ君には意味がわかったでしょ?」


………あ、そうか。バイオメタルには強力な肉体修復機能がある。


それは、元の肉体を記憶していて損傷すれば元に戻そうとする機能だ。


整形手術で大幅に顔を変えたら、それは細胞に記憶されている元の肉体とは違うから………どうなるんだ?


………手術した新しい顔が定着する前に……元の顔に戻そうとする力が働いて………ああ、整形手術の意味がねえな。


肉体が製造された時点で5世代型バイオメタルだったオレは顔を変えるコトは出来ないって訳か。


シャアみたいに仮面の軍人としてデビューすべきだったのかも。


でも司令だって神様じゃない、アギトがホタルにあんな仕打ちをしたコトなんて知るよしもない。


知らなきゃアギトの甥って経歴でハクをつけようとするよな、普通。


「カーチスさんみたいにサイボーグアームを取り付けるコトは出来るけど整形は無理、か。」


「ええ、高性能バイオメタルと言えど、部位が欠損したり完全損壊すればトカゲの尻尾みたいにはいかないわ。でも整形って何度も細かく手術を繰り返して別の顔にする訳だから……」


「施術が定着前に再生してしまう、か。分かりました、聞いてみただけで本気で顔を変えるつもりはなかったですし。」


「カナタ君、以前私にそういう話は医務室ではしないでって念を押しておいて、自分が破っちゃダメでしょ。」


「失念してました。オレも自分の事情しか見えてねえなぁ。それじゃ明日はよろしく。」


「なるべく軽傷で済ませてよ。怪我はしないにこした事はないんだから。」


オレだってそうしたい。でも斬り合う為に生まれてきたようなお人だからなぁトゼンさんは。




医務室を出た頃にはもう日が傾いていた。


ほどなく夜の帳が下りてくるだろう。晩御飯には帰ってくるように言われてるし、部屋に戻るか。


いやいや、待て待て。部屋に戻る前に娯楽区画でちょい飲みするってのはどうだろう?


いいねえ、軽くひっかけて部屋に戻ってリリスのお酌で本格的にる。


なんだかすっかり飲んべえになっちまったな。


よし、娯楽区画へ行こう。


ネオンの灯り始めた娯楽区画、オレは焼き鳥屋「鳥玄」の暖簾のれんをくぐった。


「いらっしゃいませ、お一人様でしょうか?」


着物姿のお姉ちゃんに声をかけられる。ん、このコ確か喫茶店でも見たな……


「うん、一人。確かキミ、ガリンペイロでウェイトレスもやってなかったっけ?」


「はい、あっちは5時までで終わったらここで働いてます。お席はカウンターで宜しいでしょうか?」


「ああいいよ。働き者なんだね。」


「妹の学費を稼ぎたいんです。カウンターにご新規一名様ご案内しま~す!」


妹の学費を稼ぎたいかぁ、いいお姉ちゃんなんだなぁ。


両親を戦争で亡くしたとか、そんな背景があるのかもな。


オレは健気なお姉ちゃんにカウンター席に案内された。


「こちらになります。」


「ありがとう。………あっ!」


案内された席の隣にはシュリが座っていた。


ホタルの事が頭をよぎる。………顔に出すな、いつも通り、いつも通りだ。


よし、大丈夫、落ちついた。しかしこの堅物が一人で焼き鳥屋で一杯とかイメージになかったな。


「シュリじゃないか、この店にはよく来るのか?」


「なんだ、カナタか。隊のみんなとはたまに来るよ。今日は一人だけどね。」


「そうなのか。オレもちょっと酒でもひっかけてから帰ろうと思ってな。」


オレはシュリの隣の席に座り、オシボリで手を拭く。


「お酒と言えばウロコさんから聞いたぞ。こないだは吐きながら飲んでたんだって? いいかい、お酒っていうものは適度に楽しむモノであって………」


「いきなりお小言かよ。しかしシュリでも一人で飲みに来るんだな。付き合いでしか飲まないイメージだったんだが。」


「僕だって一人で飲みたくなる時もあるさ。」


「一人でゆっくり飲りたい気分なら席を変えるぜ? ボッチはもうやめたけど、一人になりたい気分の時がオレにだってある。」


「いいさ、僕らは友達だろ。たまには僕の愚痴を聞いてくれ。」


日頃から散々お小言を聞かされてんのに愚痴まで聞かすのかよ。しゃあないか、友達だもんな。


「よござんす、お小言でも愚痴でも聞かせてもらいやぁすよ。」


「サンピンさんの物真似が上手いじゃないか。これもウロコさんから聞いたんだけど、サンピンさんやキング兄弟とも仲良くなったんだってね。」


「キング兄弟ってバイパーさんとパイソンさんのコトか?」


「ああ、兄弟仲良く母方の姓を名乗ってるみたいだよ。」


…………仲良くねえ。名字が原因で殺し合いまでやらかした挙げ句、だけどな。


「後ろから失礼致します。お通しで~す。」


健気なお姉ちゃんがお通しを持ってきてくれる。


なんだか大人になった気分だなぁ。20歳だから大人なのか。


おおっ、通しはごま豆腐かぁ。いいねえ、こういうの。


「なあシュリ、この店はなにがオススメなんだ?」


「まずは下番カバンセットがいい。好きなドリンク1つに焼き鳥3本とサイドメニューが1品がついて980Crでお得だよ。」


軍に入るまで知らなかったけど陸軍じゃ勤務開始を上番ジョウバン、勤務完了を下番って言うんだよな。


サラリーマン風に言えばお疲れセットみたいなモンか。


「じゃあ下番セットを。ドリンクは生中、サイドメニューは冷やしトマト、トマトにマヨネーズはついてる?」


「はい、特製ドレッシングかマヨネーズかをお選び頂けます。」


「じゃあマヨでお願い。焼き鳥はネギマ、皮、ボンジリをタレで。」


「カナタ、そこは塩だろう。焼き鳥の王道はやっぱり塩だよ。」


な!此奴こやつは塩派か!


「なに言ってんだ!焼き鳥の王道はタレだよ、タレ!」


「い~や、塩だって、塩!」


「タレだっての!」


「塩に決まってる!」


「タレ!」


「塩!」


ニッコリと営業スマイルを浮かべたお姉ちゃんの一言が、熱き戦いの引き金となった。


「お客様、タレと塩、両方お召し上がりになってから議論されては如何でしょう?」


「確かにそうだ!受けるかシュリ!」 


「望むところだカナタ!塩の底力を侮るなよ!」


「クックック、笑止な!タレの前には塩など鎧袖一触よ!」


「フッ、塩梅と言う言葉の通り料理の基本は塩加減にある!塩こそ原点にして極北きょくほく!いざ尋常に………」


「勝負だ!………シュリ、オレとおまえはこういう運命さだめだったんだな。」


「………ああ、僕らは出逢った時から雌雄を決せねばならない宿命にあったんだ。」


親友でありながら宿命の星の導きで強敵ライバルとなったお互いを哀愁を帯びた瞳で見つめ合うオレ達。


宿命の星からの使者であろうお姉ちゃんが決戦の舞台を用意してくれる。


「追加のご注文は焼き鳥盛り合わせセットを2つ、塩とタレで宜しいでしょうか?」


「は~い。」 「あ、肉ばっかりじゃバランスが悪いから、季節の7品目サラダもお願いします。」





こうしてオレとシュリの負けられない戦いは始まった。



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