懊悩編18話 程々に妥協の出来る世界



「………そういやカナタはなんで軍に志願したんだ?」


シグレさんに間を取り持ってもらうと決めたシュリは気が楽になったのか、話題を変えてきた。


「適性テストで高い数値が出たから。他に能もなかったし。」


ホントは他に選択肢がなかったから、だけどな。イヤな気分だ。


なんでシュリにこんなウソをつかなきゃなんねえんだよ。


「安直だなぁ。」


「じゃあシュリはなんで軍に志願したんだ?」


「里長のマリカさんの役に立ちたかったから。」


「それも安直なんじゃねえか?」


「そうだね、でも里の外の世界を見れたのは良かったと思ってる。」


はぁ? この歪で狂った世界が見れて良かったですと!


「おいおい、この世界の現実なんざ見ない方が幸せってモンじゃないのか? ナツメの件みたいな悲劇がゴロゴロしてんだぞ?」


「だからだよ。だからこそ僕にもなにか出来る事があるかもしれない。今はマリカさんや司令の目的の為に戦う事しかできないけどね。」


コイツ、ホントにクソ真面目だなぁ。


「司令は世界を変えたいみたいだな。そこんとこはオレも同意するけどね。この世界の現実はあんまりだろ。」


「だね、でも如何に司令と言えど理想郷ユートピアを創るのは無理だと思うけど。」


「へえ、シュリは理想郷を目指すタイプの人間だと思ってたよ。意外に現実主義者リアリストだったんだな。」


「目指してるよ。」


「理想郷は流石に敷居がたか………って、目指してんのかーい!」


「ああ、目指してる。でもね、理想郷に辿り着けるとは思ってないんだ。人が人である限りね。」


………シュリの言いたいコトは分かったよ。


「業の深さも人のうち、か。決して辿り着くコトはない理想郷を目指す、その旅の過程こそが人の営みだって言いたいワケだな?」


「ああ、里を出てしばらくはなんとしてでも理想郷を創るべきだと思ってた。でも戦い続けるうちにね、考えが変わった。たどり着く事はない理想郷に、少しでも近づく努力をする事が大切なんだと思うようになったんだ。だって全時代に通ずる普遍的な正義なんてあると思うかい?」


「ないね。正義なんて時代や状況でいくらでも変わるモンだ。例えば人の命を奪うのは悪さ。でも害悪を撒き散らす悪党外道の類はどうするんだ? 信念で殺戮を行う独裁者は? 人を殺さないで済む世界は確かに究極の理想郷だろう。でもその理想郷を創る為に、やっぱり人を殺すのさ。」


「………メビウスの輪だね。どこまで行っても答えの出ない終わりのなき道筋、か。僕らはどこへ向かい、なんの為に戦うのか……」


「………そうだなぁ………シュリの言うたどり着くコトはない理想郷を目指し、終わりのない旅を続けるなんてオレには崇高すぎるね。所詮オレの器で出来るコトでもねえしな。………オレにも出来そうなコト、か。そうだなぁ………「程々に妥協の出来る世界」を創る、かな。」


「程々に妥協の出来る世界? なんだよそれ?」


「言葉通りの意味さ。世界の何処かで、たまには紛争やテロが起きてて、政治家や役人は汚職をする。社会じゃ目を逸らしたくなるような事件や事故も起きる。職場や学校では陰湿なイジメだってあるし、家庭内では不和や虐待だってある普通の世界。」


「………そんなの目指すなよ。真面目に話してるんだぞ、僕は。」


「オレもマジメさ。今みたいに世界中で殺し合い憎み合って、………ましてや子供を人体実験に使うような事がまかり通る、今の現実だけは変えたいんだ。理想郷には程遠く、不義や不和は存在してる。でも不義や不和だけじゃなくて、優しさだってちゃんとある世界。オレはそれでいいよ。それ以上は望まない。」


「………不平不満を抱える人間が大多数だとしても、妥協してそれなりの幸せを享受出来る世界か。いいね、カナタ。そのぐらいの世界なら僕達でも実現出来るかもしれない。いささか志は低いけどね。」


「この世界の現実を考えりゃあ、十分ハードルは高いと思うぜ?」


「かもね。でも今の世界で耳にするニュースなんかヒドいもんじゃないか。どこそこの戦線が熾烈だの、テロが起きて何人死んだだの、反政府暴動が起きて武力鎮圧しただの………そんなのばっかりだ。たまに死人が出てないニュースがあるかと思ったら、戦争の英雄の顕彰式とかだもんね。」


「だろ? そんな血生臭いニュースばっかりの世界じゃなくてさ、せめて政治家の汚職や大企業の不正ぐらいがニュースになる世界なら妥協も出来るってモンだ。今は政治家や企業の不正なんざ当たり前で、ニュースにもなりゃしねえ。そんな世界はクソくらえだ。」


「ああ、クソくらえだね。………政治家の汚職疑惑のニュースの後に「次のニュースです。○×公園のカルガモに赤ちゃんが産まれました。愛らしいですね~。」みたいなニュースが流れる世界がカナタの望む世界なんだろ?」


そうさ。元の世界の日本、理想郷じゃないけど妥協できる範囲の社会。今思えば、そう悪い世界ではなかったんだ。


退屈でつまらなかったけど、それは社会が悪いんじゃない。オレ自身がつまらなくしてただけだった。


「クックック、そうそう。そんな感じの世界だ。悪代官もいるけれど……」


オレは大吟醸悪代官の冷酒が注がれたグラスを掲げる。


「成敗してくれる名奉行だってちゃんといる、そんな世界を僕らで創ろう。」


シュリは大吟醸名奉行が注がれたグラスを掲げた。


「程々に妥協出来る世界に乾杯!」




「しかしこの店って営業時間が長えな。普通はもうラストオーダーの時間なんじゃねえか?」


「前に来た時はもっと早くにラストオーダーを聞かれたような気がしたんだけど。」


「営業時間が伸びたのかもな。でもそろそろシメにしようぜ。」


「だね、どっかで蕎麦でも手繰っていく?」


「蕎麦もいいけど酒のシメはやっぱラーメンじゃないか?」


「ラーメンもいいね。醤油ラーメンのいい店を知ってるんだ。」


「おいおい、ラーメンって言えば塩だろ普通?」


「カナタ、ラーメンは醤油に決まってるじゃないか!」


「塩ラーメンこそ基本のスープの味を堪能出来る、ラーメンの中のラーメンなの!」


「その理屈だと、焼き鳥だって塩の方が素材の鶏の味を堪能出来るって事になるじゃないか!」


「う!や、焼き鳥は焼き鳥、ラーメンはラーメンだろ? 十把一絡げに論ずるのはアンフェアだぜ!」


「お客様、鳥玄には特製鶏ガラスープが自慢のラーメンがシメのメニューに御座います。是非ご賞味を。」


オレとシュリは椅子から飛び上がった。


「い、いきなり背後から現れんでよ!」 「僕に気取らせないとか、どこかで隠密接敵ストーキングの訓練でもしてたの!?」


「失礼致しました。鳥玄のシメのラーメンは特製鶏ガラスープに、乾燥ホタテやアサリに大地魚粉を加えて作った魚貝系スープを合わせるWスープ方式、若者からお年寄りまで楽しめる味わい深い一品となっております。塩ダレや醤油ダレで味付け致しますので、どちらのお客様のニーズにもマッチいたしますよ。もちろん味噌ダレも準備してありますので、味噌ラーメンにも対応可能です。」


「鳥玄スゲー!」 「特製鶏ガラスープに魚貝系スープを加えるWスープ方式かぁ。美味しそうだね。」


「麺は縮れ麺とストレート麺の2種、茹で加減はバリカタからヤワの間でお選び頂けます。小鉢を2つお持ちいたしますので、スープをシェアしてお楽しみになっては如何でしょう?」


「じゃあオレは塩ラーメン。縮れ麺をヤワで!」 「僕は醤油、ストレート麺をカタで!」


オレとシュリは火花が散るほど睨み合った。


とことん食いもんの嗜好は合わねえみたいだな!


「茹で加減がカタなのはまあいい。でもストレート麺より縮れ麺のがスープによく絡むんだよ!常識だろ!」


「麺が縮れ麺なのは大目に見るよ、でもカタでザックリした食感と小麦の風味を楽しむべきだろ!」


ぐぬぬ!………麺の種類と茹で加減の好みも違う上に、重視するポイントまで合わないのかよ!


「トッピングメニューも充実しております。チャーシュー、メンマ、コーンに煮玉子……」


「煮玉子で!」 「煮玉子で!」


トッピングメニューを注文する声がハモった。




どうやら最後の最後で、やっと意見の一致をみたようだ。



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