懊悩編17話 犬も食わない酒のツマミ



オレとシュリ、宿命を背負った強敵(とも)の雌雄を決する戦いは静かに始まった。


オレは軟骨(塩)を口にする。


「う~ん、軟骨は塩で食べたほうが素材の良さがより分かるのかもなぁ。」


今までタレでばっかり食べてたから、塩で食べる焼き鳥って斬新な感じがする。


「ネギマのネギはタレのがいいかも。鶏を塩で、ネギをタレでって調理は無理なんだろうか。」


友よ、無茶いうたらアカンで。そんなんどうやって焼けっちゅうんだよ。


「そんなシマウマみたいな焼き方出来るワケねえだろ、巨乳でスレンダーなギャルとか存在しねえから。」


「カナタ、なんでも女の子で例えるのはやめなよ。不快に思う女性だっているんだぞ。」


「リリスにはウケるんだけどなぁ。」


「………リリスが女の子のスタンダードだとでも? それは違うと僕は断言するぞ。」


「………それには同意せざるをえないな。あ!リリスに連絡を入れとかないと。オレの帰りを待ってたら悪いからな。」


「………カナタ、事実婚って言葉を知ってるか?」


「オレの辞書にはそんな言葉は載ってねえ。載ってねえんだぁ!」


「………人間とは見えるモノではなく見たいモノを見る生き物、か。」


………つまり都合の悪いモノは見えないのが人間ってコトか。


ならばオレは人間の中の人間だな、クローンですけど。


オレはハンディコムをカウンターの上に置いて立体投影機能をオンにする。


何回かのコール音の後、ハンディコムから小人みたいなリリスの姿が投影される。


このハンディコムってのは元の世界のスマホより断然進んでるよなぁ。


「リリス、軽く飲んでから帰ろうと思ってたんだけど、のっぴきならない事情が出来ちまってな。」


ホログラフのプチリリスはカウンターの上の焼き鳥盛り合わせと生中を冷ややかに眺め、次にオレとシュリの顔を交互にガン見してから、


「のっぴきならない事情って焼き鳥の味付けはタレと塩のどっちが王道か、とか言うんじゃないでしょうね?」


「リリス、タレか塩かは焼き鳥にとって、避けては通れない命題だと僕は思うんだけど……」


「焼き鳥にとってじゃなくて、メガネクラとバカナタにとって、でしょ?」


「僕は根暗じゃないぞ!根暗っぽく見えるだけだぁ!」 「誰かバカナタか!バが余計じゃあ!」


腕組みしたリリスはシュリを憐憫れんびんあふれそうな眼差しで肩を竦める。


「眼鏡、アンタ根暗っぽく見える自覚はあったのね。………ま、いいわ。野郎二人でキショく酒でも飲んでたら? あ~ヤだヤだ、彼女いない歴=実年齢のヘタレ童貞同士で酌み交わす安酒。キモッ!鳥肌が立っちゃったわ!焼き鳥だけに!」


こ、このアマ!言いたい放題いいやがって!………おおむね事実だってのが情けねえけどよ!


「……と、とにかく帰りは遅くなるから待たなくていい。晩メシの準備しちゃってたらゴメンな。」


「いいわ、かえって好都合かもしれないし。牛スジ煮込みを作ったんだけど、一晩寝かせた方が味が染みて美味しいんでしょ?」


う、牛スジ煮込みはオレの好物だ。わざわざ好物を作ってくれてたってのに悪いコトしたなぁ。


「悪いな、わざわざオレの好物を作ってくれてたってのに。明日ありがたく頂くよ。」


「ん? 准尉も牛スジ煮込みが好きだったの。雪ちゃんが食べたいって言うから作っただけなんだけど?」


「………じゃーな!ゆっくり飲んで帰るからな!」


通話をオフにして、レバー(塩)を口にする。なんだかえらくショッパイ気がするぜ。


「リリスって雪風の意想が分かるのか?………アニマルエンパシーぐらい持ってても不思議はないか。」


「ああ、持ってたらしい。けど驚かないんだな? 希少中の希少能力だってのに。」


「だってリリスだし。」


………確かに。リリスだしな。便利な言葉だ、「だってリリスだし」か。


「もう一杯生中いくかなぁ。いや、にほ……覇酒にするか。」


危ねえ、危うく日本酒って言いそうになったぜ。


「覇酒なら神楼の銘酒「名奉行」が断然オススメ。冷やでも温燗でもイケる。」


「どれどれ、………名奉行って甘口じゃねえか。オレは辛口のがいいんだ。」


「カナタ!覇酒は甘口が王道だ!」


「甘ったるい酒なんざ飲めるかぁ!シュリ、おまえってブランデーとか喜んで飲んでるクチだろ!」


「ブランデーのどこがいけないんだ!」


「男だったらウィスキーなんじゃい!」


「あ、ブランデーって甘ったるいお酒だって勘違いしてるだろ!確かにお菓子なんかの味付けにも使うけど、甘いのばっかりじゃないんだぞ!」


「でもフルーティーじゃん!」


「そりゃベースはワインだからね!だけどそんな事を言ってたら……」


「お客様、辛口の覇酒でしたら、照京の銘酒「悪代官」など如何でしょう? スッキリした辛口の純米大吟醸で、焼き鳥には抜群に相性がよいお酒です。」


「うわっ!いつのまに!」 「ビックリしたぁ!」


お姉ちゃん、いきなり後ろに立たんで!ビックリするやん!


「悪代官と名奉行を両方お楽しみになれる「お白洲セット」もございます。お白洲セットは名奉行と悪代官の升酒に、小松菜と卵の小町和えと長芋短冊の小鉢二つがついた大変お得なセットになっておりますよ?」


「いいね、僕は小松菜が好きなんだ。」 「長芋の短冊って覇酒に合うんだよな。そのセットお願い。」


「ご注文承りました。ごゆっくりお楽しみください。」




お白洲セットは白洲に見立ててゴザの敷かれた盆の上に、升酒と小鉢が置かれていた。


ご丁寧に盆には砂の代わりに白いビーズも敷き詰めてある。こういう洒落た仕掛けは家飲みじゃ出来ねえよなぁ。


オレとシュリは純米大吟醸の銘酒、悪代官と名奉行を酌み交わしながら下世話でやや下品で下らない世間話に興ずる。


オレは悪代官が気に入って3杯もお代わりした。シュリも負けじと名奉行を追加する。


その後も痛飲を重ねて、楽しい時間も重ねていく。


まるで違う性格してんのに気が合うんだよな、オレ達は。


気が付けば客の姿はオレ達だけになっていた。もうラストオーダーも近いんじゃないか?


お酒は適度に楽しめなんて小言を言っといて、シュリも珍しく言行不一致だな。





「シュリはホントに一言多いんだよ、それでヒドい目にもあったろ? いい加減学習しろよ。」


「………そうだね、本当にそうだ。僕は一言多いんだろう。しかも余計な一言が。」


「おい!おまえまさか、またホタルにオレのコトをどうこうって話をしたんじゃなかろうな!」


「……………僕はホタルとカナタに仲良くしてもらいたいだけなんだ。」


「バカ!何度も言ったじゃねえか、オレは気にしてないから、シュリはホタルの側についてやれって!」


やっぱり一人で飲みにきた理由ってホタルと喧嘩したからかよぅ。


勘弁してくれ。ホタルには事情があんだよ。悲しくて辛くてやるせない事情が。


…………言うべきなのか………………無理だ。言えねえよ!オレには言えない!


「………………ホタルの事はもういいよ。もういいんだ。」


ヤバイ、この流れはヤバイって!夫婦喧嘩は犬も食わないって言うけど、とんだ酒のツマミが出てきやがった。


「謝れ、な? 謝っとけ? 負けるが勝ちって言葉もあるだろ?」


「僕は間違ってない!なんで謝らなきゃいけないんだ!」


「間違ってるなんて言ってないだろ? ただ世の中は正論だけじゃ渡っていけねえんだからさ。そこは大人になってだな……」


「僕は大人だ。お酒だって飲んでる!」


お酒飲んだから大人ってモンじゃないでしょ~!


むしろお酒に飲まれないのが大人じゃないか。友よ、今はどう見たってお酒に飲まれてるぞ!


「なぁ、シュリ。壊すのは簡単だけど、直すのは難しいんだぜ、人との関係ってヤツは。いや、こないだまでボッチだったおまえが言うなって話なんだろうけど、でもオレはそう思う。おまえとホタルの関係ってそんな簡単に壊していいモンじゃないだろ? 亀裂の間に修復しとけ、まだ間に合うからさ。」


「………………もう壊れたかも。」


ホタルになに言った!なに言っちゃったんだよお!聞きたくねえ!…………でも………聞かないとだよな。


「ホタルになに言ったんだ? 言いたくなけりゃ無理に言わなくていいけど……」


「カナタは下品で不真面目だけど悪い奴じゃないって。でもホタルにそう言ったのは初めてじゃない。ちょっと口論にはなったけどね。」


「………他になに言ったんだ?」


「………ずっと………ずっと前から聞きたかった事を。…………今日、思い切って聞いたんだ。どうして僕の目を見て話してくれないんだ? 僕と目を合わせるのが嫌なのかって。」


「………ホタルはなんて答えたんだ?」


「………僕はなんにも分かってないんだってさ!なにも話してくれないのにどう分かれっていうんだよ!僕は杓子定規で融通のきかない、もの分かりの悪い人間なんだ!でも僕がそんな人間なのは一番よく知ってくれてるはずじゃないか!………そう思ってた、ホタルは分かってくれてるって。だけど……そんなの僕の独りよがりな勘違いだったんだ。」


「違う!そんなコトはないって!そうじゃないんだよ!」


「じゃあどうなんだよ!…………壁が出来た? そうじゃない。壁は最初からあったんだ!僕が鈍いから壁に気付かなかっただけさ!………馬鹿みたいだな、僕は。」


そう言ってグラスを煽るシュリ。オレの心理的ダメージもデカいがここは踏ん張りどころだ。


「………シュリ、本当にそう思ってるのか? 違うだろ?」


「……………」


「いいのか? そんなんで終わらせちまって?」


「……………いい訳ないさ!いい訳ないだろ!」


「だよな、それにオレのコトも考えてくれよな。コトの発端はオレなんだ。オレが原因でおまえらに仲違いされたらオレの立場ってどうなる?」


「アギトさんそっくりなのはカナタにはなにも責任ないじゃないか!ホタルにそれを分かって欲しいだけなんだ!」


「その気持ちは受け取っておく、ありがとな。…………今、オレから言えるのは、おまえらがここで仲違いするのは間違ってる。いや、正しいだの間違ってるだのじゃないな。オレはそうして欲しくないって話だ。どうだろう、シグレさんに間に入ってもらったら。シグレさんならうまく間を取り持ってくれるんじゃないか?」


「そうか、そうだな!明日にでもシグレさんに相談してみるよ。」


「そうしなよ、きっとうまくいく。」




本当は深く通じ合う幼馴染み二人の心の糸は切らせない。


………最悪、オレがガーデンを離れる選択も考えないといけないな。




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