戦役編22話 家畜の平穏
「うわー高い高い。リリス見てみろよ。人間が豆粒みたいだぞ。」
バカと煙はなんとやらじゃないけど、窓ガラスに両手のひらをあてて、眼下の風景を目いっぱい楽しんでみた。
「ここまで観覧車をエンジョイ出来る成人男性も稀有だと思うわ。楽しい?」
「楽しいねえ。」
女の子と二人で観覧車に乗るなんて初めてなんてはしゃいでたが、実は観覧車に乗るコト自体が初めてだった事に、乗ってから気付いたオレだった。
「繁華街に観覧車だなんて、平和だからこそ出来る娯楽なのかもね。」
「そうだな。日和見主義者の楽園、か。」
「日和見主義なのは事実だけど、楽園とは言い切れないわね。保護税を徴収されてる訳だから。」
「保護税?」
「カムランガムランの議会には与党と野党があるの。」
「議会は与党と野党で構成されてんのが普通だろ?」
「ええ、でも与野党が全く同数ってのは珍しいでしょ?」
「それ、与党になってるか?」
つーか選挙やってねえよな、それ? この世界じゃ議員という名の貴族は珍しくもないんだが。
「今の与党は民族統一党、これはカムランガムラン周辺が機構軍の勢力下にあるからよ。ブレイクストーム作戦が成功すれば野党の民族平和党が与党になる、そういう仕組みなの。」
「中立都市とは名ばかりで、周辺地域の情勢によって仰ぐ旗を変えてるってコトか。」
「名ばかりはいい過ぎかもね。周辺地域の情勢によって機構軍寄りの政策を取るか、同盟軍寄りの政策を取るかを使い分けてる、って事よ。保護税という名目で搾取してくる相手が、その時々で変わる街。それがカムランガムランの現実よ。」
「戦争に加担しないのも高くつく、か。」
日本じゃ一昔前まで、水と平和はタダって思ってる人も多かったってのにな……
親父に言わせれば「平和ボケした愚かな幻想」らしいけど、そんな幻想を抱けるぐらいの社会ってそう悪くなかったんじゃないか? 為政者までそんな幻想に浸られても困るが。
「市民の命まで取られないだけマシだって考えなんでしょうね。そういう考えに理がないとは言わないわ。私は「家畜の平穏」に価値なんて認めない主義だけど。」
平和ではなく平穏、か。確かにそうだ。この街の状況は植民地に近く、決して平和とは言えない。平穏なだけ、だ。
「………生殺与奪権を誰かに握られたまま、搾取されるが生きてはいける、「家畜の平穏」か。それを是とするかどうかは考えが分かれるだろうな。」
「少尉はどうなの?」
「以前のオレなら家畜の平穏を選んだ。」
「以前の?」
「今は違う。「生かされる」のは真っ平だ。オレは「生きる」のさ。」
その為に命のリスクを負うとしてもだ。
「やっぱり気が合うわね、私達。人生とは死ぬまでの退屈しのぎ、生かされてるんじゃ退屈そのものだもの。」
「オレ達がそんな主義なのはそれでいい。だが違う生き方も許容される世界じゃなくちゃいけない。死のリスクを取って「生きる」か、家畜の平穏に甘んじて「生かされる」しか選択肢のないこの世界は歪んでる。」
「イスカが変えてくれるんじゃない?」
「だといいけどな。」
司令の創る世界は………優れた羊飼いが羊達を統治する、そんな世界になりはしないか?
もちろん司令は弱者を踏みにじるコトはしないし、過酷な搾取もしたりしないだろう。
だが羊にはルールがある。羊飼いには逆らわないというルールが。
優れた羊飼いの保護の下、従順な羊達は平穏に過ごしていける………でも「生かされてる」コトには変わりはない。
もちろん、それでいいという人も多いだろう。いや、大多数がそうかもしれない。
………そうか、世界を変えてくれるなら司令じゃなくてローゼがいいと思った理由はそれなんだ。
完璧な司令よりも、そうじゃないローゼの創る世界の方が、オレには……
ガタンと軽い衝撃がして我に返る。観覧車が乗り場で停止したのだ。
「降りましょ。せっかく密室に二人きりだったのにちゅ~も出来ないあたりが、ヘタレ童貞の少尉らしくて良かったわ。」
「変態であっても犯罪に走るとは限らない。節度を持った変態でありたいんだ。」
「……私の頬や耳たぶをペロペロした舌でよく言うわね。ちゅ~よりよっぽどエロスじゃない。」
「ハハハッ。それを言うなよ、エロス。」
「リリスね? 私がエロいのは否定しないけど。そんな私と連れ込み宿でも行ってみる?」
……連れ込み宿て。子供の台詞じゃねえな。
「我慢する。だが8年後には心おきなくリリス相手にエロスに走ろう。今は熟成期間だ。」
「6年後って話だったでしょ?」
元の世界じゃ民法が改正予定で、女の子の結婚年齢が18歳に引き上げになるはずなんだよな。
この世界で日本の民法なんて守る意味なんかないんだけど。
「どっち道、先の話だ。「運命共同体の約束」があるから一蓮托生だろ?」
「今はそれで良しにしといたげるわ。」
「せっかくだからモールでショッピングして、それから軽く呑んで帰ろうか。」
「イエッサー、チキン少尉。追加で映画鑑賞もお忘れなく。」
そうだな、ガーデンのミニシアターも悪くないんだが、やっぱり映画は大スクリーンで観たい。
「映画は構わんけど、なにゆえチキン? フライドチキンは別に好物じゃないぜ?」
「誤魔化さないの。お酒の力で気を大きくしとかないと、あの二人が怖くて帰れないんでしょ? お見通しなんだからね!」
ばれてーら。
リリスと一緒にモールでお買い物してから映画を楽しんだ。後は帰る勇気を奮い立たせる為に、軽く呑めるバーを探すだけだな。
「ふふっ、女の子ってちょっと髪型を変えるだけで、ガラッとイメージが変わるでしょ?」
オレがプレゼントしたバレッタを付けたリリスさんはご満悦だ。
「まったくだね。准将の言葉を借りれば、世界は新鮮な驚きで満ちているってコトらしいが。」
「少尉、あそこにバーがあるわよ。もう開店してるみたい。」
「ちょいとひっかけてから帰りますか。あ、もちろんリリスはコーラかソーダな?」
「ノンアルビールまで妥協しない?」
「妥当な線だな。」
「商談成立ね。行きましょ♪」
開店間際の店内に、客の姿はまばらだった。
オレとリリスはカウンター席の端っこに座り、ビールとノンアルビールで乾杯する。
おつまみはチーズ盛り合わせと冷やしトマトだ。
「少尉って冷やしトマトが好きよね。」
トマトの上にチーズを載せて、口に運びながらリリスはそう言った。
「グルタミン酸は偉大なんだ。イノシン酸も素敵だが。」
「氷水でキンキンに冷やしたニンジンとキュウリもイケるわよ。スティック状に切っておいて、ソースは……」
「味噌マヨネーズ。オレの大好物さ。」
学生時代にコンビニでよく買ってたな。
「だと思ったわ。今度作ってあげるわね。味噌マヨネーズがリリススペシャルの冷製野菜スティックを。」
「超楽しみだぁ♪」
オレは人目も
「……あの、貴官は天掛少尉ではありませんか?」
……誰だか知らないけど、なんで万歳してるトコで声を掛けてくる。恥ずかしいじゃないか!
「いや、オレはブラッド・ピットっていうんだが? この子はアンジェリーナ・ジョリーだ。」
「アンジーでいいわよ? Mr.Xさん。」
リリスってオレの即興ネタに完璧に合わせてくれるよな。それにしてもアンジーは出来すぎだが。
「……その子はともかく、君はどこからどう見ても覇人だろう? ジョークが好きだとミコト様から聞いてはいたが……」
ミコト様? この軍服は確か照京軍の……
「私は照京陸軍中佐、
「挨拶だけじゃないみたいですね。話があるなら奥のテーブル席に移りましょう。」
「そうしてもらえると助かる。」
開店間なしで奥のテーブル席には客がいない。とはいえ指向性聴覚機能を使われればアウトだ。
話の内容次第では
「それでオレに話ってのはなんですか?」
「……妹も見る目がない。デビューして半年足らずで剣狼と恐れられるだけの事はあるね。」
妹? オレはリンドウ少佐の妹に会ってるのか。一体誰だ………そうか。
「ツバキさんがオレを低く見るのは当然です。」
やに下がった顔でノーブラ白シャツを凝視してたからなぁ。
「当たりだ。ミコト様の護衛隊長、ツバキは私の妹だよ。うん、用心深いだけではなく、洞察力もあるようだね。」
「用心深い?」
「入り口を含む店内全体を見渡せる席に座り、私の左手側には柱がある。居合の邪魔になる位置にね。」
お褒めに預かり恐悦至極。デューク東郷から教えてもらったテクですけどね。
リンドウ中佐の年の頃は20代半ばといったところか。だけど家柄だけで出世した人間じゃなさそうだ。
自身は陸軍中佐で、妹がミコト様の護衛隊長、照京の名家には違いないだろうけど……
なんの話があるかは知らないが、聞くだけの価値はありそうだな。
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