出張編46話 初めての部下
「見事に負けたな、シオン。」
剣狼も琴鳥達もいなくなった訓練場に膝をつく私に、准将は声をかけてきた。
そして剣ダコまみれの大きな手を差し伸べて、私を立たせてくれる。
「………ええ、負けました。完敗です。」
最大の武器も有効なリソースも封印した相手に負けたのだ。
これが完敗でなければ、世界に完敗という言葉は存在しないだろう。
「えらく素直じゃないか。………いや、元々シオンは素直で優しい娘だったな。ラブロフを失ってから少しやさぐれてたみたいだが、もう無理しなくていい。ありのままに生きてみたらどうだ?」
「………そうしたい。………でもどうしても復讐の炎が消せません。だからオリガだけは殺します。」
幼少期を知られているというのは、どうにもバツが悪い。
知らず知らずに童心に返ってしまう。
「復讐なんぞなにも生まないと思うがな。ラブロフがそれを望むとも………」
私は首を振る。………オリガだけは殺す。これは私の立てた誓約だ。
「アスラ部隊への入隊は叶いませんでしたが、諦める気はありません。」
「………おまえがどうしても望むなら、俺が司令に頼んでやってもいい。おまえ程の兵士なら司令も欲しがるはずだ。」
「お願いします!私の復讐の為にはアスラ部隊に入隊する必要があるんです!」
「だが条件がある。」
「どんな条件でもかまいません!」
「条件というのは………アスラ部隊での上官の誰かに、おまえとオリガの因縁と入隊の目的を話す事だ。」
「!!!」
「出来ないならこの話はナシだ。」
「………そ、それは………それだけは!! 他の条件なら………」
「駄目だ!ラブロフの戦友として、幼い頃からシオンを知っている男として………おまえを卑怯者には出来ん。」
「卑怯者!? 私が卑怯だと!」
「ああ、おまえはオリガに復讐する為にアスラ部隊に入隊するのだろう?
「はい。」
「つまり自分の復讐の為に部隊を利用しようとしている訳だ。なのに事情を伝えないのはアンフェアだろう。アスラ部隊はおまえの復讐の為にある訳ではない。俺の言っている事の意味が分かるな?」
………確かに准将の言うとおりだ。
「………分かりました。話します。」
「それでいい。アスラ部隊にとって最後の兵団は最大の敵でありライバルだ。おまえの復讐を優先はしてくれんだろうが、兵団を撃破する事は目的にかなう。きっと復讐の機会が訪れるだろう。」
「その為にも同盟最強のアスラ部隊で力をつけます。今のままではオリガには勝てない。」
「それがいい。決して焦るな。命あっての物種、死んだら仕舞いだぞ。………願わくば復讐に生きる事を諦めて欲しい。止めるのは何時でも出来る事を忘れないでくれ。」
准将の言葉に頭は頷き、心で拒否する。
復讐なんてやめろ、意味がない、何も生み出さない、死人が帰ってくる訳じゃない、そんな説得は聞き飽きた。
真心からの言葉でも、綺麗な言葉は私の心には響かない。
雪原の悪夢から二年、諦めるべきだと何度も思った。パーパが復讐なんて望んでいない事も分かっている。
でも無理だった。どうしても消せない炎が、心の奥底で燃え盛っているのだ。
「それでおまえの事情は誰に話しておくんだ? 司令か緋眼あたりになろうかと思うが………」
確かに司令か緋眼のマリカが妥当だろう。人格者と名高い雷霆シグレでもいいかもしれない………
!! そうだ。私が秘密を打ち明けるべき上官は………
「いえ、准将。私が事情を打ち明けておく上官というのは………」
スーペリアでオレは一人、無聊を囲っている。他に囲うものがないからだ。
同じ囲うなら麻雀卓でも囲みたいもんだが、あいにく麻雀は一人じゃ出来ない。
マリカさん達はもう業炎の街に向かい、司令やリリス達はガーデンへ帰っていった。
久しぶりのボッチ生活、外に気晴らしに出掛けようにもこの足じゃなあ。
………あのツンドラ女め!遠慮なくブッ刺しやがって!
走れるようになるまで三日もかかるそうだ。
いや、三日で治るってんだから、この体スゲーなって感心すべきか。
もう夕飯の時間か。ホテルのルームサービスにもそろそろ飽きてきたな。
やっぱリリスの作ってくれる飯がいいよなぁ、磯吉さんの飯でもいい。
大学に通ってた二年間、オレはコンビニ弁当ばっかり食べてた癖にえらく贅沢になっちまったもんだ。
ルームサービスを注文しようと受話器を持ち上げる寸前に、受話器の方がコール音を鳴らした。
「はい、天掛ですけど?」
「天掛様、こちらはフロントですが、天掛様にお客様がお見えです。」
客? ペンデ社のモモチさんかな? 試作銃の完成がもうじきだって言ってたよな。
「客ってペンデ社のモモチさんですか?」
「いえ、シオン・イグナチェフと仰る女性です。」
はぁ!? あのツンドラ女がオレに何の用なんだ?
「その女性って背が高くて金髪ですか?」
「はい。お通ししてよろしいでしょうか?」
「………どうぞ。」
ノーって言ってもあの強引な女が引き下がるとは思えない。やむを得ないよな。
「いい部屋に泊まってるのね。」
「司令の金でね。オレに何の用だ?」
挨拶もそこそこにツンドラ女はズカズカとスーペリアに入ってきて、デカい尻でベッドに腰掛ける。
「お見舞いにきたっていうのにご挨拶ね。貴方も怪我させた私の腕の心配ぐらいしてよ。」
ツンドラ女はギプスで固めた肘を見せてくる。
「どうせその肘はオレと同じで三日ほどで治んだろ? 見舞いだってんなら花束の一つぐらい持ってこいよ。」
「忘れてたわ。アザミの花束を買ってくるつもりだったのだけど。」
「リベンジする気満々かよ!見舞いじゃなくてお礼参りじゃねえか!」
ツンドラ女はクスクスと笑う。う、不覚にも見とれてしまったぞ。
この女、性格は最悪だが容姿は反比例してやがんだよな。
ミコト様に会ってなきゃ、この世界の美女ってみんな性悪だと勘違いしてたに違いない。
「アザミの花言葉を知ってるとは意外だったわ。案外、乙女なのね。」
「嫌味を仰りにきたのなら、お引き取り願えますかね?」
ツンドラ女はルームサービスのメニューを見ながら、
「食事をしにきたのよ。ルームサービスを取ってもいいかしら?」
飯まで食っていく気かよ。ずーずーしいにも程があんぞ!
………だが押しに弱いオレは見事に押し切られて、ルームサービスの注文をしていた。
ノーって言える男になりてえなぁ。マジで。
「このビーフストロガノフはなかなかね。さすが一流ホテル、隠し味はなにかしら?」
もう知ってるけどよく食う女だよ。ちったぁ遠慮って言葉を覚えやがれ。
「………思ったより元気そうでなによりだ。負けてヘコんでるかと思ってたよ。」
「ヘコんだわ。ヘコむだけヘコんだから、後は上がるだけ。」
「ンで復讐がてらタダ飯食いにきましたってか? 言っとくけど復讐にはなんないぞ。ここの支払いは司令持ちだかんな!」
やっと食事を終えたツンドラ女はフォークを置いて………真面目な顔になった。
「私がここにきたのは、剣狼に聞いて欲しい話があるからよ。話していい?」
青い目に浮かぶ哀しみに満ちた光。オレは訳あり女にとことん縁があるらしい。
「聞くだけならな。話せばいいさ。」
そしてツンドラ女、いや、シオン・イグナチェフはゆっくりと話を始めた。
………彼女の物語を………
全てを話し終えたシオンは、ふぅと息を吐いて目に手をあてる。
………滲んだ涙の向こうに、雪原の悪夢が見えているんだろう。
オレは椅子から立ち上がって冷蔵庫から缶ビールを取り出し、シオンにもパスする。
「スパシーバ(ありがとう)。私の話はこれでお仕舞いよ。」
「悲劇を聞き慣れちまったってのも嫌なもんだが………なんでオレに話した?」
「私にもわからない。ただ貴方に聞いて欲しかっただけ。…………私の手が父の血で汚れている事を誰かに知って欲しかったのかも。本当の意味で、ね。」
最愛の父の尊厳を守る為に、その命を我が手で奪った女、か。
色んなところで話に尾ヒレがついて、言い訳しないシオンの性格も相まって「父殺し」なんて噂が立ったんだろう。
「自虐趣味はよせよ。シオンは親父さんの尊厳を守ったんだ。ナツメの件といい、クソ溜めみたいな世界だな。神様もなに考えてんだ!」
「ナツメ………「
過去が白日の元に晒されたナツメと、過去を誤解されて父殺しなんて噂が立ってるシオンと………どっちが不幸なのかね?
この世界の歪みと醜さをまざまざと噛み締められる話だ。
ついでにビーフジャーキーでも噛み締めるかね!
「それで復讐の為にアスラ部隊に入りたいってコトだったのか。………邪魔しちまって悪かったな。」
「いえ、アスラ部隊には入隊出来る事になったの。小隊長ではないけどね。」
「そっか、良かったな。オリガとかいうクソ女をぶっ殺せるといいな。」
シオンはそこで不思議そうな顔をした。そして聞いてくる。
「貴方は「復讐なんて何も生まない」とは言わないのね?」
「ンな分かりきったコトを言ってなんになる? 確かに復讐は何も生まねえよ。生むとすりゃあ新たな憎しみぐらいか。でもな、それが分かっていて、なお消せない炎が心の中に
オレは復讐を否定しない。特にシオンみたいな理由がある場合は。
人間としては間違っているだろう。でもオレは正しく生きようなんて思ってない。
「………誰かに………」
お、おいおい、泣くなよ。
「………誰かに………そう言って欲しかった!!………」
オレより大柄な金髪美女は、オレの手を握って涙を流す。
「シオンに一つ謝らないといけない。オルセンを痛めつけてた時、シオンの心も痛めつけてたんだな。ごめんな、もうしないから。」
事情を知っていればあんなコトはしなかった。後悔先に立たずってのはこういうコトか。
人間っていう生き物は、知らず知らずのウチに誰かの心を傷つけてるんだな。
シオンは首を振ってから、毎日の筋トレで少し厚みを増したオレの胸の中で泣いていた。
オレはリリスにしているように、頭を撫でてやるコトしか出来なかった。
涙の跡が乾いたシオンは、少し厚めの下唇がセクシーな口を開いた。
「………提案があります。」
あれ? 口調が変わってる。声のトゲもとれてるような?
「なんでしょう?」
オレは姿勢を正し、正座してから拝聴する。
「小隊長の任に就けば、小隊を率いる事になりますね?」
「なります。小隊を率いるから小隊長なので。」
オレはなに分かりきったコト言ってんだよ。雰囲気の変わったシオンのせいで調子が狂っちまってんのか?
「小隊長には補佐をする副隊長が必要です。それを私がやります。いえ、私を副隊長にしてくださ……」
「分かりました!よろしくお願いします。」
「………即断即決ですね。」
副隊長やりたいって言ったのシオンさんでしょ。なに意外そうな顔してんの。
「専門は狙撃手なのに距離を選ばず戦えて、軍歴はオレの10倍もある。拒否する理由がどこにあんの?」
「………い、いえ。貴方とは、その………色々あったでしょう?」
「これからも色々ありそうですが、よろしくです。」
「はい、隊長!こちらこそ!」
オレの初めての部下は「絶対零度」の異名を持つ女、シオン・イグナチェフだった。
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