戦役編21話 どうせ凶だとわかってた



フェチシズムの力は羞恥心が臨界に達したシオンの格闘術の前に敗れ去った。


だがオレとナツメに後悔はない。結果が全てではないコトを学べたのだから………




「楽しかったな、ナツメ。」


「うん、甘露だったの。」


関節技で痛められた四肢を畳に横たえ、オレとナツメは手を握り合って健闘を称え合う。


「なにやり遂げた顔で笑ってんのよ!頭おかしいんじゃないの!」


「ナツメ、隊長に毒されるのは程々になさい。隊長はもう手遅れだけど、ナツメはまだ引き返せるわ。」


「カナタと一緒にフェチシズムの修羅道に堕ちるの……」


うむ、共に極めよう。修羅フェチシズムの道を………


「少尉、バカをやるのはここまでにして、マリカと八熾一族の話をつけてきなさいよ。」


「そだな。んじゃ行ってくらぁ。」


部屋を出る時にシオンの慨嘆がいたんが聞こえた。


「ねえ、リリス。今の醜態を見たら八熾一族の皆さんも、隊長を当主に祭り上げる気なんて無くすと思わない?」


「失望を通り越して、殺意を持ってもおかしくないわね。」


殺意は困るが、失望なら歓迎だ。オレを当主に祭り上げるのを断念してくれるなら万々歳だもんね。




「ナツメから話は聞いたよ、お館様?」


艦長室の肘掛け椅子に腰掛けたマリカさんにからかわれる。


「ケチンボの上にイジワルとか最悪ですね。」


「なんだ、まだ根に持ってるのかい? ひとつ勉強になったろ? 話の裏をよく考えろってな。」


「マリカさんを信じてたのにぃ……」


「おふざけはここまでにしてだ。実際どうする?」


「放置は出来ません。そもそも追放されたコト自体が間違いなんです。」


「カナタお得意の「間尺に合わない事は合わさせる」ってポリシーかい?」


「はい。それにルールその2、「関わった以上はコトの顛末を見届ける」にも抵触してます。」


「そうかい。じゃあなんとかするしかなさそうだね。イスカには一応報告しておいた。」


「司令はなんと?」


「大概にしておけ、トラブル生産機が!だとさ。」


ですよねー。オレが司令でもそう思うわ。


「照京との話は司令にやってもらうとして、八熾一族の当面の居住地なんですが、業炎の街で引き受けてもらえませんか?」


「それがいいだろうね。そっちはアタイに任せときな。ヒャッハーが荒野にたむろするご時世だ、腕利きなら喜んで引き受けてくれるだろう。イスカが照京に話をつけられれば、だが。」


業炎も巨大都市国家である照京を反目に廻してまで、八熾一族の保護は出来まい。


「やはり司令次第ですね。」


「そうなるな。ま、八熾一族の件はそれでいいだろう。どの道、戦役が終わってからの話だ。これからの予定だが、アタイらはヒンクリー師団と一緒にカムランガムランに向かう。」


「カムランガムランって、確か中立都市ですよね?」


「ああ、日和見主義者の楽園だ。そこで修理と補給を行ってから次の戦地へ出発する。」


「イエス、マム。」


「中立都市での注意点は頭に入ってるな?」


「将校カリキュラムで習いましたよ。」


「……カナタ、今度こそトラブルは起こすなよ?」


「オレが起こしてるんじゃないですよ!トラブルの方から寄ってくるんです!」


トラブル避けスプレーなんてモンが売ってるなら高値でも買う。


ボッチの呪いが解けたと思ったら今度はトラブルの呪いが降りかかってくるとか、運命の悪意しか感じねえよ!





オレの切なる願いが天に届いたのか、それともただの偶然なのか、数日の間とはいえカムランガムランに到着するまでトラブルは起きなかった。


カムランガムランのドックに入港した艦隊は、本格的な修理と整備を開始する。


懸命に働く整備兵達を横目に、つかの間の自由を得た戦闘員達はカムランガムランの市街地へと出掛けていく。


無論、オレ達コンマ中隊も例外ではない。




「んじゃ兄貴、コンマツーは俺に任せとけよ。」


カムランガムランの市街区、ここでコンマワン、ツーは別行動をとるコトにした。


「リック、この街には機構軍もいる。くれぐれも問題を起こすな。」


「アクシデント発生装置なんて渾名の兄貴こそ気をつけろよ?」


「オレが気をつけてどうにかなるなら、いくらでも気をつけるんだが……」


「カナタ、この近くにアマテラス様の神社がある。お札を買いにいこ?」


オレとフェチシズム同盟を結んだナツメの意見に従っておくか。




神社の造りは元の世界とほとんど同じ……いや、全く同じだった。


実家が神社だったオレとしては、すごく懐かしい気分になる。


「しかしよくリリスが神社の境内に入れたもんだな。」


「それどういう意味よ、ウォッカ。」


「リリスが鳥居をくぐろうとしたら、バチッと弾かれると思ってたのです!」


リムセの言ったコトは全員が思っていたらしく、皆が失笑する。


「言いたい事言ってくれんじゃない!自分で言うのもなんだけど、リリエス・ローエングリンちゃんは人々の願いを叶えてあげる天使のようだってちまたの噂なのよ!」


どこの噂だ、どこの。巷どころか、どこでもそんな噂を聞いたコトねーよ。


「確かにリリスは願いを叶えてくれるでしょうね。」


およよ? シオンさん、どうしたの?


「……魂と引き換えに、だけど。」


ボソッとナツメが呟いた。


「そうそう、魂と引き換えに汝の願いを叶えよう……それって悪魔じゃない!」


「ガハハハッ。怒るな怒るな、悪魔の子。」


憤慨するリリスを肩に抱き上げて、ウォッカが豪快に笑う。


笑う門には福来たる、だ。この流れに便乗して、お御籤を引いて、神社に絵馬を奉納して、お札を買おうっと。




「わ~い、リムセは大吉だったのです♪」


「私は中吉、イワンは?」


「末吉だったな。ナツメは?」


「小吉。カナタは?」


「………聞きたいか?」


全員がやっぱりって顔になる。ああ、わかってたさ。オレも薄々わかっちゃいたさ!


「大丈夫よ。少尉を一人にはさせない。」


リリスが凶と書かれたお御籤をみせてくれた。付き合いのよろしいコトで。


「リリスさん、なにもそんなトコまで付き合わなくてもいいんだぜ?」


「……約束したでしょ。少尉と私は運命を共にするって。」


「……そうだったな。」


「ずるい!!リリスとだけそんな約束したの!」


え!?……ナツメさん、そこまでブチ切れなくてもよくありません?


「隊長!どういう事か説明してください!場合によってはタダでは済ませませんから!!」


シ、シオンまで!なんでそんなにマジ切れしてんだよ!


だいたいタダでは済ませないなんて言われて正直にゲロれるかぁ!


「いやいや、二人とも落ち着こう。はいっ、深呼吸深呼吸!」


「…………」


無言でジリジリとオレとリリスに詰め寄ってくる二人。


怖くて目を合わせらんねえ。狼眼よりヤバイ目をしてるに決まってる。


「少尉、逃げましょ!このままじゃ私達、女豹の餌食よ!」


「戦術的撤退!」


「逃がしません、隊長!」 「地獄の果てまで追っかけるから!」


執念深い女豹ちゃん達だぜ!インパラ気分のオレはリリスを抱えて全力で逃げ出した。


「……リムセ、カナタって女難の相が出てると思わねえか?」


「そんなの言わずもがななのです。」


外野で勝手なコト抜かしてんじゃねえよ!





「ハァハァ………な、なんとか振り切ったな。」


「念真髪を使ったジャマーシステムまで使ったわよ、私。」


そこまでやんなきゃ振り切れねえとか、どんだけマジなん?


「マジすぎんだろ。なに考えてんだ、シオンもナツメも……」


「………真剣なのよ、二人とも。」


「そりゃここまで追いかけ回されれば真剣なのはわかってんよ。」


「………わかってないわ、少尉はね。」


「なにがさ? オレとリリスが仲良しこよしで気が合うコトぐらい、あの二人だって先刻ご存じだろ? あ、オレがリリスだけ依怙贔屓えこひいきしてると思われたのか!そうだよな、オレは隊長なんだから、そこいらは考えないと……」


「的外れとまでは言わないけど、そういう話じゃないのよ。あの二人には私からちゃんと話をしておくから、少尉は気にしないでいいわ。」


「??」


「少尉、せっかくだから私とデートしましょ。それともお札を買いに神社に戻る?」


「……別にお札はいらないか。「神仏は尊ぶものであり、頼むものにあらず」、と大剣豪のお言葉にもあるし。」


「少尉ってたまにいい事言うんだけど……出典が不明なのは前から気になってるのよね。それ、どこの大剣豪の言葉?」


「夢幻一刀流剣士、天掛カナタのお言葉だよ。ありがたいだろ?」


武蔵先生ごめんなさい。お言葉を盗用させてもらいます。


「少尉が一角の剣士になったのは認めるけど、大剣豪はいい過ぎじゃない?」


「ハハハッ。さてデートだ、デート。リリスはなにがしたい?」


「そうね。………あれ見て少尉!観覧車があるみたいよ。」


ホントだ。繁華街のど真ん中に観覧車がある。名古屋のスカイボートみたいだな。


「乗ってみる?」


「少尉が乗りたいなら付き合ってあげてもいいわ。」


「では行きますか。」


オレとリリスはお手々を繋いで観覧車へ向かって歩き出す。




………女の子と二人で観覧車に乗るとか人生初の経験だな。楽しみ楽しみ♪



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