出張編47話 魔女の森へ



「そうか、シオンを副隊長にな。いい人選だと思うぞ。」


足の傷が癒えたオレは、ヒンクリー師団の師団長室でシオンを副隊長にするつもりだと報告した。


「あくまでオレの希望で、司令がなんて言うか分かりませんけどね。」


「反対する理由がなかろう。軍歴の浅い剣狼を補佐するには最適の人間だ。あまり歳が離れすぎていても使う側もやりにくいものだが、そこへいくとシオンは剣狼と同い年だしな。」


オマケに美人ですしね。性格がキツそうではあるんだけど。


「シオンの事情は聞いたか?」


「はい、聞きました。」


「どうするつもりだ?」


「シオンの目的に手を貸すつもりです。ただし約束はしました。オレの仲間を復讐の為の犠牲にはさせないと。」


「ほう? シオンは承知したのか?」


「はい、シオンは誰かを巻き込んでまで復讐するようなイカレ女じゃありませんから。オレと一緒に力をつけて、アスラ部隊の目的と合致させながら復讐を果たすつもりです。」


シオンの仇のオリガは兵団の部隊長だ。撃破出来る力がオレ達にあれば、司令も許可してくれるはずだ。


「………そうか。シオンの事を頼む。」


「了解です。それと司令からヒンクリー准将からの任務を片付けてから帰投してこいと言われたんですが、どんな任務なんですか?」


「任務なんて大層なもんじゃない。小生意気な小僧を教育して欲しいだけさ。」


小生意気な小僧の教育ねえ。どこの誰だろ?


「兵士の教育? そういうのって准将の仕事なんじゃないですか?」


「俺が教育しそこねたんでな。小僧ってのは「鮮血のブラッディー」リックって言うんだが、コイツの鼻っ柱をへし折ってもらいたい。」


「異名持ちの兵士を教育しろって言うんですか?………返り討ちにされませんかねえ。」


「剣狼を返り討ちに出来る力があれば天狗鼻でも生きていけるさ。アスラ部隊のトゼンみたいにな。」


「………当て馬ですか、オレは。」


「そう拗ねるな。俺の見立てじゃ同年代で剣狼に勝てる奴はいない。リックは剣狼より一つ下だがな。」


「19歳で異名持ちか、才能があるから天狗になるんですね。」


「ああ。だが半端な実力で天狗になった時が一番死にやすい時期なのさ。俺もそうだった。俺の場合は痛い目をみただけで済んだんだが………」


「マリカさんも言ってました。無敵無敗だってイキがってる時が一番危ないんだって。」


ヒンクリー准将は頷きながら、


「そうだ。最初の敗北が最後の敗北、戦場じゃよくある話だ。そんなイキがった馬鹿はほっとけばいいと思うだろうが、俺も親バカでな。」


「親バカ!? じゃ「鮮血の」リックって!」


「リッキー・ヒンクリー軍曹、不肖のバカ息子だ。」





その翌日、オレはヒンクリー准将の息子が配属されている前線基地へ向かうヘリの中にいた。


「話題の剣狼さんを乗っけて旅するたぁ、なんかいい事があるかもな。」


ヘリのパイロットはガムを噛みながら、呑気な調子でそう言った。青年と中年の端境期はざかいきって年齢かなぁ。


「オレはトラブルメーカーで有名なんだ。無事に到着出来るといいんだけどね。」


女性のコパイロットもガムを噛みながら聞いてくる。


「剣狼さんはどんな具合にトラブルメーカーなんだい? ニュースじゃテロ事件しか聞いてないけど。」


「………将校カリキュラムを受けにリグリットに来ただけなのに、まずテロ事件に巻き込まれ、その後は暴動の鎮圧、最後は異名持ち兵士とガチバトルする羽目になった。」


言ってて自分でも悲しくなってくるぐらいのトラブル体質だよな。


「おお怖え。ジャクリーン、しっかりヘリの整備はしたんだろうな?」


「アンタがやるよりはしっかりやったさ。これで墜ちたらアンタのせいだよ、バリー。」


パイロットとコパイロットだけに仲がいいらしいな。結構結構。


「バリーさんにジャクリーンさんね。オレも自己紹介をしてなかったな。」


「さんはいらねえよ。自己紹介もな。茶会ティーパーティーをやってんじゃあるまいし。」


「私らは下っ端だから階級は剣狼のが上なんじゃない? ま、無頼なのはアスラ部隊だけじゃないって事だね。ハハハッ。」


「俺は曹長だぞ、ジャクリーン。一緒にすんな。」


「イボだらけの汚いケツを上官に差し出して出世したくせに、偉そうな事言わないの。」


「俺のケツにイボなんかないからな!ケツ毛が生えてるだけだ!」


………このやりとりは同志とタチアナさんを彷彿させるね。





そんな感じでフライトしていた二日目の夕方に………やっぱり問題が起こった。


「バリー、見えるかい?」


「目ん玉はついてるからな。どうしたもんだか。」


眼下にゆくはコンボイ3台、群がるのはバイクとバギーに乗ったモヒカン軍団、か。


「シマウマに群がるジャッカルみたいなモンだな。人間が野生化すると動物より醜悪だ。」


「剣狼、どうする? この高度を維持すればモヒカン共は手を出せないが?」


オレは望遠機能を使ってモヒカンの数をカウントする。30人チョイってトコか。


「練度があの程度ならオレ一人で片付けられる。」


「だったら助けてやっておくれよ。大方トレーダー組合に頼らずに荒野に出たんだろうけど、自業自得で片付けちゃ可哀想だ。」


ジャクリーンは物言いははすっぱだけど、優しい女性みたいだ。


「ヤツらはオレ一人で始末出来る。けどこのヘリの機長はバリーだ。判断は任せる。」


「………助けてやってくれ。」


「任せろ。速度を落とさずコンテナの上を通過してくれ、飛び移るから。」


「大丈夫か?」


「ヤツらのバギーにガトリングガンがついてる。悠長に降下してる余裕はない。」


「分かった。頼むぜ、剣狼!」


ヘリはコンテナの上からスレスレの高さで飛行する。


機銃でお出迎えされるが、構わずオレはコンテナの上に飛び移った。


慣性の法則でコンテナの上を滑っていくけど、脇差しをコンテナに突き立てて静止する。


機銃の目標はヘリからオレに切り替わったが、オレは最大強度の念真障壁を斜めに形成して弾丸を逸らす。


そして出発前日にモモチさんが届けてくれた試作型55口径ハンドガン「プロトグリフィン」を二丁抜きし、バギーの運転席のモヒカンめがけて一斉掃射した。


弾丸を食らってモヒカンリガーは即死、クルクルとスピンしたバギーが、後方で爆発した。


さあ、戦争開始だ!オレはコンテナの上からモヒカン共を睨みつけ、フィリップ・マーロウの名言を教えてやる。


「撃っていいのは撃たれる覚悟があるヤツだけって知ってるか? おまえら覚悟は出来てんだよな!」





煙を上げて停車したコンボイの周りには血と硝煙の臭いが立ちこめていた。


血の臭いを嗅ぎ付けたらしいカラスがもう上空を旋回し始めている。


モヒカン共の夢の跡、か。無駄に筋肉質でタトゥーだらけだけど、カラスにしてみりゃご馳走なのかね?


「あ、あの、危ない所を助けて頂き、ありがとうございました。同盟軍の軍人の方ですよね?」


ハンチング帽を被った老人が声をかけてきた。この輸送団のリーダーってトコか。


「ああ、同盟軍の天掛曹長だ。ヘリのパイロットが言ってたけど、トレーダー組合を使わずに荒野に出たのかい?」


「………はい。」


「なんだってそんな危ない橋を渡ったんだ? 荒野にはモヒカン共がたむろしてんだぞ!」


「魔女の森に近いこのルートなら、ロードギャングも少ないので………大丈夫だと思ったのです。」


魔女の森か。バイオハザードの影響が色濃く残る森で化外に近い、いや化外そのものだっていわく付きの森だよな。


「魔女の森の中にはモヒカンはいねえだろうけど、周辺にはいなくもないだろ。トレーダー組合に払う金を惜しんで、迂闊さの対価を命で払っちゃ割に合わねえだろうに。」


「は、はい。仰る通りで。今後は気をつけます。」


ハンチング帽で汗を拭き拭き、老人はコメツキバッタみたいに頭を下げる。


「目的地がどこかは知らないけど、そこまで護衛していくよ。どこなんだ?」


また勝手なコトをしてって怒られそうだけど、見捨てていくワケにもいかない。


老人が嬉しそうに口を開きかけた時に、着陸していたヘリからバリーがすっ飛んできた。


「ああ、バリー。ものは相談なんだけどさ………」


「剣狼!大変なんだ!」


「逃げたモヒカン共が巨大ロボにでも乗って復讐しにきたのか?」


「ジャクリーンが腹に二発もらった!血が止まらねえ!」


最初のガトリングガンの掃射か!ちっきしょう!


オレ達は急いでヘリに戻った。副操縦席で青ざめた顔のジャクリーンが呻いている。


前面ガラスに弾痕、モヒカン共にしちゃいい機銃を使ってやがんな、クソが!


「止血パッチは!」


「もう使った!それでも止まらん!」


よっぽど当たり所が悪かったか。多分、内臓に大口径の弾丸が入ってる。


「ジャクリーンは何世代型だ!」


「3世代型だ。どうする剣狼!」


3世代型なら致死到達点は体内の血液の半分だな。時間との勝負か。


「止血パッチで止まらないならこれ以上打つ手はない。医療ポッドがある一番近い基地は?」


「目的地だ。後半日はかかる。」


止血パッチのおかげで出血は激しくはないが、止まってるワケじゃない。


………バイオメタル兵といえど、よく持って数時間だろう、半日なんて持つワケがない。


「間に合わないぞ!クソッ!小規模集落でいい、どこかないのか!」


「小規模集落に医療ポッドがあるとは思えん。だが4時間で到達出来る基地があるにはある。」


「だったら早く言え!そこへ向かうしかないだろ!」


「………その基地へ行くにも問題があるんだ。4時間ってのは魔女の森の上空を通過すれば、だ。」


魔女の森が魔境たる由縁はコンパスはもちろん、あらゆる計器類がおかしくなるからだ。


「バリー、魔女の森を通過出来る自信はあるか?」


「ああやれる!やらせてくれ!ジャクリーンは大事な相棒、いや、大事な女なんだ。死なせる訳にはいかない。だが副操縦席で視認を手伝ってくれ。魔女の森では人間の目だけが頼りだ。」


「分かった。行こう。」


コンボイの連中には悪いが、自力で助かってもらうしかない。旅の無事を祈ろう。


手を差し伸べられるのは、余裕がある時だけだ。


ドラマだったらどっちも助ける道があるんだろうけど、現実はそうはいかない。





選びたくない時に選ばずにすむなら、人生はバラ色なんだろうけどな。




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